第五十四話 閉じ込められた妖達
「ここに、天次がいるのか?」
「そうだよ」
「ただの倉庫に見えるが」
柚月達は、倉庫を眺めるが、どこからどう見てもただの倉庫に見える。
本当に、この中に天次がいるとは思えなかった。
「うん。この倉庫の中に天次君達がいるんだよ。この倉庫は、妖を管理しておく場所、だからね」
いつものようににこやかに話しながら景時は、戸を開けた。
そこにいたのは、本当に妖達だ。それも数十匹もの。
そこは倉庫と言うよりも牢獄のようだ。格子窓がなく、外からの様子は一切見えない。灯は灯されているものの、その中は薄暗い闇。妖達は数匹ずつ牢の中にまとめていれられている。鎖で縛られている妖もいるようだ。
景時は平然として歩き始め、柚月達も妖達の様子をうかがって歩き始める。
しかし、柚月達と目があっても妖達は反応しない。本来なら、妖達は人間を見るなり、襲い掛かる習性がある。人間の命を奪うために。
だが、ここにいる妖達は一切反応しない。襲い掛かる様子も見せなかった。
いったいどういうことなのだろうか……。
「全部、妖なのよね?」
「みたいですね。ですが、私たちに反応しませんね」
何も反応を示さない妖達に対して綾姫達は違和感を覚える。安心はできるが逆に不気味だ。背筋に悪寒が走るほどの。
彼女達の疑問に、景時は説明し始めた。
「彼らはね、蓮城家の聖印能力の力で制御されてるんだ。だから、襲ってこないよ」
「制御って、どういうことなんだ?」
透馬は、景時に尋ねる。
この時の景時は、いつもと違って神妙な面持ちで応え始めたのであった。
「僕らの聖印能力は、契約。妖と契約して、妖を操れるようにする能力なんだ。本当なら、妖と契約するだけでいいんだけど。中には、襲ってくる妖もいる。だから、契約するときに制御するんだ。妖の意志を封じてるんだよ」
蓮城家の聖印は、妖達を操ることで戦力を得るのだが、実際簡単なことではない。
契約したが、妖達に襲われ、命を奪われたという記録が残っている。
契約しないという手段もあったが、聖印能力なしでは妖を倒すことは不可能だ。特に強力な妖気を持つ妖達は。
苦渋の選択を迫られた蓮城家は、妖を契約時に妖を制御することで戦力を得ることに成功した。
そうでもしなければ、蓮城家は、滅んでいた可能性もある。致し方のないことだった。
天次も景時が契約した時に制御されており、おとなしかったのはこのためであった。
「けど、制御していても襲ってくる妖はたまにいるんだ。妖気が強いとね」
「そっか。白冷さんがためらっていたのは、そういう妖がいるからなんですね」
妖気が強い妖は、戦力を期待されるが、制御が効かない時がある。そういう妖を鎖で縛りつけているようだ。
この戦いに勝には妖を利用するしかないのであろう。
「うん。まぁ、柚月君達なら問題ないかなって。でも、九十九君にとっては、あまりいい気がしないかなとは思ったんだけど」
「別に、俺は人間側についた妖だ。それに、元々仲間意識なんてなかったしな」
妖同士での殺し合いなどよくある。協力などは以ての外だ。利害の一致で共に戦う時もあったが、仲間意識などはありはしない。
九十九はそういった状況の中で生きてきた。
それゆえに、ここにいる妖達の事を知っても、怒りを覚えることもなく、嫌悪感も感じない。
しかし、九十九はある疑問が浮かびあがった。
それは、自分とここにいる妖達の違いに関してであった。
「そういや、ここの妖達は、都にいても何にもお咎めねぇんだよな?俺みたいに」
「うん。契約した妖達は戦力として認められてるからね。まぁ、その判断をするのも軍師様なんだけど」
「ということは、俺は……」
「そっ。蓮城家と契約してないし、軍師様からの許可もない。だから、君の存在は知られてはまずいんだよ。」
ここにいる妖達は軍師の許可を得ているが、九十九は軍師の許可を得ていない。いわゆる非合法だ。重罪に値するほどの。
だからこそ、九十九の存在は知られてはならなかった。
「おそらく、僕達が契約しようにも相当の力がないとできないと思うよ。それに、軍師様が許可するとは思えない。君は四天王と同じ強さの妖気を持っているからね」
九十九の妖気の強さは戦力にはなるが、危険性もあると軍師は判断するだろう。
月読はそれを恐れて、一族には気付かれぬように九十九と手を組んだ。
今の戦場の状況を変えるために。そして、朧の呪いを解くために。
「そりゃ、そうだな。気をつけねぇといけねぇんだな」
「そういうこと」
景時が説明を終えると、立ち止まった。
景時の目の前にいたのは天次だ。
天次は、景時と目を合わせるが、何の反応もない。景時に制御されている証拠であろう。
そんな天次を目の前にしても、景時はいつものように笑っている。
「さあ、天次君。迎えに来たよ」
