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才色兼備のナナ姫は、恋の作法がわからない!  作者: 日々一陽
第7章 ナナ、バイトに精を出す
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第7章 第7話

 店の営業時間は夜8時まで。

 僕とオリエは帰宅したあと、夕食をとってまたここへ来た。

 モールにあるほとんどの店が閉店の準備を始めている。


「一気に人が減るのね」

「モールの主体になってるデパートが8時までだからな」


 月子は家においてきた。


「イヤだっ! 月子も行くっ! 連れて行かなきゃお兄ちゃんのベッドの下を整理しちゃうからっ!」


 そう脅しまで掛けてきた月子だけど、夜8時にもなって小学生を連れ回すわけにはいかない。それでなくて危険が伴う用事なのだ。

 しかし、あの美しい絵本は早めに処分しておいて良かった!


「あれが最後のお客さんかしら」


 シャングリラの様子を遠くから伺う。ナナが店の前まで出て来て若いカップルに頭を下げている。やがて彼女は店の看板を引っ込める。


「お先に失礼しま~す!」


 明るく元気な声は黒江嬢。

 学校では聞いたことがないテンションだ。

 彼女は店内にぺこり一礼すると駆けるように去っていく。


「じゃあ行こう」


 僕らは『CLOSED』の札が掛かったドアを抜ける。

 レジで集計をしていた店長が歩いてきたが、ナナを待たせて欲しいと伝えるとあっさり了承してくれた。やがて学校の制服に着替えたナナが現れる。


「あの店長、ちょっとお話があるのですが……」

「ん?」


 空色の髪をした小柄な彼はレジに立ったままナナを見る。


「このお店のバナナ、地球のものじゃありませんよね!」


 いきなり本題を切り出すナナ。


「は? 何を言っているんだい? 地球のものじゃないってどう言うこと?」

「宇宙のもの。もっと正確にはバーナーナ産のもの」

「……」


 店長の動きが止まった。

 やがてちらり僕らを見た彼は大きく息を吐くとナナを見据えた。


「そうです、と言ったら?」

「色々と確認しないといけません。地球は宇宙貿易連合に未加盟の星ですから」

「大葉さんは、いや貴女は、やはりバーナーナのナナ皇女、なのですね」


 ナナがこくり肯くと彼は自嘲気味に口元を歪めた。

 すると真っ白な壁が突然赤茶色に染まり、店内が不思議な静寂に包まれる。


「これは、亜次元空間!」


 オリエが叫ぶが早いか天川店長は厨房の方へと駆けた。


「あっ、待って!」


 彼を追うナナに続いて厨房に駆け込んだ僕らが見たのは、出刃包丁を手に持つ店長の姿だった。


「ナナ危ないっ!」


 しかし、店長が握りしめた包丁がナナを襲うことはなかった。

 銀色に光るその切っ先は彼自身の胸へと振り下ろされ!


「やめてくださいっ!」


 僕が駆けるより断然早く、眼にも止まらぬスピードでその手を押さえたのはナナだった。


「カランカランカラン……」


 乾いた音が厨房に響く。


「ううっ、ううう……」


 床に転がる包丁を僕が拾い上げると、店長はその場に崩れ落ちた。


「やっと…… やっと掴んだ幸せだったのに……」


 下を向いたまま嗚咽おえつを漏らす店長。空色の髪を持つ彼は、やがて小さな声で。


「妻と子供たちは見逃して下さい。全部ぼくが悪いんです……」

「悪いと言ってもバナナの密輸なんて罰金刑程度でしょ?」


 オリエの声に顔を上げた店長は寂しそうに微笑んだ。


「いいえ…… ぼくはプロキシマから逃げてきた指名手配犯なんです……」

「指名手配犯?」


 プロキシマと言えば帝国コンツェルン社の本拠地じゃないか。


「はい。ナナ姫さまはご存じでしょう、帝国コンツェルン社。ぼくはそこの技術者だったんです。しかし……」


 とつとつと彼が語った身の上話。

 その小さな物語が終わるより早く、ナナは彼の前に跪いた。


「このお店を、わたしにも手伝わせて下さい!」


       ◆ ◆ ◆


「ただいま~」


 家に戻ると月子が飛び出してきた。


「どうだったお兄ちゃん! バナナの謎は解けたの?」

「あ、うん。解けたよ」

「密輸だったの? 店長が悪いの?」

「いや、密輸じゃなかった。店長も悪くない。全然悪くない……」

「ねえねえどう言うこと? ねえってば! ねえお兄ちゃんってばっ!」


 気分が乗らない。

 あとを付いてくる月子をスルーして自室へと入る。

 しかし赤毛の月子もしつこく僕の部屋へと無断侵入を敢行する。


「はう~っ!」


 大きく嘆息するとベッドに身を投げた。


「お兄ちゃんどうしたの?」

「あ、いや……」


 仕方がない。月子にも真相を教えておかないと。


「あの店長はプロキシマの人だった。バーナーナ人の奥さんとふたりの子供がいるらしい……」


 僕が語り始めると月子は黙って椅子に座った。


「あの店長は帝国コンツェルンの社員で無人の惑星にバナナプラントを開発する技術者だったんだ。優秀なエンジニアだった彼は大きな温度変化がある惑星でも美味しいバナナを栽培できる対変温ビニールハウスシステムを開発して、それまでバナナ生産が困難だったたくさんの惑星にバナナプラントを設置していったそうだ……」

