第5章 第2話
トーストにオムレツ。
日向家の朝は洋食だ。
「「「「いただきますっ」」」」
4人は座って手を合わせる。母さんは先に食べてしまっていた。
「うわっ、このふわふわの卵料理、美味しいです」
「ああ、それはオムレツって言うんだ」
「この上に掛かってる赤いのは?」
「トマトケチャップだね。トマトのケチャップ」
「トマトのケチャップ……」
ケチャップをフォークに掬って舐めるナナ。
「ナナねえ、パンにはジャム付けると美味しいよ! いちごとブルーベリーがあるよ」
「ありがとう月子ちゃん。ジャムはね、バーナーナにもあるのよ」
「バナナジャムとか?」
「う~ん、バナナジャムはないかな。リンゴとかみかんとか。バナナは主食だからね。バーナーナではジャムはバナナに付けるものなのよ」
「ふうん。そう言えば昨日はパンもご飯もなかったよね」
「そうよ、真ん中にたくさん盛ってあったバナナが日本で言うご飯なの」
「そうなんだ! 月子、バナナ大好きだよ」
しかし、バナナの話は懲り懲りとばかりに肩をすくめてオリエ。
「その点ベガの食事は日本に近いわね。主食はパンかポテト。ソースもトマトソース、クリームソース、フォアグラソースとバラエティ豊富だし。美食の星って言われるのよ」
日本と言うよりおフランスに近いな、それ。
「へえ~っ! 今度はオリエねえの星にも行ってみたいなっ!」
「月子ちゃんなら大歓迎だわ! あ、勿論陽太もね」
「僕は月子のおまけか。まあいいけど。そう言えば今日はフルーツパーラーに行くって話になってたような?」
「うんそうだよ! ね、ナナねえ!」
「そうでしたけど…… いいんですか? 陽太さん」
「勿論。誘ったのは僕だったしさ」
「嬉しいですっ!」
「私も一緒に日本のフルーツパーラーを喰い尽くしてあげるわね」
「尽くさねえよ! ベガって美食じゃなくて大喰いの星じゃねえのか?」
「あら、よく知ってるわね。ナナの星がみんな怪力であるように、ベガの連中はよく食べるのよ。仕方がないわよね、美味しいんだから」
目の前の皿を綺麗に平らげたオリエはナナのポケットに手を突っ込んでバナナを取り出し食べ始める。
「しかしオリエ、よく喰うのに痩せてるよな」
「ふふふっ。こう見えて毎日、腹筋千回、腕立て千回、50メートルダッシュ千回、ラジオ体操千回、四股と鉄砲千回やってるのよ。苦労してるんだから」
「さりげに凄い内容ばっかりだな。ラジオ体操が一回3分として千回だと…… 毎日出来るのか、時間的に?」
「…… ナナ、バナナもう一本もらうわよ」
「スルーの天才だな、お前」
そんな、ほのぼのと平和な朝食を終えて。
僕らは連れだって日曜の街へと繰り出した。
オリエの情報ではイグール王子のご乱心は帝国社も知ることになったようで、ナナを狙う暗殺団は撤収したらしいから安心して堂々と歩いて行く。
目的のフルーツパーラーはマンションから歩いて15分、駅の近くのショッピングモールにある。
「楽しそうなお店がいっぱいですねっ!」
「でもちょっと早かったな。どこもまだ閉まってるな」
時計は9時半を過ぎたところ、モール内の多くのお店は10時開店。
開いているのは喫茶店とかハンバーガー屋とかばかりだ。
「パーラーはもうやってるよっ! 月子なに食べよっかな!」
昨晩、宇宙船の中で眠ってしまった月子は、朝からシャワーを浴びておめかしバッチリ。赤毛のボブにチューリップの髪留めつけて、シルバーのシャツに真っ赤なお気に入りのスカートを召している。なに気合い入れてんだ?
「ナナねえ、オリエねえ、ここだよ!」
モールの1階端にあるガラス張りの綺麗なお店、フルーツパーラー・シャングリラ。
他の店が開いてないからか、店はかなり空いていた。
入り口に飾られた商品サンプルを5分もわいわいきゃっきゃと観察した宇宙人少女どもは眺めがいい窓際席に陣取る。
「さっきバナナ5本喰ったのに、まだそんなに喰うのか?」
「美味しそうだと思ったら取りあえず頼んでみる。食べきれなくなったら哀れな男に恵んでやる。これ、私流。」
「哀れんだ目で見るなっ!」
オリエの前にはフルーツパフェ、いちごのパフェ、マンゴパフェ、モンブランパフェが全部大盛りで並べられる。いや、恵まれても喰えない。
「わあっ、いちごいっぱいだ!」
月子は大好きないちごのパンケーキ。赤い大玉のいちごが真っ白な皿を綺麗に彩る。フルーツを売りにしているパーラーの名に恥じない苺の大盤振る舞いだ。
「バナナは斜めに切るのが一般的なんですね」
ナナは予想通りバナナパフェ。
白いクリームとバナナが幾層にも重ねられた、バナナ尽くしの一品。
そう言う僕はバナナのケーキとコーヒーを戴く。
「このケーキ、ナナも食べろよ。バナナ料理の研究すんだろ」
「えっ、いいんですか陽太さん! じゃあわたしのパフェも一口どうぞ、はいあ~ん!」
「いいって。そのスプーン、お前さっき舐めてただろ!」
「はい、ペロペロと。もっと綺麗に舐めないといけませんか?」
「舐めんな!」
こいつの場合、それが故郷の習慣で悪気はないってケースばっかりだから、すぐに怒っちゃいけない……
「じゃあ口移しですか? いやん、ナナ恥ずかしい……」
「なあ、バーナーナはお店でスプーン舐めたり、口移しで食べさせたりするのが常識なのか?」
「まさか! これは地球のしきたりでしょ? オリエが買ってきたアニメで勉強したんですよっ!」
「んなもんで勉強すんなっ!」
地球も充分ヘンな星だった。
「わあっ! このメロン、月子にくれるの? ありがとうオリエねえ!」
一方、すっかりオリエと打ち解けた月子は大盛りパフェのおこぼれに預かっている。
そんな平和な午前のひととき。
オリエの凄まじい喰いっぷりに感心していると、僕らの横に真っ白いエプロン姿の男が立った。
「いらっしゃいませ。お味の方はいかがですか?」
年の頃は三十前後か、空色の髪を持つ、美男子の部類に入るであろう愛想の良い店員。
「あ、凄く美味しいですよ。ご覧の通りみんな喰いまくっちゃって」
「ははっ、お客さんハーレム状態ですね。綺麗な女性に囲まれて…… って、あれっ?」
よく見ると胸に「店長」と名札を付けたその男はナナの顔をじっと見て。
「もしかして貴女は、いやまさかこんなところに……」
「あの、どこかでお会いしましたか?」
「あ、いえ勘違いでした。ではごゆっくり」
深く頭を下げ店長が去っていく。
僕が彼から視線を戻すと、ガラスの向こうから恨めしそうにこっちを見ている見覚えがある顔が……
って、まさか!
どうして彼が!
「あああ~っ! いっ、イグールだあっ!」