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第5章 第3話

 白馬に乗ったイグールが従者を引き連れパッカパッカと店内に乗り込んでくる。


「探しましたよ、月子さま!」


 紺の騎士服を身にまとう彼は、にやり月子に笑いかけると白馬から飛び降りた。

 って、馬に乗ってモール歩いてくるなよ!


「私がバーナードとの貿易契約を締結している間にお帰りになってしまうなんて、あんまりではありませんか!」

「だって、眠かったんだもん!」


 いちごを頬張りながら上から目線で言い放つ月子。

 我が妹ながら何ともふてぶてしい。


「そ、そうでしたか。では、これからお約束通り一緒にお茶など」

「お、おいちょっ……」

「そうね、わかったよ」


 僕の言葉を遮るように月子は受けて立つ。

 ちょっとまずい展開だ。


 彼の従者も困った風にその様子を見守っていて。

 ってか、この店内の白い馬、何とかならんか?

 快調に馬糞ばふん垂れ流してるんだが!


 ……と思っていると、さっきの店長が慌てて舞い戻ってくる。


「あのお客さま。申し訳ありませんが店内に馬をお連れするのはご遠慮願えれ……」

「おぬし、この俺さまを誰だと心得る? おそれ多くも宇宙一裕福なるアルタイルの王子、イグールさまなるぞ、ええいっ、頭が高いっ!」

「…… は?」


「だからアルタイルの王子、イグールさまなるぞ!」

「は?」


「イグール殿下、ここは地球でございます。宇宙連合未加盟の星でございます」

「んなっ!」


 慇懃いんぎんに言葉を発した彼の従者は、白馬と睨めっこをしていた店長に札束を手渡した。


「ご迷惑申し訳なく。何とかこれでお収めを」

「あ、こんなに? ならこの馬は暫く当店で預かって……」


 年配の有能な従者は、金で全ての事態収拾を図る。


「なあ月子、こんなところであいつとデートする気か?」

「まさか。友達に見られたら生きていけないよ!」

「ごめんね月子ちゃん。ここはわたしがあいつをバーナーナに連れて行って……」

「ダメだよナナねえ。あたいがあの男とデートするよ。大丈夫、あいつあたいにメロメロだし、どうせ媚薬効果が切れるまでだから」

「じゃあベガへ行きましょう。宇宙で最高のデートスポットよ」

「月子さま、何の話をしているのですか?」


 僕らの内緒話に気が付いたのか、イグールが月子の横にひざまずく。


「いえ何でもないよ。ねえイグールさん、ここはもう飽きちゃったからベガへ行かない?」

「ベガ? ファッションと文化と美食の星ベガへ?」

「そうよ。あたいベガで美味しいもの食べたいなあ!」

「月子さまがそう仰るなら! おい彦太、今すぐここで船の用意だ!」

「お待ちくださいイグール殿下、こんなモールの中から飛び立ったらモールが吹き飛びます。先ずは外へ」

「構わん、金はある。吹き飛ばせ!」

「ダメよ、ここはあたいの大好きなモールだもん。さあ、外へ行こうよ」

「おい彦太、外に出るぞ、馬を引け!」


 お騒がせなヤツだった。

 好奇の視線にさらされて白馬に乗ったバカ王子と僕らは店を出る。

 痛い物見る眼に耐えてモールを抜けると、広いピロティに銀色の巨大な円盤が鎮座していた。


「おい、こんなもん街中に持ってくんな!」


 イグールへ抗議する僕にナナが小声で教えてくれる。


「陽太さん、大丈夫ですよ、ここはちゃんと亜次元空間になってますから」


 やがて。

 円盤の広いドアがすうっと消えるように開くと、中から赤い絨毯じゅうたんが伸びてきた。


「では皆さま、こちらへ」


 黒髪の七三分けに黒縁眼鏡。

 彦太と言う年配の従者の案内で、僕らはその円盤に乗り込んだ。


          ◆ ◆ ◆


 円盤の中はちょっとしたホテル顔負けのエンタランスホールのようだった。

 イグールは白馬に乗ったままホール真ん中に設えてある大きなソファの元で下馬した。


「ようこそアルタイル王室専用機、プリンスイグールⅡへ。さあ月子さまこちらへ」


 片膝着いて月子を迎えるイグール。

 月子は僕を見て大丈夫だよとばかりに肯くと彼の元に歩み出した。

 それを見て彦太が僕らに案内を始める。


