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第5章 第5話

 オリエの前に悠然と立つ「お姉さま」ふたり。

 ひとりはゴージャスなシャンパン色のドレスをまとい、もうひとりは華やかなシルバーのドレスを身に纏う。どこからどう見ても身なりは高貴だが、顔はイマイチ残念なふたり。


 ってか、目つき怖そう。


「今のお方はイグール王子でしょ? どうしてオリエがイグール王子と一緒にいるの?」

「それはそのマリー姉様……」

「ご一緒してもいいわよね」

「勿論です、アナスターシャ姉様。お先にどうぞ」


 マリーとアナスターシャ、ふたりの姉がカフェに入るのを見届けるとオリエは自嘲気味に言葉を紡ぐ。


「厄介な姉たちが出て来ちゃった。ごめんね……」

「よくわかんないけど、ともかくさっき話した通りにやろう」


 イグールが月子にべったりしている間、僕らはこの後の予定を確認した。

 簡単な計画だ。

 一時間後、昼十二時になるとイグールの媚薬びやくが切れる。

 我に返った彼は月子への興味を失うはずだ。

 またナナに言い寄って来ないか心配だけど、昨日の決闘で彼はナナを諦める約束をしている。そのことは彦太にも念押ししている。

 だから、みんなで堂々サヨナラを宣言して地球に帰るのだ。


 万が一イグールがナナに絡んで来たら、ナナが完膚かんぷ無きまでに彼を振る。そして、その様子をオリエが宇宙スマホで動画撮影、宇宙ネットにばらまくと脅すつもりだ。ここはオリエの地元、既にこのホテルには彼女が手配したパパラッチがたむろしている。彼らが写真を撮りまくれば、さすがのイグールも諦めるはずだ。

 ちなみに地球へ帰る宇宙船もオリエが用意してくれてる。


「友達に頼んで宇宙船はセーム川岸に待たせてあるわ。しかしあのバカ姉たち……」

「イグールは卑怯者だけど見た目はイケメンだし、何より大金持ちのアルタイルの王子さまだろ? 凄い玉の輿なんじゃないのか?」

「ええそうね。姉たちはそれを狙っているのよ。特に小さい方の姉・アナスターシャは結構イグールにご執心だから」

「だったらオリエも狙ったらどうだ? お姉さんよりお前の方が顔だけは断然美人……」

「イヤよ、誰がナナのお下がりのような男なんか!」


 僕の失言はオリエの暴言に封じられた。


「ともかくわたしたちもカフェに行きましょう」


 カフェの奥の方、窓際の特等席に月子とイグールがツーショットで座っている。彦太はその横で片膝着いてかしこまったままだ。その横、ふたりに一番近い席にマリーとアナスターシャがイグールに向いて並んでいる。僕らは少し離れた席からその様子を伺うことにした。


「月子は大丈夫かな?」

「大丈夫よ、イグールはキザ紳士だから、一時間わがまま放題してればいいのよ」


 その月子は大丈夫とばかりさっきから笑顔でピースサインを送ってくる。

 余裕というか、小悪魔の素質あるな、月子。お兄ちゃんは君の将来が心配だ。


「陽太がさっきナナに聞いてた話、私からしましょうか。ふたりの姉も出て来たことだし……」

「いいのか?」

「別に隠しても仕方がない話だから……」


 いつもツンとして不遜ふそんなオリエには珍しく自嘲的な笑みを浮かべ語り始める。


「ベガの王室には一人の王子と三人の王女がいるの。長女マリー、次女アナスターシャ、三女が私、そして弟のオルフェ。ベガは母が女王で、父は女王の二人目の夫なの。マリーとアナスターシャは母と最初の父の子。オルフェは母と今の父の子。そして私は今の父の連れ子なの……」


