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才色兼備のナナ姫は、恋の作法がわからない!  作者: 日々一陽
第4章 星の皇女と白馬に乗ったバカ王子
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第4章 第7話

 20分後、僕は生まれて初めてフェンシングの防具を身につけた。

 勿論月子も一緒だ。

 凄く重いものを想像していたが、剣も含めて案外軽かった。


「お兄ちゃん、どうするつもり? 時間止めるの?」

「それしかないだろ。他に方法が思い浮かばない。初めて剣を持つ僕らが宇宙インターハイ優勝者とやらに勝てるわけがない。それにあいつが語った反則には当てはまらないし」

「そうだね。分かったよ」


 あっさり了解した月子は、ふと思い出したように。


「ところでさ、あのイグール王子はどうしてナナねえとふたりになりたがったんだろうね」

「甘い言葉でもささやくつもりだったんじゃないのか? あいつナナにゾッコンみたいだし」

「だけどね、さっきナナねえが言ってたけど、今までそんなことはなかったんだって。それにふたりだけだと他の視線がない分、イグールはやりにくいはずなんだって。ナナねえがどんなにこっぴどく拒絶しても誰も聞いてないからだって」

「ふうん……」

「だから、何か謀略があるんじゃないかって心配してた」


 この星に来てからのナナを見ると、彼女は文句なしの皇女さまだ。態度も作法も行動も全く非の打ち所がない。そんな彼女がイグールの企てを心配していると言うことは、注意しておく必要があるのだろう……


「お時間でございます」


 従者の声に月子が立ち上がる。


「よし! あのナナねえを困らせる王子、ボッコボコにやっちゃおう!」


 控え室を出るとふかふかの赤い絨毯じゅうたんを歩く。これから僕は卑怯な手段を使おうとしている。そう思うとチクリ良心が痛む。これはナナのためなんだと自分に言い聞かす。しかし、それなら尚のこと時間を止めるなんて手段は使いたくない……


 そんなこんなを考えている間にも大広間に辿り着く。

 そこには既に準備を終えたイグール王子が白馬を従え立っていて、


 って……


「待ったぞ、地球から来た兄妹。準備は出来たようだな!」


 銀色の防具、既にマスクも着けていた彼の右手には剣、左手にも剣。そうしてお尻の辺りから尻尾のような物が伸びてそこにも剣。


「何だよその三刀流!」

「ああ、これが俺さまのスタイルさ。ちなみに後ろのは尻尾じゃなくって最新鋭の全自動エペ制御装置だ」

「って、機械に頼るとかずるいだろっ!」


 僕のツッコミを、しかし彼は平然と受け流す。


「何を言っているんだい。言ったはずだよおとみさん。他の人が手を貸さない限り反則じゃないんだよ。ふふっ、全宇宙インターハイで並み居る強豪を圧倒してきたこの最新鋭マシンに勝てるかな?」


 こんなやつに自分の作戦は卑怯じゃないかと心配した僕がお馬鹿ちゃんだった。もう良心の呵責かしゃくなどどこにも感じない。やってやろうじゃん! どうしてくれよう、このイケメンばか王子。

 黒いポシェットを腰にぶら下げた彼は、両手の剣をビュンビュンと振るう。


「そろそろ時間です」


 審判はイグールの従者だ。審判まで自分の従者にやらせるとか、どこまでもチキン野郎だ。


 彼は腰の辺りに手をやる。そこには尻尾についた剣を操るマシンのスイッチがあるらしく、尻尾がうねうねと動き始めた。その動きは変幻自在で時折凄まじい勢いで僕らの目の前まで威嚇してくる。あの尻尾は伸び縮みするようだ。


「どうです? 降参するなら今のうちですよ。ナナ皇女の前でみっともない痴態ちたいさらさずに済みますよ。勿論彼女は俺さまのものになりますけどね」

「バカを言うな。泣きっ面を晒すのはどっちかな」


 月子に力強く肯くとマスクを付ける。


「エト・ヴ・プレ?」


 僕らは一歩前に出るとウィと答える。

 彼も肯く。


「アレ!」


 合図と共に彼の尻尾のエペが恐ろしい勢いで伸びてきた。


「陽太さんっ!」

「お兄ちゃん危ないっ!」


 しかし。

 その剣先が僕の胸に届くことはなかった。


 軽く右に避けた僕の斜め前で静止した剣。

 勿論剣だけじゃない、イグール自身も見ている人も、彼の従者の審判もみな止まる。


「月子」


 しんと静まりかえった荘厳そうごんな宮殿で。


「ナナねえの言う通り卑怯なヤツだね」


 マスクを外した月子の赤いショートボブが揺れる。


「さあて、どうしてくれようか……」


 僕もマスクを外すと彼を見る。

 右手のエペは月子を威嚇いかくし左手のそれは上を向いている。尻尾は3メートルも伸びて剣を突き出している。銀の防具に銀のマスク。腰にポシェットをぶら下げたイグールもまるで置物のように静止して。


「あたいにいい考えがあるよ。ちょっと待ってて!」


 いつもの笑顔を見せた月子はスキップしながら大広間の奥へと消えていった。

 ふとナナを見る。

 驚いたように口を開けた彼女から何故か視線を感じる。不思議だ。

 温厚そうな彼女の母はナナと手を繋いでいた。仲がいいんだろうな、きっと。

 ロイ王子もサキ皇女も凛と立って僕らを見ている。

 少し離れたオリエは紙に何か書いて掲げていた。


「Eカップ触るな」


 触らねえよ!

