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聖印×妖の共闘戦記―妖王乃書―  作者: 愛崎 四葉
第一章 宝刀使いと妖狐の再会
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第十八話 残酷な決意

「あ、ああ……」


 目の前に妖が現れる。その姿は見る見るうちにがしゃどくろへと変化した。朧は妖を見上げたまま立ち尽くしてしまった。


「あ、妖だ!」


「逃げろ!」


 妖を見た人々が叫びだし、一斉に逃げ始める。

 朧は、逃げることをせず、ただ硬直していた。だが、逃げなかったのは、恐怖から出はない。妖がいるということは、九十九が近くにいると感づいていたからであった。

 このまま逃げれば、九十九を見失ってしまう。九十九が危険な目にあってしまうかもしれない。だからこそ、朧は逃げることをせず、妖の動向を探っているのであった。



 柚月は、朧を追いかけていたが、人ごみの中に紛れてしまった朧とはぐれてしまった。

 さらに、妖の出現により、逃げ惑う人々の中をかき分けて進むしかなく、朧の元から遠ざかりそうになっていた。

 焦った柚月は、人の群れを逆流しようとするが、逆効果であり、流れに逆らうことができなかった。


「朧……!」


 

 朧は、じっと妖を見る。妖は朧を見下ろすように見ている。妖は目をぎょろりと動かしていた。どうやら九十九を探しているらしい。

 朧は、妖の動きを探りつつ、九十九を探していた。

 額に汗をにじませ、緊迫した中で、朧は少しずつ移動する。いつでも、九十九を助けられるように……。

 そんな中、逃げ惑う人の群れに飲まれてしまった九十九が、朧を発見した。


――朧!


 九十九は、朧を助ける為に、走りだす。だが、九十九の妖気を察知した妖の魔の手が九十九に襲い掛かろうとしていた。

 妖の動きを見ていた朧は、妖が九十九をわしづかみにしようと手を広げ、九十九に迫っているのが見えた。


「九十九、だめ!」


 朧は、九十九の元へ走りだし、九十九を抱きかかえる。その直後、妖は朧の頭を殴りつけ、朧は吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。


「朧!」


 柚月は、朧を抱きかかえるが、朧の姿を見て目を見開いた。朧は頭から血を流して気を失ってしまった。

 朧に抱きかかえられた九十九も、目を開けて、朧を呆然と見ていた。


「朧……」


 朧の手から離れた九十九は朧に駆け寄ろうとするが、柚月は、九十九をわしづかみにして、動きを止めた。

 九十九は、ジタバタと動き、暴れまわるが、柚月は九十九を放そうとしなかった。


「てめぇ、何しやがるんだ!柚月!」


 九十九は、柚月をにらみつけるように見上げるが、柚月の眼は憎悪を宿していることに気付き、思わず動きを止めてしまった。


「朧に触るな、妖狐が……」


 柚月は、九十九を投げ捨てる。九十九は、地面に打ち付けられ、二人から遠ざかってしまった。


 柚月は、立ち上がる。柚月は、殺意を露わにし、妖を憎悪の目でにらむ。妖は、ぎろりと柚月を凝視する。だが、妖が探しているのは柚月ではなく、九十九だ。妖は目をぎょろりとさせて、九十九を探した。

 柚月は、銀月を抜き、妖に歩み寄る。柚月に気付いた妖は、奇声を上げた。


『邪魔をするな!』

 

 妖は、柚月に襲い掛かった。

 だが、柚月は、妖の腕を斬り落とした。妖は奇声を上げて、暴れまわるが、柚月は、冷静にかわし、突きを放つ。

 だが、妖は柚月の銀月をはじき返し、柚月は、のけぞってしまう。

 妖は、その隙に、逃げ去った。


「逃げられたか……」


 柚月は銀月を収めてすぐに朧の元へ駆け寄った。柚月は、朧にふれ、何度も呼ぶが、九十九は、その場から動くことができず、ただ、目をそらしていた。

 


