第五十二話 母は恐怖の鍛冶職人
透馬は、手紙を広げるが、カタカタと震えていた。
相当怯えている。何をしたのかというくらいに。
柚月達は、手紙を読もうとするが、透馬が震えているせいで、全く字が見えない。透馬も声に出して読もうとするが、震えて全く、聞こえない。
「いや、震えてて読めないから。貸せ」
手紙の内容が全くわからずじまいの柚月は、透馬から無理やり手紙を奪い取る。
矢代からの手紙にはこう記されてあった。
特殊部隊の皆様へ
最近、いかがお過ごしでしょうか?皆様が、お怪我をされたと聞いたときは大変、胸が痛み、心配していましたが、今ではすっかりお元気になられたようでうれしく思っております。
妹の月読から柚月様の銀月が折れたことをお聞きしております。是非とも私に直させていただきたいと思い、お手紙を送らせていただきました。
私が銀月をより強い宝刀へとお作り直しましょう。
皆様もよろしければご一緒に天城家にお越しくださいませ。
是非とも、透馬も連れてきていただけると幸いです。
天城家の屋敷でお待ちしております。
天城矢代
母親とは思えないくらいの丁寧な文章だ。だが、いくら何でも丁寧すぎる。さすがにここまでもしなくてもいいんじゃないかと思うくらいに。
透馬は、丁寧すぎて逆に恐怖を感じているようだ。しかも、柚月だけでなく特殊部隊全員に来てほしいと書いてあるようだ。もちろん、透馬も含めて。
透馬は、絶対何かある。何か恐ろしいことが待っているはずだと危険を察し、透馬の顔は一瞬で青ざめてしまった。
だが、何も知らない九十九は、平然としていた。
「へぇ、ずいぶんとご丁寧に歓迎してくれるんだな。お前の母親いい人じゃねぇか」
「なわけないじゃん!気づけよ、馬鹿!」
透馬は、九十九に突っ込みを入れる。
もはや、八つ当たりと言ったところであろう。
何も知らない九十九は、顔をきょとんとさせ、疑問が浮かぶばかりであった。
「これは、矢代様が私達も来るようにと言っているみたいですね」
「そうみたいね。矢代様がご招待してくれるみたいだから、甘えましょうか」
「甘えなくていい!なあ、柚月、一人で行けるよな?てか、俺達は行く必要ないよな?」
綾姫も夏乃も行く気満々だ。もちろん、透馬の心情も察しているのだが、あえて行かせようと考えたのであった。せっかく矢代が招待してくれているのだからと。
透馬はしがみつくように懇願する。相当、帰りたくないようだ。
柚月もなぜ、透馬が怯え、帰りたがらないのか見当はついていた。
だが、柚月は、いつも透馬にからかわれてきた。その恨みはつもりつもっている。
ここで仕返しをしなければいつできると柚月は考え、目を光らせる。
ついに逆襲を開始した。
「矢代様からのご招待だ。断るのも失礼になるだろうな」
「うん、そうだね。柚月君の言う通り、みんなで行こ行こ」
「矢代様に会うの久しぶりだね。兄さん」
「そうだな」
全員、行くつもりだ。もちろん、透馬も連れて。
ここまで来たら逃げ場はない。だが、透馬は行くつもりは全くない。
頑として、同行を拒否した。
「お、俺は行かないからな!絶対に!」
「そうか。ならば、こう伝えるしかないな」
「え?」
「透馬は、矢代様にお会いしたくないから屋敷にとどまったと伝えておこう」
「行く行く行く!絶対に行きます!」
柚月はついに最終手段に出た。行かない理由を矢代に告げると。
完全に、勝ち目はなくなった透馬は、必死で柚月に行くことを伝えた。
必死に行くことを伝えた透馬は、疲れ切ったような顔つきをみせるが、柚月は不敵な笑みを浮かべている。
彼の表情を見た朧達は、柚月が鬼に見えた。仕方がないと言えば、仕方がないのだが……。
柚月達は、千城家の敷地内の南側に建っている天城家の敷地内にたどり着いた。
天城家の屋敷も立派だ。だが、鳳城家や千城家と比べると倉庫が多い。山も近くにあり、独特のように見えた。
天城家の屋敷に近づくなり透馬はますます怯えた表情だ。顔も青白いままである。なぜかは知らないが、呪文を唱えているのかぶつぶつと呟いているが、何を言っているかは聞き取りにくい。
柚月達は、透馬をそのまま放置したが、狐に化けている九十九はますます理解できずにいた。
「なぁ?今日の透馬、変じゃねぇか?なんであんなにおびえてんだよ」
「まぁ、見ればわかるよ」
こんな時でも景時は、ニコニコとほほ笑んでいる。透馬の心情を知っているはずなのだが……。
柚月達は、強引に透馬を連れて、天城家の敷地内へと入っていった。
「失礼します」
女房に案内されて柚月達は矢代がいる部屋にたどり着いた。
御簾を開けると、その部屋にいたのは、美しい女性だ。乱れた服装のせいか胸元がはだけている。豪華な簪を何本もさしてはいるが、髪も乱れた様子だ。
