第1章 第3話
それからも彼女に振り回された。
学校帰り、今日の出来事を思い返しながら歩く。
あのあとナナは「お近付きの印ですっ!」とか言いながらクラスみんなにバナナを配って回った。
彼女はポケットから何本も何本もバナナを取り出す。制服のポケットのどこにそんな大量のバナナが入っているのか凄く不思議だったけど、そのことを聞くクラスメイトに「一種の手品だと思ってくださいっ!」と笑顔で応えるナナ。
授業中も僕にバナナを勧めてくるし、自分もモシャモシャ食べるので注意したら、「地球じゃ仕事中にコーヒー飲むのに、どうしてバナナはいけないの」って逆に聞かれてしまった。
昼食の時も当たり前のように僕の前でバナナを剥いて。
「はい、どうぞお食べ下さいっ!」
笑顔でバナナを差し出すナナ。
そんなにバナナばかり喰えるかよ……
教壇の上には「どうぞご自由に」と書かれた紙と共に大量のバナナが積まれていたし。
「お前さあ、そんなにバナナばかりばらまいてどうするんだ? 既に学校中の噂になってるぞ、1年A組に「バナナ姫」が来たって」
「えっ、可愛いじゃないですか、バナナ姫って。わたしとっても嬉しいですけど」
「いや、そう言う問題じゃないだろ」
こいつ、バナナ教の宣教師か何かか?
「ねえナナさん、あなたどんだけバナナ持って来てるのよ、バカじゃないの! 大体、年頃の女の子が皮向いたバナナを丸ごと頬張るなんて恥ずかしいにもほどがあるわよ、ねえ日向くんもそう思うわよね」
昼休み終了前にはクラス一の高嶺の花、黒江麗華嬢も僕らの前にやってきた。
いつもツンとしていて僕とはほとんど接点がないんだけど。
「えっ、そうなんですか? バナナって恥ずかしいものなんですか? わたし恥ずかしいことしてるんですか?」
「そうよ。あなた、そんなことも分からないの!」
あ~、ナナがあからさまに狼狽してる……
彼女は宇宙人だ。
だから。
きっと彼女は知らない、この日本でバナナと言う食べ物が何に連想されるのか。
やがて、不安そうに僕を覗く深紅の瞳には一点の曇りもなかった。
彼女は心から親切をしているつもりなんだと分かる。
ナナに決して悪気はない……
「でもさ、このバナナはすごく美味しいよ。黒江さんもどう?」
僕はナナの手からバナナを受け取ると口いっぱいに頬張った。
「嬉しいです陽太さまっ(はあと)!」
「んぐんぐ…… さま付けは止めないか、むず痒い」
「じゃあ、陽太さん、で(はあと)」
「もう日向くんまで! バッカじゃないのっ!」
そんな。
今日の学校でのことを思い出しながら、いつもの帰路を歩く。
一体何本食べただろう。
ナナはバナナを食べる僕やみんなを本当に嬉しそうに見ていた……
「どうしました、陽太さん?」
はっと回想から我に返る。
今も僕の横をピタリついて歩く彼女。
「なあ、どうしてそんなにバナナをたくさん持ってるんだ?」
「陽太さんはご存じありませんよね。わたしの故郷バーナーナ星第一惑星は宇宙的にも有名なバナナの産地なんです。バーナーナは農業星でバナナくらいしか有力な産物はないんですけど、小さな星のみんなは豊かに実るバナナのお陰で幸せに暮らしているんですよ」
「へえ~っ」
星が丸ごとバナナの産地なんだ……
「わたしは人口70億を超えるこの地球にバーナーナ産のバナナをいっぱいいっぱい買って欲しくって、それでこの地球に来たんですけど……」
単身で地球に乗り込んだ彼女はバーナーナ星・第二皇女の名刺を持ってバナナを売り回ったらしい。だけど誰も相手にしてくれなかったと言う……
「バーナーナ星人って何? とか、頭は大丈夫か? とか、遊んでるヒマはないんだ! とか言われて、全部門前払いで、誰も本気にしてくれなくって……」
ま、そりゃそうだ。
「お金が欲しいんなら他の仕事を紹介しようか、とも言われました。わたしなら高く売れるって、かなり執拗に……」
「そんなの絶対ダメだからな!」
「えっ、そうなんですか? 陽太さんがそう仰るのなら断ってよかったです」
この子、本当に何にも知らないんだ……
「だけどさ、幸せに暮らしてるんなら何もそこまでして売り歩かなくてもいいんじゃないのか?」
「いえ、実は、ですね……」
彼女は歩きながら、暫くの沈黙を置いて。
「実は最近、プロキシマ星の帝国コンツェルン社が無人の惑星に大規模バナナプラントを次々に開拓してまして、わたしたちバーナーナ星は大ピンチなんです。宇宙の星間貿易も自由競争が原則で、今や宇宙のバナナ相場は大暴落。バナナしか有力な外貨獲得手段を持たないわたしたちの生活は苦しくなる一方で。そこでわたしは…… って、ごめんなさい変な話をして」
「いや、こっちこそごめん。色々大変なんだな」
ふと見回せばふたりは小さな児童公園の脇を歩いていた。
僕が住む14階建てのマンションまでもうすぐだ。
「ねえ、あれって何ですか?」
「ああ、あれはブランコと言って子供の遊び道具なんだ。ちょっと寄っていこうか」
「はいっ!」
公園のブランコに彼女を座らせ、軽く背中を押す。
「わあっ! これ、楽しいですっ!」
「そうか、そりゃよかった……」
無邪気に喜ぶ彼女は時折僕に微笑んでくれる。
やがて、体操選手のようにふわりとブランコから飛び降りたナナはこっちを振り向き。
「次は陽太さんの番です。さあどうぞ」
「いやいいよ、ブランコなんて。子供の遊び道具だから」