 柚月は、朧を運び、手当てを施した。九十九は、隣の部屋で朧を待つばかりであった。

 朧の手当てが終わると勝吏と月読が離れを訪れ、九十九を柚月達の部屋に呼び寄せ、今回の件について問いただした。


「なぜ、仕留めなかった?お前達ならできたはずだろう」


「……申し訳ありません」


「……」


 月読の問いに九十九は何も答えない。だが、それは柚月も同じだ。謝罪するばかりでなぜ、任務に失敗したか答えることができなかった。

 自分たちの行いが、人々を危険な目にあわせ、朧にけがを負わせてしまったことに気付き、深く反省していたからであった。

 そんな二人を見かねた勝吏は、月読を諭すようになだめた。


「まぁ、待て月読。今回は人が多すぎた故のことだ。妖を探しだすのでさえ、苦労したのであろう」


「甘すぎます、勝吏様。このようなことでは怪我人が増えるばかりであります。被害を拡大させるわけにはいかないでしょう」


 月読の言う通りだ。任務を遂行させなければ、被害が拡大する。柚月も九十九も痛感していた。

 それゆえに、何も言うことができない。ただ、二人は沈黙するばかりであった。


「……お前達を謹慎とする。謹慎が解かれるまでこの屋敷から出るな。勝吏様もそれでよろしいですね?」


「……わかった。妖の件は、討伐隊に任せる」


「承知いたしました」


 月読はすっと立ち上がり、二人の顔を見ることなく離れから去った。二人は、月読の顔を見ることすらできずにいた。

 勝吏は、励ますかのように、黙っている二人の肩に触れた。


「まぁ、そう気を落とすな。朧の怪我も、大したことなかったしな。今回の件は、私達に任せて、お前達はゆっくり休め」

 

 勝吏は、立ち上がり、離れを去ろうとする。だが、部屋を出る時に振り返って二人の顔を見るが、二人は、ただうつむき、黙っているのであった。

 相当、落ち込んでいると見える。勝吏は、二人を心配したのだが、何も言わず立ち去った。

 それから、二人は、何も話さなかった。話せなかったのだ。自分達が連携を取っていれば、朧は怪我をせずに済んだだろう。

 お互い自分が悪いとわかっている故、沈黙が続いていた。

 だが、先に動いたのは九十九だった。

 九十九はすっと立ち上がり、何も言わずに部屋を出た。

 九十九の足音が部屋から遠ざかる。柚月はただ黙って、その足音を聞くしかなかった。


「……」


 九十九が去った後も沈黙は続く。静まり返った部屋は逆に居心地が悪い。だが、柚月は、朧に対しても九十九に対しても何も言う資格がないと感じた。

 柚月は、朧の頭に触れる。頭にまかれた包帯が痛々しく見えた。その包帯を見るたびに柚月は心の中で朧に謝罪した。


 九十九も部屋の壁にもたれかかって、天井を見上げる。守ると決意した朧を守れなかったことを悔やんだ。自分のせいで朧が傷ついたのだ、柚月に憎まれても何も言えない。

 九十九はただ、朧の怪我が治るのを願うしかなかった。



 時は進み、二人はやるせない気持ちで朝を迎えた。



 どこで話を聞いたのか景時と透馬が離れを訪れ、景時は朧の診察を始める。

 柚月は、ただぼうっと眺めるだけで何も言わない。柚月の前の下にはくまができている。眠れなかったのだろう。

 九十九ももしかしたら同じように眠れなかったのかもしれないと思うと景時と透馬は柚月達を心配していた。


「うん、朧君、大丈夫みたいだね。熱も出てないし、きっと、柚月君が見てくれたおかげだね」


「あ、ああ……」


 景時は、明るい声で話してみせるが、柚月の反応は薄い。本人は聞いているつもりなのだが、上の空だ。

 柚月の様子をうかがった二人は、互いの顔を見やってしまう。

 柚月は相当参っているように見えた。当然だろう。守ると誓った朧を怪我させてしまったのだから……。


「柚月、大丈夫か?もしかして、自分を責めてるとかじゃないよな?」


 透馬の的確な問いに対して、柚月は無反応になってしまう。いつもの冷たい反応ではない。図星だから何も言えなかった。

 柚月の静かな答えに対して、景時は口を開いた。


「柚月君、確かに、君の気持ちはわかるよ。僕も妖を憎んでる。大事な人を妖に奪われたからね。僕だけじゃない。とーま君も同じ経験をしている」


「まぁ、ここにいる奴らは全員そうだろうな」


 聖印一族は日々妖と戦い続けている。死と隣り合わせの日々だ。妖を殺し、大事な人が命を落とすことは少なくない。

 大事な人を奪われることは聖印一族なら誰しもが経験していることだ。

 だからこそ、景時も透馬も柚月が九十九を憎む気持ちを理解できる。

 大事な人を妖に奪われて、憎まない人間などいないのだから……。


「なのに、僕の……蓮城家の聖印能力は、妖を操る力だ。正直、屈辱でしかないよ。妖を殺すために、妖の力を借りるなんてさ」


 景時はおちゃらけた様子で語ってみせる。だが、実際は本当に屈辱でしかないのだろう。妖を使って妖を殺さなければならないのだから。

 景時は、柚月を優しく見守るかのように話を続けた。


「だから僕は、妖を利用して妖を倒す。そうやって考えることにしたんだよ。そうじゃなきゃ、妖を倒すことは難しいからね。僕らは聖印の力なしでは妖は倒せない」


「利用……」


 柚月はつぶやいた。利用するなんて考えてもみなかっただろう。九十九のことは簡単に割り切れるものではない。だから、九十九と協力して妖と戦うなど柚月にとっては、誇りを汚されたも同然であろう。

