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聖印×妖の共闘戦記―妖王乃書―  作者: 愛崎 四葉
第二章 大胆不敵な水の舞姫
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第二十七話 綾姫の交渉術

 柚月達は、屋敷の中を駆け巡っていた。

 早朝、柚月達は、目覚めたが、朧と九十九の姿がないことに気付いた。何かあったのではないかと不安を感じ、屋敷の中を探した。

 だが、朧と九十九の姿を見つけることができなかった。

 どこにも……。


「いたか?」


「いいえ、いないわ」


「どこに行ってしまわれたのでしょう……」


「何か事件に巻き込まれていないといいんだが……」


 柚月は不安に駆られた。

 自分たちが寝ている間に、何があったのだろうか。柚月は、これも九十九が絡んでいるのではないかと疑っていた。

 柚月は滴る汗をぬぐった。

 そこへ、堂々とした足取りで成徳が柚月達に迫ってきていた。


「どうしたんだい?」


「成徳皇子……」


 成徳は、柚月達に語りかける。だが、その様子はどこか嬉しそうに見える。

 深刻そうな顔をしている柚月達を見て、成徳は、不敵な笑みをこらえたような顔つきで、語りかけた。


「何やら、よくないことが起こったみたいだね」


 柚月達は、何も言えない。成徳には言いたくなかった。

 朧と九十九が行方不明だと知ったら、また、何を言いだすのかわからない。こういう時の成徳は危険だ。

 柚月達は黙っていたが、成徳がしびれを切らしたかのように問いかけた。


「もしかして、弟君のことかい?」


「え?」


「成徳、何か知ってるの?」


 綾姫は思わず、成徳に疑問を投げかける。

 ここで柚月達は、成徳が二人の失踪にかかわっているのではないかと不安がよぎった。

 綾姫の問いに、成徳は不敵な笑みを見せ始める。

 その表情は獲物をとらえた蛇のようだった。


「ああ、知ってるよ。彼をね、とらえたから」


 成徳は衝撃の言葉を柚月達につきつける。

 朧がとらえられたなどと柚月達は、信じたくなかった。


「と、とらえたというのはどういう意味なのですか?成徳皇子」


 夏乃は、成徳に尋ねる。

 朧がなぜ、とらえられなければならないのか、疑問ばかりが浮かんだ。

 成徳は勝ち誇ったように、語りだした。


「あれ?聞いてないの?昨日の夜、彼が何をしようとしたのか」


「朧が何をしたというのですか?」


「知りたい?どうしようかなぁ」


 成徳は、意地悪そうに答えるのをためらう。

 もはや、答える気などないようだ。

 このどうしようもない男に対して、柚月は苛立ち始めたが、綾姫が、成徳の前に立った。


「答えなさい、成徳」


 いつになく低い声で、成徳に命じる。

 苛立ちを覚えたのは柚月だけではない。綾姫も夏乃も、成徳の言動に怒りを覚えたのだ。

 綾姫が静かに怒っていることに気付いた成徳は観念したようにため息をついた。


「……わかったよ。答えてあげるよ。君のためにね、綾」


 成徳は綾姫の髪に触れるが、綾姫は嫌悪感を顔に表し、成徳の手を払いのけた。

 それでも成徳は笑みを浮かべている。

 今日ほど、成徳に怒りを燃やした日はないだろう。

 今の成徳は、悪意に満ちていた。


「弟君はね、昨晩、琴姫様の部屋に侵入したんだ」


「朧が?」


「そっ。ご丁寧に結界を解いてね」


「何かの間違いじゃないの」


「まさか、この目ではっきりと見たからね。彼は琴姫様を殺そうとしたんだよ」


「朧がそんなことするはずない!」


 柚月は、声を荒げる。

 朧が琴姫を殺そうとしたなど信じられるはずがない。これは、成徳のはったりだと信じたかった。

 だが、成徳は、余裕の笑みを柚月達に見せていた。


「そうだね。そう思いたいよね?でも、これ、見てくれよ」


 成徳は手の甲にまかれた包帯を見せる。

 明らかに怪我をしたように見える。

 包帯を見た瞬間、柚月は、胸騒ぎが起こった。


「その傷、どうなさったのですか?」


「これね、あの弟君のお供の狐が引っ掻いたんだよ。抵抗してね。その後、弟君は、逃げ始めたんだ。もし、そんなつもりがないというなら、抵抗しないと思うけど?」


 柚月達は、気付いてしまった。その狐と言うのは九十九のことだ。九十九が、成徳の手の甲を引っ掻いたのであろう。

 朧は、巻き込まれてしまったのだ。九十九が抵抗し、朧と共に逃げたのは間違いないだろう。

 動かぬ証拠をつきつけられ、柚月達は反論することができなくなってしまった。


「朧君をどうするつもりなの?」


「別に、尋問して、処罰を決めるだけさ」