 何の宣伝してんだよ!

 僕が時間を止めることを予測してこんなマネしやがって。

 だけど、触るな、と言われると触りたくなるのが人のつね

 そう言う目で見ると彼女のスタイルの良さはドレスの上からも容易に分かる。


「…………」


 不思議だ。

 時間が止まっているはずなのにナナからだけは視線を感じる……


「お待たせ、お兄ちゃん!」


 駆け足で戻ってきた月子は手に一本の刃物を持っていた。


「何だ、その包丁みたいなの」

「みたい、じゃなくって包丁だよ。ナナねえが料理に使ってた包丁だよ」


 それは刃渡り30センチ程度の出刃でば包丁だった。柄は飴色になった木製で普通に料理に使う包丁に見える。


「あのね、この包丁はね、バーナーナ皇室に伝わる何でも切れちゃう凄い包丁なんだって。すっごくよく切れるんだ、ほらっ!」

「ダメだよ月子! この王子がどんなに卑怯で困ったヤツでも人を刺したりとかは……」

「大丈夫だよ、月子は絶対そんなことしないよ」


 言うが早いか、彼が右手に持つエペにその包丁を振るう月子。


 すると……


「うわっ! 凄いなこの包丁、剣が見事に切れてるじゃん!」

「ナナねえ姫は何でも切れるって言ったもん。えいっ、えいっ!」


 月子はイグールの全ての剣をバラバラに切り刻む。時間が止まっているからか、切り刻まれた剣は地面に落ちずに剣の形を残したままだ。


「面白そうだな、月子」

「あっ、ごめんねお兄ちゃん。月子が全部切っちゃった!」


 ぺろり舌を出した月子はナナの前にあるテーブルに包丁を置いて。


「これでイグール王子の敗北は決定ねっ!」

「ああそうだな。後は僕らが彼の防具を突けばいいだけだな。ところでずっと気になってるんだけど……」


 僕はイグールの元に歩み寄る。そうして気になっている「それ」に目を向ける。


「ああそうだね。月子も気になるよ」


 ふたりの意見が一致する。

 僕が少し躊躇ためらっていると。


「開けちゃおう!」


 月子はイグールの腰にぶら下がった黒く小さなポシェットを容赦なく開く。


「何を隠しているのかなっ!」


 月子も同じことを考えていたんだ。

 イグールは白馬に乗っているときからこのポシェットを大事に持っていた。他の物は従者に持たせているクセに。しかも剣の試合の時ですら肌身に付けていた……


「これ何かな、お兄ちゃん」


 月子が手にしているのはガラスの小瓶と八つ折りにされた紙。

 彼女から小瓶を受け取るとそこに貼られたシールを見る。


「ラブポーション? 媚薬びやく、だ」

「びやく、って、れちゃうお薬のこと?」

「よく知ってるな月子。えっと……」


 僕は小瓶の説明文を読み上げる。


「この薬は、服用して最初に見た異性をどうしようもなく愛してしまう超絶強力な恋愛誘導剤れんあいゆうどうざいです。1回1錠の即効性で効果は12時間持続します。用法用量を正しく守り、法律に反しないよう節度を持ってご利用下さい…… って、なあ月子、その書類みたいなのも見せてくれ」

「はいどうぞ」

「……これって」


 まさかとは思ったが、僕の予想は当たっていた。

 その書類は宇宙共通婚姻届。

 イグールのやつ、ナナとふたりになりたいと言っていたが、きっとナナを陥れようと企てていたんだ。姑息こそくな手段でナナに媚薬を飲ませ、自分に惚れさせ婚姻届にサインをさせる…… 彼は僕がナナの婚約者だと名乗ったとき「貴様がそうか」と言った。と言うことは彼はナナに婚約者が出来たことを知っていたわけだ。だからあせってこんな暴挙を……


「酷いヤツだね。月子こんな男は許せない!」


 月子の手には小さなメモ書き。




  今回の作戦 コードネーム 媚薬でポン!


  起、ナナ姫とふたりきりになる。

    ナナ姫が後ろを見た瞬間に、お茶に媚薬を混ぜる


  承、ナナ姫は俺さまにメロメロになる。

    もはや何もイヤがらないナナ姫とキスをする。

    あんな事やこんなコト、そんなこともする。


  転、宇宙婚姻届を見せる。

    ナナ姫は喜んでサインをする。


  結、ふたりで白馬にまたがりハッピーエンド




 間違いない、僕の推理通りだ。

 僕の手の婚姻届を覗き込んだ月子は、それを奪ってメモと一緒に破り捨てた。そうして暫く何かを考えて。

「ねえ、お兄ちゃん、この男のマスクを外してよ。月子にいい考えがあるんだ。女の子を怒らせたらどうなるか、女の恐ろしさを思い知らせてあげる!」

「おいおい月子、あんまり酷いことはするなよ」


 僕は手に持っていた瓶を月子に預けると彼のマスクを外した。長身で明るい茶髪のイグール王子は俳優かモデルでも通じるほどのイケメンだ。そんな彼は勝利を確信したかのような、いやらしい笑みを浮かべていた。


と、月子が彼の口に何かを放り込む。


「これでよしっと!」

「おい月子、今のはまさか!」

「うん、そのまさかだよ。さあ、後片付けをして試合の続きを始めようよ」


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