第12章 第3話
あれから1ヶ月が過ぎた。
青い空には眩い太陽。
黒いアスファルトから沸きあがる熱気。
鋼色の翼を誇りながらF16ジェット戦闘機が地上をじんわり移動していく。
1機目、
2機目、
3機目、
4機目、
5機目、
そして6機目。
大きく手を振るコクピットのパイロット。
僕も手を上げて応えると、彼らはエンジン音と共に滑走路へと進入していく。
やがて、体を揺らすような爆音を残し高く高く舞い上がる翼は青い空へと消えていった。
あれから……
丸田・ザ・ジャイアントが残した真新しい工場の前で、グレーのスーツを着こなしたロン毛のルーバックさんに再会した。
「もしかしてアナタが天川サン?」
「いえ、違いますけど。でもちょうど良かった。実は……」
「これはルーバック大臣!」
「大臣?」
赤い帽子を取ってボランティアのおじいさんが手を差し出した。
髪の毛は見事にブラインド状態だったが、今、気にするところはそこじゃない。
ルーバックさん、じゃない、ルーバック氏はおじいさんと握手をするとふたことみこと言葉を交わす。
「なあ月子、日本で会ったとき、彼は大統領の付き人兼通訳兼ボディーガード兼荷物持ちだって言ってたよな」
「うんそうだね。だけど大臣は兼任してない、とは言わなかったよね」
「大臣も兼任ってか! って、重要なものから言えよな!」
「アノ、ゴメンナサイ。実は産業大臣もやってマス」
僕の声が大きかったのか、彼は頭を下げる。
「あ、そうなんですか……」
「ところでサッキの話デスガ……」
「ああ、実はお話があるんです……」
と、そこまで言って考える。
本当に大丈夫なのか?
僕は彼を話が分かる、物分かりがいいお兄さんだと思ってここに来た。
さらりとした長髪に穏やかな笑顔、スーツケースにはデカデカとアニメのステッカーを貼って、付き人兼通訳兼ボディーガード兼荷物持ちと自称した彼ならきっと信じて貰えると思った。明確な根拠はない。感覚的な理由しかない。しかし賭けてみようと思った。
だけど、彼が産業大臣って……
「大統領に会いタイとか、デスカ?」
僕に向き直った彼の目の奥が鋭く光った気がした。
もしかしたら僕はとんでもない思い違いをしていたのかも知れない。
だけど、ここまで来たらもう後には引けない。
それに、ナナの願いを叶えるためには、そして僕の想いを伝えるためには……
「いいえ、ルーバック産業大臣、あなたにお話があるんです」
「ワタシに?」
「驚かないで聞いて欲しいんです。実はここにいる黄色い服の彼女は地球を遙か6光年、バーナード第一惑星から来た皇女なんです」
「バーナード? 皇女?」
僕の言葉にゆっくり視線をナナに動かしたルーバック氏。
「そうです。彼女の星バーナードは地球と、いやここサモスランカ共和国と正式に国交を結びたいと考えています」
「ご挨拶が遅れました。わたしはナナ・カテリーナ・フォン・プリミエール・バーナーナ。バーナーナ星の第二皇女でございます」
凛とルーバック氏の前に歩み寄り、たおやかに会釈したナナは黄色地の名刺をルーバック氏に差し出す。今まで誰ひとり信じてくれなかったその名刺にルーバック氏は暫し視線を落とした。
「ホントだよ、ナナねえ姫さまはすっごく立派なお姫さまなんだよ。あたいお城まで行ったもん。バーナーナのお城は白くて中はとても広くて、ナナねえ姫さまはみんなに慕われてるんだよ」
「……そうなんだ」
力説する月子の前にしゃがみ込み、笑ってみせたルーバック氏はやおら立ち上がるとナナに自分の名刺を差し出す。そして僕とオリエにも。そこにはミニスター オブ エコノミーの肩書きと共に英国の超有名大学の経営学修士の文字。このお兄さん、見かけと違ってすっごいエリートなんだ!
「チョット待ってクダサイ」
彼は軽く手を上げると胸ポケットからスマホを取り出し通話を始める。フランス語だから誰と何を話しているのかサッパリ分からない。
僕の胸にざわざわと得も言えぬ不安が広がる。
「ルーバックを知ってるんデスカ? カレは凄く頭が切れ者デスヨ。この国でイチバン若く大臣になったのデスヨ……」
僕の手の名刺を覗きながらおじいさんが教えてくれる。
「お待たせシマシタ。ところでさっきの話デスガ……」
スマホを胸元にしまうルーバック氏に僕は説明を始める。
「はい。バーナードはバナナなど果物の名産地なんです。あ、遙か彼方の星の産物ですけど、地球と同じものです。全く見分けが付きません。と言うかより美味しく安く安全なんです。そのバーナードの作物をサモスランカから世界中に広めたいんです。そのためにも是非このサモスランカ共和国と正式に国交をと……」
一生懸命訴えながら、しかし僕は不安になっていく。大臣の顔になった彼はやはり凄い切れ者らしく、その笑顔の奥で何を考えているのか窺い知れない……
「はいっ! これがわたしたちバーナーナのバナナです!」
大きいバナナの皮を剥いて彼に差し出すナナ。
一瞬驚いた顔でナナを見た彼は、ゆっくりバナナを受け取ると一口食べた。
「ん、んん! ……こりゃ美味しい! んぐんぐ…… ホントに甘くて味が濃いデス。ナルホド、仰ることはワカリマシタ。デモ、こんなところで話を続けてもイケマセンネ……」
彼の言葉と同時に敷地内に2台の車が入ってきた。白地に派手な「POLICE」の文字。サイレンもなく青い警告灯は消灯したままだったが、誰がどう見てもこの国のパトカーだ。
「これは!」
僕らの横に止まったパトカーからは制服姿の警官たちが降り立ちルーバック氏に向かって敬礼する。
僕らは何か悪いことをしたのだろうか。
あまりの空想ごとに頭の中を疑われたか!
僕らを捕まえて、どこかに連れて行く気か!
「ごめんナナ、僕が甘かった!」
ここは時間を止めてどこかに逃げてしまおうか……
と、思わず身構えた僕をナナがやんわり制止する。
そうして彼女は胸を張り、ゆっくり警察官とルーバック氏の前に歩み出た。