 柚月は、景時の利用という言葉が頭から離れなかった。九十九を利用して戦えるものなのかと。

 答えが出ない柚月に対して、透馬は苛立ちを隠せなくなっていた。

 

「おい、柚月。そろそろ、腹くくれよ。つまらない意地で朧を怪我させてどうすんだよ」


「透馬……」


「あいつ自身を信用したくない気持ちはわかるが、あいつの力なら信用できるだろ?だったら、利用してでもこの戦いを勝ち取れよ。もう、手段は残されてないんだよ」


 透馬の言う通りだった。聖印一族は妖に対して、圧倒的に戦力が薄い。一般隊士達もいるが、それでも、数は少ないほうだ。

 月読は、危機を感じて九十九を自分たち側に引き入れたに違いない。

 柚月も心のどこかで月読の言動を理解していた。だが、つまらない意地が、理解をはねのけた。

 景時や透馬の言う通り、九十九を利用してでも勝たなければならない。朧を守るために、九十九と共に戦わなければならない。


「……その通りだな。この戦いは勝たなくてはならない。そのためにはあいつを利用する。あいつを利用して、妖を殺す」


 柚月はついに腹をくくった。九十九と共に戦う決意を。

 柚月の決意を聞いた景時と透馬は、うなずいた。

 二人は、柚月の眼から迷いが消えていたように思えた。

 柚月は意を決したかのように立ち上がった。


「景時、透馬、朧を頼めるか?」


「いいけど、どこに行くんだよ」


「あいつの所だ。今夜あいつと共に妖を討つ」


 柚月は朧を二人に託し、部屋を出て九十九の元へ向かった。

 景時と透馬は、柚月を見送った。

 柚月のいない部屋は静けさを感じた。決意させた二人であったが、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「やっぱり、まずかったかな~」


「何が?」


「柚月君に九十九君を利用しろって吹き込んだことだよ。ちょっと、後悔」


「すごい早い後悔だな。ま、俺も同じ気持ちだけどな」


 二人は、正直、後悔していた。柚月に決意させるためとは言え、九十九を利用しろと促すのは、柚月にとってもよくないことであることは目に見えていた。

 二人は、九十九が悪い妖ではないことは見てすぐわかったようだ。だが、柚月にそれを伝えたとしても、柚月は九十九を許すことなどできるはずがない。

 だから、今の柚月にはそう言うしかなかった。他の言葉を使っても、柚月は迷うだけであろう。

 今後、朧や人々のためには、あの言葉しかないのだと二人は心を鬼にして柚月を説得したのであった。


「朧君には悪いことしちゃったかもね。でも、仕方がないことなんだよ。僕も最初はそう思って戦ってきたから」


「今は、情が湧いてるんだろ?」


「あ、ばれた?」


「まぁな」


 景時はおどけてみせる。確かに、最初は景時も妖を利用すると言い聞かせて戦ってきたが、妖と戦ううちに情が湧いたようだ。

 景時曰く、かわいい妖もいるとのこと。


「……柚月君も、そうなってくれるといいんだけど、今は見守るしかなさそうだね」


 景時と透馬は、うなずいた。

 いつか、柚月が九十九のことを許せる日が来ると信じて……。



 九十九は、自分の行動を責めていた。自分が勝手なことをしなければ、朧がけがを負うことはなかったと。

 朧を守りたいという想いが裏目に出てしまい、後悔の念にさいなまれていた。


「なぁ、椿、どうしたらいい?どうしたら、朧を守ってやれるんだよ……」


 九十九はいつになく弱気だ。朧を守るすべをなくしたように思えたからだ。九十九もまた柚月同様、心に迷いが生じていた。

 そんな中、御簾が上がり、光が差し込む。光に照らされて現れたのは柚月であった。

 柚月は冷たい目で九十九を見下ろした。


「柚月……。なんだ?お前がここに来るなんて珍しいじゃねぇか」


「……今すぐ母上のところに行く。お前もついて来い」


「どういう意味だ?」


「……母上に許しをもらう。俺達であの妖を討つんだ」


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