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才色兼備のナナ姫は、恋の作法がわからない!  作者: 日々一陽
第7章 ナナ、バイトに精を出す
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第7章 第6話

 夕方5時のショッピングモールは人も少なめ。

 今日はナナのバイト初日、夕方5時出勤だ。

 僕とオリエ、そして月子は一般客として美味しいものを食べる。そして機を見計らって店の調査に乗り出すって算段だ。


「あれっ、黒江くん!」

「あ、日向じゃん。何してるんだ?」

「黒江くんこそ」


 月子が声を掛けたのは青い服を着た半ズボンの男の子。

 少し癖毛の、まだあどけない彼は笑みを浮かべて寄ってくる。


「ちょっとお使い。5時から卵がタイムセールで激安だから姉ちゃんが買って来いって」

「ふうん、黒江くんってお姉さんいるんだ」

「うん、姉ちゃん5時から塾で勉強だから頼まれた…… って、この人日向のお姉さん?」


 彼はオリエをちらり見上げる。


「違う違う。お兄ちゃんのお友達だよ、すっごい美人でしょ?」

「あ、うん。そうだね。でも僕の姉ちゃんもだぞ。勉強もできるし優しいし。無駄遣いしたらすっごい怖いけど」

「あたいは今から無駄遣いしに行くんだよっ!」


 月子は目の前にあるフルーツパーラーに目をやる。


「いいなあ…… あっ、やばっ、タイムセールが始まっちゃう。じゃあなっ!」


 右手を振って彼は駆けていった。


「今のは?」

「ああ、同クラの黒江くん」


 彼が去っていくと僕らは時間つぶしにウィンドウショッピングを楽しんでからパーラーへと向かう。

 店の自動ドアを通ると中から白いシャツに赤いスカート、可愛らしい給仕服に身を包んだ金髪少女が笑顔で飛び出してきた。


「いらっしゃいませっ! 3名さまですね!」


 彼女は見晴らしの良い窓際の席に僕らを案内しながら囁く。


「皆さんがわたしの最初のお客さまです。今日はホールの担当なんですよ」

「じゃあ、今、調理場は?」

「黒江さんです。彼女毎日シフトに入ってるらしいですから」


 スマイル一閃、頭を下げてナナは去っていく。なかなか堂々とした接客ぶり。

 暫くするとお冷やとメニューを持って来る。


「ご注文のバナナがお決まりになりましたら、ピンポンピンポンってお呼び下さい」

「おい、ご注文のバナナってなんだ?」

「あっ、すいません間違えました。お客さま、ご注文はナナですか? ぽっ!」

「ぽっ、じゃねえよ!」


 どこまでマジでどこからワザとか分からないヤツだった。

 オリエがメニューを広げると僕らもそれに倣う。


「僕はバナナパフェで」

「じゃあ月子はパナナアラモード!」

「じゃあ私は特製大盛りいちごパフェね」

「協調性のないヤツだな」


 今日はバナナの入手先を捜査する日、だからみんなバナナを使わせようとしているのに。


「いいじゃないの、幸せならば」


 平然とうそぶくオリエ。


「ではご注文を繰り返します。バナナパフェおひとつにバナナアラモードおひとつ、特製大盛りいちごパフェにナナがおひとつで宜しいでしょうか」

「おい、最後のはなんだ?」

「もう陽太さんったら。わたしですよ、ぽっ!」

「頼んでないわっ!」

「ええ~っ! 今ならナナが無料で付いてくるんですよ! お持ち帰りも出来ますよ!」

「どっかの風俗みたいなこと言うな!」

「えっ、何ですか風俗って? 地球ガイドには載ってなかったような? 陽太さんがお好きなところですか?」


 しまった、話の流れでつい……


「お兄ちゃんって、そんなとこ行ってるの?」

「行ってるわけないだろ!」


 月子にもジト目で見られる。

 オリエは面白そうにニヤニヤ笑っているだけだし。


「あ、ほら、あっちでお客さんがお待ちだぞ!」


 冷や汗で何とかその場をしのぎ待つこと約10分。

 やがて見た目にも豪華に盛られたパフェとアラモードが現れる。


「じゃあ、この後わたしは厨房に入りますから、打ち合わせ通りお願いしますね」

「うん、分かった」

「任しといてよっ!」


 月子と視線を交わし頷き合う。

 そうしてナナが厨房に消えていくのを確認すると、僕は席を立ち時間を止めた。

 

