第7章 第5話
パフェ後のシメに紅茶とクッキーをいただくと月子を連れて家へと戻った。
「ねえ、どうして月子はナナねえと一緒にバイトできないの?」
「子供は働いちゃダメだからだ」
「うそ! 子供でもモデルだったらOKじゃない? オリエねえ言ってたじゃん」
「子供には理解出来ない大人の事情があるんだ」
「さてはお兄ちゃんも知らないんだね。6歳の子供に説明できないのは理解してるって言えないんだよ、アインシュタインの言葉だよ」
妙な知識だけは豊富な月子が長く舌をぺろり出して部屋を出て行く。
まあ、確かに知らないのだが……
彼女がドアを閉めるとベッドの上に横たわった。
フルーツパーラー・シャングリラ。駅前モール1階にある、明るく小綺麗なそのお店では、遙か宇宙の彼方の星で作られたバナナが使われている。
これは何を意味するのか……
あのあと、みんなで色んな可能性を探りあった。
「ナナの勘違いじゃないの?」
「そんなことはありません!」
「帝国コンツェルンが密かに地球でバナナを売っているとか?」
「いいえ、バーナーナと帝国コンツェルンには取引関係がありません。あれは間違いなくバーナーナ産のバナナでした」
「じゃあさ、あそこの店長がバーナーナ人とか?」
一瞬みんな顔を見合わせる。
が。
「いやいやまさか。地球って訪星許可が難しいですからね。それに平気で人殺しをする野蛮な星って評判ですから、好き好んで来る人なんていませんよ」
「そうね。ベガ新聞でも地球でベガ人が孤独死した記事が話題になっていたわ」
「孤独死って、お年寄りか?」
「いいえ、引き籠もりよ。そのヒッキーは知り合いが誰もいない星を求めて地球に来たらしいわ。でも、無一文になって痩せ衰えて毎日スーパーでヨダレを垂れ流していた彼に、地球の人はパンの一切れも恵まなかったって話で」
彼女たちの話に少し落ち込む。
以前ナナの部屋で「宇宙の歩き方」なるガイドブックをパラパラとめくって見たことがあるけど、そこには彼女たちの言葉よりも、もっと辛辣な地球評が並んでいた。
「あっ、ごめんなさい陽太さん。それは一方的な見方だし、陽太さんは優しいし、地球の人も実はいい人で……」
「いやいいんだ。残念ながら事実だし。それよりも……」
「そうね、どうしてあの店でバーナードのバナナが使われているのかしら」
結局話が振り出しに戻る。
「じつは犯人は……」
オリエはニタリ口の端を吊り上げナナを見る。
「何よオリエ、わたしじゃないわよ! わたしは個人で楽しむ分だけしか持ち込んでませんよ!」
「バナナ1トンが自分で楽しむ分なのかしら?」
「それはその、クラスの皆さまにも配らないと……」
「クラス40人に1トンだと、ひとり25kgね」
「ご近所さまとか通りかかりも人にも……」
結局。
みんなで色んな可能性を探ったけど答えは出なかった。
だけど、これは重大な問題らしい。
と言うか、宇宙の犯罪なのだ。
地球は宇宙貿易連合に未加盟の星だ。即ちバーナーナ産のバナナが正規ルート以外で密輸されたのであれば、バーナーナの貿易管理にとって由々しき事件なのだという。
そこで僕らは事の真相を探るために一計を案じた。
その計画はナナのバイト初日、即ち、明日夕方に実行することにした。
◆ ◆ ◆
一夜明けて、計画実行の日。
朝、昨日と同じく4人でマンションを出ると、児童公園で月子と別れる。
「じゃあ今日の夕方ショッピングモールでねっ!」
『パーラー・シャングリラのバナナ疑惑』解明には月子も一役買うことになった。僕は止めたんだけど本人がどうしても仲間に入れろって言うことを聞かない。この件には危険が潜んでるかも知れないのに。真っ赤なランドセルを背中に揺らしながら駆けていく月子を見ると微妙な心境だ。
「ごめんなさい陽太さん。月子ちゃんまで巻き込んじゃいましたね」
「きっと大丈夫だよ、あくまで調査するだけだし」
「そうね、あの店長、悪い人には見えなかったわ」
3人で教室へ入ると黒江嬢と目があった。ちらり僕らを見た彼女は、すぐに何知らぬ顔で教科書に視線を落とす。
「くろ……」
一瞬手を上げかけたナナがトーンダウンする。昨日の出来事は学校では秘密にするって約束だ。
「彼女っていつもひとりで教科書見てるわね。趣味かしら」
オリエの小さな呟きに。
「彼女は成績いいから、案外そうなのかも……」
僕らの会話をよそにずっと教科書から目を離さなかった黒江嬢。
結局、放課後まで彼女とは一言も言葉を交わさなかった。




