第三十二話 まるで妖のように
第三十二話 まるで妖のように
成徳は妖気を身にまとい、狂気に満ちた表情で構えた。
だが、柚月は、ある疑問が浮かぶ。
なぜ、成徳は自分の腕をつかめたのか。いくら、妖気を身にまとったとはいえ、傷を負わないはずがない。
今の柚月は、光の刃そのものだ。それなのに成徳の手は傷一つ負っていない。
成徳は挑発するかのように柚月の疑問に答えた。
「……君は、どうして、僕の手が血に染まっていないかって顔してるね」
「……妖気だけで、光刀を受け止められるはずがない」
「そうだね。妖気だけならね!」
強調して言葉を発する成徳。
彼は、妖気ともう一つの力を使っていると言っているようだ。
柚月は、成徳が使っているもう一つの力の正体に気付き、目を見開いた。
「まさか、聖印の力を使ったのか!?」
「その通りさ!聖印の力と妖気の力。それを合わせれば、君の光刀は、いとも簡単に受け止められる!君の光刀は、通用しない」
「なんてことなの、恥を知りなさい!」
綾姫は、怒りを抑えきれなかった。
自分たちの誇りとも言われている聖印と自分たちの最大の敵である妖気を同時に使っているからだ。
聖印と妖気を組み合わせるなどあってはならない。それは、聖印一族の誇りを汚しているも同然だ。
だが、成徳が悔い改めることはない。それどころか開き直っていた。
「利用できるものは、利用しなきゃ、綾。さて、柚月、どうやって僕を倒すのかな?」
「うぬぼれるな。光刀の効果は攻防一体。攻撃が通良しなくとも、防御は通用する。それに、俺の武器は一つだけではない。この銀月でお前を倒す!」
柚月は銀月を改めて握りしめる。柚月にも光刀と銀月という二つの強力な武器を持っているからだ。
光刀の攻撃が使えないのなら防御に徹底すればいい。それに、銀月なら、成徳に対抗できる。
柚月は、焦ることも、怖気づくこともしなかった。
成徳は、それが気に入らなかったのだろう。突如、柚月に対して、攻撃を仕掛けてきた。
綾姫が再び、結界・水錬の舞を発動し、成徳の行く手を阻む。
だが、成徳は妖気と明硝子で結界を打ち破り、明硝子を柚月に向けて振り下ろす。
柚月は、銀月で受け止め、振り払う。成徳は、のけぞり隙ができた。
柚月がその隙を逃すはずもなく、怒涛の刀捌を成徳に向けて披露する。
成徳は、ただただ、柚月の攻撃を受け止めることしかできず、追い詰められる一方であった。
警護隊と言えど、やはり不正を行って成り上がった能力では柚月には勝てない。
成徳は改めて思い知らされたように感じ、悔しさをにじませた。
「くそ……」
成徳は数歩下がり、よろめく。
柚月は、霞の構えをとった。
「観念しろ!」
柚月は、成徳に向かって走りだす。
これで成徳を止めることができる。
柚月も綾姫もそう確信していた。
だが……。
「それは、どうかな!」
成徳が再び狂気に満ちた顔つきに変わる。
すると、成徳の影から妖気の塊が出現し、一瞬のうちに綾姫をとらえてしまった。
その妖気の塊こそが分身した影付きの半身であった。
「きゃあっ!」
「綾!」
綾姫がとらえられ、柚月は、思わず振り向いてしまう。
成徳は、一瞬の隙を見つけ、狂ったように笑った。
「ほら、どこ見てんのさ!」
「くっ!」
成徳が明硝子を薙ぎ払うように振る。
柚月は、かわして後退する。
そして、背を向けて綾姫を救出しようとした。
しかし……。
「動くな!」
成徳に命じられ、柚月は思わず動きを止める。
今の成徳は綾姫に何をするかわからないからだ。
今すぐにでも綾姫を助けたいところだが、成徳が許すはずがない。
柚月は動きを止めるしかなかった。
「動くなよ、柚月。動いたら、綾の魂を影付きが喰らう」
「……」
「聖印能力を解け。解かないと、わかってるよねぇ?」
成徳はわざと柚月に対して問いかける。
