第三十九話 心の闇
あの悪夢を見てしまった柚月であったが、誰にも悟られないように心を隠すかのように接した。
自分を追い込んでしまうほどに……。柚月本人もそのことに気付いてはいない。
そんな中、綾姫は、皆を部屋に集めさせ、作戦会議を開くと突然言い出した。
また、予期せぬことを言いだした綾姫であり、柚月達は、何が始まるのかと内心恐れていたが、綾姫が口にした言葉は意外であった。
「さあ、九十九。そろそろ聞かせてもらうわよ」
「あぁ?何がだ?」
「何がって、四天王のことよ」
作戦会議の内容はなんと四天王のことだ。柚月達も真面な内容だと内心呆気にとられ、確かに聞かなくてはならないことだと気付き、九十九に視線を送った。
本当ならば、特殊部隊が発足されてからすぐに聞くべき事案ではあったことは柚月達も気付いている。九十九に時間がある時に話してもらう約束をしていたのだが、多忙な任務が続いたため、聞けずじまいのまま一か月が過ぎてしまった。
だが、今日は任務はない。今聞かなければ、いつまでたっても四天王のことについて聞くことができないと考えた綾姫は、柚月達を集めさせ、九十九に尋ねた。
だが、肝心の九十九は、そのことをすっかり忘れていたようだ。
「おう、そうだったな。忘れてたぜ」
「もう、しっかりしてください。妖のことに関してはあなただけが頼りなんですから」
「そうそう。頼むぜ」
四天王の情報については、何も入ってきていない。なぜなら、彼らと戦い、生き延びた人間はいないからだ。天鬼ほどではないが、彼らの妖気は九十九と互角だ。
だからこそ、九十九の情報は貴重であり、今後の任務や作戦によい影響が出ると考えていた。
柚月達は、ここぞとばかりに九十九に期待したのであった。
「わかったよ。まずは、そうだな……。六鏖について話すか」
「ろくおう?どんな妖なのかな?」
景時は、こんな時でもにこやかだ。もちろん、彼も真剣に聞くつもりなのだろうが、そんな様子は全く感じられない。緊張感はどこあるのだといいたいくらいだ。
だが、九十九は景時の様子など気にしていないようで、冷静に答えた。
「こいつは、天鬼の右腕だ。人間みたいな姿だが、正体は土蜘蛛だ。あいつが持つ針は猛毒が盛ってあるから気をつけろよ」
「猛毒か……。本当、気をつけないとね」
朧は、神妙な面持ちで呟く。景時とは違って緊張感を持っている。
九十九は六鏖について説明する。
彼は、六つの針を自由自在に使いこなせるらしい。その針全てに猛毒が仕込まれているという。針を鍵爪のように体を切り裂き、飛ばして心臓を一突きにしてしまうこともできるらしい。
彼は天鬼の右腕ではあるが、天鬼ほど影響力があるわけではない。天鬼のように妖を取りまとめる力はないと九十九は話した。
「んで、二番目が雪代て奴だ。こいつは、雪女だ。氷の刃を生み出すことが得意だ。もちろん、凍らせることもな」
「氷や雪の扱いなら私だって負けません!」
「その意気よ!夏乃!」
氷を操ると聞いて夏乃は対抗するように意気込む。綾姫もなぜか楽しそうに夏乃を応援していた。今、大事な話をしているということを忘れているのではないかと言うくらいに……。
九十九は彼女たちを無視して話を続ける。
彼女は、雪女族の中でも最強の雪女らしい。一瞬で人間を凍らせたことも、氷の刃で瞬殺したこともあるようだ。
「で、三番目が雷豪だ。雷豪は、雷を操る獣ってところだな。天鬼の言うことしか聞かねぇんだよ。だから、暴れると手が付けられねぇ。俺はこいつが一番苦手なんだ」
「う~ん、手が付けられないって言うのは困るよね~」
「こいつにあったら要注意ってところだな」
景時も透馬も未だ緊張感がみじんも感じられない話し方をする。
九十九はその獣について語った。
その獣の雷の威力は、人間を丸焦げにするほどであるという。人間を見たら殺すまで追い続け、逃げられたものは一人もいない。そう、誰も……。
まさに、四天王と言ったところだ。強敵ぞろいであり、討伐するには至難の技と言えるであろう。最後の一人は一体どんな奴なのか、柚月達は息を飲み、九十九の話に耳を傾けた。
「ま、そんなところだな。こいつらが、四天王だ。覚えとけよ」
「……え?」
九十九は話を終えたと言わんばかりの顔をしているが、柚月達はあっけに取られてしまった。
言うまでもないが、一人まだ説明していない。