「この船には右手にカジノとバーカウンター、左手にはレストランやシアタールームがございます。ベガまでは25光年、約6分の航程ですがごゆっくりおくつろぎを」


 見ると右手には案内係らしいバニーガールが、左手にも案内役らしいボーイが並んで立っている。いやいや、所詮6分だろ、レストランとかシアターとか意味ないじゃん。


 正面には売店がある。

 雑誌も置いてあるし立ち読みでもして時間を潰そうかと思っているとナナが僕を見上げて。


「では陽太さん、お飲み物を戴きましょう」


 そう言うやそっと僕の手を握りバーの方へと向かう。


「あら、殿方は女性をエスコートする義務があるのよ」


 オリエがねたように僕の袖を引っ張る。


「ああそうだな。じゃあ一緒に行こう」


 笑顔で出迎えるバニーガールのお姉さまにへこへこ頭を下げる僕。

 それに比べナナもオリエもさすがは皇族、堂々とバーのカウンターに腰を下ろす。テーブルに立つ洒落たメニューにはソフトドリンクもあって。


「わたしはバナナジュースを、陽太さんは?」

「じゃあコーラを貰うよ。オリエは何にするんだ?」

「チャレンジャーズ・プリンパフェにするわ。60分で食べ切れたら賞金1万コスモが貰えるらしいから」

「……お前聞いてたか? ベガまでたった6分だぞ」

「じゃあカジノで一儲けしてくるわ」

「なあ、宇宙じゃ未成年でも賭け事OKなのか?」


 スタスタと歩き出したオリエに代わって僕の疑問に答えたのはナナ。


「えっと、年齢じゃないんです。「個人信用カード」というのがありまして、支払い能力があると認められれば何歳でも賭け事OKなんですよ。実際のところ未成年者は親が認めないとカードを持てないのですが、オリエは三歳の時から持っているみたい」


 なるほど、宇宙じゃ色々違うわけだ。

 バニーガールが差し出したコーラを飲むと月子の様子を伺う。

 振り向いた先、ソファに腰掛けた月子はガラスのコップからストローをくわえていた。


「わたしのためにこんな事になって。月子ちゃんに申し訳ないわ」

「あいつ何か考えがあるって言ってたよな。イグールにはお灸を据えなきゃって。何するつもりなんだろ?」

「イグールは媚薬びやくの所為でああなってるんでしょ? あと何時間持つのかしら?」

「効果は十二時間で切れるらしいから、地球時間の十二時くらい、ってことはあと二時間もないな。その後はまた正気に戻って…… って、そうなったらあいつまたナナを追い回すんじゃ?」

「月子ちゃんはすっごく可愛いけど、まだ小四だものね」


 何をする気だ、月子。

 女を怒らせたら怖いんだよ、とか言っていたけど。


「ナナはあの王子を怨んでるのか?」

「怨んでる、とまではいかないけど、さすがに今回のやり口は許せないわ。媚薬を飲ませ婚姻届にサインさせようなんて……」

「やっぱりお前、時間がとまってる間のこと分かってるんだな」

「ええ、不思議だけど、景色も声も意識にあるのよ」


 オリエにもイグールにも他の人達にも、時間が静止した時のことは何にも見えていないし聞こえてもいない。

 なのに……


「さあ、ベガに着いたら喰いまくるわよ!」


 振り返るとオリエが立っていた。

 手には大箱に溢れんばかりのコインを持って……


「お前すごいな。そんなに勝ったのか?」

「ええ、日本橋にっぽんばしでの売上金元手にドカンと百倍。一万コスモが百万コスモになったわ」

「百万コスモって1億円?!」


 ドヤ顔でそのコインを換金係に手渡すとカウンターに掛けるオリエ。


「私、昔っから賭け事で負けたことないのよ。三歳の時から」

「そうね、皇学院中の時もクラスのじゃんけん係だったものね。絶対負けないから」


 なんだその、じゃんけん係って。


「ところでオリエ、ベガって星は安全なんだろうな?」

「勿論よ。これから向かうのはベガ第三惑星の首都シャンゼリ。街は楽しく賑やかで、そこに暮らす人達も陽気で気さくな人が多いわ。当然、武器を持っている人などいない。そもそもベガは銃も刀も所持禁止だから」


 やがて。

 ホテルロビーのような宇宙船の中に、ベガの首都シャンゼリ到着のアナウンスが流れた。


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