第八十二話 最悪の目覚め
あの日、鬼の合同討伐は最悪の結果となってしまった。
多くの人間が、殺されてしまった。
真純も綾女も宗康も、そして、春風も……。
奈鬼も九十九の手によって殺されてしまい、とうとう、九十九の存在が知られてしまった。
九十九は柚月達をつき放ち、密偵隊に捕らえられてしまうが、朧までもが、連れていかれてしまった。
誰も予想だにしなかった最悪の結末。
もう、あの頃には、戻れない。二度と……。
激しい戦いの後、気を失った柚月は、夢を見ていた。
それは、どことも知れぬ場所でたった一人で妖を倒している夢だ。
柚月は、何とか妖を倒し、息を切らしながらも仲間の元へ駆け付ける。
だが、そこにいたのは妖に殺された譲鴛達であった。
柚月は、驚愕し、目を見開く。怒りなのか、恐怖なのか体が震えていた。見たくない光景であった。守れなかった自分を責めた。
そして、九十九達が柚月達の元を駆け付けるが、密偵隊に捕らえられてしまう。
柚月は、九十九達を救おうと手を伸ばすが、動かない。声も出せない状況だ。
九十九達は、柚月に背を向け、消え去ってしまう。
柚月を残して……。
「!」
柚月は、目を覚ます。
うなされていたからか、汗をかき、荒い息を繰り返していた。悪夢を見ていたからであろう。
綾姫が、心配して、柚月の顔を覗き込んでいた。
「柚月……」
「綾姫……」
柚月は、ゆっくりと起き上がる。
かすかに痛みが体に走った。包帯が巻かれてあるようだ。一応だが、手当てをしてくれたのだろう。聖印寮にとって、自分は、反逆者であるにも関わらず。
九十九の件にかかわっている以上、詳しい話を聞くまで生かされていると言ったところなのだろう。
あたりを見回すが、いつもの見慣れた部屋ではない。離れではなさそうだ。
だが、知っている部屋でもある。
柚月は、自分達がどこにいるのか、気付いた。
「ここは……鳳城家の……屋敷?」
柚月達は、鳳城家の屋敷にいたのであった。
離れではなく。
「離れではないのか」
「ええ……。密偵隊と陰陽隊にこの屋敷に連れていかれたのよ」
綾姫達は、あの後、妖を討伐したのだが、すぐに密偵隊と陰陽隊が現れたという。
そして、朧が九十九をかくまっていたため、朧と九十九をとらえ、柚月と譲鴛は、屋敷に連れていかれたことを、聞かされた。
綾姫達は自分達も捕らえられることを覚悟したが、彼女達も柚月達と同じように鳳城家の屋敷に連れていかれた。
屋敷に戻る道中で、綾姫達は聞かされてしまったのだ。譲鴛を除く、討伐隊が、命を落としたこと。そのうちの一人、春風が九十九に殺されたことを……。
聖印京へ、戻った綾姫達はいつもの離れではなく鳳城家の本家の屋敷の部屋で待機することとなったという。
「皆は?」
「別々の部屋にいるわ。密偵隊が監視してるのよ」
屋敷に連れていかれたからと言って、綾姫達に対して疑いがないわけではない。特殊部隊は全員、監視されている状態だ。
九十九の存在を知りながら、討伐せず、かくまっていたからであろう。
それを聞いた柚月は疑問が浮かんだ。
別々の部屋と言いながら、綾姫は自分がいる部屋にいる。
なぜなのか、理由はわからなかった。
「綾姫はなぜ……」
「私は、ほら……強引に……。でも、柚月が目覚めたら、戻らないと……」
「そうか……」
綾姫の事だ。おそらくだが、自分が目覚めるまで、この部屋にいると交渉し、密偵隊もしぶしぶ承諾したのであろう。
こんな時でさえも、交渉術を使うとは、何とも恐れ多い。
だが、柚月は綾姫に感謝していた。
綾姫が側にいてくれたおかげで、心が落ち着いたからだ。
一人であったら、孤独に耐えられなかったであろう。
