第7章 第4話
お洒落で食べ物も美味しくってウェイトレスも可愛いと評判のフルーツパーラー・シャングリラ。
ナナは見事にバイト採用となった。
希望通り調理スタッフとして、但しホールスタッフも掛け持ちという条件だ。
「黒江嬢、働いてること隠さなくてもいいんじゃないかな? シャングリラのバイトに誰も来ないよう、ありもしない噂まで流してさ……」
歩きながらの僕の呟きにオリエは淡々と。
「私には分かる気がするわ、彼女の気持ち」
そう言うと微かに微笑んだ。
あのあと黒江嬢が半ば投げやりに語った彼女の身の上話……
元々彼女はお手伝いさんが3人もいる広いお屋敷のお嬢さまだったらしい。
だけど1年ほど前、お父さんが事業に失敗し、それが原因で両親が離婚。お母さんは今どこにいるのかすら分からないらしい。何とか家は手放さずにいるものの家事全般は彼女の仕事。広いお屋敷は逆に重荷でしかないのだとか。
「お茶もバレエもバイオリンも全部やめちゃって、残ったのはこのプライドだけ。ふふふっ、笑うがいいわよ。家に帰ったら今夜も明日もコロッケカレーよ!」
自暴自棄に語る黒江嬢を誰が笑えるだろうか。いまだ学校では高嶺の花と呼ばれツンとお高くとまっている彼女、それが彼女の最後のプライド。
「私は黙っていてあげるわ、彼女の秘密。学校ではお高いお嬢さまでいさせてあげましょう」
オリエの言葉にナナも黙って肯く。
日はもう西の空に赤く消えかかっていた。
「実はもうひとつ気になる事があるのだけど……」
今度はナナが言葉を紡ぐ。
「気になる事?」
僕とオリエを交互に見たナナは小さく肯くと。
「オリエは気付いていないかしら。あのお店の……」
と。
「お兄ちゃん! ナナねえ、オリエねえ!」
公園から元気よく飛び出してきたのは青いシャツに真っ赤なスカートを穿いた月子。
「遅かったね」
「もしかして待ってたのか?」
「ううん、公園で遊んでただけだよ。監視しながら」
待ってたんじゃねえか。
「でさ、どこ行ってたの? 月子を除け者にして美味しいもの食べてたとか?」
「大正解だわ月子ちゃん。実は3人で美味しいパフェを……」
「喰ったのはオリエだけじゃねえか!」
「あっ、食べたんだ! ずるいよ、お兄ちゃんっ」
「月子は色気より食い気、花より団子、猫にごはん、なんだな」
「最後のは濁点の位置が違うよ」
拗ねたようにじゃれてくる月子の手を取るナナ。
「じゃあ今晩は美味しいデザートを一緒に食べよっか?」
「えっ、ホント?」
「本当よ。あのドアからわたしのお家にいらっしゃい。勿論お兄ちゃんも誘ってね」
「うん」
そんなこんなの展開で。
夕食を済ませ風呂から上がると月子は黄色いワンピースを着て待っていた。
「どうした、気合い入れて」
「可愛いでしょ? 今日はお呼ばれだからね。さあ行こうよ!」
月子はズカズカ僕の部屋へ入っていく。
「さあ行こう…… って、あれえっ? ドアがない!」
「はははっ。それがあるんだよ」
僕が壁の方へと歩いて行くと、壁の一部にドアの形が現れてバタンと手前へ開く。
「バーナーナの最新式ドアなんだってさ。人が近づくと現れるらしい」
今日、学校から帰るとドアが修理されていた。このことは予めナナに聞いて知っていたのだが実際開けるのは今のが初めてだ。なかなかカッコいい。
「ふうん……」
開いたドアの向こうでソファに座っていたナナとオリエが立ち上がる。
「いらっしゃいませっ、陽太さん、月子ちゃん」
「ようこそだわ」
テレビには乙女向けアニメが流れている。ナナは月子を手招きすると台所に立った。僕はオリエとソファに座って待つことにする。見るとテーブルの上には1冊のノートが開かれていて。
「これ、何だ?」
「ああっ、見ちゃダメよ!」
何やらびっちり書き込まれノート。
「『純情プリンスさま』の感想でも書いてるのか?」
「違うわよ、アニメのストーリーを書き写してるのよ。私だって勉強してるんだから」
「ふうん……」
彼女はベガ発のコンテンツを創り出すことを目標としている。アニメのストーリーを書き取ることが勉強になるのだろうか?
「ナナねえ凄いっ! バナナってこんなに綺麗な形に切れるんだ!」
「面白いでしょ、月子ちゃんもやってみる?」
「うん、やる!」
月子はナナと楽しそうにパフェ作りに興じている。
やがて、出来上がったパフェが食卓に並んだ。
「見て見てお兄ちゃん、これ月子が作ったんだよ!」
自慢げな月子を誉めてやると僕も食卓に着いた。
「じゃあみんなで食べよう。いただきますっ!」
待ちきれない月子がチョコシロップが掛かったアイスを頬張る。
「さあどうぞ」
ナナの声に僕も一口。
「うん、美味しい。生クリームとバナナって合うよな」
「そうですね。これ、シャングリラのパフェを真似てみたんです。陽太さんのには特別にナナの工夫もバッチリです」
バナナの薄切りと生クリームが幾層にも重なった見た目も楽しめるバナナパフェ。
しかし、少し食べ進むとバナナが抹茶味になった。
余計な工夫なんかしない方が断然旨いのだが……
「見た目は似てるけど、味は黒江さんが作った方が断然上ね」
「えっ?」
オリエの言葉に声を上げると自分が作ったパフェを頬張るナナ。
「そう言えば昨日食べたときはもっと美味しかったような……」
彼女はがっくりと肩を落とす。
「いいじゃなか。その勉強のためにバイトするんだろ? それに材料のバナナだって違うだろうし」
「いいえ!」
俯いていたナナは僕の言葉にハッとなって顔を上げる。
「そう、忘れてました。そこですよ、そこなんです、バナナなんですっ!」
「なんだ、バナナがどうした?」
「あのお店が使ってるバナナ、あれ、間違いなくバーナーナ産のバナナなんですよっ!」




