第6章 第5話
スーパーすばるの店内から亜次元空間が解除される。
そこには白いビニール袋を両手に提げた上半身裸の男たちと、そんな彼らを従えて店を出ていく僕らの姿があった。
唖然とする買い物おばさんたちを尻目に宇宙人の一団はスーパーを去る。
「良かったなオリエ、荷物運びが見つかって」
「そうね。まるで荷物を運ぶために現れたような人達ね」
「おい、こっちは大変だったんだからな」
彼らには聞かれないように小声で会話する。
「そうですよ。陽太さんはおじさんたちの服をハアハア言いながら脱がせまくったんですから。やだ、恥ずかしい!」
「ハアハア言ってねえ!」
「月子は楽しかったよ!」
お腹に少女マンガを描かれた上半身丸出しのおっさん20人が両手に買い物袋をぶら提げて行列する様はまこと圧巻で行き交う人々は皆言葉を失っていた。通報されたらどうしようかと心配もしたが、幸いそんな無粋なことをする人はいなかったようで。
「言う通り荷物はちゃんと運んだ。これから俺ら、どうしたらいいんだ?」
「宇宙タクシーを呼んで帰っていいわよ。このバナナも食べていいし」
「ありがとうございますナナ姫さま! じゃ、早速連絡して……」
「ちょっと待って。デュークさんは少し残りなさい。話しがあるわ」
「ええっ! やっぱり俺だけ殺されるとか?」
デューク南郷を呼び止めたのはオリエ。
「安心なさい、違うわよ」
やがて、おっさんたちはベランダにやってきた円盤5台に便乗し去っていく。ナナは彼らを見送ると台所へ立った。
「月子も手伝うよ!」
カレー作りが始まる。
玉葱を炒める間、僕と月子も具材の用意を手伝った。
「人参は小さいの一本にしよう! あとブロッコリーはなしで……」
「ダメだ」
「ええ~っ! じゃあ月子手伝わないよ?」
「いいぞ。その代わり僕と一緒に家に戻って洗濯物を取りもう」
「ちぇっ! つまんないな」
「じゃあナナ、栄養のバランスを取るためにも野菜どしどし入れてくれよな」
「分かってますよ、陽太さん!」
「ええ~っ!」
僕らは秘密のドアを抜けて自分の家に戻った。
先に服を着替えると、月子とふたり洗濯物を取り込む。
「月子、疲れただろう?」
「うん、ちょっとね」
朝からイグールの騒動があったりベガへ行ったり、スーパーで大騒動があったりと、さすがの僕も疲れた。洗濯物を取り込み終えると僕と月子は少し今日のことを振り返った。
「なあ、月子はイグールってどう思う?」
「う~ん、子供のまま大きくなった人って感じかな。悪い意味でね」
「でも大金持ちなんだぞ。見た目もそこそこだろ」
「そうだね。でもさ、お金があっても幸せとは限らないよ。あのさ、オリエねえってさ、王女さまでしょ。だけどさ……」
月子の言いたいことは何となく分かる。
今日ベガで会った彼女のふたりの姉。どう見てもオリエとの仲はよくなさそうだった。いや、ハッキリ言って険悪な雰囲気すら感じた。金持ちだろうと王族だろうと、あんな雰囲気の家族はイヤだ。
「オリエって結構苦労人なの、かもな」
「うん、月子もそう思うよ。なんだかシンデレラのお話みたい」
「だけどあいつは僕を誘拐しようとしたんだぞ」
「あははっ、そうだね」
そんな、とりとめのない話しをしていると、あっと言う間に1時間が経って。
「そろそろ戻ろうよお兄ちゃん!」
「ホントだ、カレーかなり出来てるだろうな」
◆ ◆ ◆
僕の部屋から秘密のドアを抜けると、もうカレーのいい匂いがしていた。
「あとは弱火で煮込むだけですよ。圧力鍋を使ってますから早くできますよ」
オリエはソファに座り、デューク南郷と何やら話しをしている。
見ると、テーブルに一枚のチラシ。
「ほら、地球の増毛技術は帝国コンツェルンのより優れてるみたいよ!」
「なるほどなるほど…… ホントだ。しかも安い!」
「ふう~ん。そうだっ!」
月子は家から何やら別のチラシを持って来る。
「ねえおじさん、こっちも行ってみたら?」