 複雑な話だけど、要はオリエだけ女王の血を引いてないってことか。


「だから私は王室の中にはいるけど社交界には一切出ていないのよ。母も血の繋がらない私は好きじゃないみたい。私のことを「ベガ秘匿の王女」って言う人までいるわ」

「……だからシャンゼリの街を歩いても、誰もオリエを王女だって言わなかったんだ」

「そう言うことよ。私はいずれひっそり王室を離れる身なのよ」


 少しだけ悲しそうな目をした彼女は、しかしすぐにいつもの尊大なオリエに戻る。


「けれども姉は華やかに王室を出たいんでしょうね。天下のアルタイル王室に嫁ぐとかして」


 冷めた目でふたりを見つめるオリエ。

 しかし。

 イグール妃の座は帝国コンツェルンの社長令嬢・カエラも狙っていて、その野望の邪魔者としてナナは命を狙われた。僕がそのことを心配するとオリエは一笑に付す。


「大丈夫よ。前にも言ったでしょ、地球は宇宙連合警察の管轄外で事故に見せかけ暗殺しやすいの。その点ベガは安全よ。暗殺なんか出来っこないわ。そんなことより何か飲みましょうよ。シャンゼリのカフェと言えばエスプレッソが定番だけど、結構キツイからカプチーノをお勧めするわ。クロワッサンも一緒にね」


 ウィ、とか言ってくるギャルソンに注文を伝えると、見た目にも美味しそうなカプチーノとクロワッサンが運ばれてくる。

 華やかでも荘厳なホテルの窓からお洒落な街並みを眺める。銀のスプーンでカプチーノを混ぜてゆっくり流れる時間を楽しむ。これでイグールさえいなきゃ優雅な朝のひとときなのだが。


 しかし、大丈夫かな月子。

 これに味を占めて男を振り回すことに快感覚える悪女になったりしないよな……

 そんな僕の不安を見透かしたのか、ナナが申し訳なさげに。


「月子ちゃんは本当に正義感が強い子ね。わたしのために一生懸命イグールの相手をしてくれて。これが終わったら一緒に美味しいご飯を…… って、そうだ。ねえ陽太さん。月子ちゃんが好きな食べ物って何ですか?」

「そうだなあ、ハンバーグとかカレーライスかな。子供だからね」

「ハンバーグにカレーライス?」


 何気ない僕の答えに首を傾げたナナ。その、日本人なら誰でも知っている食べ物について説明するのに30分を要した。当たり前と思っていることでも、いざ知らない人に説明するとなると案外難しいものだ。


「オリエは知ってるのか、ハンバーグとカレー」

「モチのロンよ。シャンゼリのレストランにもあるから何度も食べたこともあるわよ。ハンバーグに近いミートローフはこの街でもポピュラーな料理よ」

「バーバーナの街は小さいので地球料理とかなくって。でもハンバーグはわかりました。ひとり分の丸いミートローフって感じですね」


 カレーはカレールーを知らない人には説明不能だった。ま、市販のカレールーを使えば誰でもそれなりに出来るんだけど。こればかりは一度食べて貰うしかない。

 そんなたわいもないことを話している内に、時計の針はもうすぐ十二時を指そうとしていた。


「月子さまのお好きな食べ物は?」


 見るとイグールがテーブルを挟んで月子に身を乗り出している。

 一方の月子は思いっきり背筋を伸ばして、思いっきり上から目線で、思いっきりお嬢さまぶってココアを手に持つ。


「そうですわね、カレーライスですわ」

「カレーライス、ですか?」

「そうよ、カレーよ。でも普通のカレーじゃなくって、大きなお肉がいっぱい入った高級なカレーよ、そうそう、お肉は牛肉がいっぱいよ」

「ビーフカレー、ですか?」

「違うわ、普通のビーフカレーじゃなくって、美味しいビーフのお肉がいっぱいなの」

「ビーフカレー…… ですね」

「ライスとカレーが別々に出て来て、それかららっきょうも福神漬けも食べたい放題だわ」

「ビーフカレーですね」

「違うわ、お肉屋さんが作った贅沢なビーフカレー、よ!」


 何を言いたいのだ月子。

 高級料理に対するお前の発想の貧困さが悲しいぞ。


「陽太さん、そろそろ時間よ」

「ああ……」


 そうこうしている内に時間は矢のように過ぎていた。


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