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聖印×妖の共闘戦記―妖王乃書―  作者: 愛崎 四葉
第九章 赤い月の襲撃
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第百三十四話 冷たい視線

 静居は、柚月に九十九の九尾の炎を使うよう命じたのだ。

 だが、九尾の炎の真実を知っている柚月は、驚愕し、戸惑っていた。


「九十九の九尾の炎で?」


「そうだ。あの力は強力だ。お前もわかっているであろう」


 確かに、九十九の九尾の炎は強力だ。

 妖をいとも簡単に焼き尽くしてしまう。

 あの天鬼でさえも。

 だが、九尾の炎を使えば使うほど、九十九の命も削られてしまう。

 静居は、その事を知らないのであろう。


「で、ですが……九十九は、九尾の炎を使うと命を削ってしまうんです」


「だとしたらなんだ?」


「え?」


「あ奴は、妖だ。たかが、妖一匹死んだところで、被害は出ない」


「っ!」


 九尾の炎について真実を語った柚月であったが、静居から出た言葉は、意外な言葉であった。

 まるで、九十九が、九尾の炎で使っても、関係ないと言っているように聞こえる。

 いや、九十九の事を仲間として認めてなどいなかった。

 捨て駒にしか思っていなかったのだ。

 九十九の事など考えていない。

 九尾の炎で九十九が死んだとしても、静居にとっては何も感じないのだろう。

 九十九が迎え入れられた理由はこれなのかと思うと柚月は怒りが込み上げてきた。


「あいつを使えば、天鬼を確実に殺すことができる。我が一族の礎となるのだ。殺さずに使ってやると言うんだ。不満などないだろう……」


「九十九は、貴方の道具じゃありません!」


 柚月は、思わず声を荒げてしまう。

 冷静にと心掛けてきた柚月であったが、我慢の限界であった。

 これには、さすがの静居も驚いた様子をみせる。

 まさか、柚月が反論するなど思いもよらなかったのであろう。

 直後、柚月も、我に返り、冷静さを取り戻した。

 しかし、後悔などしていない。

 九十九は、道具ではなく、仲間なのだから。


「も、申し訳ございません。……ですが、九十九を犠牲にするつもりはありません。妖は、必ず討伐します。それに、天鬼も」


「できると思っているのか?」


「私は、九十九を信じています。九尾の炎を使わずとも、天鬼を討伐できると」


 柚月は、静居の質問に対して、堂々と答える。

 圧力を感じたが、それでもだ。

 九十九の事を知っているから、信頼しているから出てきた言葉なのだ。

 おそらく、静居には理解できない事であろう。

 それも、承知の上で、柚月は答えたのであった。


「よくわかった。もう下がれ」


「……失礼します」


 これ以上、話しても無駄だと思ったのであろうか。

 静居は、柚月を下がらせた。

 柚月も、反論することなく、静居の命令に従い、部屋を出る。

 だが、直後の事だ。

 静居は、こぶしを畳にたたきつけた。

 まるで、怒り狂ったように。

 命令に従わない柚月が気に入らなかったのであろう。


「……私に刃向うとはな。やはり、あいつによく似ている」


 静居は、真谷の裁判の件で、姿を現した時の事を思いだす。

 あの時、確かに静居は、真谷に視線を向けていたのだが、ふと、あることが気になり、静居は、柚月に一瞬だけ、視線を向けた。

 柚月に会ったのは、あの時が二回目だ。

 最初は、柚月が生まれた時、聖印能力の詳細を見極めた時だ。

 そして、次が真谷の裁判。

 あれから、十七年の月日がたっていた。

 成長した柚月の顔を見た静居は、内心、動揺していたのだ。

 その理由は、静居によく知る人物に似ている気がしたからだ。

 なぜ、そう思ったのか、理由はわからない。

 だが、否定すらできなかった。

 そして、今回、柚月と相対したことで、やはり、似ていると確信したのであった。

 そう思うと、静居は、柚月に対して、怒りを向けていた。



 そうとは、知らない柚月は、疲れ切った様子で離れに戻る。

 譲鴛とのわだかまりや静居の思惑を知ってしまい、疲れがどっと出てしまったのだ。

 やはり、聖印京の人間が九十九を受け入れるのは難しいことなのだろうか。

 時間がかかりそうだと柚月は思い、ため息をついた。

 だが、この事は九十九達に悟られてはならない。

 柚月は、平然を装い、御簾を開けて、部屋に入った。


「ただいま」


「兄さん、お帰りなさい」


「軍師様とどんなお話をしたの?」


「あ、いや……つ、九十九の様子を聞かれたんだ」


 柚月は、ためらいながらも、綾姫の質問に答える。

 まさか、九十九を犠牲にしろと命じられたなどとはさすがに答えられない。

 かといって、答えないのも、まずい。

 気付かれてしまう可能性があるからだ。

 柚月は、当たり障りのない答えを出したつもりだが、違和感を覚えたのか、綾姫達は首を傾げた。


「それだけ?」


「あ、ああ」


「そう」


 さらに、綾姫が尋ねるが、柚月はうなずくだけだ。

 ここは、押し通すしかない。

 これ以上答えが出ないとわかったのか、綾姫は納得していない様子であるものの質問はしなかった。

 質問が終わり、柚月は内心安堵していたのであった。


「そういや、月読が、ここに来たぜ」


「母上が?」


「おう。任務だとさ。柚月が戻り次第、出動しろって言ってたぜ」


「……任務か。分かった。すぐに準備をするから、待っててくれ」


「おう」


 柚月は、自分の部屋に戻り、準備を開始する。

 久々の任務だ。

 少しばかり気合が入る。

 この任務で、功績を上げれば、静居も人々も考えを改め直すかもしれない。

 少しだけでいい。

 ほんの少し。

 柚月は、そんな淡い期待を抱きながら、真月と八雲を手にし、腰に下げる。

 そして、柚月達は、戦場へと向かったのであった。



 柚月達がたどり着いたのは、聖印京付近にある森だ。

 月読からの情報によると山おろしという妖らしい。

 頭にはおろし金のような無数の突起が並んでいる妖だ。

 行動が素早く、いとも簡単に人を殺すことができる。

 用心しなければならない妖であった。


「ここだな」


「みてぇだな」


 月読が言っていた出現場所にたどり着いた柚月達。

 すると、妖気が漂っているのを感じる。

 妖だ。

 近くに妖がいる。

 景時は、天次を召喚し、攻撃の準備に入った。


「来たね。天次君、出番だよ」


「んじゃ、やってやるか」


 透馬も、岩玄を取り出して、構える。

 どうやら戦う気満々のようだ。

 だが、透馬だけではない。

 綾姫達もすでに宝器を取り出している。

 もしかしたら、綾姫達も同じことを思っているのかもしれない。

 功績を上げて、九十九の事を少しでも良く思ってくれたらと。

 そう思うと、柚月も、気合が入り、八雲と真月を鞘から抜いた。


――二刀流?


