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聖印×妖の共闘戦記―妖王乃書―  作者: 愛崎 四葉
第七章 九十九と椿の恋歌
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第九十九話 居心地のいい場所

 予想外の九十九との再会。椿は、驚き戸惑うばかりだ。九十九がここを再び訪れるなど可能性はないに等しいと思っていたのだから。

 だが、九十九も同様のようだ。椿が、裏門から出てくるなど予想もしていなかった。

 それでも二人はここを訪れた。九十九は椿の事が忘れられず、気になって。椿は、一人になりたくなくて、九十九に会いたくなって。

 まさか、本当に会えるとは思わずに……。


「……どうして、ここに来たの?」


「俺が来ちゃまずいのか?」


「だって、来ると思わないじゃない。あんな目に合ったのに」


 あの日、九十九は、聖印一族に斬りかかられ、重傷を負った。普通なら、これに懲りて、ここに来ることはまずない。身の危険を感じたのだから。

 だが、九十九はそんなことで来ないはずはなかった。九十九は臆病者ではない。むしろ、怖いもの知らずなのだから。

 椿はわかってはいたものの、意外だと感じていた。


「あれは、俺が油断し方からだ。そうじゃなかったら、簡単に逃げれたんだよ」


「本当に?」


「……」


 椿は、意地悪そうに尋ねてみる。

 少し、機嫌が悪くなったのか、九十九は何も答えないままだ。口をとがらせて、目をそらす。まるで、子供のようだ。

 椿は、おかしくなって吹き出しそうになるが、これ以上機嫌を損ねるわけにもいかないので、耐えていた。

 だが、本当に聞きたいのはそんなことではなかった。


「って、そんなこと聞きたいんじゃなかったわ。本当に、どうしてきたの?」


「……礼だ」


「へ?」


 九十九が意外な言葉が飛び出てきた。

 椿は、あっけにとられ、拍子抜けてしまう。

 九十九は、照れながらももう一度ここを訪れた理由を告げた。


「礼だ。この間の」


「……ぷっ」


 とうとう、椿は、耐えられず、吹き出し、笑ってしまった。

 止めようにも止められない。それも、腹がよじれて涙が出るほどだ。

 椿の様子を見た九十九は機嫌を損ねることはなかったが、意地になった。

 意地になるところは、ますます子供っぽい。妖とは思えないくらいだ。


「な、なんだよ!なんで、笑ってんだよ!」


「だって、礼は言わないって言ってたじゃない。それに、次に会う時は敵同士だって」


「……気が変わったんだよ。わりぃか?」


「別に?変な妖」


「お前が言うな」


 そんなやり取りをしつつも、お互い穏やかな気持ちになっている。

 なぜだかわからない。

 九十九も椿も笑っている。すがすがしいほどに。

 心の底からこんなにも笑ったのはいつぶりだろうか。まるで、忘れてしまった感情を取り戻したかのよう。それも妖の眼の前で。

 いつも本心を隠していた椿にとっては、心がスッキリしたように思えた。


「……ありがとう」


 椿は、微笑みながらお礼を言う。

 彼女の笑顔を見た九十九は、顔が赤くなった。寂しい顔を見せたり、笑ったり、忙しい奴と想いながら。

 しかし、悪い気分ではなかった。不思議と居心地がいいように思える。

 こんな不思議な気分になったのは、初めてだ。今までにない感情を覚え、内心、戸惑っていた。


「用はそれだけだ。じゃあな」


 九十九は、振り返り、椿に背を向けて去ろうとしてしまう。

 本当は、ここを訪れた理由は、お礼を言うためではない。あの寂しそうな顔をした理由が知りたかったからだ。

 それなのに、聞きだせない。

 このままでいいのか?本当に聞かなくていいのか?後悔しないか?

 自問自答を繰り返すが、九十九は足を動かし始めてしまう。

 自分の気持ちとは裏腹に、足が勝手に動いてしまうかのように。

 

