第二十二話 千城家の事情
柚月達は、千城家の敷地内に入る前に、なんと虎徹に出くわしてしまった。
朧は、虎徹に会えたことを喜び、九十九は柚月の様子を見て何やら楽しんでいる様子であった。
「な~んか、騒がしいと思って来てみれば、な~んで、お前さん達がここにいるんだ?」
それは、こっちの台詞だ!と声を大にして叫びたい柚月であったが、人々がいる前で叫べるはずもなく、見事に顔を引きつらせて、一応、虎徹の疑問に答えてやった。
「母上に頼まれて、です」
「頼まれて……ねぇ?」
綾姫の任務は秘匿任務とされている。琴姫のことは特に言えるはずがない。柚月は、それ以上詳しいことが言えなかった。柚月が言えないことに気付いたようで、虎徹は、楽しそうな笑みを浮かべている。
虎徹は何が何でも柚月から聞きだそうとしている様子だ。
虎徹の思惑に気付いた柚月は怒りで体を震わせた。
そんな柚月の様子を見た朧は、慌てて柚月の前に立った。
「こ、虎徹様は何をされていたんですか?」
「え?ただの散歩だよ?天気がいいから」
絶対嘘だ!と柚月は確信した。
ただ、天気がいいからと言って散歩をするような男ではない。
何か裏があるはずだと柚月は虎徹を決して信じようとしなかった。
と言うよりも、虎徹はこんなところで散歩している場合ではなかった。
その理由は柚月がすぐに答えてくれた。
「師匠、あなたは、他の任務があるはずです。行かれなくてよろしいのですか?というか、行くべきでしょう。散歩している場合じゃないと思いますが?」
念のために、説明しておくが、一応虎徹は、聖印隊士を育てる師匠であるため、この時間は弟子たちに指導していなければならない。といっても、よくサボっていたため、柚月は自主練させられる羽目になっていたが……。
「柚月は、相変わらず真面目だねぇ~。そんなんだから、隊長外されちゃったんだよ?」
――こいつ、殺す!今すぐ殺す!
柚月が最も気にしていることを虎徹はさらりと言ってのける。
もちろん、柚月が隊長を外されたことを気にしているのは、虎徹も気付いているだろう。
だが、虎徹は気付かうそぶりは全くない。むしろ、柚月をからかう絶好の機会だと考えただろう。
柚月も虎徹の思惑に気付いているため、殺意が芽生えた。
朧は、わなわなと震える柚月を必死になだめた。
話せない九十九は相変わらず、ニヤニヤしている。
「まぁ、柚月君いじりはここまでにしよう。君たち、忙しそうだし。綾姫のところに行くんでしょ?」
「いじりってなんですか!?てか、そうですよ、俺達は忙しいんです!綾姫のところにって……ご存じなんですか?」
またまたさらりととんでもない言葉を口走った虎徹に対して、柚月は目を見開き驚く。だが、驚いているのは柚月だけでなく朧、九十九も同じであった。
綾姫の事情を知っているのは、柚月、朧、九十九、月読だけであったはずなのだが……。
疑問ばかりが増える彼らのために、虎徹は再びさらりと答えた。
「うん、知ってる。月読に聞いたから」
――知ってるなら、教えろよ!今までのやり取りはなんだったんだ!?
柚月は、怒りを覚える。
虎徹にもてあそばれた自分が悔しい。
驚愕したため、冷めきっていた殺意が再び芽生えないように、朧は柚月をなだめたのであった。
「あ、あの、聞いたというのは?」
朧は、おずおずと虎徹に尋ねる。
虎徹は、頭をぽりぽりと掻きながら、淡々と話し始めた。
「まぁ、綾姫が夏乃を通じて、月読に依頼したってところかな」
「夏乃を通じてですか?」
虎徹から出た言葉は、意外な言葉だった。
綾姫が夏乃に月読に依頼するよう頼んだというのだ。本来、綾姫の性格なら、自ら南堂に赴き、月読に依頼するであろう。
あの綾姫なら必ずそうする。今回も綾姫が自ら依頼したと思っていたのだが、夏乃を通じてとなると、何が起きているのかと柚月は不安に駆られた。
「そうそう。だからなーんか、おかしいなーって思ってたから。それとなく、千城家の人間に聞いてみようと思ったんだけどね。無理だったんだよ」
「え?どうしてですか?」
朧は、虎徹に尋ねる。
なぜ、千城家の人間に尋ねることができなくなかったのか。虎徹なら、さらりとやってのけるだろうと思ったのだが、それすらもできなかったらしい。
謎ばかりが増える柚月達に対して、虎徹は話を続けた。
「そっか、お前さん達は、知らないか。ここ最近、千城家の敷地への出入りが厳しくなってね。確か……天鬼が出始めた日からだったね」
柚月達は、思い出す。あの日、天鬼が都に現れ、逃げ去った直後、結界が張られた。しかも、結界を張ったのは綾姫だという。
その日から出入りが厳しくなったということは、綾姫が父親と成徳に交渉した時に何かあったということだ。
「ほら、その後、綾姫が結界を張ることになったでしょ?だから、その理由を知りたくて聞いてみようと思ったんだけど。入れなくてね。それに、夏乃を通じて依頼したってことは、綾姫は屋敷から出られないってことだろうし」