従わなければ綾姫を本気で殺すつもりだ。
綾姫は、もがき抵抗を試みるが影付きは綾姫を頑として放すことはない。
柚月が迫られた選択はたった一つだ。
柚月は、成徳に命じられ、聖印能力を解いた。
「はい、よくできました!」
成徳は乾いた拍手を柚月に送る。まるで勝ったかのように。
柚月は悔しさをにじませるが、抵抗することも不可能だ。
成徳は柚月に続けて命じた。
「けど、その銀月、邪魔だな。捨てろ」
成徳は、銀月を指さす。
柚月は、成徳に命じられるがままに、銀月を投げ捨てた。
銀月が地面に打ち付けられ、カタンと音を立てて転がった。
これで、柚月の二つの武器は、成徳の陰謀によって奪われてしまった。
全てを思い通りに動かし始めた成徳は笑みが止まらなかった。
「合格だ!素晴らしい!」
「成徳、あなたは……」
「黙ってろよ、綾。これからがいいところなんだからさ!」
成徳は獲物を見つけたような顔で舌をなめ回すように出す。
綾姫の背筋に悪寒が走る。彼はもはや人間のようには思えない。妖そのものだ。いや、妖よりも醜悪ではないかと思うほどだ。
綾姫は体を震わせ、首を横に振った。
「やめて、お願い……」
綾姫は涙をこらえるように懇願する。
だが、その懇願も今の成徳には届かない。
成徳は、明硝子を左上に振り上げた。
「ほら、行くぞ!」
成徳が、明硝子を振りおろすと、結界・硝子の刃を発動し、硝子の刃が柚月の身を切り刻んだ。
「ぐっ!」
柚月は、苦悶の表情を浮かべ、よろめくが、休む間もなく硝子の刃が柚月を襲った。
「ほらほら、まだだよ!」
成徳は容赦なく、結界・硝子の刃を発動し続ける。
柚月は、成徳の猛攻に耐え続けた。
最後の一振りの攻撃が終わると、柚月は吹き飛ばされ、地面に打ち付けられる。
体中が血に染まっており、柚月は動くことすらままならず、息をするだけで精一杯であった。
「やめて、成徳!お願いよ!」
「黙ってろよ。お前はここでこいつが切り刻まれて死んでくのを見届けてもらわないといけないんだからさ!」
「……柚月、逃げて!このままじゃ死んじゃうわ!」
とうとう、綾姫は涙をこぼして、柚月に向けて懇願する。
このままだと本当に柚月は成徳に殺されてしまうだろう。自分の目の前で。綾姫はそれだけは耐えられなかった。自分が柚月を巻き込んでしまったせいで、柚月の命が奪われるのを見たくなかった。
だが、柚月は、痛むはずの体を無理やり起こす。
血がポタポタと垂れても、綾姫を守るように柚月は立ち上がった。
「案ずるな、綾……。俺は……死んだりしないさ」
柚月は顔を綾姫に見せることなく告げる。
今の姿を綾姫に見せたくないのだろう。
綾姫は、己の無力さを思い知らされ、涙が止まらなかった。
成徳は、眉をぴくりと動かし、成徳の憎悪の目が血だらけの柚月をとらえた。
「……さっきから、綾のことを呼び捨てにしやがって。虫唾が走るんだよ!」
成徳は、柚月の鳩尾に蹴りを入れる。まるで怒りをぶつけるかのように……。
「うっ!」
柚月は、吹き飛ばされ、再び地面に打ち付けられる。
だが、成徳の怒りはこれだけでは収まらない。
成徳は、明硝子を柚月の腕に無残にも突き刺した。
「がっ!ああっ!」
「柚月!」
柚月の絶叫を聞いても、成徳は容赦なく明硝子を押し込む。
明硝子は柚月の腕を貫き、地面に突き刺さった。
柚月の腕からは、鮮血が流れ、地面に広がった。
「綾の事を呼び捨てにしていいのは、僕だけだ。僕だけの綾なんだからね!」
「綾は……お前のものじゃない!放せ!成徳!」
「貴様ぁああああああっ!」
「うぐっ!」
成徳はこれ以上にない荒げた声を発する。まるで奇声を発するかのように。怒りに任せて、明硝子を抜き、振り上げた。
「死ねぇえええええええっ!」
「やめてぇえええ!」
