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才色兼備のナナ姫は、恋の作法がわからない!  作者: 日々一陽
第9章 ナナの願いとカツ丼と
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第9章 第4話

 商品棚いっぱいに並ぶ色とりどりの髪飾り。


「ねえねえ陽太さん、どれが似合うと思いますか?」


 真っ赤なリボンを髪に合わせながら鏡を覗き込むナナ。


「そのリボン、金髪に栄えて凄く似合うよ」

「じゃあこれにしようかな」


 モール2階のファンシーショップ。ふと横に目をやるとゆるふわの動物クッションが山と積まれている。


「陽太さん、そのカエルさんが気に入りましたか? 可愛いですよねっ!」


 あのあとナナは僕に向き直ると震える声で。


「陽太さんにお願いがあるんです。その、わたしと。今からわたしと、わたしとふたりでデートしてくださいっ!」

「えっ?」

「お願いします。わたし今からイグールに連絡します。舞踏会があったら参加しますって伝えるつもりです。そうすれば彼はすぐにでも会を開くでしょう。きっとダーク社長もカエラさんを連れだって現れるはずです。だけど、そうなったらナナはイグールのダンスとか断れません。わたしは、ナナは陽太さんに不誠実を働くんです。例えそれがちょっとしたダンスだけだとしても、ダーク社長を誘き出すワナだとしても、心は陽太さん一筋だとしても、ナナは陽太さんを裏切るんです。不義理を働くんです! だからお願いです。その前にふたりだけでデートしてくださいっ!」


 旦那さまとかマイダーリンとかいつも馴れ馴れしいナナだけど、今までふたりきりでデートなんてしたことはなかった。


「あ~あ、今回は仕方ないわね。じゃあちょっとだけ陽太を貸してあげる」


 オリエも参ったとばかりに肩をすくめ、月子と一緒にどこかへ消えた。

 まあ、これでナナの気が晴れるのなら。

 店を出ると彼女は買ったばかりの真っ赤なリボンで後ろ髪を留める。


「リボン可愛い、ですか?」

「あ、うん。勿論……」

「ありがとうございますっ!」


 リボンなんて関係ない。

 その深紅の瞳に見つめられただけで鼓動がうるさく騒ぎ立てる。


「つ、次はどこがいい?」

「陽太さんと一緒ならどこへでも!」

「じゃあ、ちょっと早いけどメシでも食うか」

「はいっ!」


 彼女は僕なんかに勿体ない。綺麗で優しくて頑張り屋さんで運動神経も凄いの一言、そして何より星の皇女さまだ。こんな僕なんかと釣り合うはずもない。だから僕は……


「陽太さん、このカツ丼というのは?」

「カツ丼食べたことないのか? 卵でとじたトンカツを、ってともかく食べてみようか?」

「はいっ!」


 彼女はカツ丼を知らない。カレーライスだってまともに作れない。だけどそんなことは小さな小さな事。彼女はイグールに舞踏会をお願いすると言った。舞踏会をお願いすることが僕への背信になるとも言った。だけど、そもそも舞踏会って何だ? お伽噺とぎばなしの絵本の中の話ではないのか? みんなで踊って食べて、単なるお金持ちの道楽ではないのか? 僕の知識はその程度。彼女から見たら僕なんて舞踏会に参加したこともない非常識で貧乏な男に違いない。彼女はきっとそのことを……


「はいお茶をどうぞ。陽太さんは何にします? わたしはカツ丼「並」で」


 笑顔でセルフのお茶を煎れてくれる。


「じゃあ僕は大盛りにするよ」


 ナナは店内を見回すと長いその金髪をさっき買ったリボンを使って綺麗にまとめあげる。食べるとき邪魔になると思ったのだろうか。


「わたし、デートって初めてなんです。あっ、何ですかその顔は? ウソじゃないですよ。彼なんていませんでしたし、それにバーナーナじゃ顔が知れてるでしょ。だからこんなお店で一緒にご飯ってちょっとドキドキします。陽太さんは?」

「あ、うん、僕も楽しい」

「良かった。でもこの「どんぶり」って料理はバーナーナにはありませんね。料理は素材単品で出てくるのが基本ですから、全てをひとつの器に、って発想はないんですよ。それでね……」