「これって、スポーツジム?」
「そうだよ、ぷよぷよお腹に、だらしない二の腕に、たるみ始めたでっかいお尻にフィットネスだよっ!」
「なあお嬢ちゃん、俺のお腹ってやっぱりぷよぷよでだらしないか?」
「うんっ!」
残酷な笑顔だな、月子。
愕然と落ち込むデュークをよそに僕らはアニメDVDを見る。月子にも楽しめるほのぼの日常系を見終わるとカレーが出来上がる。
「さあ食べましょう!」
「おっ、美味しそうな匂いだな」
「はいっ、色々頑張ってみました。月子ちゃんにも栄養豊富ですよ!」
食卓に無理矢理5人座ると、手を合わせいただきます。
「はむっ…… んん……」
「ぱくっ! もぐもぐ……」
「あ~んっ……」
「がつがつ……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「あの~、皆さんいかがですか? 急に青い顔して黙られると凄く不安なんですが……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
市販のルーを使った何の変哲もないカレーが、何故にこんな微妙な味になるのか。その理由はすぐにピンと来たが、敢えてナナに確かめる。
「なあ、このカレーに大量に含有されるドロッした甘い物体Xは何だ?」
「はい、栄養満点の完熟バナナですけど、それが何か?」
「なあデューク、このカレー美味しいか?」
僕の質問に、しかし肩身の狭い彼は青い顔をしながら。
「はいっ、凄く美味しいですっ! やはりナナ姫さまは料理の天才ですっ!」
「じゃあ、僕の分、あげるわ」
「へえっ?」
「私の分もどうぞ」
「はいっ?」
「……ごめんねナナねえ。月子のもあげる」
「うえっ?」
更に青ざめるデューク南郷。
自分でも一口食べたナナは、しかしその不味さが分からないようだ。
さてはこいつ味覚音痴か?
「あの、陽太さん、このカレーのどこが悪いのでしょうか……」
「なあナナ、今日レトルトカレー買って来たよな」
「あ、はい。それはもう色んな種類……」
「それよ陽太!」
「月子は甘口ねっ!」
「それって……」
結局。
その日の僕らの夕食はとっても美味しいレトルトカレーだった。
育毛とスポーツジムのチラシを手に星に帰って行ったデューク南郷を除いては。
第6章 完
【あとがき】
こんにちはっ、月子だよ!
いつも月子とお兄ちゃんを応援してくれてありがとう。
今日はすっごく疲れたけど最後にカレーを食べて元気いっぱい!
明日からまた頑張るぞっ!
この週末はナナねえの星とかオリエねえの星とか行ってすっごく面白かった。
みんな優しくて親切だったし、本当に戦争なんか無いんだって。
争いは宇宙連合への賄賂でどうにもなるって言ってたし。
賄賂ってプレゼントのことなんだって。
月子、お誕生日の賄賂にゲームをお願いしたら、お勉強を頑張ったらね、だって。
そうそう、宇宙小学校でも宿題とかあるのかなって聞いたら、やっぱりあるって。残念だよ。
ナナねえとオリエねえが日本の学校に通ってるように、月子も宇宙の小学校に行こうかって思ったんだけどな。
ナナねえもオリエねえも優しいし、今度は観光旅行に行きたいな。お父さんがいるシリウスも大都会で面白いんだって。お父さんが帰ってきたらおねだりしてみよう!
と言うわけで次章の予告だよ。
美人で優しくて頭も良くってスポーツ万能。そんな完璧すぎる皇女さまのナナねえにもその全てを否定して余りある欠点がありました。そう、ナナねえはまともに料理が出来ないんです。
見た目の技巧で勝負するバーナーナ料理は上手なんだけど、地球の料理の味付けは月子もビックリなレベル。そんなナナが一念発起しました。地球の味付けをマスターするため駅前のお店でバイトを始めたんです。大丈夫かな、その店のお客さん……
次章「ナナ、バイトに精を出す」もお楽しみにね。
今日も宿題に精を出す月子でしたっ!