「それで、師匠は中の様子を見に来たと?」
「ま、そういうこと。けど、やっぱり、入れさせてはもらえないようだね」
「じゃ、じゃあ、僕たちも?」
虎徹の話を聞いた朧は不安に駆られる。
任務といえど、出入りが厳しいとなれば、柚月達も敷地内に入ることは容易ではないということだ。
どう説明すればいいのかと柚月達は、思考を巡らせたが、虎徹は、あっさりとその不安を消し去った。
「いや、お前さんたちは、月読が入れるように手配したらしいんだよ。強引にだけど。やっぱ、千城家でも鳳城家には逆らえないんだろうね~」
強引、逆らえないという言葉を聞いた柚月と朧はぞっとする。
氷の女帝・月読ならやりかねないことだ。あの皇族の血を引く千城家に対してどんな手を使って許可を取ったのだろうと想像したが、やっぱり、やめておくことにした。
「というわけだから、気をつけたほうがいいよ。んじゃ」
虎徹はくるりと体を回転させ、手を振って去っていった。
ほっとする柚月、お辞儀をする朧を見ることもなく虎徹は、てくてくと歩き始めるのだが、ある疑問が浮かび上がった。
虎徹は、柚月達と話している時、朧の肩に乗っかっている九十九が気になっていた。
朧が祈祷を受けるため、千城家を訪れるときはいつも留守番をしていたはずなのだが、今日はなぜか共にいる。虎徹は違和感を覚えていたのであった。
――そういや、朧の奴、九十九を連れてたけどいいのか?まぁ、月読の考えだろうけど。
やはり、虎徹は自ら生み出した疑問をあっさりと受け入れる。
考えたところで、答えはでないと判断したのだろう。
虎徹は、千城家の事を柚月達に任せることにした。
虎徹が去った後、柚月達は黙り込んでしまう。
千城家の事情を知った今、ただ事ではないと確信し、同時に綾姫や夏乃の身を案じた。
「綾姫様、大丈夫かな?」
「だと、いいんだが……」
柚月は、朧の問いに明確に答えることができなかった。
何が起こっているかわからない以上、自分たちの眼で確かめるしかない。
柚月は、ただただ、綾姫と夏乃の無事を祈るしかなかった。
そんな重苦しい空気を変えたのは、言うまでもなく九十九であった。
「ぶはっ、もういいか?しゃべれねぇから、疲れちまったよ」
「待て待て!しゃべるな!師匠がいてもいなくてもしゃべるな!」
「え~、なんで?」
「なんでもだ!ほら、行くぞ!」
空気を読んでなのか、読まなかったのか、突然しゃべりだす九十九を黙らせ、柚月達は、千城家の敷地へと向かった。
柚月達は、門へと近づく。
だが、見えてくるのは、警護隊の人間だ。
警護隊の人間を見るや否や、柚月は引きつったような顔を見せる。
柚月に気付いた警護隊の人間も嫌悪感を隠さず、柚月達をにらむが、黙って後ろへ下がる。
これも月読のおかげなのであろう。柚月達は、この時ばかりは月読に感謝して、門を潜り抜けた。
そんな柚月達を出迎えてくれたのは、夏乃であった。
「夏乃様!」
夏乃の姿を目にした朧は夏乃に駆け寄る。
夏乃は、柚月と朧に対して深く、丁寧に頭を下げた。
「柚月様、朧様、お待ちしておりました」
「夏乃、綾姫は?」
「綾姫様でしたら心配いりません。無事ですよ」
柚月の問いに夏乃は笑顔で返す。
どうやら、本当に綾姫は無事のようだ。
それを聞いた柚月はほっとしたが、九十九はこれまた楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべていた。
夏乃は、九十九の存在に気付いたらしく、九十九をじっと覗き込む。
しまったと感づいた九十九は、夏乃から目をそらしたのであった。
「あの、朧様、この小狐は……」
「あ、ごめんなさい。九十九って言うんです。僕の大事な……友達で……」
朧は、しどろもどろに答える。
朧は九十九を連れて千城家を訪れたのは、初めてだ。夏乃が、不思議に思うのも無理はない。なんと答えればいいかと朧は迷ったが、夏乃は、九十九の頭を優しくなでた。
「そうでしたか、かわいらしいお友達ですね。私とも仲良くしていただけるでしょうか?」
「もちろんです!ね?九十九」
朧の問いに九十九はうなずく。
柚月は、ほっとしたものの、夏乃にもすぐ懐くんだなと一瞬だけ不機嫌そうな表情を浮かべた。
「今から、綾姫様のところへご案内いたします。さあ、こちらへ」
そんな柚月の心情に夏乃は気付かず、笑顔で柚月達を綾姫の元へと案内し始めた。
夏乃は、柚月達を連れてとある場所へ着いた。
そこは透き通った泉のある場所である。そこに綾姫がいるらしい。
柚月達は、夏乃に連れられて歩くとしゃーん、しゃーんときれいな鈴の音が響き渡る。
音のする方へと近づく柚月達。
彼らの目に映ったのは、巫女装束を身にまとい、神楽鈴を用いて神楽舞を踊る綾姫の姿であった。