「ま、待って!」


 遠ざかっていこうとする九十九に対して、椿が行動を起こした。

 椿は、思わず九十九の袖をつかんでしまった。

 自分が起こした行動に対して、椿は驚いている。

 なぜ、こんなことをしたのか、自分でも信じられないくらいに。

 袖をつかまれた九十九は驚き、振り向いた。


「なんだよ?」


「……あ、あの、その……」


 袖をつかんでしまった椿は、どう話していいのか、戸惑い、ためらってしまう。

 椿は、どうしようかと悩んでいた。

 だが、その時だった。


「待て!」


「ん!」


 突然、九十九が椿を引きよせ、口を押さえてしまう。

 椿は、何事かと驚き、足をジタバタさせ、暴れ始める。

 九十九は、必死で椿を抑え込み、強引に木の後ろへと隠れ込んだ。誰にも見つからないように。


「んんー!!んんん!!!」


「おとなしくしてろ!気付かれたいのか!」


 叫ぼうとして、声を出す椿に対して、九十九は小声で制する。

 すると、遠くから足音が聞こえてきた。

 誰かが近くにいるようだ。

 足音の主は、なんと警護隊の人間だ。

 そっと九十九と振り向いた椿は、警護隊を見て嫌悪感を露わにしていた。

 警護隊は、椿が隊長になった事が気に食わないらしく、椿によくつかかってくる。椿は、怒りを覚えながらも平然を装って、軽くあしらってきた。

 正直、警護隊とはかかわりたくない。そう思うほど、警護隊を嫌っていたのだ。

 彼らを見て椿は、おとなしくした。彼らだけには気付かれたくない。そう願いながら……。


「おかしいな、ここで話声が聞こえたんだが……」


「聞き間違いだったのか?」


「かもしれないな。戻るぞ」


「ああ」


 警護隊は、周辺を見回し、誰もいないことを確認して、去っていった。

 九十九と椿がいたというのに、あっけなく帰っていくところが、なんとも間抜けに思えてくる。

 だが、今回は、助かったと安堵してもいいだろう。

 こんな場面を見られたくない。そう思っていたのだから。


「あっぶねぇ……」


 九十九は、安堵し、手を放す。

 解放された椿は、大きく息を吸い込んで、ため息交じりの深呼吸をした。


「もう、誰か来てるんだったらそう言ってよ……。びっくりしたわ」


「仕方がねぇだろ。気付かれそうだったんだ」


 椿に指摘され、九十九は思わず反論してしまう。

 こんなことは、初めてだ。反論はしてきたが、意地になったことはない。


「本当、調子狂うな」


 九十九は頭を悩ませているかのように頭をぽりぽりと掻く。

 今の自分に戸惑っているようだ。

 心を落ち着かせた九十九はある質問をした。


「で?」


「え?」


「何か言いたいことがあったんだろ?」


「あ、うん……」


 椿は、静かにうなずく。

 さっきまでは戸惑って言えなかったが、今は落ち着きを取り戻している。

 椿は、自然にぎゅっと九十九の袖をつかんでいた。


「少しだけ……側にいてくれない?」


「は?」


 九十九はあっけにとられたような返事をする。

 椿は自分が何を言っているのかわかっているだろうか。

 妖に側にいて欲しいなどと懇願する人間など聞いたことがない。いや、いるはずもないだろう。

 ますます、調子が狂いそうだ。


「わかってる。妖のあなたにこんなこと頼むのはおかしいって。でも、一人になりたくないのよ……。一人になったら、気が狂いそう……」


 椿はいつになく真剣な顔をしている。とても、寂しそうに。

 別れ際に見せたあの表情になっていた。

 そんな顔を見せられると断りづらい。いや、断る気もなかった。


「仕方がねぇな……。少し、歩くけど、いいか?」


「……うん」


 九十九は、椿と立ち上がって場所を移動する。

 もちろん、誰にも気付かれないように。


 椿は九十九に連れられ、ある場所にたどり着いた。

 そこは、綺麗な湖がある場所だった。


「わぁ、綺麗……」


 椿は、感動していた。

 その湖は透き通っている。千城家で見た泉と同じくらいだ。

 こんな森の中に、しかも、聖印京近くに湖があったなど椿は知らなかったため、本当に感動していた。


「こんな綺麗な湖があったなんて、初めて知ったわ」


「へぇ、お前でも知らない場所があったんだな」


「ええ、行動範囲が限られてるから……」


 椿は、任務以外で街や森などに行ったことがない。華押街には矢代に連れていってもらったことはあるが、それくらいだ。しかも、月読に知られないように。

 幼い頃に、行きたいとせがんでも連れていってもらえなかった。だから、椿は知らなかったのだ。

