第7章 第1話
第七章 ナナ、バイトに精を出す
長い週末だった。
大阪・日本橋でコミック・アニメグッズ買いまくりに始まり、ポーターの襲撃、バーナーナへの訪問とイグール王子との対決。月子の大活躍で一旦地球に戻ったものの、翌朝パーラーで甘いものを食べているところをまたイグールに見つかりそのまま彼を連れてベガへ行って帰って、挙げ句の果てに近所のスーパーでデューク南郷の襲撃を受けて、ナナのバナナカレーを食べさせられて…… これ、全部が土日の出来事。
疲れた。
いやあ、長かった。
たった二日学校へ行っていないだけなのに、夏休み明けのような感覚に襲われる。
「おはよう、ナナねえ、オリエねえ!」
玄関を開けると諸悪の根源である宇宙人二名さまがお待ちだった。
「おはようございます。さあ元気に学校へ参りましょう!」
ナナ姫さまは肌色もよく疲れるどころか絶好調のようだ。
「ふああ~っ、眠いわね。じゃ、おやすみなさい」
「人の家の玄関で立ったまま寝んな!」
オリエは何度もあくびを繰り返す。昨晩ずうっとアニメを見ていたのだ。壁が薄いから僕には分かる。
ってか、ドア壊れたままだし。
「ねえねえナナねえオリエねえ、今日はどこか行くの? またバーナーナとかシャンゼリとか!」
「今日はちゃんと地球にいますよ。学校帰りに寄り道しますけど」
「えっ、寄り道するの? じゃあさ月子も行くからさ、えっとどこで……」
「月子はちゃんと家に帰っておくこと!」
約束を取り付けようとする月子にそう言い放つとナナを見る。
「ナナ、寄り道ってどこへ行く気だ? 買い物なら昨日死ぬほど買いまくっただろ?」
「あっ、今日は買い物じゃないんです。そうじゃなくって、バイト探しをしようかなって」
「バイト探し?」
こいつ一国ならぬ一星の皇女の分際でバイトをしようというのか?
金ならたんまりあるだろうに。
「あっ、お金が欲しいからだけじゃなくって、昨晩、日本橋で買って来たアニメ見てて気が付いたんです。地球社会の勉強にはバイトが一番だって」
「地球社会の勉強?」
「はい、陽太さんが喜ぶ食事の作り方とか、陽太さんが喜ぶ接客対応とか、陽太さんが喜ぶスマイルの作り方とか、陽太さんが喜ぶ赤ちゃんの作り方とか……」
「いやちょっと待て。もし最後のを学べるバイトをするつもりなら止めておけ」
「もうっ、分かってますよ。ナナのバージンは陽太さんに捧げるんですから」
「ばあじ……」
「あのね、月子ば~じんって知ってるよ! 月子もば~じんだし、お兄ちゃんもば~じんだよ」
「陽太さんまさか! 陽太さんって女?」
「ちが~う、僕は童貞だっ!」
「「「……」」」
人間、誰しも失言のひとつやふたつはある。
そんな、ほのぼのとした朝の登校風景。
いつもの公園で小学校へ向かう月子と別れると、ナナとオリエと3人並んで歩く。
「なあ、さっきのバイトの話しだけど、アテはあるのか?」
「はい。昨日フルーツパーラーに行ったじゃないですか。あそこにバイト募集の貼り紙があったんですよ」
「ああ、私も見たわ。時給千円ごときで徹底的に扱き使おうって貼り紙ね」
「えっ、千円なの? 時給千円って凄くいいぞ! あそこのホールスタッフみんな可愛いって評判だし、採用条件厳しいとか?」
けどまあ、ナナだったら即採用だろう。
「あ、わたしはホールじゃなくって調理の方をお願いしようと思ってるんです。料理とか味付けとかの勉強になるかと。そうしたら陽太さんがわたしの美味しい料理を…… ぽっ!」
「ぽっ! じゃねえよ。その前に店が潰れる!」
こいつはフルーツパフェにカレールーを掛けかねない。
ホール係としては多分満点だろうが……
「ええ~っ、ひどいです陽太さん!」
と、そんなこんなで校門を抜けて。
「よっ、日向」
「おう高鍋」
人懐っこい笑顔を向ける黒縁眼鏡の高鍋はすぐに声を潜めて。
「お前昨日、駅前歩いてたよな、大葉さんと琴乃さんと。仲いいんだ」
「あっ、ああ。実は家が近くってさ」
近いどころか隣なのだが。
狭い日本、見られてるもんだな。
そうして、僕らが教室に入ると長い黒髪の生徒が僕らを振り返る。
「おはよう日向くん。相変わらず仲がいいのね、バナナ姫と」
「あっ、おはよう黒江さん」
ツンと澄ましたままの彼女は前を向き教科書を広げる。
今まで黒江嬢とは挨拶したこともなかったのに。
そう言えば先週、バナナを振る舞うナナに辛辣な言葉を投げた黒江嬢、学校一の美人と評判だった彼女がナナに辛く当たるのは、自分の座を脅かされているからだ、と言う噂を聞いた。ナナは確かにダントツ綺麗だけど、ツンではないしタイプは全く違う。どっちかと言うと黒江嬢はオリエのタイプに近いかも。
「陽太さんって黒江さんと仲いいんですか?」
「あっ、そんなことはないよ。僕、女友達なんていないから」
「じゃあわたしだけ、ですねっ! ぽっ!」
いちいち「ぽっ!」と言うとこがウザイ。
しかしそんなナナにオリエが反論する。
「ナナ、陽太が私のたこ焼きを食べたこと、忘れないでね」
「た…… たこ焼きが何ですか! 陽太さんは最初、わたしの甘いバナナを食べたんですよっ!」
「カレー味のバナナかしら? さぞ不味かったでしょうね」
「違いますっ! わたしのバナナは宇宙一美味しい……」
キンコンカンコ~ン
チャイムに救われた。
ふたりの言い争いをクラスのみんなが注視していた。
どう解釈されたかは不明だが、黒江嬢だけは黙って教科書に目を落としていた。




