第6章 第4話
激走するカートの標的となっているナナは僕の方を向いたまま今にも飛び上がらんと身構えたまま。オリエは壁に寄りかかり余裕の表情で静止している。
「お兄ちゃん、この男たちの服を脱がせて、お腹に絵を描くんだよね!」
「その通りだ、服は僕が脱がせるから月子は絵を頼む。「へのへのもへじ」でいいからな」
「心配いらないよ、月子お絵かき得意だし」
僕はカートを持つ男たちの背広を脱がせ、そしてYシャツを脱がせていく。上半身裸になった男たちのお腹に背中に月子は喜々として絵を描いていく。どこから持ち出したのか赤と黒のサインペンを使い、少女マンガのキャラ絵を描く月子。
「月子なかなか上手いな!」
「へへっ、当たり前だよ。月子は将来マンガ家さんになるんだよ」
僕は20人もの男たちの上半身を脱がせると言う、大凡そう言う趣味がない人にとっては苦行以外の何者でもない作業を終えるとデューク南郷の前に立つ。勿論こいつにも脱いで貰うのだが、その前に彼が手に持つレーザー銃を没収する。
合金で出来ているらしいそれは思いの外軽かったが、それでもしっかりとした造りだ。
「お兄ちゃん、ヘンだと思わない?」
「月子もそう思うか?」
このレーザー銃のことだ。
ナナもオリエも宇宙には人殺しなんか存在しないと言っていた。ならばこの銃は何に使うのだろう。どこからどう見ても人殺しの道具、なのだが……
僕はその忌々しい道具をポケットに差し込むとデュークの上半身を裸にする。28歳と言っていた彼は見た目痩せているのにお腹を触るとプヨプヨだった。
「頭髪ケアの前にジム通いした方がいいね。こっちの方が嫌われるよ、このポテ腹おじさん!」
デュークに意識があったら一瞬で心が折れそうなことを平気で曰う月子は彼のポテ腹にアニメ絵を描き込んでいく。僕はゆっくり周りを見渡した。
ナナを狙ってカートを押し突進する上半身裸の男たち。そのお腹や背中には赤と黒のマジックで可愛い女の子の顔が描かれている。異様としか言いようがない光景だ。いようとしか言いようがない光景…… ごめんなさい、狙ったダジャレじゃありません。
ともかく、むさ苦しい男ばかりで気持ち悪く、恥ずく、赤面ものの光景がそこにはあった。
「お兄ちゃん、描き終わったよ。次はどうするの?」
「じゃあ、最後の仕上げに入るから月子は元いた場所へ戻ってくれ」
「え~っ? ナナねえ動かすんでしょ? 月子も手伝うよ!」
さすがおませなマイリトルシスター、分かってらっしゃる。
僕はナナの元に歩み寄る。
ジャンプするよう身構えている彼女の視線はカートの男たちでなく僕がいた方を向いている。時間を止めることを予期していたのだろう。流れるような金髪に大きな深紅の綺麗な瞳…… 思わず心臓が跳ね上がる。
「お兄ちゃん、また顔が真っ赤だよっ!」
「……」
「月子、あっち向いててあげよっか?」
「こらっ、お兄ちゃんをからかうな!」
「ナナねえも待ってると思うんだけどなあ~。ほら、ナナねえの顔も赤くなってる」
「んな訳ないだろ! さあ、最後の仕上げだぞ!」
僕は彼女を両手に抱えると、最初にいた方向へ歩き出す。そうして彼女をその少し手前に立たせると、その手にデューク南郷のレーザー銃を持たせた。
「月子、準備はいいか?」
「うん、オッケー」
時間を止める前と今の違い、それは全ての男たちの上半身裸がはだけられ、お腹や背中にマンガを描かれていること。そしてデューク南郷のレーザー銃がナナの手に握られ、そのナナがカート包囲網をくぐり抜け平然と僕の前に立っていることだけだ。
僕や月子、オリエの居場所は変わらない。
時間が動き出した瞬間、彼らが見る光景。
それは一瞬にして包囲網を抜け出し、20人もの男たちにお仕置きをしたナナの姿……
僕はゆっくりと元いた場所へ一歩を踏み出す。
その瞬間カートが押される音が鳴り響いた。
ガラガラガラガラ
ガラガラガラガラ
ガラガラガラガラ
ガラガラガラガラ
もはや誰もいない地点を目指して四方八方から激走してくる買い物カート。
グワッシャグワアア~ン!!
激しい激突音。
一瞬にしてターゲットが消え驚く男たちは、すぐに自分の情けなく変わり果てた姿に気が付く。
「「「「「あれえ~っ!!」」」」」
周りを見渡し、僕の前にナナの姿を確認すると男たちはひとり残らず凍り付いた。
勿論それはデューク南郷も同じだ。
「あっ、えっ? あれっ? いっいつの間にっ!」
「さあ、いつの間にでしょう」
デュークに振り向いたナナは手に持つレーザー銃をグニャリとへし曲げた。
「今度はあなたのその体を、この銃のように捻ってあげましょうか?」
「ひっ! ひいい~っ! まっ、参りましたあっ!」
震えながらその場に平伏す上半身裸のデューク。
「じゃあ、この後始末をちゃんとすること」
「わかりましたあ~っ! ナナ姫さまあ~っ!」
毅然と彼らに言いつけたナナは僕に視線を向けた。
「これでいいですか?」
「ああ、100点満点だ」
「はい」
可愛いらしくはにかむナナは、しかしすぐに帝国コンツェルンの男たちに厳しい視線を向ける。
「カートを綺麗に片付けたら、みんなこの買い物袋を手に持ってわたしたちのあとを付いて来なさい!」