 柚月が、八雲と真月を手に持ったのを見た九十九は、ある疑問が生まれた。

 二振りの刀を持っていた事は気付いていたが、同時に抜くとは思ってもみなかったからだ。

 二刀流で戦うつもりなのであろうか、いつ、二刀流を極めたというのであろうかと疑問が生まれたが、聞く暇すらない。

 もう、妖は迫ってきているだろうから。


「柚月様、指示を」


「ああ。綾姫は、結界を張るんだ。景時は、綾姫の護衛を頼む。それと、援護も」


「了解」


 指示を出された綾姫と景時はうなずいた。


「夏乃と透馬は、足止めを頼む。その隙に俺と九十九で妖を殺す」


「分かりました」


「……行くぞ!」


 九十九達もうなずく。

 そして、柚月達は、地面をけり、駆け抜けた。

 すると、山おろしが姿を現す。

 ものすごい速さで柚月達に迫ってくる山おろし。

 確かに、素早そうだ。

 だが、柚月達は冷静だ。

 焦った様子は見られない。

 綾姫が結界を張り、山おろしの行く手を遮る。

 続いて、景時は、天次に命じて、天狗嵐を発動させ、自身も風矢を発動して、応戦。

 山おろしの隙を作ることに成功した。

 その一瞬の隙を見逃さなかったのが、夏乃と透馬だ。

 夏乃は、時限・時留めで、時を止め、さらには、雪化粧で、山おろしの足を凍らせる。

 彼女に続くように、透馬が、聖生・岩玄雨で、岩玄を雨のように降り注がせ、山おろしを切り刻む。

 山おろしをひるませ、動きを止めたのであった。


「いっけぇ!柚月!九十九!」


「行くぞ!九十九!」


「おうよ!」


 柚月と九十九は、山おろしに止めを刺すため、両側から、駆けだし、跳躍するが、山おろしは、暴れまわるかのように腕を力任せに振り回す。

 その速さは異常なまでに素早い。

 柚月と九十九は、刀で攻撃を防ぎ、体制を整えた。

 足を封じられても、体を刃で切り刻まれても、動きは衰えていない。

 柚月達が思っている以上に頑丈のようだ。


「やべ、こいつ、はえぇぞ!」


「だったら……!」


 柚月は、再び、駆けだしていく。

 それも、突進するかのようだ。

 だが、あの謎の力を発動する。

 まだ、完全ではないが、自分の意思である程度発動する事ができるようになったようだ。

 しかも、今の柚月は二刀流。

 二振りの刃で次々と山おろしを切り刻んでいく。

 その速さにはさすがの山おろしでさえも、ついていけないようだ。

 ついに、山おろしはひるむ。

 その隙を柚月と九十九は、逃さなかった。


「今だ!九十九!」


「任せろ!」


 柚月の号令の元、九十九も駆けだしていく。

 そして、二人は、同時に跳躍し、同時に山おろしを切り裂いた。

 山おろしは、ゆっくりと地面に倒れ、消え去った。


「よし!終わったな」


「そうだな」


 山おろしを討伐した柚月は、八雲と真月を鞘に納めた。


「てか、二刀流で戦うとはな」


「八雲も真月も俺にとっては必要不可欠だからな」


「二刀流なら、うまくいくってか?」


「そういうことだ」


「もしかして一週間、訓練したのか」


「まぁな。いつでも、戦えるようにするためにな」


 八雲も真月も柚月にとっては、必要だ。

 どちらか一方を使うこともできたが、柚月はあえてしなかった。

 二振りを同時に使うことで、新たな戦略が生まれるかもしれない。

 そう、予想していた柚月は、二刀流で戦うことを決めたのであろう。

 これには、九十九も納得したようだ。


――あの力、やはり、そういうことか。


