第5章 第4話
「うわあ~っ! ヨーロッパの綺麗な街みたい~っ!」
月子の言葉が全てを表していた。
歴史を感じる重厚なレンガ造りの建物、石畳の通りにはオープンカフェが並んで若い人もお年寄りも優雅にカップを傾ける。街行く人達はみんなお洒落を競い合い、オリエが言うように若い女性は露出度抜群、ヘソ出しルックは当たり前。
その街はまるでパリの街。
……行ったことないけど。
「月子さま、この先にあるホテルのカフェに参りましょう」
白馬の手綱を持ったイグールは馬上の月子に声を掛ける。
ってか、登機場から空飛ぶタクシーでここまで来たのに、どうして白馬を連れてくる!
「いいわよ。約束通り付き合ってあげる」
見下ろすような笑みを浮かべる月子は子供のくせに悪女のようだ。
シャンゼリは日本と時差がないそうで、朝十一時の爽やかな風が心地よい。
歴史を感じる街並みだけど、さすがに馬に乗る人など他にない。
敷居の高そうなブティックや宝飾店、数多のショップが建ち並ぶ繁華街でイグールと月子は完全に浮いている。そんな目立つふたりの姿を通りがかった人達がカメラに収める。
「おい、あれってアルタイルのイグール王子じゃないか?」
「ホントだ、間違いない! イグール王子だ!」
「白馬を引いたイグール王子が女の子に投げキッスしたぞ!」
「ロリか? あの子どう見てもJSだろ? イグール王子ってロリコンか?」
人々の声が聞こえる。
それも日本語で……
「殿下、天下の往来で投げキッスはおやめください! ヘンタイと疑われます!」
いや、実際ヘンタイだろ、こいつ。
「うるさいぞ彦太! 真実の愛があれば年齢など関係ないんだ!」
「しかし、このままでは写真週刊誌に……」
気が付くと僕らの周りに人垣が出来ていて。
「おい、あっちにいるのってバーナードのナナ姫さまか?」
「本当だ、ナナ姫さまだ! 実物もすっごい綺麗! 写真だ写真!」
「ナナ姫のとなりってモデルのオリエじゃん」
「モデル? 知らないけど美人だな。服装ダサイけど」
そんなにわかカメラマン達に笑顔で手を振るナナ。
「なあナナ、こんな写真撮られまくって大丈夫なのか?」
「ええ大丈夫ですよ。星間の友好を深めるのもわたしたちの仕事ですから。ただ、イグール殿下は少しまずいかもですね。ベガの芸能週刊誌の餌食になるかも」
宇宙にもあるんだ、芸能ゴシップ誌。
しかし、僕にはもうひとつ気になる事があった。
どこから取り出したのかベレー帽を深く被り顔を隠して歩くオリエを見ながら。
「なあナナ、この街の人達はオリエのことを「モデル」って言うけど、どうして王女さまだって騒がないんだ? 自分の星の王女だろ?」
「ああ、それは、ですね……」
やがて、歩く先にレンガ造りの立派な門を持つ重厚な建物が見えてきた。
口ごもったナナはオリエの方をチラ見すると。
「ベガの第三王女はあまり世に知られていないから、です……」
「それって、どういう……」
僕の言葉はナナの視線に止められた。
そうして、レンガ造りの門を抜けるとギャラリーたちは姿を消した。
この門は利用者以外は通れないらしい。
目の前には荘厳な建物が見える。
『ホテル・ティファミー』。
左右にボーイが立つ扉を抜けると、中は明るく近代的な吹き抜けのロビーだった。
「やっと落ち付いて話が出来ますね、月子さま」
月子は白馬からぴょんと飛び降りると、跪くイグールの顎を人差し指を撫でる。
「じゃあ行きましょう。あたいはバナナジュース、並盛りでね」
ロビー奥にあるカフェへすたすたと歩いて行く月子。
小学4年生とは思えぬ堂々たる小悪魔っぷりだ。
「じゃあ私たちも何か飲みましょうか」
イグールたちがカフェに向かうのを確認すると、僕らも後に続いて……
と、僕らの前にふたりの若くド派手な女性が立ちはだかった。
「何をしているの、オリエ」
「あっ、お姉さま方っ!」