成徳は、明硝子を振りおろし、綾姫はもがいて泣き叫ぶ。
明硝子が何かを斬ったような音が響き渡るが、柚月は斬られていない。明硝子が斬ったのは、地面であった。柚月も綾姫も、驚愕した顔を見せる。
だが、驚愕しているのは二人だけではなかった。
「!」
あの狂気じみた成徳でさえも今では驚いている。
何が起こったのか把握していないようだ。
それもそのはず、今の成徳は動くことができない。
なぜなら、九十九が明枇を成徳の影に突き刺しているからであった。
「よう。間に合ったみてぇだな、柚月」
「九十九……」
柚月が九十九の名を呼ぶと、成徳は、信じられないと言った顔つきを見せ、恐る恐る振り向く。
成徳の視線の先には、恐ろしい妖狐が笑みを浮かべて、自分の影を突き刺していたのであった。
「よ、妖狐が……どうして……」
成徳はおびえたように問いかける。
妖狐が人間と……それも、柚月達の味方をしているとは思わなかったのだろう。
成徳は体を震え上がらせるが、九十九はふっと余裕の笑みをこぼした。
「それ、てめぇが言うのか?影付きを利用した奴がよ」
「だ、黙れ!妖共を利用して何が悪い!」
成徳は往生際が悪く、開き直る。
その言葉が九十九の耳に入った途端、九十九は眉をぴくりと動かし、成徳を見下ろすようににらんだ。
「……そういうてめぇみたいな野郎が」
九十九は、明枇を強く握りしめる。
全ての怒りをぶつけるかのように。
「気に入らねぇんだよ!」
九十九は、明枇を薙ぎ払うように振るう。
明枇で影を斬ることによって成徳の影と影付きを無理やりはがしたのであった。
「ぎゃあああっ!」
無理やりはがされた成徳は激痛に襲われたかのように狂ったように叫ぶ。
成徳の金切り声が屋敷中に響き渡り、成徳は頭を押さえて暴れた。
「おらっ!」
激痛襲われ、泣き叫ぶ成徳に容赦なく九十九が蹴りを入れる。
成徳は、そのまま吹き飛ばされ、倒れるが、動くことはなかった。
「柚月、立てるか?」
「あ、ああ……」
九十九はしゃがみ、柚月に手を差し伸べる。
柚月は、思わず、九十九の手を取り、すっと起き上がり立ち上がった。驚きで痛みを忘れてしまったようだ。
柚月は、ふらつくが、九十九に支えられる。柚月は、振り払うことをせず、ただ立ったままになった。
九十九は、そのまま銀月を拾い上げ、ぶっきらぼうに柚月に渡した。柚月も一度はためらうが、銀月を九十九から受け取る。
何も言うことはなかったが柚月は感謝していた。彼のおかげで助かったと。だから抵抗せず、無言で受け取ったのだ。
その気持ちが九十九にも伝わったのか、ふと笑みを見せた。
だが、その瞬間、うめき声を上げながら、成徳が妖のように起き上がり、立ち上がった。
「こ、この。妖狐が……綾がどうなってもいいって言うのか!」
成徳は、脅しにかかるが、九十九には通用しない。
九十九は、顔色一つ変えず、成徳をにらんだ。
「てめぇ、馬鹿か?よく見てみろ!」
「何!?」
成徳は、驚愕したように綾姫の方に視線を向けるが、その視線の先には、捕らえられた綾姫の姿はない。
逆に、綾姫はすでに影付きの分身から解放されていた。
駆け付けた夏乃と朧の手によって。
「朧!夏乃!」
「兄さん、綾姫様なら大丈夫だよ!」
「観念してください!成徳!」
「成徳!これで、終わりよ!」
綾姫が技を発動する。舞うように水札を上にあげると水札から雨が降り注ぐ。その雨は、柚月の怪我を一瞬で癒した。
その名は、結界・水静の舞。綾姫が最も得意としている癒しの術だ。
「ありがとう!」
柚月が微笑むように綾姫に告げると、綾姫も涙ぐんでうなずく。
九十九は、明枇を肩に担いで、柚月は成徳に向けて銀月を構えた。
「柚月、あの影付きは俺に任せろ。成徳はお前に譲ってやる」
「……わかった」
柚月は、成徳に向けて刀の先を向けた。
「成徳、覚悟しろ!」