 だが、八雲は別の事を考えていたようだ。

 それは、柚月のあの謎の力についてだ。

 妖の卵を破壊するために、発動したあの謎の力を感じ取った八雲は、何か確信を得たようであった。



 柚月達は、聖印京へ帰還した。

 街は、賑わいを見せている。

 この都も元に戻ったようだ。


「久々の任務でどうなるかと思ったけど、何とかなったな」


「ええ、連携も完璧でしたね」


 一週間ぶりの任務であったため、不安が多少あったようだ。

 と言っても、少しばかりではある。

 九十九の件で、絆が一層深まった事を感じていたためであろう。

 無事に帰還した事に安堵していた柚月達であった。

 だが、そんな時だ。

 一人の青年が、綾姫を見つけたように見ていたのは。


「あ、綾姫様!」


 その青年は、慌てて綾姫の元へ駆け寄った。

 彼は、綾姫にお仕えしていた奉公人だ。

 奉公人が、街まで来るということは、あまりない。

 何かあったのだろうかと柚月は、不安に駆られた。


「あら、あなたは千城家の。どうしたの?」


「実は、琴姫様からご命令がありまして。千城家にお戻りくださいとのことで」


「お母様が……そう」


 屋敷への帰還せよと琴姫から伝令を授かったと知り、綾姫は、表情を曇らせる。

 それも、柚月達に気付かれないように。


「で、では、私は……これで……」


 奉公人は、いきなり、おびえたような表情を見せ、逃げるように立ち去ってしまった。


「様子が変でしたね」


「え、ええ」


 綾姫と夏乃は、奉公人の様子に気付いていたが、理由は不明のようであった。

 なぜなら、慌てているというよりも、怯えていたのだから。


「じゃあ、先に戻るわね」


「私も戻ります」


「ああ、気をつけてな」


「ええ」


 綾姫と夏乃は、柚月達の元を去っていく。

 だが、この時、柚月達は、あることに気付いていた。


「ねぇ、柚月君。気付いてた」


「ああ」


 柚月達が、気付いたのは、周囲の視線だ。 

 怯えた目で見ている者もいれば、冷ややかな目で見ている者もいる。

 まるで、軽蔑されているようだ。

 その理由に気付いたのは、九十九であった。


「あ、やべ、俺、狐に化けてねぇ……」


 そう、九十九は、妖狐のままで聖印京に入ってしまったのが、理由だ。 

 聖印京を出る時は、九十九は狐に化け、気付かれないようにしていた。

 このまま狐に化けても、人々の視線は同じであろう。

 申し訳なさそうに柚月達を見る九十九。

 だが、柚月は、その事に納得がいっていなかった。


「そのままでいい」


「けどよ……」


「堂々としていろ。何も悪いことしてないんだ」


「……おう」


 九十九はうなずくが、やはり、申し訳なさそうな表情をしていた。

 自分だけなら、気にしないのだが、柚月達まで、軽蔑されている事が、申し訳なく感じたからだ。

 柚月達は、九十九が妖を討伐しても、人々の考えは変わらなかったことを内心、嘆いていた。



 時間が立ち、夜になった。

 綾姫は、聖水の泉に触れる。

 すると、聖水の泉は、綾姫に伝えるかのように、水面を揺らしていた。


「やっぱり……」


 何かを感じ取ったのか、綾姫はそう呟く。

 そして、その場を離れた綾姫は、彼女を護衛していた夏乃の元へと歩み寄った。


「綾姫様、いかがでしたか」


「……もうすぐよ。もうすぐで……赤い月の日が来るわ」


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