だが、九十九は全くと言っていいほど、気付いていない。
柚月達のきょとんとした顔を見た九十九は、何か違和感に気付いたように、顔をのぞかせた。
「ん?どうした?何か聞きたいことでもあるのか?」
「……九十九、最後の一人は?まだ、聞いてないわよ?」
「……あ、それ、俺だ」
綾姫に指摘され、九十九は黙り込むが、やっとのことで一人足りないことに気付いたらしい。しかも、その最後の一人は自分だという。
そうならそうと言えばいいものを九十九は完全に忘れていたようで言わなかった。
怒りを通り越してあきれ返ってしまった柚月達。
綾姫は、ぽかーんと口を開け、九十九を憐れむような目で見ていた。
「ねぇ、柚月?この子馬鹿なの?」
「ああ、馬鹿だ。本物の馬鹿だ」
「噂は聞いてはいましたが、本当に馬鹿ですね」
柚月、綾姫、夏乃は、口々に言う。九十九は本物の馬鹿だと。
「馬鹿だね~。基本的に」
「馬鹿だな、わかってたけど」
「うっせーな!忘れてたんだよ!馬鹿馬鹿言うんじゃねぇ!」
続けて、景時、透馬も口々に言う。彼らは、九十九をいじるかのように告げると九十九も耐えられなかったようで、声を大にして言い訳し、否定した。
だが、言い訳をし、否定した所で九十九が馬鹿だということには変わりない。
柚月達は、憐れんだ目で九十九を見ていた。
九十九はわざと咳ばらいをし、思い出したかのように話し始めた。
「そういや、候補が一人いるな」
「誰なの?九十九」
「緋零って言う餓鬼だ。こいつはずる賢いからな。四天王になっててもおかしくはねぇ。緋零は、幻惑術を操る奴だ。一番厄介な相手だな」
「もし、その術にかかったら?」
「……」
朧の質問に九十九は急に黙ってしまう。
おそらく、彼は知らないのであろう。術にかかったらどう抜け出したらいいのか。
その状況を察した綾姫は朧に優しく教えた。
「朧君、そういうのは聞くだけ無駄よ。馬鹿なんだから」
「だから、言うんじぇねぇって!」
綾姫の毒舌に九十九が突っ込みを入れる。
全く斬新な状況だ。ここまでいじられる九十九は見たことないだろう。朧達は、笑いをこらえるのに必死だ。特に透馬は吹きだしかけているようだ。
だが、柚月は笑うことすらできずにいる。彼の顔は、不機嫌のようにも見えた。
四天王のことについては、柚月も聞いておくべきことだとわかってはいたが、会話にはあまり入れない。
あの悪夢が何度も柚月の頭をよぎっているのだ。忘れたくても消したくても、すぐに思いだしてしまう。
誰にも気付かれないようにと隠してきたが、限界が近づいているようだ。
柚月は、静かに立ち上がった。
「……」
「ん?どうした?柚月」
黙って立ち上がった柚月に気付いた朧達はようやく柚月の様子に気付く。
顔色が少し悪いようにも見えた。
柚月は、本当のことが言えず、透馬の質問に答えるのに少し時間がかかった。
「少し、気分が悪くてな。休むだけだ」
「大丈夫?診ようか?」
「いや、本当に少しだけだ。気にするな」
景時が親切に接するが、柚月は丁寧に断る。
誰にも知られたくなかった。自分の心の闇を。その闇は深く暗い。耐えられないほどに。
特に九十九を見ただけで吐き気がしそうなほどであろう。
九十九も、心配そうな顔をするのだが、それでも、柚月は九十九の顔を見ることなく、去っていった。
何かあったのではないかと思うのだが、何も語らず、その闇を柚月は無理やり押し込んだため、朧達は気付かなかった。
「……何かあったのでしょうか?」
「そうね。最近、よく怒ってたみたいだし」
「確かにいつもとは違ってたね~」
最近、柚月の機嫌が悪いことは朧達もうすうす気づいていた。九十九が独断行動を続けていただけではないだろう。他にも理由があるのではないかと感づいていたのだが、思い当たる節はない。九十九が関係していることはわかってはいるのだが、柚月は今まで黙って、過ごしてきた。
尋ねたこともあったのだが、柚月は頑として答えようとしなかった。それどころか、逃げるように去ったこともある。まるで、心を開かないかのように……。
柚月の機嫌が悪いことが九十九にも伝わったようで、九十九もだんだんと機嫌が悪くなってしまった。
「気分が悪いだけで休むのか。女々しい奴だな」
「あ……」
いらだった九十九は、思わず禁句発言をする。
柚月はその場にはもういないのだが、朧は思わず口を開けてしまった。
朧だけでなく、綾姫達もだ。