景時は石を取り出す。妖を捕らえる為の道具であり、任務の時などにも使用している。妖を外に出すわけにはいかない。人々はおびえ、警戒するだろうから。それに、制御できなくなる危険性もある。そのため、道具の中に妖を閉じ込める必要があった。
景時は、聖印能力の力、契約・天次を発動して、天次を石の中に入れた。
だが、この時の景時はとても悲しそうな表情をしていた。柚月達に気付かれないように背を向けて。
天次を迎え、柚月達は聖印京を出た。
華押街は聖印京から西にある小さな街だ。
そう認識していたはずなのに、たどり着いた華押街は、小さな街には思えないほどに賑やかさがあった。
店が立ち並び、多くの人々が品を求めてみせに来ている。
店だけではない。楽師や大道芸を生業とする旅芸人もいる。
その賑やかさは予想以上だ。聖印京よりも賑やかのように思えた。
「ここが、華押街なんだ。すごい、賑やかですね」
「ええ。そう言えば、朧君は、聖印京以外の街は初めてだったわね」
「はい。だから、楽しみにしてたんですよ」
朧は子供のようにはしゃいでいた。
呪いが解けるまで、朧は聖印京から出たことがない。他の街に行くことすらもできないほどだったのだから。
だが、呪いも解け、柚月達と共に華押街も行けるようになった。任務とはわかってはいるのの朧は華押街に行くことをとても楽しみにしていたようだ。
本来なら、おとなしくしてほしいものだったが、こんなにも楽しそうにはしゃぐ朧の様子を見ていた柚月は、とても注意できそうにないと思っていた。
なんとも自分は兄馬鹿なのであろう。
そう思いながらも、朧を止めたくはなかった柚月であった。
だが、周辺を見ていた柚月達はある違和感に気付き始めた。
「ねぇ、柚月君、気付いてた?」
「ああ。女性があまりいないな……」
柚月達は、周辺を目を凝らしてみているが、女性が少ない。
外にいるのは男がほとんどである。
この事が今回のことに関係しているのであろうか。
「景時、前に行った時のこと覚えているか?」
「覚えてるよ。確かに、賑やかだったけど、もっと女の人はいたはずだよ。それに、閉まってるお店もあるみたいだね」
よくよく見ていると、所々閉まっているお店もある。
普通の事のようにも見えるが、何か違和感を覚える。
「この事についても、聞いてみたほうがいいな」
「はい。そうですね。柚月様、この辺りでしょうか?」
「そうみたいだな」
地図を眺めながら、骨董品屋を探す柚月達。
少し歩くと看板が見えてきた。「骨董品屋・椿」と。
その外観は屋敷のように豪華な造りになっている。柱は赤く。壁は白い。この華押街ではどこの店よりも豪華に見える。
さすがは矢代の知り合いと言ったところであろう。
しかし、どのような人なのであろうかと柚月達は気になり始めていた。
「見つけたぞ。ここみたいだ」
「こ、ここに母ちゃんの知り合いが……。何、頼まれるんだろうな」
「どんな内容にしたってやるしかないだろ。嫌ならやめるか?矢代様には俺から……」
「やります、やります!やらないとは言ってないだろ!」
怯える透馬に対して、柚月は意地が悪そうに尋ねる。ここぞとばかりに逆襲を続けている。容赦なく。
透馬は、慌てて否定して柚月を止める。
めったに見られないやり取りだ。形勢逆転とも言えるであろう。
柚月は、満足そうに店の中に入るが、この時の透馬は、「覚えていろ」と闘志を燃やすのであった。
透馬の心情など柚月は知る由もない。だが、柚月はこの後、逆襲したことを激しく後悔することになるとは予想もしていなかった。
「失礼します」
柚月達は、戸を開けて店の中に入った。
柚月達の声が聞こえたようで、女店主が、柚月達を出迎えてくれた。
朱色に染まった立派な装束を身に着けている。柄はきれいな桜だ。黄金の柄も取り入れているようだ。
矢代のように簪を何本も刺しており、宝石も身に着けている。
その華やかさも相まって女店主が美しく見えた。
「いらっしゃいませ……。あらあら、立派な隊士さんどすなぁ。ということは矢代はんが言ってた方たちどす?」
その華やかさとは裏腹にしゃべり方ははんなりとしていておしとやかだ。
景時の言っていた通り西地方の出身の人間のようだった。
「は、はい。特殊部隊・隊長の鳳城柚月と申します」
「鳳城……」
柚月は少し緊張して自己紹介するが、鳳城と言う名を耳にした彼女は、静かに呟く。
一瞬だけ、寂しそうな顔を浮かべるが、柚月達は気付いていなかった。
黙ったままの彼女の様子をうかがっていた柚月達は、どうしたのかと彼女を心配したのであった。
「あ、あの……」
「ああ、すんまへんなぁ。なんも気にせんといて。あては、玉響牡丹や。骨董品屋・椿の店主を務めております」
自己紹介した牡丹は、にこやかに柚月達を出迎えたのであった。