「……朧君を解放して。彼は、そんなことするはずないわ」


「……いいよ」


「え?」


 綾姫は思い切った行動に出た。朧を釈放するようにと。

 普段の成徳なら承諾するはずがない。だが、綾姫の懇願を成徳はあっさりと承諾したため、柚月達は、驚いた。

 だが、成徳のことだ。何か条件を出すに決まっている。

 柚月は、新たな不安がよぎってしまった。


「その代り条件がある」


「条件?」


「そっ。柚月、君はこの件から手を引くんだ」


「なっ」


「そうすれば、僕の誤解だと言って彼を釈放してあげるよ。どうだい?」


 やはり、そう来たかと柚月は、悔しさをにじませた。

 手を引くようなことはしたくない。だが、抵抗すれば、朧がどうなるかわからない。今や彼は、成徳の手中にあると言ってもいいだろう。

 柚月は、この条件を無条件に受け入れるしかなかった。


「……わか」


「待ちなさい」


 柚月が承諾しようとした時、綾姫が制止する。


「綾、どうしたんだい?弟君を解放してあげると言ってるんだよ?」


「お母様を救うには柚月達の力が必要不可欠なの。あなたの条件はのめないわ」


 綾姫は、成徳の条件を拒否した。

 成徳は、気に入らないと言ったような顔を見せて、再び、意地が悪そうな顔を浮かべた。


「そっ。交渉決裂だね」


「いいえ、こちらの交渉はまだ終わってないわよ」


「え?」


 意外な反応を見せた成徳。まるで、あっけにとられたような顔つきだ。

 そんな成徳に対して、綾姫は続けて語り始めた。


「朧君に会わせて。話が聞きたいの」


「……駄目だよ。そんなこと僕が許すと思うの?」


 成徳は平然を装い、綾姫の懇願を拒否する。

 これまでかと、あきらめかける柚月であったが、綾姫は、次なる一手を使った。


「そう、じゃあ、これまでの不正を軍師様にお話するだけね」


 綾姫は余裕の表情を見せて立ち去ろうとする。

 軍師とは、かつて聖印寮の頂点に立っていた大将が、引退し、軍師の称号を授かった者の事。

 軍師の影響力は絶大であり、勝吏や月読でさえ覆すことができないほどだ。

 綾姫はその軍師に成徳の不正とやらを報告すると言い始めたのだ。

 さすがの成徳も慌てたような表情へと変わっていった。


「ちょ、ちょっと待て。これまでの不正って何だ?僕が不正を働いたとでもいいたいのかい?」


「あら、心当たりがないのかしら?」


「あ、当たり前だよ。どうして、僕が、そんなこと……」


 成徳はそう言うが、目が泳いでいる。明らかに動揺しているさまだ。

 もはや、不正を働いたと言っているようなものであった。

 綾姫は、畳みかけるように語り始めた。


「そう。じゃあ、ここで全て話してあげるわ。あなた、妖の討伐は自分だと報告しているようだけれど、実際は部下に討伐させて、手柄を横取りしたんでしょ?」


「……」


 成徳は何も言えず、黙ってしまう。本当に不正をやっているようだ。

 ともすれば、この男を即刻警護隊から追放したい。柚月は衝動に駆られていたが、何とか抑え込んだ。

 綾姫は、さらに話を続けた。 


「その結果で、警護隊に入れたのよね?これは、明らかに不正じゃないかしら?」


「証拠はあるのかい?証拠がなければ、不正とは言えないだろう?どこから聞いたか知らないけど」


 成徳は白を切り始めた。往生際の悪い男だ。証拠さえなければ、不正ではないと言いたいのだろう。

 ここまで往生際の悪い成徳の様子を見た綾姫は、あきれたようにため息をついた。


「そうね。確かに、証拠がないからあなたが不正をやったとは言えないわよね。なら、これはどうかしら?」


 綾姫はある本を成徳にちらつかせるように見せる。

 それは、妖が聖印京に出現し、柚月が調査をした時、綾姫がこっそり見せてくれた報告書であった。成徳が誰にも報告しなかったあの報告書を。

 その報告書を見た途端、成徳の顔は青ざめた。


「そ、それは……。ど、どうして君が……」


 成徳は、動揺する。その動揺はひどいありさまだ。


「あなたが不在にしている間に見つけたのよ。これ、この前の妖が出現した時の報告書よね?詳細が詳しく書かれてあるけど、月読様には報告してないわよね?」


「た、確かな情報とは言えなかったから……」


「この情報を報告していれば、天鬼が侵入することも防げたかもしれないわ。天鬼は、朧君を狙っていたみたいだし。あなたの軽はずみな言動が、被害を拡大させたも同然よ?」


 確かにその通りだ。この報告書を月読に渡していれば、対策を練ることができただろう。鳳城家の人間が殺されることも朧が危険な目にあうこともなかったかもしれない。

 これは、きわめて重大な過失と言ってもいいだろう。

 もはや、成徳は言い逃れができないほど、追い詰められたも同然だった。


