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聖印×妖の共闘戦記―妖王乃書―  作者: 愛崎 四葉
第二章 大胆不敵な水の舞姫
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第二十三話 水の舞姫

 綾姫は、泉の前で、舞を踊っていた。鈴の音が心地よく、踊る姿は天女のようだ。

 綾姫は水の舞姫と呼ばれている。聖水の泉と呼ばれる泉を守護するものであり、神楽舞を踊って、神に捧げている。綾姫の舞の美しさは、一族の中でも一番だと言われるほどであった。


 綾姫は舞を終え、振り向くと夏乃が綾姫に頭を下げた。


「綾姫様、柚月様と朧様がお見えになられました」


「ええ、ありがとう、夏乃。久しぶりね、柚月、朧君」


 綾姫は、久しぶりの再会を静かに喜び、微笑んだ。その笑顔はまさに天女のようであった。

 柚月も朧も綾姫の再会を喜んだ。何より、綾姫が無事だとわかり、内心ほっとしていたのだ。

 柚月の様子を見ていた九十九は、にやりと笑みを浮かべていた。



 柚月達は、聖水の泉の隣にある離れに案内された。

 その離れも鳳城家同様、塀に囲まれていたが、とても静かで居心地が良く感じた。

 泉の神が宿ると言われている聖水の泉があるからかもしれない。

 その離れ周辺だけが、とても神聖な場所に思えたのであった。


 柚月達は、座り、夏乃は、柚月達にお茶を出した。

 綾姫も柚月達の前に座った。


「ごめんなさいね、本当はこちらから迎えに行くべきだったのに」


「いや、いいんだ。……綾姫は屋敷から出られないと聞いていたから」


「……そうなのよ。私が成徳に頼んだの」


「その、頼んだというのは?」


 朧は、綾姫に尋ねる。柚月達は正直、成徳が綾姫に命じたものだとばかり思っていた。だが、綾姫から出た言葉は意外であった。

 自ら屋敷を出ないようにしたのは何の意味があるのだろうかと柚月達は、綾姫の言葉を待ったのであった。

 綾姫は静かに語りだした。


「……結界を張る間は、敷地から出ないことを条件にしたの」


「なぜ、そのようなことを?」


「その方が動きやすいからよ」


「え?でも、外に出られないと中々不便だと思うんですけど」


「逆よ。中だからこそ、自由に動けるの。私や夏乃が任務で外に出ている間、成徳が何をするかわからないからね」


 綾姫は成徳のことを信用していない。自分の利益のためなら、手段を選ばない狡猾な男だ。それは、柚月も夏乃も知っている。

 だからこそ、この敷地内にいることが必要不可欠であった。綾姫は成徳の監視をすると同時に結界を張ることも念頭に置いていたというわけだ。


「それに、お母様はこの屋敷のどこかにいると思っていたの。だから、成徳がいない間に、お母様を探していたってわけ。私が出てはいけないのは屋敷ではないからね」


 成徳は警護隊の人間だ。屋敷にいないことがある。その間は、監視はできないものの、動ける絶好の機会と綾姫は考えた。

 琴姫を探そうと動いていたが、成徳に止められたことがある。そのため、綾姫と夏乃は、成徳がいない時間を狙って琴姫の行方を探していたのであった。


「本当に、敵に回すと怖いな。で、琴姫様は……?」


「そのことは、あとで話すわ。その前に……」


 柚月の問いに対して、綾姫は話を後回しにし、すっと九十九を見つめる。

 目があった九十九は、ふいっと目をそらしたのだが、綾姫は九十九から目を離さなかった。


「目をそらしても無駄よ。あなたが妖狐であることは気付いているわ」


「あ、綾姫様!?」


 九十九が妖狐であることを見抜いた綾姫。

 柚月や朧は、驚愕していた。それは、九十九も同様だ。

 朧は、動揺して、尋ねる。だが、綾姫はにっこりと笑みを浮かべたままであった。

