第10章 第3話
僕の右にはサムズアップしたオリエ、左には僕のために料理を装ってくれているメリル、そして舞踏会の様子を眺めるエミリア、アグネス、ユングフラウ。みんな静かに止まっている。
「お兄ちゃん!」
人混みをかき分け駆けてきたピンクのドレスは月子。全てが静止したこの舞踏会で僕が目にする唯一の「動」だ。
「どうだ月子、楽しめたか?」
「うん、料理がバカうまだよ。お兄ちゃんはお肉のお寿司食べた?」
「お肉のお寿司?」
「うん、霜降りの牛肉みたいなのがトロッととろける抜群に美味しいヤツ! 月子10個も食べちゃった」
こいつ、すっげー楽しんでるじゃん。
「その顔は食べてないんだ。いま持って来てあげるね!」
月子が駆けていくと僕は広間を見回した。
広間の真ん中ではイグール王子とカエラ嬢が手を取り合って踊っている。その脇の方では今回のターゲットがペンライトを片手に何か叫んでいた。その更に奥の丸テーブルにはダーク社長に目を向けるナナの姿。
さあて、何から始めよう……
「はい、お兄ちゃん! お肉のお寿司だよ!」
「ありがとう。じゃあ先ずはダーク社長の宇宙スマホを探そうか…… ってこれマジ旨いな!」
「でしょっ!」
僕らは大広間の真ん中を歩いて行く。王子とカエラ嬢以外にもこの星の貴族たちや招待された姫さまたちが踊っている。
「絵本の世界みたいだね。舞踏会って華やかで美味しいね」
しかし今は全てが静止し、さっきまでの喧噪が嘘のよう。
そんな不思議な静寂の中、月子と並んでダークの前に立つ。
「このおじさん、悪趣味」
金ピカの燕尾服に勲章やバッジをぞろりと付けて、でっぷりした顔立ちのダークはイヤなくらいに目立つ。その周りには長身でガッシリとした黒いサングラス姿の8人の黒服たち。世話役と言う割には皆体格がいい。屈強なボディガードにしか見えない。
「じゃあ月子、そろそろ仕事をしようか」
「うん、分かってるよ。このおじさんのスマホを探すんだよね」
月子はもぐもぐと口を動かしながらダークの前に立つ。そうして派手すぎる燕尾服に手を伸ばす……
「何をしている」
「「えっ!」」
しないはずの声にビクリと体に電気が走る。
声の方、ダークを囲んでいた黒服のひとりがゆらりと動いた。
「お前、ダーク様に何をするつもりだ」
「何をって……」
時間が止まったこの空間で僕と血の繋がった妹である月子以外に動ける者などいないはず。
なのに……
「驚いているようだな。いや、驚いているのは俺も同じだ。まさか伝説に聞く時間を操る守護神が本当に実在するとはな」
ひとりの黒服がゆっくり僕の前に立つ。ガッシリとした長身からサングラス越しに僕を見下ろして。
「どうして動けるの?」
「どうしてだって?」
月子の疑問に男は薄ら笑いを浮かべる。
「俺は宇宙でも超珍しい特殊体質でな。亜次元空間を自在に行き来することが出来る。だからダーク社長に用心棒として雇って貰ってるんだ。しかし俺には時間操作も利かないなんて初めて知ったぜ。何せそんな能力を持ったヤツに初めて出会ったんだから」
男は内ポケットから銀色に輝く銃を取り出すと、ゆっくり僕の方へと向ける。
ピシューン!
紅い光が糸を引いて僕の真横をすり抜けた。
「ともかく、このまま時間を戻して貰おうか。さもないとお前の命を頂戴することになる」
「へっ、やれるもんならやってみろよ!」
ここで彼が僕を撃ち殺せば時間は再開するだろう。しかしそこには僕の死体とレーザー銃を持つ彼の姿。宇宙では殺人なんか有り得ない重大事件で、そんなことを起こしたら巨大企業・帝国コンツェルンであろうと不買運動であっさり倒産すると言う。ましてここは宮廷、しかも各星の貴賓を集めた晩餐会会場だ。彼は僕を殺せないはず。
「ちっ……」
しかし。
悔しそうに舌打ちをした彼は、やおら銃を仕舞うとボキボキ指を鳴らしながら歩み寄ってきた。
「仕方ない。貴様の気が変わるまで痛い目に遭わせてやろう。死なない程度に、な」
見るからに頑強で強そうな黒服男。彼は自分をボディガードと言っていたからそれなりの訓練も受けているのだろう。
「俺は宇宙連合未加盟の星で何百人をこの素手だけで葬って来た。謝るんなら今のうちだぞ」
「そうはさせないよっ! えいっ!」
と、横から月子が駆けてきたかと思うとお得意の急所蹴りを見せる。
「ふん、このガキ」
「きゃあっ、放して! 放してよっ!」
しかし、小学4年の女の子が真っ向勝負で勝てる相手ではなかった。
月子は片足を掴まれそのまま持ち上げられる。ドレスの中からくまさんのパンツが丸見えだったが、残念ながら月子は自分の妹。そんな部分に興味はない。
ってか、そんなこと考えてる場合じゃない。
「やめろ、月子を放せ!」
「ほ~ら」
僕が飛びかかると男は月子を放り投げる。
そして。
バスッ!
ドスッ!
「ぐぶえっ!」
「どうした少年、もう終わりか?」
やばい!
ボディにパンチを2発食らっただけなのに内蔵が飛び出しそうだ。
「さあ、拷問タイムの始まりだ」
ばきっ!
「ぎゃあっ!」
足に激痛が走る。奴のローキックがまともに入った。
ここまで来て。
ナナが必死の思いで舞踏会までセッティングしてくれたのに。
「ぐぬぬぬ……」
た…… 立てない。
一発で足がやられたみたいだ。
「今までのは余興だ。次の一撃はもっと痛いぞ」
「危ない、お兄ちゃ~んっ!」
「えっ!」
顔を上げた瞬間、目の前に拳が迫っていた。
恐ろしい風切音、こんなの喰らったら……
恐怖に思わず目を瞑り、歯を食いしばる。
バシッ!
「ぐぐぐ…… って?」
しかし僕の顔には痛みも何も走らなかった。
何が起きた?
目を開ける、とそこには。
「ここまでです! 陽太さんを殴るなんて許せません!」
「ナナねえっ!」
「ナナ!」