第8章 第2話
その日、バイトを終えたナナからメールを受けたのは夕方5時過ぎだった。
「ベランダで待っています」
スマホ片手にベランダへ出た僕が見たのは、横付けされた宇宙船から手を振るナナとオリエの姿だった。
「おい、勝手によその家のベランダに円盤横付けるな!」
「ええ~っ! どうしてですか? ベランダの外は公の空間じゃないですか! ベランダに宇宙船を接岸して友達を乗せるのは常識じゃないですか!」
「常識じゃねえ!!」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
僕の声が大きかったのか、月子も部屋から出て来た。
「あっ、月子ちゃんもいいところに。これからデザートパーラー・ケンタウルスを敵情視察するために東京まで行くのよ、月子ちゃんもどう?」
「いくっ! もちろん行くよ!!」
「じゃあ陽太さんもどうぞ!」
「勝手に決めるんじゃ、って、おい月子乗り込むな!」
「お兄ちゃんも早く! 出発するよ!」
「おいコラ引っ張るな月子!」
「あら陽太に月子、お出かけなの? 行ってらっしゃい!」
「って母さん、止めてよ」
「お母さま行ってきますっ! 本日の夕飯は東京でいただいてきますね!」
「じゃあふたりをよろしくね、うふっ!」
「って、うふっじゃないよ母さん!」
僕の抵抗虚しく。
4人を乗せた円盤は上の方へのウインカーを点滅させると夕日沈む空へと急上昇した。
こうなっては僕の負けだ。
「なあナナ、ケンタウスルスを偵察ってどう言うことだ?」
「実はですね……」
ナナが語るには、シャングリラの店長・天川は今日の昼前、慌ただしく東京へと出向いたのだそうだ。目的はケンタウスルの偵察。自分の店のライバルになるだろうその店の全てを一刻も早く知っておくためだという。
「ケンタウルスってお店はフルーツをふんだんに使ったデザートが90分食べ放題で1580円らしいんですけど、日本では高価なメロンやベリー、マンゴスチンなんかも好きなだけ食べられるって評判らしいんです。どうやってその値段を出せているのか、店長はその秘密を知りたいとか言って。まあ果物が安いバーナーナだったら当たり前なんですが……」
ナナの話を聞きながら窓の外を見る。
何光年も離れた星間をたった数分で移動できるこの宇宙船は、名古屋城の上空をゆっくり通過していた。
「あれが金のしゃちほこですね」
「わざわざそれを見るためにスピード落としたのか?」
「はい、ちょっと観光気分です!」
にこり笑うナナの横でオリエは盛大な溜息をついていた。
「さあ、スピードアップして東京へひとっ飛びするわよ!」
本当にひとっ飛びだった。
降り立ったのは品川駅を出た広場。異次元にシフトして、誰にも気付かれずに着陸してから人混みに紛れ込む。
「人でいっぱいだね」
「5時過ぎだから会社帰りの人が多いんだろう」
混雑する高架に繋がる高層ビルへ入ると目的の店はすぐそこだった。
「お兄ちゃん、すごい行列だね」
「だな、1時間待ちだって!」
「大丈夫よ、予約してるから」
ナナは宇宙スマホを取り出すと係員に予約画面を見せる。
「4名さま、ご案内です!」
「ナナねえエライ! 賢いっ!」
「ありがとう月子ちゃん。でも店長が予約してたから真似てみただけなんですけどね」
僕らが案内されたのは料理が並ぶバイキングテーブルの近くだった。
「さあ、食べるわよ」
座る間もなく席を立ち、目を輝かせるオリエ。
「わたしたちも料理を取りにいきましょう」
広いバイキングテーブルには瑞々しいメロンに苺、ぶどう、パイナップル、林檎、バナナ、マンゴにマンゴスティンと生のフルーツが目白押し。勿論ケーキやパイ、ゼリーなんかも豊富だけど、誰もがメロンや苺と言った値が張る果物を山と積み上げていく。
「これで90分1580円は安いよな」
「そうだね、苺なんかスーパーでも1パック500円とかするよね。月子がっつり食べちゃうよ!」
鼻息の荒い月子に対し、ナナは冷静だ。
「フルーツ食べ放題ってバーナーナじゃ珍しくありませんけど、地球は果物がお高いですからね」
「特に日本はな」
僕は皿に一通りのフルーツを取ると、生桃ジュースを注いでテーブルに運ぶ。
「苺が甘くってすっごい美味しいっ」
月子の顔が綻ぶ。
確かに大玉の赤い苺は甘みもたっぷりだ。それが山と積んで食べ放題。美味しくて美容と健康にも良さげでいいこと尽くめだが、これで採算は合うのだろうか?
「パクパク…… うん、まあまあ普通ね、パクパク…… 苺もメロンもマンゴも可もなく不可もなくパクパク、普及品レベルだわ、パクパクパク……」
文句を言いながらも果物たちを次々胃袋に収めていくオリエ。
一方ナナは真っ先にバナナを頬張るなり目を丸くする。
「ねえオリエ、このバナナって」
「言いたいことは分かってるわよ、パクパク…… 宇宙スーパーの客寄せバナナと同じ味だって言いたいんでしょ? パクパク……」
「やっぱり?」
「間違いないわね、パクパク……」
「いかがでしょうか、当店自慢のフルーツは?」
白いワイシャツに蝶ネクタイ、がっしりとした巨軀の中年男性が僕らの横に立っていた。
「はい、美味しくいただいてます」
「うん、ケーキもまいう~だよっ!」
「それは良かった。こちらアンケートです、是非率直なご意見を。ではごゆっくり」
「店長・丸田」の名札をした男は一枚の紙を置いて去っていった。
「お客さまの年齢は? って、レディーに向かって失礼な質問ね!」
用紙を見るなりオリエはそう吐き捨て、かぷりとメロンにかぶりついた。




