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第5章 第6話

 媚薬が切れる時。

 まるでハトが出て来そうな黄金細工の壁時計が十二時を告げる……

 …………


 ポッポ!

 ポッポ!

 ポッポ!


 本当にハトが出て来た。


「あっ、もう十二時ですね。このあとお食事なんかいかがでしょう? 勿論月子さまが大好きなビーフカレーがたくさん食べられるセレブ御用達の超高級レストランをこのイグールがご案内…… ん?」


 月子命とばかりに身を乗り出し熱弁を振るっていたイグールが我に返ったように周囲を見回す。

 さては媚薬が切れたか!


「あれっ? あっ、俺さまは何を……」


 彦太を見て、僕らを見て、最後に月子を見たイグールはやおら大きく肯いた。


「ああそうでした。月子さま、少しお待ちください」


 そう言うや立ち上がり、僕らの元に歩いてきたイグール。

 ゴクリ生唾を飲み込む僕。

 ナナも緊張した面持おももちでイグールを直視している。


「これはこれはナナ姫。お前は確か陽太と言ったか。試合の結果は不本意だったが仕方ない。ふたりの幸せを祈っておこう。では」


 彼はあっさりそう言うと月子の元にきびすを返す。


「お待たせしました月子さま。ではこのイグールが案内します故、ぜひお食事に」


 …………

 …………


「「「「ええ~っ!!」」」」


 ナナとオリエと僕と、そして月子の声が重なった。


「ちょっ、ちょっとこらイグール。お前ナナのことはもういいのか?」

「呼び捨てとは失礼だな陽太。さっき言っただろ、ナナ姫とは勝手にやってくれ。俺にはこの強くて可愛い月子さまがいるからな! あっ、お前月子さまの兄だったっけ。月子さまはこのイグールが幸せにするから安心しろ!」

「ちょっと待て! お前アタマ大丈夫か? 月子はまだ9歳だぞ、小学4年生だぞ!」

「ん? それがどうかしたか?」

「お待ちください殿下! 月子さまはまだ九つ。そんなお子さまに求愛など、ロリコン疑惑を掛けられますぞ!」

「ロリコン? 何だそれ?」


 彦太の忠告も猫の耳に念仏、じゃなかった馬の耳に大仏。イグールは平然と月子に愛の言葉を囁き始める。


「それでは月子さま参りましょう! 彦太、馬を持て! さあどうぞ。これからアルタイルに参りましょう。勿論付き合っていただけますね。アルタイルは素晴らしいところです。月子さまの大好きなアイスもお菓子もビーフカレーもいつでも何でも食べ放題! 勿論アルタイルのネズミーランドも貸し切りで……」

「あっ、いや、あたいはネズミーランドより映画館で3Dアニメを見る方が……」


 どうしよう、これって完全に予想外!


「では、早速3Dシアターを貸し切りましょう!」


 月子の前にかしづき、その手に口づけるキモい王子の姿。


「殿下おやめください! ロリは、ロリコンはいけませぬ!」

「王子、あたいはその…… ちょっとお~っ!」


 規格外のLLL展開にナナもオリエも立ち上がったまま固まっている。

 やがて、ホテルのそこかしこからカメラを持ったヤツらが寄って来て……


「さあ月子さま、お手を!」


 こんな月子を写真に撮られて宇宙ゴシップ誌に載せられたら!

 帝国コンツェルンのヤツらが月子を消しに地球に来るんじゃ……


「いやよっ、ひとりで立てるし、って、ちょっと放してよっ!」

「そう言わずにお姫さまだっこを……」

「やめてよ! お兄ちゃ~ん!」

「月子~っ!」


 …………

 …………


 突然、静かになった。

 時間、止めちゃった。


「お…… お兄ちゃ~ん!」

「大丈夫か、月子!」


 シルバーのシャツに真っ赤なスカート。

 赤毛のボブを揺らしながら駆けてくる月子は今にも泣き出しそうだ。


「うわわ~っ お兄ちゃ~んっ!」


 僕に暫く抱きついていた月子。


「頑張ったな。イグールとの約束ちゃんと果たしたな」

「うん」


 小悪魔ぶっても悪女をマネても月子は月子。素直で優しいJSだ。


「だけどこの展開は予想外だったな」

「うん」


 しかし、どうしよう。

 イグールは媚薬が切れても月子にご執心だ。ナナのことはもういいらしい。


 わからん。


 身内の贔屓目かも知れないけど、月子は確かに可愛いとは思う。

 だけど小学4年。

 どこからどう見ても完全無欠のJS4年生。

 おませでも背伸びをしてても、ぺったんこの胸が全てを物語る。

 こいつ、単にロリコンなのか?


「ねえお兄ちゃん、どうしてイグールは媚薬の効果が切れなかったのかな?」

「いや、十二時に切れたように見えたけど。こいつ最初からロリコンだったんじゃ……」

「それはおかしいよ、お兄ちゃん」


 月子は僕から手を離すと赤髪のボブを揺らして僕を見上げる。


「だってさ、バーナーナで彼に最初に会ったとき、わたしのこと「子供」って言っただけでヘンな視線は感じなかったよ」

「ふうん…… ってことは、月子は視線でロリコンを見抜けるのか?」

「月子は子供じゃないよ? でもさ、イグールはあたいに興味なさそうだったよね」

「……」


 思いおこせばそうかも知れない。

 益々わからない、どう言うことだ。


 イグールを見る。

 紺色の騎士服にコートを纏った彼は片膝を着き月子に手を伸ばしたポーズのまま止まっている。テーブルの上には彼の黒いポシェットが……


 昨日は媚薬が入っていたその小さなポシェットを開けると、昨日と同じく媚薬の瓶が入っている。そしてその下には小さく折り畳まれた紙切れがある。取り出して開けて見るとそれは薬の説明書だった。




 1回1錠の即効性で効果は12時間持続します。

 注意事項:

 薬自体の効果は12時間ですが、心理的な愛情効果はその後も持続する場合があります。体質にもよりますがこの「好き好きバイアス」は長い場合1ヶ月持続します。




 …………

 って、何てこった。

 これから1ヶ月も、月子がこいつに追いかけ回されるなんて。

 これはまずいことになった……


「どうしたのお兄ちゃん? 月子にも見せて」


 引ったくるように僕の手から説明書を奪った月子は暫くそれを読んでいたが、やがて薄紅色の顔が青ざめていくのがわかった。


 どうしよう。

 こんなヤツに可愛い月子が追いかけ回されるだけでも許せないのに、こいつに好意を持たれると言うことは、帝国コンツェルンに命を狙われるってことじゃないか! 何とかしなくちゃ……


「はあ~っ」


 落ち着け陽太。

 僕は周囲を見回す。

 ナナとオリエは立ち上がった姿のまま心配そうにイグールの席を見ている。

 片膝を着いて月子に両手を伸ばしたイグールの横には、制止しようと声を掛けている彦太の姿。

 そしてその様子を苦々しそうな表情で見ているふたりのオリエの姉たち……


 オリエの姉たち……


「月子、その説明書を貸してくれ」

「うんいいよ、あっ!」


 僕は引ったくるようにその紙を手に取ると用法を探す。




 用法用量

 1回1錠。1日2錠まで。

 必ず12時間開けて服用してください。




「なあ月子、いい考えがある」


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