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聖印×妖の共闘戦記―妖王乃書―  作者: 愛崎 四葉
第一章 宝刀使いと妖狐の再会
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第一話 聖印一族(挿絵あり)

H30.2.4に柚月のイラストを載せました。

「っ!!」


 青年は、目を覚ます。呼吸はやや乱れており、額に汗をにじませていた。

 青年が眠っていた場所は、あの地獄のような戦場の中ではなく、静まり返った屋敷の中であった。

 東から昇り始めた日差しは青年の眼から流れる涙さえも照らした。


「またあの夢か……」


 青年は涙を手で強引に拭う。忌々しい夢を消すかのように……。

 青年が見ていた夢は、女性が……青年の姉が妖狐に殺される夢であった。姉が殺されたのは5年前のこと。あれ以来、青年は繰り返しその夢を見ていた。何度も見る悪夢に青年はうなされ、目を覚ます度に涙を流していた。

 その悪夢はまるで青年を責め続けているかのように思えた。姉を守れず、救えなかった罰として……。


「……妖を全て殺せば、あんな夢も見なくなるかもしれないな」


 青年は立ち上がり、歩き始める。罪を償うことを決意したかのように……。



 青年が住む国は和ノ国(わのくに)と呼ばれている。自然豊かな国ではあるが、一つ大きな問題に悩まされ続けていた。

 それは、千年前に妖が現れたことであった。当時、多くの人間の命が奪われ、和ノ国の損害は甚大であり、混乱の世と変わり果ててしまった。

 悪霊を除霊してきた陰陽師や巫女は、忍びや武人と共に妖を討伐するよう帝に命じられ妖と戦ったが浄化することができず、命が奪われ続け、このままでは和ノ国は滅ぶだろうと人々はあきらめるようになっていった。

 だが、一人の男が神を召喚したことで世が変わることとなる。神は男にある力を与え、男は妖を浄化することに成功した。その後、男の一族は神から力を授かることとなった。その力を身に宿した一族は体に自身の家紋に加えた紋が浮かび上がった。神はその紋は聖印(せいいん)だと告げた。彼らは妖に対抗する力・聖印を授かり、妖を見事浄化することに成功した。それゆえに彼らは聖印一族(せいいんいちぞく)と呼ばれ、男は聖印を新たな家紋とした。

 男は妖と戦うことを宣言し、聖印寮(せいいんりょう)を設立。聖印寮の大将となった。

 はじめは一族の小さな屋敷を拠点とし、妖と戦い続けていたが、多くの人々が彼らを支持し、彼らと共に戦い、一族の為に建設された東の都を拠点とすることとなった。その都は聖印京(せいいんきょう)と名付けられた。


 聖印寮と妖の戦いは長きにわたって続いていた。青年も聖印一族の一人であり、聖印寮に所属する聖印隊士である。

 彼の名は鳳城(ほうじょう)柚月(ゆづき)。十七歳。聖印一族の一つ・鳳城家の次期当主である。柚月はその期待に応えるべく、鍛えており多くの妖を退治してきた。真面目で文武両道とされている柚月は心に闇を抱えていた。それは、五年前に姉をなくしたことであり、殺したのは妖刀を持った妖狐であった。姉が殺された直後、その妖を柚月は殺した。だが、それだけでは怒りを抑えることはできなかった。そのため柚月はすべての妖を殺すことを決意した。姉を守れなかった罪を償うため、混乱の世から平安の世へと戻すために……。



 柚月は身支度を済ませ、食事を終え、部屋を出る。廊下にいた女房達は、柚月を見るや否や柚月に対して頭を下げた。


「おはようございます、柚月様」


「おはようございます」


 挨拶をする女房にお辞儀をしながら歩いていく柚月の姿は、柔らかな物腰であり、柚月の後姿を見た女房達はほれ込んだ様子で柚月を見つめるのであった。闇夜のような漆黒の髪と海のような蒼い瞳、さらに中性的な顔立ちであり、柚月には容姿端麗、美男子という言葉がよく似合う。さらに彼は神を召喚し、初代大将となった男によく似ているといわれたこともあったため、人々が惚れ惚れするほど人気であり、彼に期待していた。

 もちろん、柚月が人気なのはそれだけではない。彼の強さも人気と期待の理由の一つといえるであろう。それは人々や都を守ると誓い、あきらめることなく立ち向かう心の強さ、妖を幾度となく討伐してきた力強さである。

 その功績が大将に認められ、鶯の音色が響き渡る春の季節に、聖印寮討伐隊・第一部隊の隊長並びに第一班の班長に昇格した。

 