「……そうとは、限らないさ。だって……」


「夏乃、これを軍師様に届けて。今すぐに」


「承知いたしました」


「ま、待て!」


 これほどの重大な証拠をつきつけられても尚反論しようとする成徳に対して、綾姫は、振り返らず、報告書を後ろにいる夏乃へ差し出す。

 夏乃は、笑みを浮かべて、報告書を手に取ろうとしたのだが、成徳が慌てて、制止し、夏乃は、動きを止めた。


「わ、わかった。弟君と面会を許可する。それでいいかい?」


「ええ、もし、面会を邪魔するようなことがあれば、即刻この報告書が軍師様にいきわたると思いなさい。いいわね?」


「……わかった」


 成徳は悔しそうな顔つきで、柚月達の前から去っていく。その足取りは重いようだ。無様な姿を見た柚月は、内心自業自得だと思い、のどまで出かかったが、何とかして飲みこむように抑え込んだ。

 成徳の姿が完全に消えたのを確認し、柚月は綾姫の隣に立ち、頭を下げた。


「助かった。ありがとう、綾姫」


「いいえ、構わないわ。成徳はああでもしないと、面会の許可をしなかったでしょうし。本当は釈放してほしかったけど、そうなると貴方をこの件から引かせようとするからね」


 確かに、釈放となれば、成徳は、頑として柚月を追い出すようなことをしたであろう。先ほどの不正をつきつけてもよかったが、傍から見れば、脅しととらえられる可能性もあった。

 ほとんど、脅しだが……。


「そうだな。だが、よく成徳が不正を働いているとわかったな」


「夏乃のおかげよ。うちの夏乃は優秀な女忍びですから」


 夏乃は、穏やかな顔で頭を下げる。

 万城家は、忍びの一族だ。夏乃も優秀な忍びになるよう鍛えられている。そのため、成徳の不正行為の情報も集めてくれたのは夏乃だ。

 綾姫と夏乃のおかげで、柚月は救われたと言っても過言ではないだろう。


「ですが、あれは単なる噂の可能性もありましたので。まさか、言うとは思ってもみませんでした」


「かまをかけないと、交渉することはできないと思ってたのよ。それに、成徳なら不正もやりかねないわ」


「さすがです、綾姫様」


「まったく、恐れ入る」


 まさか、噂だったとはと柚月は、あっけに取られていた。

 その噂までも交渉の材料にしてしまうのが綾姫のすごさなのである。

 この大胆不敵さは、敵に回したくないと何度も思ってしまうほどだ。

 綾姫の交渉術は、強力な武器と言ってもいいだろう。


「さあ、朧君に会いに行きましょう。彼もいるでしょうしね」


「九十九か……。そうだな」


 九十九が朧に関与していると考えている柚月はどこか複雑そうな顔を浮かべる。

 九十九に対して、柚月は怒りを静かに燃やしていた。



「ちっ。綾の奴……。いつの間に、あの報告書を……。くそ!」


 部屋の中に隠していた報告書をいつの間にか綾姫に奪われ、交渉の材料とされたことに成徳は苛立ちを隠せなかった。

 何度も何度も柱をけり、苛立ちを柱に八つ当たりするような態度を見せた。

 柱をけった後、息を荒げた成徳は落ち着かせるように手を胸に当て、こぶしを握りしめた。


「ならば、強硬手段といくしかないな」


 何かよからぬことを思いついた成徳は不敵な笑みを浮かべていた。



「はぁ、僕達どうなっちゃうんだろう……」


 朧は、千城家の牢屋の中でため息をつき、呟く。

 九十九は、朧の懐に隠れたため、見つかってはいないが、しゃべることもできず、朧の様子をうかがうこともできない。

 九十九は申し訳ない気持ちでいっぱいであった。


――結局、兄さんに助けを求めちゃった。情けないなぁ。


 成徳に捕らえられる直前、兄に助けを求めてしまったことを朧は後悔している。

 兄を巻き込まないつもりが、結局巻き込んでしまったと思うと、やるせない気持ちがあふれ出そうになっていた。


――でも、ここから脱出しないと。


 朧は気持ちを切り替えて、意を決意する。

 あともう少しで答えが出かかっている。答えが出れば、琴姫を助けることもできるだろう。

 こんなところで、処罰を待っている場合ではない。

 朧は、隙を見計らって、牢を出ようとしていた。

 しかし、人間を取り締まる部隊に所属している密偵隊の男が突然、牢の戸を開けた。


「出ろ」


「え?」


「早く出ろ。成徳皇子の命令だ」


「成徳皇子が?」


「ああ、そうだ」


 密偵隊の男は申し訳なさそうに、朧を見る。

 朧は、どうして、牢から出なければならないのかわからなかった。

 だが、その疑問の答えは、とんでもない形となって返ってきた。


「鳳城朧、お前を処刑する」


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