「そうなんですか、じゃあ次はこれ!」
ナナは鉄棒に飛び乗ると見たこともないような回転技を披露する。
最初は厄介な宇宙人に絡まれた、と思っていたけれど。
いつの間にか、少しくらいは彼女の役に立ちたいな、って思う僕がいて。
ひと通り公園の遊具で遊んだ後、ナナと一緒にベンチに座る。
「なあ、さっきの話だけど、バナナ売らなきゃいけないんだよな」
「あ、それはもういいんです。地球に来てから気がついたんですよ、ここが宇宙貿易連合に未加盟の星だって……」
「なにその宇宙貿易連合って」
「地球の方は知りませんよね、あのですね……」
今、宇宙の多くの知的生命は他所の星々との交易によって経済活動を営んでいるらしい。しかし地球はそのネットワークから遮断された鎖国状態の星なのだという。
「だから地球との貿易は星間協定で固く禁止されてるんです。わたしそのことを知らなくて…… てへへっ!」
「てへへ、じゃないだろっ!」
同情した僕がおバカちゃんだった。
「だからバーナーナ産バナナを売るために産地偽装とか闇ルートの開拓とか役人に賄賂を渡して便宜を図って貰うとか色々試したんですけど……」
「案外悪いやつだな、お前」
「ちなみに地球でわたしの星は「バーナード星」って呼ばれているらしいです。でもネイティブの発音ではバーナーナ、なんですよ」
地球のバーナードさんが発見したからバーナード星って名前なんじゃないのか? と言う突っ込みはグッと飲み込み話を進める。
「バーナード星なら知ってる。太陽に二番目に近い恒星なんだよな」
「そうです。人口は200万人ってところで」
「少ないんだな」
「70億もの人口を持つ星は宇宙広しと言えどそんなになくって、地球は絶対にいいネギ背負ったカモだって思ったのに。高値で売ってボロい商売だって思ったのに……」
「じゃ、僕は帰るわ」
「あっ、待ってくださいっ! 冗談ですよ、冗談っ!」
彼女は焦ったように立ち上がって頭を下げる。
「だけど、それだったらもう地球にいても仕方がないだろ。他の星を探すのか?」
「いいえ……」
ナナは急に下を向く。
「他の星は全て帝国コンツェルン社の息が掛かっているんです。帝国社に荒らされていないマーケットは地球しかなくって、だからこれは神さまの贈り物だと大喜びして来たんですが…… 早とちりだったんですね、てへへっ」
「じゃあ、これからどうするんだ?」
「どうするも何も、何度も言いましたよね、わたしは陽太さんのもの。陽太さんの妻ですからどこまでも付いて参ります!」
「勝手に決めるなよっ!」
「勝手じゃないですっ!」
「あらっ、陽太! 何してるの?」
その声に通りの方へ目をやると、母さんと青い羽根を伸ばした父がこちらを向いていた。
「母さんっ!」
「まあっ、可愛らしい娘さん! こんな美人を捕まえて、陽太も隅に置けないわね!」
何故か嬉しそうに歩いてくるふたり。
「って父さん、そんな格好で外を歩いて大丈夫なの?」
「ああ、今は近くの空間を亜次元にシフトしているから関係ない人には見えないんだ。ま、日本流に言うと便利な結界、ってやつだな」
ホントに便利だな、その設定。
と。
立ち上がってふたりに頭を下げるナナ。
「はじめまして! わたしはナナ・カテリーナ・フォン・プリミエール・バーナーナ。バーバーナ星の第二皇女でございますっ。今朝、晴れて陽太さんと結ばれることになりました。ふつつか者ですが末永くよろしくお願いしますっ!」
「だから、そんな約束はしてないって!」
「ひどいですっ、今朝ちゃんと約束したじゃないですか!」
「してないよっ!」
「しましたっ!」
「なあ陽太」
僕らの言い争いに青い羽根をはためかせて父さんが割って入った。
「今朝、何かあったんだな? 話してみろ」
「あ、朝のことだけど、実は、かくかくしかじか……」
と、僕が一部始終を語り終えると父さんは笑い始めて。
「はっはっはっ、そりゃあナナさんの言う通りだ。いいか陽太、バーナード星の人達にとって女性を助けるってことはプロポーズを意味するんだ」
「ちょっと待ってよ父さん。女性を助けるイコールプロポーズだったら、結婚したくないような、ルックスが不自由な女性が死にそうになったら誰が助けるの?」
「陽太、はっきり「ブスはどうなる」って言ったらどうだ」
「ま、そう言うことだけど」
女性の前だし、せっかくオブラートに包んで喋ったのに。
「大丈夫だ、このしきたりにはまだ続きがある。助けて貰った女性は自分の分身として食べ物を差し出す。これが女性の気持ちを伝える行為だ。もし男性にその気があるのならその食べ物を受け取って食べる。これで契りが結ばれる。な、そうだよな、ナナさん」
「はい。陽太さんはわたしのバナナを美味しいって食べてくださったんです」
「……って、知らなかったんだよ、そんなルール!」
「まあ陽太ったら母さんの知らないところで立派な男になっちゃって。しかもこんなに綺麗な娘さんと」
「喜ばないでよ母さん。この子は宇宙人なんだよ、宇宙人!」
「あら、母さんも宇宙人と結ばれたのよ」
「陽太だってシリウス星人と日本人のハーフだろ」
八方ふさがりだった。
「いや、僕はまだ十五才だよ、法的にも結婚出来ないよ」
「バーナーナ星では十四才から結婚できますけど」
「シリウスは十五才からだ」
「ああもうっ! 何だよこの急展開!!」