 柚月はとある部屋に入る。その部屋はかつて姉が暮らしていた部屋であった。

 その部屋にいたのは、肩甲骨までかかる長い漆黒の髪に炎のような赤い瞳の少年だった。

 だが、その少年の顔色は悪く、床に臥せていた。


「兄さん!」


 柚月が入ってきた途端、少年はうれしそうに目を輝かせ、起き上がろうとするが、柚月が少年の肩に振れ、座った。


(おぼろ)、まだ熱があるんだ。寝てないと駄目だろ?」


「ごめんなさい、兄さん。兄さんの顔を見たらうれしくてつい」


 熱があるにもかかわらず朧は無邪気な笑顔を柚月に見せる。そんな顔を見せられた柚月は、少しくらいならと思ってしまうが、ここはぐっとこらえ朧を寝かせた。

 少年の名は鳳城(ほうじょう)(おぼろ)。十二歳。柚月の弟であり、現在原因不明の病のため、屋敷にて療養中である。

 柚月はどんなに忙しくても毎日欠かさず朧のお見舞いに来る。

 朧はそれがうれしいのではあるが、同時に迷惑をかけてしまい、申し訳なく思っていた。


「兄さん、昨日も忙しかったんだよね?体、大丈夫?」


「大丈夫だ。俺のことより自分のことを心配しろよ」


「わかってるんだけど、つい、ね」


 朧は再び柚月に笑顔を見せる。朧が笑顔を見せる度に柚月は何度もかわいいと思ってしまうのであった。自分はなんて兄馬鹿であろうと、柚月は自嘲するのであった。


「ところで、母上は来たのか?」


 柚月の問いに、朧は暗い顔をして首を横に振った。


「ううん、来るわけないよ。母さんは兄さんよりも忙しいんだから」


「だが、寂しいだろ?少しくらい時間を作ってこれると思うが」


 柚月は眉をひそめる。

 柚月と朧の母・鳳城(ほうじょう)月読(つくよみ)は、聖印寮の官職、討伐隊の武官を務めている。討伐隊の管理、任務時の隊の編成などを月読が行っている。多忙なことは柚月も承知だ。だが、それでも母親であるならば弟のお見舞いに行くのは当然だと柚月は月読に何度も抗議したのだが、それでも月読がお見舞いに来ることは一度もなかった。朧が病で倒れたあの日から……。

 大将であり月読よりも多忙な父親でさえも時々ではあるが朧のお見舞いにやってくる。

 なのになぜ、月読は来ないのであろうかと疑問が浮かび上がるばかりであった。


「本当に気にしないで、兄さん。僕なら寂しくないよ。兄さんが毎日お見舞いに来てくれるし。それに、九十九(つくも)が側にいてくれるから」


 朧が怒りをあらわにした兄をなだめるように言うと、布団の中からひょっこりと銀色の毛の狐が顔を出していた。

 狐の名は九十九。五年前に屋敷に忍び込み朧が餌を与えた時に懐き、朧のそばを離れなかったという。朧も九十九のことが気に入り、飼うこととなった。


「そうか、九十九がいてくれるなら、寂しくないな」


 柚月は、九十九の頭を撫でようとするが九十九は手で撫でられる前にぷいっとそっぽ向いてしまう。柚月の顔は引きつっており、柚月と九十九は火花を散らしていた。

 九十九はなぜか柚月に懐かない。女房や奉公人、両親には懐いているようなのだが、なぜ、自分が気に入らないのか柚月もわからずじまいであり、最初の頃は何度も仲良くなろうと撫でたり餌を与えたりしたのだが、それでも九十九は懐かない。次第に柚月も九十九に対し怒りを覚えたようであり、柚月と九十九は敬遠の仲となっていた。

 それでも朧のそばにいてくれる九十九には感謝しており、感謝の意を込めて撫でようととしたのだが、結果はこの始末である。やっぱり、やめておけばよかったと後悔する柚月なのであった。

 そんな殺伐とした空気を察してか朧は「九十九」と呼び、慌てるように九十九を布団の中へとひっこめた。


「そ、そういえば兄さん、そろそろ時間だよ?少しでも遅れたら母さん怖いから早く行かないと」


「おお、そうだったな。じゃあ、行ってくる。ちゃんと休むんだぞ」


「わかってるよ」


 柚月はあわただしい様子で立ち上がり、部屋を出る。柚月を見送った朧はほっとしたようすでため息をつき、九十九を布団から出した。無理やり押し込まれたせいか九十九はぶるぶると体を震わせた。


「ごめん、九十九。でも、兄さんにああいう態度はとっちゃ駄目だよ?どうして、兄さんに懐かないの?」


 朧は問いかけるが九十九は返事も反応もしない。なぜ柚月だけあのような態度をとるのか朧にも見当がつかなかった。


「まぁ、いいや。……ねぇ、九十九。そろそろ、だよね?そろそろ、僕の呪いは消えるんだよね?そしたら九十九は、自由になれるね」


 朧は穏やかな顔で九十九に話しかけるが、九十九は反応をしなかった。それでも、朧は優しく九十九の頭を撫でる。

 この時の九十九の表情は、険しく何かを決意したかのようであった。


挿絵(By みてみん)


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