しかも、扇を豪快に仰ぎ、胡坐をかいて柚月達を待ち受けていた。
その女性こそが、透馬の母親、天城矢代だ。だが、一児の母とは思えないほど若く見えた。
「お招きいただいてありがとうございます。矢代様」
「おおっ。柚月かい、元気そうだねぇ。皆も、怪我の方はよくなったみたいだねぇ」
「はい。おかげ様で」
「そうかい。それは、良かった。ところで……」
矢代は、扇を畳においていきなり立ち上がり、歩き始める。向かったのは柚月の元ではない。誰にも気付かれないように静かに引き返そうとする透馬の元だ。
矢代は逃げる透馬の頭を強引に鷲頭髪にした。
「ひっ!」
「と・う・ま~。ききた~いことがあるんだけど、いいかい?」
透馬を鷲頭髪にした矢代は目を光らせる。まるで獲物を見つけたのごとく。
完全に、捕らえられてしまった透馬は体を振るわせ、恐る恐る矢代に尋ねた。
「な、何でしょうか?母上様……。んぎゃ!」
矢代は、透馬を畳の上にたたきつけるように投げ飛ばす。
透馬は、怯えて、奥のほうに逃げるが、矢代はゆっくりと透馬に迫ってくる。
逃げ場のない透馬は、涙目状態だ。
矢代は、目をぎらつかせながら透馬を見ていた。
「矢代様だって言ってるだろう?何度言えばわかるんだい!」
「す、すみません!」
「だいたい、週一に里帰りしろって言ってただろ?見習い鍛冶職人なんだから、修行しなくてどうするんだい!」
「そ、そんなこと言ったって、任務が~!」
「言い訳するな!」
矢代は、透馬を責め立てる。
実は透馬は、天城家を出る時、矢代に言いつけられていたことがあった。週に一度は、天城家に戻ること。
その理由は、透馬がまだ見習い鍛冶職人だからだ。修行のために、戻ってくるようにと言いつけていたのだが、透馬は一度も里帰りをしなかった。
なぜなら、矢代の指導は大変厳しかったからだ。
その厳しさは、月読のような冷酷さが混じっているわけではないが、間違ったら目がぎろりと光り、先ほどのような恐怖が待ち受けている。
透馬は、鳳城家の離れで暮らすことが決まった時は心底幸運に恵まれたと思っていたのであろう。
それゆえに、里帰りはしたくなかったようだ。
柚月達は、今の透馬の様子を見て、同情することは一切なく、自業自得だと思っていた。
九十九は、やっと透馬がなぜ怯えているのかがわかったようだった。
「ああ、そういうことか」
「そ、そうなんだ。透馬の母さん、透馬にだけあんな感じなの」
「月読とはえらい違うな」
九十九は、内心、この姉妹はよく似ていると思った。厳しいところだけはと……。
透馬の説教を終えた矢代は、透馬を正座させ、自分は胡坐をかいた。
この時の透馬は、目が死んでいた。魂が抜けたのではないかと思うほどの。
柚月達も静かに座った。
「で、折れた銀月を持ってきたかい?」
「あ、はい。これです」
柚月は矢代に真っ二つに折れた銀月を見せた。
「こりゃ、派手に折れてるね。光刀と銀月は相性がいいはずなんだけど」
矢代は、聖印能力に合わせて宝刀や宝器を作っている。特に鳳城家は、異なる能力を持っているがゆえに、慎重さが求められる。
それでも矢代は、見事に銀月を作ったのだ。それも、自身の中では最高傑作と言われるほどに。柚月の聖印能力は強力であろうと聞かされていたため、彼に合わせた宝刀を作ったのだが、その力に耐えられなかったのか銀月は真っ二つに折れている。
矢代も最初に聞いたときは、心底驚いた。あの銀月が折れるほどの力とはどんなものなのかとこの目で見てみたいと思うほどに。
矢代は、ただ、折れた銀月を見つめていた。
彼女の様子を見ていた柚月は不安に駆られた。もしかして、直せないのではないかと思うほどに……。
「どうでしょうか?」
「これくらい、直せるね。ついでに、折れないように鍛え直してあげるよ」
「え?」
「ほら、謎の能力にも適応できないといけないだろ?そうじゃなきゃ、何度も折れちまうじゃないか。銀月はあたしの最高傑作なんだよ?」
「そ、そうですね。ですが、どうやって……」
「心配ないよ。あたしの手にかかれば、最高の銀月に直せるからね」
矢代は、なんと、あの謎の力に適応できるように鍛え直してくれるようだ。だが、謎の力の正体は何一つつかめていない。どうやって鍛え治すつもりなのだろうか。
柚月は、尋ねるが、矢代は何か策があるようだ。
天才鍛冶職人と言われている矢代だ。矢代に任せれば問題ないだろうと柚月は考えた。
「ありがとうございます」
柚月は改めてお礼を言った。
しかし……。
「ただし、条件がある」
「なんでしょうか?」
柚月が尋ねると矢代は不敵な笑みを浮かべる。
その様子を見た透馬は、「ひいっ」と怯えていた。何やら不吉な予感がしたようだ。
矢代は、膝を立て、柚月達に条件を告げた。
「……極秘任務を頼みたいのさ」