「それってナナねえの敵じゃん!」


 僕は小さく肯くと話を進める。


「そんなある日、ベガに出張中だった彼は今の奥さんに出会った。一目惚れだって言ってたからきっと綺麗な人なんだろうな。彼女はバーナーナの人で実家はバナナ農園。でも農園の経営は苦しくて彼女は両親を助けるためベガに出稼ぎに来ていたんだ。彼女の実家を見てその惨状に心を痛めた天川店長は帝国コンツェルンを辞める決心をした。だけど彼の技術力を必要とした帝国社はそれを認めず、強引に辞表を提出した彼を産業スパイ罪で告訴したらしい。勿論彼は機密の持ち出しなんかしていないし悪いことはしていない。だけど警察の調査で何故か自宅から書類が発見された。会社か警察に嵌められたんだろう。罪を許して欲しければ会社に戻れとの交換条件が示されたらしいから……」


 じっと僕を見ている月子は真剣な表情で。


「大丈夫だよ、ちゃんと理解出来てるから。あの店長がジェームスボンドみたいだってことだよね」


 たぶん理解出来てないけど、まあいい。

 僕は月子に小さく肯くと続きを話し始める。


「それで、追い詰められた店長は奥さんと一緒に地球へ逃げたって訳だ。地球は宇宙連合警察の管轄外だからプロキシマの手が伸びることもない。だけど密輸となったら話は別だ」


 バナナの産地を見破られた店長が取り乱した理由はここにあった。

 あのバナナはバーナーナにある奥さんの実家から購入している物だという。だからこの事が知れたら奥さんの実家が密輸で摘発されるばかりか、犯罪者を匿っている罪に問われることにもなりかねない……

話が終わると月子は椅子から立ち上がる。


「ひどい話だね」

「だから、ナナは果物の輸入を皇室経由にするとか言ってた」

「じゃあ一件落着ってわけだ。よかったねっ!」

「ああ、そうだな……」


 言いながら僕の気分は晴れなかった。


「プロキシマって星は酷いところね! 店長さんは頑張ったのに。仕事が人を不幸にするなんて、そんなのあってはならない話よ!」


 ナナの言葉だ。

 だけど、地球はどうだろう。

 もしかしたらプロキシマを、帝国コンツェルンを僕らは笑えないんじゃないだろうか……

 そう思うと沈んでしまう。


「ねえどうしたの、お兄ちゃん?」

「あ、ううん、なんでもない。そうだ、明日からナナも厨房で腕を振るうらしいから月子も是非来てくれってさ」

「わあ~いっ! ナナねえっ、ありがとうっ!」


 ナナの部屋に繋がるドアに向かって叫んだ月子に、壁の向こうから返事が聞こえる。


「わさびは抜きにしておくわね~っ!」



 第7章 完





 【あとがき】


 ご愛読ありがとうございます。琴乃織絵ことのオリエです。

 

 天川店長やバイトの黒江嬢。

 フルーツパーラー・シャングリラにまつわるお話はいかがでしたか。

 まるで地球は私たち宇宙人でいっぱい…… みたいな話ですが、皆さんが知らないだけで案外現実だってそうなのかも知れませんね。


 しっかし、日本のフルーツって高いですよね。

 作者曰く、昔、彼の家にはいつもみかん箱があって、その中にはたくさんみかんがあって食べ放題だったんですって。でも今じゃみかんも結構値が張るとか言ってますし、スイカもいつの間にか高級品になっちゃって一玉丸ごと買えなくなったって泣いてます。


 唯一例外に感じているのがこの物語の「主役」であるバナナだとか。

 昔バナナってもっと高かった気がするんですって。バナナの叩き売りってのもあって、だいたい一房500円くらいだったとか。


(作者注:この「叩き売り」ってのは安売りって意味じゃなくって、人が集まるところに店を広げて、だみ声のおっさんが口上を述べながら面白おかしくバナナを売り捌いていく、一種の露店みたいなものです。歳がバレるネタですね)


 今、スーパーでは5本78円だったりするわよね。果物の中では買いやすさNo1と言ってもいいんじゃないかしら。

 安くて美味しくて栄養豊富なバナナ。

 貧乏作者の今日の夜食もバナナらしいわ。


 って訳で次章予告よ。


 バーナーナのフルーツを提供するフルートパーラー・シャングリラ。

 地元民に愛されるその店に思わぬピンチが訪れる。

 駅前に突如開店した「デザートパーラー・ケンタウルス」、その店にも宇宙を股に掛ける秘密があって。


 次章「謎のデザートパーラー」もお楽しみに。

 食べても食べても太らない高級車仕様・高燃費のオリエでした。




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