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才色兼備のナナ姫は、恋の作法がわからない!  作者: 日々一陽
第4章 星の皇女と白馬に乗ったバカ王子
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第4章 第4話

 降り立ったのはヘリポートのような場所。

 敬礼する係員に微笑んで会釈したナナは僕らを連れて白い建物に入る。


「ここは城の近くの登機場とうきじょうなんです。お城までは歩いて5分くらいですから」


 入星審査場の係員は皆敬礼するばかり。オリエが持つ大量のコミックスが入ったスーツケースもノーチェックだ。僕らは何の審査もないまま建物の出口へと向かう。


「ナナってやっぱり凄いんだな。みんな敬礼してたじゃん。荷物もノーチェックだし」

「ああ、入星審査は機械が自動でやってるから、誰が来ても係員は立っているだけなんですよ。余程の不審者じゃない限り」

「自動でチェックって、オリエの大量のBLコミックスとか美少年DVDとかR18レディコミとかはOKなのか?」

「あ、そこは多分、皇族の威光かと……」


 やっぱりダメなんだ、あれ。


「うわあ~っ、いい天気!」


 出口を抜けると初夏を思わせる日差しが待っていた。

 時差の関係だろう、陽はまだ西の空に輝き往来は人で賑やかだ。


「お店もいっぱいだあ~っ」


 通りは2車線道路よりも広く、しかし自動車の姿はない。道の両側にはカフェやレストラン、土産物屋などが建ち並び、至るところに生い茂る深緑の木々。


「ここがこの星最大の繁華街よ。さあ、お城はこちら。月子ちゃん、欲しいものがあったら遠慮なく教えてね」


 僕と月子はきょろきょろ周りを見回しながらナナに続く。

 この星最大、と言っても、うちの市の繁華街より少し大きい程度だろう。通りの人達は黒髪に茶髪に赤髪に、髪型も服装も色々だけど、地球の人達と何ら変わらない。サングラスを掛けている人も笑っている人もイチャついている人も、みんなこの時間を楽しんでいるようだ。


 と。


「ナナ姫さまっ!」

「あっ、ナナ姫さまだ!」

「姫さまっ!」


 店の売り子や道行く人から声が掛かる。


「はい、こんにちは!」


 その全てに優しい笑顔で返すナナ。


「わあ~っ、ナナ姫さまっ!」


 駆けてきた女の子の前にしゃがみ込んだナナはポケットからバナナを取り出す。


「すご~い、ナナ姫さまに貰ったあ~!」

「姫さまっ、ボクにもちょうだいっ!」


「……ナナって有名人なんだな」

「いえいえ、さっきも言いましたよね、これがこの星の皇女の仕事なんです」

「だけど、その皇女がふらふら僕らと往来おうらいを歩いても大丈夫なのか?」

「あはは…… わたしは結構出歩きますよ。見ての通り落ち着けませんけどね」


 彼女が5分と言った道のりはナナの人気の所為せいで20分を要した。

 お陰で僕らはこの街をじっくり観察できたわけだけど。


「これ美味しいよ、お兄ちゃん!」


 月子が食べているのはフルーツの串刺しのような物。バナナは勿論リンゴやマンゴやキウイみたいな果物が串刺しになっている。かなり大きくてボリュームもありそうだ。


「串代わりのスティックもチョコ味でポリポリ食べられるわよ」

「うわっ、ホントだ! チョコプリッツェルみたいっ!」


 子供や若者たちに人気と言うそれは、日本のクレープみたいな位置づけのよう。

 僕も食べてみたかったけど、ずっと笑顔で頭を下げ続けるナナの仕事っぷりを見ると自重じちょうしてしまった。今は彼女のフィアンセ役でもあるし。

 一方オリエはスムージーを飲んでいる。パッションスムージーらしい。


「この星じゃバナナが美味しいんだけど、当面バナナは見たくもないわ……」


 自分のお腹をチラ見して涙する。


「ところでオリエ、あの巨大なスーツケースはどうしたんだ?」

「ああ、ポケットに入れたわ。空間圧縮機を使ってね」


 ナナが宇宙船やバナナを格納していると言うヤツか、物が小さく収まるという。


「なあオリエ、それって体積は圧縮されるって聞いたけど、重さはどうなるんだ?」

「体積と同じように軽くなるわよ」

「どんな原理で?」

「あ、もうすぐお城に着くわ!」


 はぐらかされた。

 知らないんなら知らないって言えばいいのに。


「さあどうぞ」


 城への大きな鉄城門てつじょうもんには衛兵えいへいが立っていたが、ナナを見ると敬礼し門を開く。

 この星の太陽は地球のよりも大きく赤っぽく、夕方なのか低い空に見えている。

 門を抜け、色とりどりの花が咲き乱れる花壇を通り欧州の古城を思わせる白い建物に入る。中は巨大な吹き抜けのドームになっていて、壁には何台ものエレベータがある。僕らはその中の一台に乗り込んだ。10秒もしないうちに扉が開くと金髪の美しい女性が立っていた。見るからに高貴なその人はナナが部屋で通話していた女性だ。