だが、今回は女々しいと言っただけで、顔が女々しいとは言っていない。だから、九十九も禁句だとは気付いていなかったが、朧達の視線が痛い。九十九は、状況を察した。
「え?何?それも禁句なのかよ」
「当たり前じゃない。馬鹿ね」
「やっちまったな」
あーあと透馬は、あきれてしまう。
九十九は慌てて、周辺を見るが、柚月の姿はなかった。
「いや、でも、さっき出たから、聞こえてねぇはず……」
柚月の姿が見えないことをいいことに、ほっとした九十九だが、大きな足音が聞こえてくる。それも怒りを込めた足音が……。
九十九の背後から殺気が漂い始めた。言うまでもなく、その殺気の正体は柚月だ。
彼の耳も地獄耳なのだろうか、それとも禁句を耳にしたからなのだろうか。遠くからでも柚月の耳に入り込み、柚月は殺気を込めて引き返してきたのであった。
「え?」
殺気に気付いた九十九は振り返る。柚月は銀月を手にし、ゆっくりと抜いたのであった。
彼の眼はもはやギラリと光っており、殺意に満ちていた。
「……貴様、今、何と言った?」
「や、待て、柚月……これにはわけが……」
「言い訳など、通用せん!覚悟!」
柚月が銀月を振りおろす、九十九はかろうじてよけ、逃げ始める。柚月は、九十九を殺す気で追いかけていった。
朧と夏乃は、おどおどし始めるが、綾姫は落ち着いた様子でお茶を飲み始める。
景時と透馬は、にやにやしながら、二人の様子を遠くで見ている。けっして止めるそぶりは見せない。
なぜなら、あの二人のこのようなくだらない喧嘩は、通算十を超えている。最初は、景時と透馬が止めに入ったが、ことごとく返り討ちにされ、怪我を負った時もあった。そのため、綾姫の提案で、気のすむまで喧嘩をさせるという結論に至ったのであった。
だが、朧と夏乃は、気が気でない。二人を止めたほうがいいのではとおどおどするのだが、綾姫は朧と夏乃を諭すように止める。
大きな物音が聞こえても、彼らは止めることはない。二人のくだらない喧嘩はいつまでも続いたのであった。
ようやく二人の喧嘩が終わる。なぜなら、月読が術で無理やり動きを止めたからだ。だが、これもいつもの事。もはや月読にしか止めることはできない。
それを知っていたため、綾姫達も止めることはしなかった。止めようとしたなら、さらなる被害拡大が予測されたであろう。
「……またか」
「またですね」
術から解放された二人であったが、その顔はふてくされている。
柚月に至っては、開き直った様子だ。月読の指摘にも、機嫌が悪そうに答える。
いつまでたっても仲の悪い二人に対して、月読は大きなため息をついた。
「まったく、お前達は……」
「……」
月読がにらんでも、柚月と九十九は反省の色を見せない。反省していないからだ。
ここまで来ると月読の顔も鬼のように目を細める。
危険な状態だと察知した綾姫は、その状況を変えるかのように月読に尋ねた。
「月読様、ここにお越しになられたのは、任務があるということですね?」
「その通りだ。綾姫」
「……任務と言うのは?」
柚月は、ようやく心を落ち着かせたのか、冷静に尋ねた。
「靜美山で、大量の妖が出現した。討伐に向かってほしい」
「靜美山って、奴らがいる靜美塔の近くじゃねぇか」
「しずみとう?」
「おう、奴らの拠点だ」
靜美山とは、聖印京のすぐ近くにある山のことだ。
その山の頂上にそびえたっている塔がある。それが靜美塔だ。
靜美塔とは、かつて貴族と僧侶が作った美しい塔だと聞いたことがある。だが、大昔に天鬼に殺害され、拠点となったという噂は柚月達も耳にしたことがある。
九十九曰く、見晴らしがいいため、天鬼が気に入ったらしい。天鬼は居場所を知られないようにといくつもの塔を拠点とし、転々としていたが、靜美塔は、長期間拠点としたことがあったようだ。
今でも、彼らは靜美塔にいるだろうと九十九は予測していた。
「なるほどな、もしかしたら、ここ最近の妖の出現の原因は靜美山にあるかもしれぬな。調査及び討伐を行え。いいな?」
「……」
月読は、命ずるが、柚月の反応はない。何か考え事をしているようだった。
柚月の様子を見た朧達は不安がっていたが、月読は眉を細め、怒りを静かに露わにした。
「柚月、聞いているのか?」
「あ、はい。わかりました。妖を討伐してまいります」
柚月は月読が自分に命じたことに気付き、承諾するが、どこか上の空のようだった。