第二十話 変化の兆し
九十九は本性を現した妖と戦いを繰り広げていた。
武器を所持していない九十九は、劣勢を強いられた。しかも、妖は柚月に斬り落とされた右腕が先が尖がっており、鋭利な刃物のように斬りつけることができる。
妖は、九十九に襲い掛かるが、九十九は右腕で防いだ。
「くっ!」
右腕に、激しい痛みが走り、攻撃を振り払って後退した。
「かってぇ!やっぱ、素手じゃ無理があるか……」
妖の攻撃を受けた九十九の右腕は痣ができている。骨にひびが入ったようだ。手を動かそうとしたが、動きが鈍くなっていた。
――明枇さえありゃあよかったんだがな。けど、あの妖刀を持てるのは俺だけだ。柚月には持たせられねぇ。かといって、九尾の炎も使えねぇしな。
九十九の武器である妖刀・明枇は、離れに置いてきた。
九十九は狐に変化して行動しなければならなかったため、明枇を持ち歩くことはできない。柚月に持たせようとも考えたが、妖刀を持てるのは妖だけ。明枇が柚月を切り刻む危険性もあり、致し方なしに置いてくることとなった。
九尾の炎も、森で使えば、たちまち聖印寮に気付かれてしまう。それでは、意味がない。
対抗手段は、残されていなかったが、それでも、九十九は負ける気がしなかった。
「柚月が来るまでこいつと遊んでやるか!」
九十九は武器がなくても、追い詰められても、好戦的だ。
柚月が来ると信じているからであろう。
九十九は、構え、再び妖と戦いを繰り広げていた。
「あいつ、どこへ逃げたんだ?」
柚月は、九十九を探していた。
実は柚月は、急きょ九十九に作戦の変更を告げていた。
自分が細い道に入ったら、二手に分かれると。九十九が姿を現して、妖から逃げ、都の裏門から出るように指示していた。
柚月は、他の裏門から出て、先回りし、妖を挟み撃ちにして追い詰めるという作戦であった。
柚月と九十九はあの男が妖だとは感づいていたが、確信が持てなかった。そこで、九十九が一人になって現れたら、妖であれば、必ず追いかけるであろうと考え、急きょ二手に分かれて行動することとなった。
だが、九十九はなぜか、都の外で合流するはずだったが、森の中へと逃げ込んでしまった。
これには柚月も驚き、急いで妖と九十九を追いかけたが、見失ってしまったのであった。
――まさか、森の中へと逃げ込むとはな。あいつ、自分が妖を仕留めたかったのか?
九十九が好戦的であるのは柚月も気付いている。だが、九十九が妖狐の姿を見せては問題だ。だからこそ、柚月が仕留める作戦となっていたが、よほど、妖と戦いたかったのか、人目につかない森へと逃げ込んでしまった。
――朧だったら、こういう時どうするんだろうな……。
柚月は、瞼を閉じて、思考を巡らせる。
だが、何も思いつかない。自分と朧は違う。朧は九十九を親友と思うからこそ、わかることがあり、自分では朧のように見つけ出すことは不可能だと気付かされた。
――どうすれば……。
柚月は再び、思考を巡らせる。
ふと、柚月は異様な気配に気付いた。妖気だ。しかも殺意に満ちた妖気であった。
柚月は、この妖気を知っている。天鬼が九十九と戦った時に放っていた妖気だ。
やはり、九十九はこの森のどこかで妖と戦っている。この妖気をたどれば、九十九を見つけ出せるだろう。
柚月は、神経を集中させた。
――見つけた!