       ◆ ◆ ◆


 目の前のオリエはフォークに大玉のいちごを掲げ、満足げな顔のまま止まっている。


「さあお兄ちゃん、厨房に行こうっ!」


 目を輝かせ立ち上がる月子。

 店内にはウェイトレスさんがふたり。年配のひとりはレジに、若いひとりは厨房の入り口に立っている。若い彼女の横を抜けると5~6人は働ける広い厨房に入る。


「このお姉ちゃんがさっきのパフェ作ったのかな。綺麗な人だね」

「ああ多分ね。黒江さんって言って、僕と同じクラスなんだ」


 そこには白い調理服姿の黒江嬢と水色の髪をした店長が何やら会話をしている途中。そう言えば黒江さんには弟がいるって言ってたっけ。だったらさっきの月子のお友達は……


「黒江さん? 黒江くんのお姉ちゃんかな? あ、でも違うよね、黒江くんのお姉ちゃんは塾でお勉強だって言ってたし」


 彼女の手元には剥きかけの林檎。手慣れたその仕事は学校でのお高いイメージからは想像もつかない。


「ナナねえが控え室のドア開けてるね、入れってことかな?」

「ああ、きっとそうだろう」

「じゃあ入ろう!」


 テーブルとロッカーだけのシンプルな控え室。

 中には誰もいなかった。


「ナナねえのロッカーもあるんだ!」


 『大葉』と名札が掛かったロッカーの中には彼女の制服とカバン。当たり前のものが入っているだけなのに何だかとってもエロい妄想が止まらない。


「どうしたのお兄ちゃん、顔真っ赤だよ?」

「あ、何でもないよ、それより店長のロッカーを調べよう」


 僕はナナのロッカーを閉めると他のロッカーを見回す。

 そうして壁沿いに並んだ一番端の『天川』と書かれたロッカーに手を掛ける。鍵は付いているのだが掛かってはいなかった。


「ここが店長のロッカーだ。昨日面談の時に名前言ってたから間違いない」


 月子にそう言うと彼の持ち物を調べる。

 ちょっと気が引けるけど『バナナ疑惑』の調査のためには仕方がない。

 しかし、調査開始早々、彼への疑惑は一気に深まった。


「見ろよ月子、このスマホ」

「あっ、お父さんのと同じ宇宙スマホだ!」


 紙のようにグニャリ曲がる鮮やかなブルーのそれは間違いなく父さんやナナが持っている宇宙スマホに間違いなかった。


 と言うことは……


 そのスマホの電源を入れてみる。

 現れた待ち受け画面には可愛らしい双子らしい女の子の写真が。


「お兄ちゃん、名刺もあるよ。ベガ、シャンゼリ市のパーラー店長、天川夢二って書いてあるよ」

「と言うことはこの人はベガから来た宇宙人ってことか?」


 それから僕らは店内をくまなく調べてみた。

 レジの近くにあった入出金簿にはフルーツ購入金額の横に別の数字が記されていた。

 1万円の横には『CS98.4』と言う具合に。

 多分これは宇宙共通通貨コスモでの金額ではないのだろうか。


「お兄ちゃん、これ見て!」


 月子が指差す先、一房のバナナに被せられた袋にはバナナの絵柄の下に『安心のバーナード産』と印刷されていて。


「間違いない、あの店長は宇宙人でバーナーナのバナナを使っているんだ」

「このバナナの袋とかさ、全然隠してなかったね」

「そうだな。きっと地球の人が見てもまさかそれが宇宙産だなんて思うわけないからじゃないかな」

「言われてみたらそうかもね。ともかくナナねえに報告だね」


 ちらりナナを見る。

 控え室のドアの横に立ったままの彼女はじっと何かを考えているようで……


「報告しなくても多分ナナには全部聞こえてると思うよ」


 そう言うと僕は彼の宇宙スマホをロッカーに戻す。


「月子も全部元通りにしてくれ」

「はいよっ!」


 控え室もレジの周りも全て元の状態に戻すと月子を席に座らせる。

 そうして最後に僕が席に戻ると店内のざわめきが戻った。

 何事もなかったかのように時間が動き始める。

 やがてお冷やのサービスに出て来たナナは僕らの席に立ち寄ると声を潜めた。


「今日バイトが終わったら店長に話してみますね」

「わかった。じゃあその頃にまた店に来るよ」


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