第8章 第6話
週末、デザートパーラー・ケンタウルスが開店した。
開店までのあまりの短さに皆驚いたが、天川店長には想定の範囲内だったらしい。
「帝国コンツェルンの住設事業部が本気になればどんな店舗だって一夜で開業できますからね」
元技術者の天川店長によると、モデルハウスを空間ごと移設する技術があるのだそうだ。その技術を使えば店舗開設なんか運動会のテントを張るより簡単だとか。
「技術論はともあれ問題は……」
大盛りプリンパフェを頬張りながらオリエが店内を見回す。
土曜の午後だというのに店はガラガラ、僕らの他は2組しかいない。
座席数70を誇る広い店内は空席ばかり。バイトのウェイトレス3人も手持ち無沙汰で何度も同じテーブルを整理する。勿論駅前ビルに開店したケンタウルスに客を取られたからだ。
「普段、土曜の午後は調理に接客に大忙しなんだけど、このザマじゃねえ」
苦笑いを浮かべた店長はトレイを持って奥に戻る。
「じゃあわたしも働いてきますね」
暫くするとふたりは手にビラを持って店を出て行く。
店舗前で配るらしい。
「日向くん」
窓の外、ビラを配るナナを見ていた僕に声を掛けたのは黒江嬢だった。
白い衣裳に白い帽子。普段、調理場から出てこない彼女が客席に来たのは初めて見た。
「黒江さん、今日はヒマそうだね」
「ええ、オーダー待ちゼロだからやることなくって。ねえ、日向くんは友達とか多いでしょ? このお店を宣伝して友達連れてきてくれないかしら?」
「えっ、いいの? 黒江さんここでバイトしてるの秘密にしてるんだろ?」
「そんなこと言ってる場合じゃないわ。このままだったら私クビだもの」
本気か冗談か、首に手を当て真顔の黒江嬢。
まあ確かに、こんなにヒマじゃあり得る話だ。
「他のバイトも探しておくとか?」
「イヤよ。このお店給料すっごくいいんだから。それに私、このお店大好きだし……」
「ごめん。そうだよな。分かったよ、高鍋とかに宣伝しとくよ」
「ありがとう。嬉しいわ」
そう言うと彼女もビラを配りに店を出ていく。
やがて窓の外で店長と何やら話をしていた黒江嬢。店長は待機していていいよと言っているみたいたが黒江嬢は首を横に振りビラ配りを始める。いつもお高く澄ました彼女が営業スマイルを振りまいていく。ぎこちないけど。
「お兄ちゃん、月子もお手伝いしてきていいかな?」
「ダメだ、遊びじゃないからね。それより月子も学校で友達とかに宣伝してやってくれ」
「モチ分かってるよ。とっくに宣伝済みだよ。月子のPR力は凄いんだよ、ほらっ!」
窓の外を指差す月子。そこには年端もいかない小学生の一団が。
準備良すぎるだろ、月子。
「ね、千尋にともちゃんにゆっこに香田さんに高橋くんに黒江くんだよ!」
「黒江くん?」
そう言えば月子は以前この辺りで、黒江くんと言う男の子と話をしていたっけ。もしかして黒江嬢の弟かとか思ったけど…… って。
「あっ、お姉ちゃん!」
「俊希! どうしてここへ!」
窓越しでも聞こえるふたりの声。
「月子ちょっと行ってくるっ!」
そう言うが早いか月子は店を飛び出した。
すぐに窓の外に月子が現れる。その横、俊希と呼ばれた男の子の前で固まる黒江嬢の姿。マジで弟だったんだ。
「彼女どうしたのかしら」
「この店でバイトしてることは弟さんに内緒だったんだろ。塾でお勉強していることにしてたんだろ」
「そうだったわね。見栄っ張りな女」
平然とパフェを頬張るオリエ。
「ちょっと僕も行ってくるよ」
「やめなさい。陽太が行ってもどうなるものでないわ」
「だけど」
「こういうことは見なかったことにしてあげるものよ。ナナと月子ちゃんに任せなさい」
「……わかった」
月子が友達の輪に入っていくのを尻目に、僕は冷めかけたコーヒーに口を付けた。