「あれから、何があったかわかるか?」
「ええ」
部屋で待機していた綾姫は、密偵隊から話を聞かされたようだ。
綾姫は静かに語り始めた。
「朧君と九十九は、牢屋に入れられたわ。九十九は、鎖をつけられているらしいの」
「……」
聖印京は、妖を憎んでいる者が多い。当然だ。家族や友人、大事な人を殺されたのだから。
それゆえに、妖への扱いはぞんざいだ。たとえ蓮城家が、契約した妖であってもだ。牢獄のような場所か、石の中に閉じ込められ、意識を封じられているくらいなのだから。
九十九の扱いもやはり、それ以上のぞんざいであった。
春風を殺したところを密偵隊や陰陽隊は目撃しているはず、そう考えると九十九は、しばりつけられている可能性があると柚月は、考えていた。
「父上と母上は?」
柚月は勝吏と月読のことについて尋ねた。
二人もまた九十九の件に関わった人間だ。
気付かれないはずがなかった。無事であってほしいと願うのだが……。
柚月の読みは当たっているようで、綾姫は話しにくそうに語り始めた。
「……勝吏様も、月読様も別の場所で監禁されてるらしいの。……すべてをお話になられたそうよ。これは、自分達が命じたことで、朧君や九十九、私達は、従っただけだと」
「でも、聞き入れてもらえなかった。だな」
「……」
綾姫は黙っていた。
黙っているということは、肯定ととらえていいのだろう。
だが、聞き入れてもらえるはずがないと柚月も気付いていた。聞き入れてもらえたのであれば、朧も九十九も、解放されているはずだ。そして、自分達も……。
「これから、どうなるんだ?」
「私達は、事情聴取があると聞いてるわ。その後に、朧君、九十九、勝吏様、月読様の裁判が行われるわ。軍師様も参加されるそうよ。それまでは、部屋で待つように言われているの」
「このままだと、朧達は……」
自分達が何を言ったところで、言い訳に過ぎない。聞き入れてもらえることはないだろう。
だが、このままでは、朧達は、罪人になってしまう。
運がよければ、聖印能力を奪われて追放。運が悪ければ、処刑だ。
柚月は、自分の無力さを思い知らされ、こぶしを握りしめた。
そんな柚月を綾姫は見ていられず、目をそらした。
「綾姫達は、知っているのか?なぜ、九十九と朧が捕らえられてしまったのか」
柚月は、意を決して綾姫に問いかける。
彼女が、どこまであの時のことを知っているのか。九十九の事をどう思っているのか……。
綾姫も意を決したかのように語り始めた。
「話は、聞いてるわ。春風の事も……朧君と九十九の事も……」
「……」
「まさか、九十九が春風を殺したなんて、信じられなかったけど……。どうして……」
綾姫は、未だに信じられないようだ。
九十九は、簡単に人を殺す妖ではない。
綾姫達は、九十九をそう思っていた。何か理由があるはずだが、春風の事は、何も聞かされていなかった。
「……あいつは、一人で抱え込んだんだ」
「え?」
「春風は、妖に体を開け渡したんだ。その後、融合が始まって、妖となってしまった。戻すことができなかったんだろう。俺は、知らなかったんだ。だから、九十九となら戻せると思ってただが……」
あの時の、柚月は、確信していた。九十九となら春風達を救えると。
だが、結果は、救えなかった。九十九は春風を刀で貫いて、殺した。
柚月は、なぜと考えたが、今ならわかる。もう、救えなかったのだろう。
春風は、鬼の妖となってしまった。妖と融合してしまった人間は、元には戻せない。かつて、九十九が影付きに操られた琴姫を見て、言った言葉を思いだす。もう、殺すしかないと。
とても、残酷な選択を九十九は選び、一人で罪を背負ったのだろう。