 何も知らない夏乃は、綾姫に問いかけた。


「どういうことなのですか?まさか、この狐が妖狐と言うことなのですか?」


「ええ、そうよ。彼は妖狐。そうでしょ?」


 綾姫はまだ、九十九から目をそらさない。九十九は、綾姫の問いに反応せず、黙っていた。

 しかし、観念したのは九十九の方であった。これ以上の黙秘は無駄だと考えたのだろう。

 九十九はため息をついて、朧の肩から飛び降りた。


「ちっ。なんでわかったんだ?綾」


 九十九は、挑発したように綾姫を呼び捨てにする。

 その態度に対して、柚月も夏乃も怒りを覚えた。


「貴様、綾姫様になんて無礼を!」


 夏乃は、置いてあった薙刀を手にし、九十九に向ける。

 出迎えてくれた時とは、違い鋭い目つきを九十九に向けた。

 やはり、夏乃にとっても妖は敵と認識しているのだろう。薙刀を向けられた九十九は、威嚇しようとしたが、綾姫は二人を止めるように二人の間から手を伸ばした。


「お止めなさい、夏乃」


「しかし……」


「彼は、危害を加えるつもりはないわ。そうでしょ?朧君」


「は、はい!九十九は、大丈夫です。ですから、夏乃様、武器をお納めください」


「……承知いたしました」


 朧と綾姫になだめられ、夏乃は、薙刀を畳の上に置き、再び座る。

 本当なら、九十九を離れから追いだしたいのだろう。それは、柚月も同じだ。だが、朧と綾姫がいる手前、追いだすような真似はできず、夏乃は綾姫に従うしかなかった。

 綾姫は、九十九に対して笑みを向ける。

 こういう時の笑みは何を考えているかわからない。柚月は、綾姫がどんなことを言いだすのかと、不安に駆られた。


「さあ、いいわよ。本性を現しても」


「は?」


「あ、綾姫?それは、ちょっと……」


 やはり、飛んでもないことを言いだした。これには九十九もびっくりした様子だ。

 本性と言うのは妖狐の姿になってもいいということであろうが、九十九もそんなことできるはずがない。

 そんなことになったら、騒ぎが起こったも同然だ。柚月は、綾姫の提案を止めるが、綾姫は話を続けた。


「この離れには誰も来ないわ。護衛は夏乃一人で十分と言い聞かせてあるもの。奉公人も女房も誰も来ないわ。だから、安心なさい」


「いいのか?本当に俺を信用しても」


「ええ、もし、本当に危害を加えるつもりなら、舞の時でも十分好機はあったわ。それをしなかったということは、危害を加えるつもりはないのでしょう?」


 確かにその通りだ。本当に九十九が危害を加えるつもりなら、その機会はいくらでもあった。

 だが、しなかったということは九十九は他の妖とは違い、仲間と認識していいと綾姫は考えたのであろう。

 綾姫の堂々とした振る舞いに九十九は観念した様であった。


「後悔しても知らねぇぜ」


 九十九は、狐から妖狐の姿へと変化した。

 妖狐である九十九を目の前にしても、綾姫は動じない。だが、半信半疑であった夏乃は、驚いたように九十九を見やった。


「本当に、妖狐だったとは……」


「まぁな。で、何でわかったんだよ」


「千城家は、皇族の血を引いていると共に巫女の一族でもあるの。一目でわかったわ」


「おいおい、それってまずいんじゃねぇのかよ」


「そうね。気をつけたほうがいいわね」


「……」


 千城家が巫女の一族であり、見抜けるということは、九十九にとっては千城家は天敵であろう。見抜かれててしまえば、朧を巻き込んでしまうことになる。

 見抜かれないようにするには、朧か柚月のどちらかの懐に入って隠れる必要がある。

 柚月も朧も、まずい状況になったことに気付き、たがいに目を合わせる。

 警戒し始めた九十九に対して、綾姫は、にっこりと笑ってみせた。


「と言うのは冗談よ」


「は?」