九十九の妖気を探り当てた柚月は、駆けだす。
他の妖が柚月に襲い掛かるが、柚月は容赦なく斬り捨てる。
他の妖に構っている暇はない。急がなければならないからだ。妖と戦っている九十九の元へ……。
柚月は、九十九の元へたどり着いた。だが、九十九は、右太もも、左腕を刺され、さらに、右の脇腹を斬られていた。
先の戦いで九十九は右腕の骨にひびが入っている。
普通の人間なら、立つことだけで精一杯であろう。九十九は、戦ってはいるが、追い詰められた状況であった。
柚月は、妖が、九十九の喉を切り裂こうとしているのが見えた。
「九十九!」
柚月は、銀月で妖の右わき腹を切り裂き間一髪で九十九の窮地を救った。妖は奇声を上げ、よろめきながら、後退した。
柚月は、九十九の前に立ち、かばうようにして構えた。
「おせぇんだよ!」
「仕方がないだろ!お前が森になんか入るからだ!」
「こうするしかなかったんだよ!ここの方が誰にも気付かれずに済む…って、柚月、後ろ!」
九十九は、叫ぶ。妖が柚月に迫ってきたからであった。
柚月は、銀月で防ごうとするが、防ぎきれず、右肩を切り裂かれた。
「っ!」
「す、すまねぇ!」
「黙ってろ。あとは、俺がやる」
柚月は、右肩を押さえていた手を放し、意識を集中させる。柚月の右腕に刻まれた聖印が光り、柚月が光の刃と化する。柚月は、異能・光刀を発動した。
『やはり、お前は厄介だな。ならば……』
妖は、自分の左腕を斬り落として、刃と化した。
二本の腕が同時に柚月に迫りくる。柚月は、左手で左腕をはじき、さらに、右腕をつかむ。妖に隙ができ、柚月は突きを放った。
『ちっ!』
妖は、右肩を刺され、よろめく。柚月から強引に離れ、体制を整えた。
柚月に傷一つ付けることができない妖は、形勢逆転となり、追い詰められた状態となった。
『こうなれば……』
妖は、妖気を放ち、柚月達の目の前から逃げ切ろうとしていた。
「逃がすかよ!」
九十九は柚月よりも早く妖が逃げることに気付き、これまでみせなかった素早い反応で妖に迫り、妖をとらえた。両腕をとらえた九十九は手から血が流れていた。
「九十九!」
妖は、九十九から逃れようともがく。その度に、九十九は手を傷つけられ、血が多く流れた。
それでも九十九は依然として妖から手を放そうとしなかった。
「行け、柚月!」
九十九が叫ぶと、柚月は、霞の構えをとる。そのまま柚月は、九十九と妖に向かって突っ込むように走り始めた。
刀が骨を貫く嫌な音が九十九の耳に入ってくる。だが、九十九は驚いていた。柚月は、なんと、妖の額を貫いていたからだ。それも正確に。
妖は、もがいて刀から逃れようとするが、柚月は決して抜くことはない。
銀月が光り始めた。柚月は、銀月天浄を発動する。光の刃となった銀月を持ちかえて、柚月は振り上げた。
頭部を切り裂かれた妖はそのまま倒れ、跡形もなく消え去った。
「相変わらず、容赦ねぇな」
「相手は妖だ。情けをかける必要がない」
「こえぇ奴。けど、別に額じゃなくても、首を狙えばよかっただろ?がしゃどくろの弱点は首と額なんだし。わざわざ、あんな高いところ……」
「銀月を発動するのに、お前が邪魔だった。だから、額を刺しただけだ」
柚月は、九十九の問いに答えながら、銀月を収めた。
今回の柚月の行動は、九十九を怪我させないための考慮にも思える。だが、柚月はそうは思いたくないからあのような発言をしたのであろう。
九十九はそのことを理解しているため、あえてその言葉をそのまま受け取ることにした。
「そういうことにしといてやるか」
「行くぞ」
「どこに?」
「母上に報告だ」
柚月は九十九に告げて、都へと戻る。九十九も何も言わずに、柚月についていくように歩き始めた。
柚月と九十九は、月読に妖を討伐したことを報告した。
その結果、月読は今回の処罰はなしと二人に告げた。