 そのことを思いだしたのか、椿はまた、寂しそうな顔をする。

 心情を察したのか、九十九は不器用に話し始めた。


「……ここなら、誰も来ねぇ。多分な。だから、俺達が会ってることも気付かれねぇぞ」


「……ありがとう」


 椿は、微笑んで、しゃがんで湖を眺めていた。

 九十九は、何も言わず、椿を見つめていた。

 決して殺すことはせず、見守るように……。



 どれくらい時間がたっただろうか。

 だいぶ、その場にいた気分になる。何か話すわけでもない。

 黙って、湖を二人で眺めていた。

 しかし、本当にこのまま居続けてていいのかと九十九は、疑問を抱き始めた。


「結構、ここにいたな。おい、いいのか?そろそろ、戻ったほうが」


「いいのよ。どうせ、私の事なんか、どうだっていいんだから」


「……なんか、あったのかよ」


「え?」


 九十九に聞かれ、椿は振り向く。

 妖から、いや、九十九からそんなことを聞かれるとは思ってもみなかったからだ。

 九十九もなぜ自分がこんなことを聞いたのかはわかっていない。

 だが、椿を見ていると思わず聞いてしまった。


「……そんな、気がしただけだ。別に、なかったらそれでいい」


 九十九は我に返ったかのように、話す。

 さすがに、尋ねるべきことではなかったと気付いたようだ。

 だが、椿はうつむき、重たい口を開き始めた。

 これまでの想いを吐きだすかのように……。


「……弟がいるの、二人。一人は元気な子だったんだけど、病気になっちゃってね。もう一人は、当主候補だから、お母様が教育してるの。それも、厳しく。つい、この間まで三人でいたんだけど二人に会うなって言われたのよ」


「なんで?家族だろ?」


「ええ。でも、病気がうつるからとか、当主にならなきゃいけないからとかっていう理由でね。最初は、何が何でも会うぞって思ってたんだけど、そうも言ってられなくて……。壁が厚いのね。壊せないんだわ」


「……別に、壊せばいいだろ。壁ぐらい」


「そういうわけにもいかないのよ……」


 その壁とは奉公人や女房達の事であろう。

 彼らは月読に命じられている。もし、自分が入ってしまったら、被害にあうのは間違いなく彼らだ。 

 彼らに迷惑をかけたくない。だが、二人に会いたい。椿の心は揺れ動き、葛藤していた。


「親は?」


「え?」


「お前の両親は?」


「……お父様もお母様も仕事で忙しいから。特にお母様は……」


 勝吏も月読も多忙の身だ。会うのは仕事上での事。特に月読は冷酷であり、椿や朧に冷たい。

 理解してはいるが、椿は心の底では寂しがっていた。


「一人ってことか……」


 九十九はつぶやいた。椿に聞こえないように。悲しそうに……。


「なんで、こんなこと、話してるのかしらね。おかしな話」


「本当だぜ」


 なぜか、本心を九十九に打ち明けてしまった椿は、苦笑する。

 だが、九十九も同じだ。人間である椿の話を聞き、助言するなど初めての事だ。

 お互い不思議に思いながらも笑っていた。心の底から。

 

「けど……誰かに聞いてほしかった。それだけだろ」


「……そうね」


 なぜ、椿が自分に話したのか、なんとなくだが、理解してきたようだ

 椿も、九十九に言われ、気付かされる。だが、誰かではない、九十九に聞いてほしかったのだろう。

 その理由も椿は気付いていた。九十九には言えないことであったが。


「……気が向いたら、来てやる」


「え?」


「会ってやるって言ってんだよ。まぁ、ここでしか無理だけど」


「ありがとう。私もたまになら……任務もあるし」


「おう」


 九十九は不器用にうなずく。だが、とても優しく居心地がよかった。


「あと、壁はぶっ壊していいと思うぜ」


「え?」


「そうじゃねぇと、後悔するぞ。後悔したくねぇんなら、ぶっ壊せ」


「……やってみるわ」


 九十九に後押しされ、椿はうなずく。

 まるで迷いが吹っ切れたかのようだ。

 椿は、思いっきり立ち上がった。


「そろそろ、戻るわね」


「おう」


「ありがとう、九十九」


「おう、じゃあな」


 椿は、戻り始めた。

 聖印京へと。

 九十九は、椿の背中が見えなくなるまで見送っていた。


「なんで、俺、あんなこと……たく、変な人間だな、あいつは」


 なぜ、会いに行き、椿の話を聞いて、助言したのか九十九にはわからない。

 それでも、わかったことだけはある。 

 椿といると自然と心が安らぐ。

 九十九と椿は、居心地のいい場所を見つけたような気がした。


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