第11章 第5話
ガラスの自動ドアを抜けると広いエンタランス。受付に座るおばさんが立ち上がり声を掛けてくる。
「ようこそ、こんにちワークへ。こちらが受付票…… って、ナナ姫さま?」
「はい、お仕事お疲れさまです。少し見学させてくださいませんか」
「どうぞどうぞ!」
受付を抜けるとそこは広い待合所。何十と並ぶ長いすにたくさんの人達がぎっしり座っている。中年のおじさん、おばさんが多いけど若い人も結構目に付く。奥の方には検索コーナーと書かれた札が天井から掛かって、何十台とモニターが並んでいる。そこにはモニターと睨めっこする人達が空きなくぎっしり座っていて。
「いっぱいね……」
誰に言うともなくナナの口から言葉が漏れる。
「商売繁盛でいいんじゃないか?」
「よくないです。ここは職業斡旋所なんですよ。一年前に来た時にはもっと余裕があったのですが、これじゃ寿司詰め状態じゃないですか」
「あの……」
ナナの横に品の良さそうな中年のおばさんが立っていた。
「ナナ皇女、ですよね」
「はい」
「アルタイルとの契約を増やして貰ったんですよね」
「あ、僅かばかり、ですけど」
「お願いしますっ!」
おばさんは白髪交じりの頭を下げる。
「今、バナナ農園は非常に苦しくって、私の息子も後を継がないって星を出て行ったんです。それも憎っくき帝国コンツェルンの契約社員だとかで。でも昨日、契約解除だとかで戻ってきて…… バーナーナでのんびり育った息子にはきっと荷が重かったのでしょう……」
「いえ、きっとそれは息子さんの所為ではなく帝国コンツェルンが……」
「あの、ナナ姫さまがイグール王子の元に嫁がれると言うお話は?」
「あ、そのことはまだ何とも……」
「そうですか。そうですよね、まだお若いですし、それにあの方はあまりいいお噂を聞きませんしね……」
そのおばさんは少し寂しそうに会釈すると去っていく。
「お前とイグールの話って有名なんだな」
「ええ、そう、ですね……」
それからもナナの周りにはおじさまおばさまが取り巻いて絶えず声を掛けてくる。
「うちみたいな零細農家はもうダメです。だから職を探してるんですけどいい仕事がなくて……」
「50歳過ぎると仕事がなくて。先月やっと見つけたんですが、すぐクビになっちゃって。はははっ」
「ナナ姫さま、期待してますよっ!」
「ぜひうちの農園も見にいらしてください!」
ここには人々の慰問をしに来た訳じゃないはずだけど。
しかしナナは厭な顔ひとつせず、いつものようににこやかに振る舞う。
「お待たせしました、ナナ皇女」
10分ほど経ったのだろうか。
陳情を受け続けるナナに声を掛けたのは銀縁眼鏡の初老の紳士だった。
「わたしは『こんにちワーク』のセンター長・アップルマンです。『こんにちワーク』のご紹介をさせていただきますので、こちらへどうぞ。あ、お供の方もご遠慮なく」
にこりと会釈したナナは『お供』の僕を促して彼に続いた。
案内されたのは貴賓室、大きな窓には青い空が見え、ゆったりした黒いソファが一組。
「どうぞお座りください。今日はこんにちワークを視察していただいてありがとうございます。ご存じの通りここ数年バーバーナの失業率は増加の一途を辿っています。その元凶は帝国社による果実価格の下落、そして果実加工産業の不振です……」
彼が喋り始めると目の前に大きなスクリーンが現れこの星の輸出状況がグラフで示される。やがて映像は豊作貧乏にヤケになる農民たちの姿やフルーツゼリー工場の社長が金策に走り回る悲惨な姿を映し出す。どこの国、いや、どこの星も同じなんだなとナナを見る。
「……」
彼女の深紅の瞳から何かが溢れて。
15分ほどの説明が終わるとアップルマンは僕らを車に乗せて近隣の大きな食品加工工場に連れて行ってくれた。
「なあナナ、やけに力が入った説明だな」
「事前に頼んでおいたんですよ」
「そうなんだ……」
工場では生産の増加を見込んで新設した製造ライン一本が稼働しないまま佇んでいた。止まった工場ってこんなに寂しいんだ……
「私の見込み違いでこんな事になっちまった。銀行の金利負担も重くて先月ベガにある保養所を売り払ったり、この工場も抵当権が付けられて……」
説明に立った髪の毛が薄い社長は自嘲気味にそう語る。
「ところでナナ姫さま、イグール殿下との進展具合はいかがなのですか?」
「あ、それはまだまだでして……」
「そうですか」
よく喋る社長に見送られ工場を後にする。
その後アップルマン氏は経営を諦め荒れ果てたバナナ農園や取扱量が減って職員がヒマそうにしている農園組合、売り上げ減のため新規事業に挑戦するも悪戦苦闘で失敗の連続という食品商社へと案内してくれた。これが今のバーナーナ農業の縮図なのだという。
「本日のご説明は以上になります。あの、ナナ皇女」
「はい」
「本日はナナ皇女のご要望通りにこの星の厳しい側面ばかりをご紹介しました。皇女さまがこのバーナーナを深く心配されているのは痛いほど存じています。しかし、是非ご自身のお幸せも大切になさって下さい」
「…… ありがとうございます、アップルマンさま」
僕らがアップルマンと別れたのはもう夕刻、日本では夜8時過ぎだろう。