 嬉しそうに語るナナ。

 そんな彼女を見ていると僕も楽しくなってくる。


 やがて。

 供された出来たて熱々のカツ丼をじっと見つめるナナは箸を握ったまま僕が食べるのを待つ。


「どうした? 遠慮しないで食べていいんだぞ」

「別に遠慮なんかしていません。ただ……」


 ナナは店をぐるりと見回して何やら戸惑っている。

 僕は丼を持つとカツとご飯をかき込んだ。


「じゃあ、いただきます」


 ナナも丼を手に持つとその可愛らしい口にカツとご飯を豪快にかき込んで……


「……ナナ、そんなに腹減ってたのか?」

「あ、いいえ。普通、ですけど」

「その割にはなかなかいい喰いっぷりだな」

「まあ陽太さんったら。そんなに誉められたら…… ぽっ!」


 こいつの「ぽっ!」はわざとらしく口で言うところがウザイ。何も言わず頰を染められたら一撃で胸キュンなのに……

 などと思いつつ彼女の美貌に見とれているとまた丼を持って豪快にかき込み始めた。そしてみるみる丼を空にする。


「どうしたんですか陽太さん、そんな「ぽか~ん」とした顔でナナを見て」

「いや、なかなか豪快だなって」

「ええっ? 豪快って? そんなことありませんよ、わたしなんかまだまだ……」


 そう曰う彼女の視線は僕の背後に向けられていた。

 僕の背後、そこにはバリバリ体育会系の男子高生4人組が特盛りカツ丼を豪快に食い散らしている真っ最中だった。


「丼ってこうやって手に持ってガツガツって感じでかき込んで食べるんですよね?」

「あ、まあそれも正解だけど、あんまり若い女子はしないかな」

「えっ?」


 丼を手に持ったまま固まるナナ。その頰には3粒の白米が艶々と輝いて。


「ほっぺたにご飯粒が付いてるぞ」

「えっ、あっ!」


 どこからか手鏡を取り出したナナが慌ててそれを摘み取る。

 そうして僕をじっと見て。


「あの、陽太さんのほっぺたにも……」


 ほっそりとしたナナの手が伸びたかと思うと、僕の頰に優しく触れて。


「はい、取れました」


 って、何だこれ。

 心臓ぶっ飛びそうじゃないか!


「あ、あ、あ、ありが、とう……」

「あ、いえ、そんな……」


 傍から見たら単なるバカップル。


「あ、あはは。このカツ丼美味しいね」

「あ、はい、そうですね」

「あ、あはは」

「陽太さんったら、またほっぺにご飯粒付けちゃって。ぽっ!」

「ぽっ、じゃねえよ。ほらナナも早く喰え」

「はい、陽太さんっ!」

「……」


 そんなこんなで。

 気が付くとカツ丼喰い終わっていて。


「じゃ、出よっか」


 ふたり店を出るとどこへともなく歩き出した。

 今この時もシャングリラではおっさんたちがコーヒー一杯で粘りまくっているだろう。だけどナナはさっきからずっとモジモジと黙ってしまっている。


「あ、あの……」

「なに…… って!」


 僕の手に柔らかい感触が。


「……ねえ陽太さん。ナナのことどう思いますか?」

「どう思うって……」


 モールを出ると路地を歩く。

 右手には大きなマンション、左手には駐車場。


「わたしはまだちゃんとしたお返事を貰ってません。ナナは不安で不安で……」

「あの時トラックから助けなかったら、ナナは僕なんか見向きもしなかっただろ? ナナは星の皇女さまだ。僕みたいな一介の平民なんかと無理に……」

「勘違いしないでくださいっ! わたしは陽太さんが好きなんです、本当に大好きなんですっ!」

「だけど、ナナと僕とでは住む世界が違って……」

「住む世界ってなんですか? ナナは陽太さんと同じ世界に住んでいます。陽太さんと同じマンションに住んで、陽太さんと同じ学校に通って、陽太さんと同じものを食べてますっ! それなのにどうして……」


 彼女の紅い瞳が真っ直ぐに僕を射貫く。

 けれども僕の疑問は晴れないままだ。


「ナナは皇女さまだろ、どうしてそんなことまでして」

「大好きだからに決まってます」

「僕は一般人だよ。金持ちでも王族でもなんでもな……」

「そんなこと関係ないじゃないですかっ!」


 そう言えばオリエが言っていた、バーナードの人には身分とか上下とかそんな発想そのものがないと。

 いつの間にか人通りも少ない住宅街を歩きながら。


「他に好きな人がいるのですか? 黒江さんとか。彼女、陽太さんのことが好きですよね」

「えっ?」


 突然何を……

 黒江嬢は高嶺の花。

 美人だし頭もいいし、でもどこか冷たく遠い感じ。

 でもこの数日で僕の中にある彼女のイメージは大きく変わった。

 案外、僕は彼女の実像と正反対の印象を持っていたのかも知れない。

 でも、だからといって……


「そんな事はないと思うよ」

「もう、陽太さんは鈍感です」


 そう言うが早いかナナは僕の前に向き直る。


「わたしは陽太さんが大好きです。陽太さんの気持ちを教えてください」

「そんな、ナナと僕では……」

「これがナナの気持ちです!」


 深紅の瞳が真っ直ぐに僕を射貫いて、そしてゆっくり閉じられて。

 彼女の頰に流れる一滴の涙。

 小さく可憐なそのくちびるは瑞々しく、僕に抗うことは不可能だった。


「ナナ……」


 ゆっくりと顔を近づけると自分の気持ちが鮮明になっていく。

 僕はナナが大好きだ。

 誰よりも、何よりも、髪の毛から爪先まで全てが大好きだ。


「んっ…… んんっ」


 心臓がうるさく鳴り響き。

 重ねたくちびるの向こうから、暖かな何かが遠慮がちに僕の中に入ってくる。

 舌に絡まる彼女のそれは温かく甘酸っぱい味がして。


「あ~っ、キスだキスだ! キスしてるぞっ!」


 一瞬で現実に引き戻された。

 目の前には3人組の男の子、僕らの顔を見るなり一斉に逃げだした。いや、逃げ出したいのはこっちの方だけど。


「嬉しいです」


 しかし、そんなことは意に介さず頰を染めたナナは小首をかしげてニッコリ微笑む。


「これでナナは頑張れます。全て上手く行く気がします。陽太さんありがとうございます」



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