 柚月達は、あっけにとられる。夏乃も同じだ。

 目をぱちくりさせて瞬きする柚月達に対して、綾姫は懐から文を見せた。


「実は、月読様から頂いた文に書かれてあったの。あなたのことがね」


「そうだったのか!?」


「ええ」


 柚月は、動揺を隠せない様子で綾姫に尋ねる。

 まさか、月読が九十九のことを綾姫に伝えてあるとは思いもよらなかったであろう。月読は一体何を考えているのだろうかと考えたくなるほどだ。

 この件に関しては、夏乃も驚きを隠せない。

 月読から文をもらったのは夏乃であったが、綾姫宛ての文だったため、文を読まず、綾姫に渡したからだ。

 柚月達が来ることは知らされていたが、九十九が来ることは教えられていなかったのだろう。

 こんな時でも、綾姫は堂々としている。何とも恐ろしい人だろうかと柚月は、あきれる。

 九十九も、未だあっけにとられたような表情を見せていた。


「綾姫様。そうと書いてあるなら、なぜ私にも伝えてくださらなかったのですか!?」


「だって、あなたは、反対するでしょ?彼をここに入れることを」


「当たり前です。妖狐をこの屋敷に引き入れるなど……」


 夏乃の言い分ももっともだ。そもそも、妖狐が来ると書かれてあるなら、柚月達を招き入れることなどあってはならないこと。

 夏乃がこの事を聞いていたのであれば、綾姫の身を案じて反対したであろう。

 柚月も、九十九を綾姫に会わせたくなかったが、月読の命で連れてきただけのことだ。

 柚月は夏乃の気持ちが痛いほどわかっていた。


「そうね。私も最初は驚いたわ。でも、彼の力はお母様を救うのに必要だと書かれてあった。月読様がそう仰るのなら、この目で見てみたいと思ったの」


 綾姫は月読を信頼している。月読が、綾姫に九十九のことを伝えたのも、綾姫を信頼しているからであろう。綾姫が九十九を受け入れると。

 そして、綾姫は九十九を受け入れている。簡単に受け入れられるはずないのだが、それでも受け入れてしまうのが綾姫だ。

 柚月も夏乃も綾姫の判断にはいつも驚かされたのであった。

 それは九十九も同様であった。


「確かに、こえぇ女だな。敵に回したくねぇ」


「褒め言葉と受け取っておくわ。それで、協力してくれるかしら?」


「……いいぜ。ただし、朧優先だ。朧が危険な目にあったら、俺は朧を守るぜ」


「つ、九十九……」


「ええ、それでいいわ」


「い、いいのかよ……」


 九十九の条件を綾姫は受け入れた。これには九十九も再び驚いた様子であった。


「もちろん。朧君は私にとっても大事な人だもの。だから、守りなさい」


「……本当に、敵に回したくねぇぜ」


 九十九はとうとう綾姫の判断に対してあきれたようだ。あの九十九があきれるというのはよっぽどのことだ。

 柚月も綾姫を敵に回したくないと内心九十九の意見に同意した。

 もちろん、九十九の前で言うつもりは全くないが……。

 九十九に協力を得られる形となったため、柚月は、再び琴姫のことについて尋ねた。


「それで、綾姫、琴姫様は……」


「……そうね。お母様のことについてだけど、見てもらった方がいいと思うの。一緒に来てくれるかしら?」


「……ああ」


 綾姫は神妙な面持ちで柚月に依頼する。

 やはり、ただ事ではないようだ。柚月も意を決してうなずいた。



 柚月達は、綾姫と夏乃に連れられて、離れから母屋へと移る。九十九は小狐に変化し、朧の肩に乗っかって、柚月達と共に琴姫の元へ向かっていた。

 その時、男性が柚月達の目の前に現れ、柚月達は、立ち止まった。

 男性は、不敵な笑みを浮かべて柚月に語りかけた。


「あれ?誰かと思えば、柚月じゃないか」


「成徳皇子……」


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