「春風達を殺して、俺や朧を冷たく突き放した。わざとな。そうやって、一人で背負い込んだんだ。あいつは……」
あの時の九十九は別人のように見えた。
まるで、本来の妖のようだった。朧や自分を傷つけたのは、わざとだと柚月は気付いていた。
自分達を遠ざけるために、九十九は突き放したのだ。
「俺は、それが許せない。許せなかった。どうして、何も言ってくれなかったんだ!」
「……」
柚月は、怒りを抑えられず、声を上げてしまった。
これで、密偵隊は、柚月が目覚めたことに気付いてしまうだろう。
だが、今の柚月には怒りを抑えることができなかった。
一人で背負い込んだ九十九が許せなかった。自分にも言ってほしかった。言ってくれれば、自分も罪を背負う覚悟をしていたのに。九十九一人だけに背負わせるつもりなどなかったのに……。
柚月は、こぶしを握りしめる。傷になりそうなほどだ。
それほど、つらかったのであろう。九十九が、何も言わずに、一人で背負い込んだことが……。
柚月の事を思うと綾姫は、何も言えなかった。
その時だった。
密偵隊の人間が、部屋に入り込んだのは。
「目覚めたんですね。なぜ、報告しなかったのですか?」
「ごめんなさい……」
「部屋にお戻りください」
「ええ」
綾姫は、立ち上がり、部屋を去った。何も言えずに……。
一人、残された柚月は、うつむいた。
自分の無力さを呪いながら……。
「朧……九十九……」
勝吏もまた別の部屋で監視され、呼ばれるのを待っていた。
柚月達の事を聞かされた勝吏と月読は、驚愕し、動揺していた。
何度も密偵隊に、朧と九十九を解放するように申し出たが、聞き入れてもらうことは許されなかった。
「柚月……朧……月読……。私は、どうしたら……」
勝吏も、柚月と同様に己の無力さを呪い、途方に暮れていた。
今の勝吏では、どうすることもできない。これほどまでに、無力だったのかと思うほどに……。
そんな中で、突如現れたのは、虎徹だった。
「虎徹……」
「無様な格好じゃないか。勝吏」
虎徹は、勝吏に対して皮肉る。
いつものようにではない。虎徹は、いつものような陽気な顔をしてはいない。
冷たく、軽蔑した目を勝吏に向けていた。
「まさか、俺達を騙してたなんてな。気付かなかったよ。柚月も朧も……」
虎徹は、勝吏だけでなく柚月達に対しても怒りを持っているようだ。
裏切られたような気持ちなのだろう。
自分の弟子が、妖をかくまっていたなど、考えたくもないほどに。
「ち、違うんだ。柚月達は、何も……」
「話は、これから聞く。軍師様がお前さんの話を聞きたいそうだ」
「……」
勝吏は、否定するが、虎徹にまでも聞き入れてもらえなかった。
虎徹は強引に勝吏を立たせ、ある場所へと連れていった。
勝吏が連れていかれたのは、本堂だ。
勝吏は、虎徹と共にいつも会議している部屋へたどり着いた。
「来たか」
その部屋にいたのは、真谷、巧與、逢琵、そして、各家の当主が集まっていた。
緊急事態だからであろう。当主までもが尋問の為に、呼びだされるのは今までにない。前代未聞だ。
勝吏は部屋に入ると月読も部屋にいた。
「月読……」
「……」
月読は、何も言わず、目をそらす。
勝吏は、虎徹に連れていかれ、強引に座らされた。
そして、御簾越しに人影が現れた。
「軍師様」
御簾の向こうにいるのは、軍師だ。
御簾で隠されているため、顔は見えないが、圧倒的な存在感を感じる。
軍師は、大将である勝吏よりも上の立場にある人間だ。当然と言えば、当然なのであろう。
沈黙の中で、軍師が口を開いた。
「これより、鳳城勝吏と鳳城月読の尋問を行う」
こうして、勝吏と月読の尋問が始まってしまった。