空飛ぶ車に乗って向かったのはバーナーナのお城だった。
王室の宮殿に向かうかと思いきや、お城の敷地内、庭園の横に立つ小さな建物へと入る。
「ここはお城が経営するレストランなんですよ。本物の宮廷料理が味わえて本物の宮殿の風景が楽しめるって人気なんですよ」
中に入ると給仕たちが笑顔で出迎えてくれる。まだ時間も早いからか、店は空いていたがナナは僕を連れて奥にある個室へと入った。
「周りに人がいるとゆっくりお話しできませんからね」
ふたりは『シェフのお勧め』を注文すると今日見たことを振り返る。
「バーナーナの農業ってかなり不景気なんだね」
「わたしもここまで深刻だとは知らなくて……」
ナナはシュンと悄気返る。
「だけどほら、この星ってセーフティネットがしっかりしてるんだろ。暮らしには困らないって言ってたじゃないか」
元気付けのつもりの僕の言葉にもナナは考え込んだまま。
「はい。しかしこのままでは……」
「……」
「ねえ陽太さん、この状況を打開するいいアイディアはありませんか?」
今日の彼女はずっとそのことを考えていたのだと思う。
勿論僕も考えていた。僕はダメだと知りつつも考えていることを口にする。
「思うんだけどさ、バーナーナと地球が星交と言うか国交を開いたらいいんじゃないかな。そうしたら何十億の人口を持つ地球と堂々貿易が出来るだろ」
「そうですね。わたしもそれが出来ればと何度も夢に思いました。作物が売れるだけでなく新しい販売ルートによって新しい農産業の形を作れるかもって。しかし、地球は交戦確率や事故死率、犯罪率などから国交交渉には不適格だと言われていて」
「そうらしいね……」
そのことは父に聞いて知っていた。
しかも地球はバーナーナやベガ、アルタイルなどと違い星がひとつになっていない。たくさんの国に別れている。だから交渉相手すら存在しないと。
「だけどさ、『地球』と星交を開くんじゃなく、『日本』と言う国と国交を開くのはどうだろう。日本なら戦争もしてないし犯罪率も低いんじゃないかな?」
「そうですね。実はわたしもそう思って貿易連合に掛け合ったんですよ。でも却下されました……」
「やっぱりダメだったんだ」
父も望みは薄いだろうと言っていた。
確かに日本は平和だと言われている。
だけど。
「これがその時の回答書です。犯罪発生率、事故発生率、労働環境、政府の透明性、いずれも基準を満たさないと……」
ナナはポケットから書類を取り出し僕の前に置いた。僕はそれに目を通しながら大きく溜息をついた。
「ごめんなさい。陽太さんの国と国交が開ければオタクカルチャーの輸入も出来ますし貿易バランス的にも地球への窓口に打ってつけだと思ったんですけど、力及ばず……」
「ううん、ナナの所為じゃないよ。僕の父も言っていた、日本でもダメだろうって。地球ってその程度の星なんだって。自分の星の軌道に自分の星を攻撃目標にした人工衛星がたくさん回ってる変な星だって。ナナも最初に会ったときに言ってたよな、バーナーナ星第二皇女の名刺を持ってバナナを売りに回っても誰も本気にしてくれなかったって。誰も相手にしてくれなかったって。そんな国と国交なんか無理なんだろうな……」
「…………」
父が言うには宇宙連合への加盟申請は加盟する国が行うのが基本のルールなのだという。目の前の宇宙人を信じられない人達ばかりの星が加盟申請なんて有り得ないだろう、とも。
「他に方法は……」
コンコンコン
「お待たせしました、前菜とスープをお持ちしました」
色とりどりの野菜やフルーツが盛られた前菜、スープはトマトらしい。
日本のフルーツ盛り合わせに近いその前菜はどの果実も素晴らしく甘く味が濃かった。
僕は料理をいただきながら。
「うん、凄く美味しいよ」
「良かったです」
しかし、いつもお喋りなナナは笑顔を見せながらも言葉少なだ。
「今日は色んなところを見て回って勉強になったよ」
「こちらこそ連れ回してしまって」
「もっと考えてみるよ」
「ありがとうございます」
いつものナナじゃない。
口を動かしながらもずっと考え込んでいるみたいだ。
「あのさ、お前とイグールの話って星でも有名なんだな。みんな知ってたよな」
「ええ、そう、ですね…… あの……」
「何?」
甘く温かいトマトスープを飲みながらナナを見る。彼女は思い詰めた顔をしていたが、やがて。
「陽太さん、その、怒らないでくださいね……」
「勿論だよ」
「実は……」
「……」
「実はわたしは、わたしはあの殿下と結ばれることを星の人達に望まれているのです。そうすればバーナーナの経済も上向いて安泰であることは間違いないって。でも、わたしは彼が嫌いでした、大嫌いでした。死ぬほど嫌いでした。だからバーナーナのバナナを売って回ろうと、自分の手で新しい商圏を切り開こうと地球に来たんです。そうして陽太さんに出会いました……」
「…………」
「しかし結果はご存じの通り、わたしは何の成果も出せていません。陽太さんと月子ちゃんのお陰でバナナの輸出枠は増えましたが、それでもこの有様です。わたしは、バーナーナ第二皇女のナナ・カテリーナは、バーナーナの皇女として、バーナーナの星のため…… やっぱり…… やっぱり…………」