妖との戦いでけがを負った柚月達は治療を月読に施してもらい、体を休めた。
こうして、二人の共闘は、成功したのであった。
妖を討伐してから、一日がたった。
朧の怪我も、だんだん治ってきているようで休んでいた朧は、起き上がれるようになった。
柚月と朧は再び、共に食事を取ることができるようになり、朧はうれしそうだ。
朧が回復してきていると知った柚月もまた嬉しそうであった。
「朧、怪我の方はどうだ?痛むか?」
「ううん、治ってきてるからもう痛くないよ。ありがとう、兄さん」
朧はいつものように満面の笑みを見せる。
柚月は朧の笑顔に癒され、それと同時に朧を必ず守り通すことを誓ったのであった。
料理を半分残した朧は膳を持ちあげて立ち上がった。
「これ、九十九にあげてくるね」
「待て、朧」
「ん?」
柚月に呼び止められ、朧は立ち尽くしたままとなった。
柚月は、言いにくそうな顔をしていたが、降参したかのように語り始めた。
「……あいつ……九十九にここに来るように言っておいた。そのうち来るだろう」
「え?」
朧は驚く。今、柚月は九十九の名を呼んでいたのだ。しかも、この部屋に来るようにも言ったと。それは、柚月が九十九にこの部屋に入ることを許したということになる。
朧は、何が起きているのかわからなかった。
すると、足音が聞こえ、朧は、振り返ると部屋の前に九十九がいたのであった。
「九十九!」
「よう」
九十九を見た朧は嬉しそうに呼ぶ。九十九も手を上げて朧に軽く挨拶をした。
柚月は九十九に対して不愛想なままであった。
「遅いぞ」
「おそかねぇだろ。そりゃ、ちょっとのんびりとはしてたけど。で、なんだ?」
「……朧が、料理をお前にあげたいそうだ。食べるか?」
「兄さん……」
「……遠慮なくいただいてやるよ」
九十九は、朧の隣に座る。朧は、膳を九十九の前において、どうぞと渡した。
料理を差し出された九十九はおいしそうに料理をほおばる。柚月は何も言わず、静かに料理を口に運んだ。
部屋の中はいつものように静かだ。だが、こうして三人が食事をとれるようになった。
それだけでも、十分良い変化だ。朧はうれしくて思わず笑みをこぼしていた。
時間が立ち、空に星が出始めた頃であった。
九十九は星空を見上げたが、その目はどこか寂しそうな目をしている。
星を眺めていると足音が聞こえ、九十九は振り向いた。
九十九の背後に柚月がいた。
「やはり、ここにいたか……」
「おう、なんだよ」
「お前に、言っておきたいことがあってな」
柚月を見た途端、九十九は寂しさを隠すようにいつもの挑発的な表情を見せる。
柚月は、表情を一つ変えず、冷酷な顔を九十九に見せて、歩み寄り、九十九の隣に立った。
「お前と共に戦うことは了承した。共に暮らすこともな。だが、それはお前を利用するためだ」
「そういうことか」
柚月はやはり、九十九を許したわけではなかった。
九十九は不思議でならなかったのだ。柚月がなぜ、自分と戦うことを決意したのか、なぜ、部屋に呼び寄せて共に食事をとらせたのか。許されるはずがないと思っていた九十九にとっては、戸惑うばかりであった。
だが、先ほどの言葉を耳にして、九十九は納得した。
納得したからこそ、九十九は挑発的に柚月に言葉を返した。
柚月は、九十九の挑発に乗ることはせず、淡々と語った。
「……天鬼を殺した後、俺は……お前を殺す」
「いいぜ、やれるもんなら、やってみろよ」
「……そうさせてもらう」
柚月は九十九に宣戦布告とも言える言葉を告げた。九十九も、柚月を挑発するように受け取る。
九十九に告げた柚月はそのまま九十九に背中を向けて立ち去った。
九十九も、振り返ることはせず、星空を見上げた。再び寂しそうな目で……。
――そうだ。それでいい。俺を憎め。俺を憎んで……俺を殺せ