「ようこそいらっしゃいました」


 壮大な白い大理石の広間には宗教画のような巨大な絵画が並ぶ。

 シャンデリアに照らされた黄金色のドレスのその人は、僕らを包み込むように微笑んでいた。


「ただいまお母さま。こちらがわたしの命を救ってくださった日向陽太さんとその妹の月子さん。そしてベガのオリエ姫」

「あっ、はじめまして。日向陽太です……」


 僕が頭を下げるやいなや、彼女はその場にひざまずいた。


「陽太さま、娘を助けて戴き何と申し上げてよいやら。不在の皇帝ともどもお礼申し上げます」

「ちょっ、お顔を上げてください。僕はそんなたいしたことは……」


 皇妃おうひさまが目の前で跪いている。

 って、そんなおそれ多い!


 これ、僕も正座して応じるべきか、いや、それじゃ土下座じゃん、って、そうだ、映画とかで見る貴族の敬礼を真似て……


「陽太さま、お顔を上げてください」


 慌てて跪いた僕に彼女は優しく声を掛けると自らも立ち上がる。


「ナナ、あなたは命の恩人を「さん付け」で呼ぶとは何事ですか!」

「あっ、それは僕が頼んだんです。僕らの国・日本では級友はさん付けで呼ぶんです」

「そうですか。ナナ、あなたは素晴らしい殿方と巡り会えたのですね」


 彼女は僕らを広間に繋がる一室へと案内した。

 控え室だろうか、アンティークな10人掛けのテーブルにオリエと月子、そして僕は腰掛ける。


「凄いねお兄ちゃん、王さまの城みたいっ!」

「いや月子、本当に王さまの城だよ」

「分かってるよっ! ねえ、ナナ姫ねえさまはどこに行ったの?」

「着替えじゃないかしら。お母さまとお話もあるでしょうし」


 そう言いながら、ポケットから乙女向けアニメのDVDを取り出すと天井空間に投影を始めるオリエ。中世欧州の王さまの城と未来技術が織り混ざったような不思議な感じだ。

 僕は城の従者が用意してくれた紅茶に口を付ける。

 ほんのり甘くバナナが香るバナナティー。


「なあオリエ、ひとつ聞いていいか?」

「いいわよ、ただし相談料50万コスモ」


 ちらり僕を見たオリエはまたアニメに視線を移す。


「なあ、その50万コスモって日本円でどれくらいだ?」

「知らないの? 宇宙共通通貨1コスモはだいたい地球で言う1ドルよ」

「ってことは…… そんな金ねえよっ!」

「じゃあその体で払って貰ってもいいわ」

「はいっ、50まんこすもっ!」


 僕らの会話を聞いていた月子が部屋にあったメモ用紙に「50まんこすも」と書いた紙を差し出す。

「こ」と「す」の間が微妙に広いのは意識してだろうか?


「あははっ、月子ちゃんにはかなわないわね。じゃあこれでひとつ相談に乗ってあげるわ」


 オリエは空中で再生中のアニメを一時停止させると真顔で僕を見た。


「なあ、ナナのお母さまって皇妃さまだよな。それが僕みたいな庶民にあんな最敬礼をするもんなのか?」

「陽太は知らないのね、バーナードという星のこと。バーナードの人達は身分とか上下とか、そんな考え方は持たないわよ。皇帝も姫さまも果物屋のオヤジもバナナ農園の農夫もみんな「役割」なのよ。勿論星のみんなは皇族を尊敬しているわ、それはさっきのナナの人気を見ても分かるでしょ? だけど目線は同じなのよ。それがバーナード。そうね、折角せっかくだからもっと重要なことも教えてあげるわ……」


 オリエはテーブルに置かれた紅茶を一口啜って。


「仕事や星の違いは気にしないバーナードだけど、実は昔、ほんの200年前までこの星は凄い男尊女卑の星だったのよ。宇宙連合に加盟した今、少なくとも形の上では平等だけど昔は凄かったらしいわ。女性は男性に尽くす。まあそこまでは宇宙でもよくあった話よ、だけどバーナードの女性は夫が死んだら一緒に殉死じゅんししていたのよ」

「殉死って……」


 僕は昔の日本みたいだ、と言う思いをかき消した。多分それ以上……


「その気風はいまだに残っているのでしょうね。命を助けて貰った男性には命を捧げる、それがこの星の伝統的な考え方。今ではそんな考えは否定されているけども、風習ってそう簡単には変わらないものよ。命の恩人に何もしないなんて一家の恥、一生の恥、末代までの恥。だから彼女はあなたに最大の敬意を表したのよ」

「ねえお兄ちゃん、じゅんしって、何?」

「ああ、ご主人様が死んだら家来やお嫁さんも後を追って死んじゃうことだ」

「ええっ…………」


 一瞬驚いた月子が黙り込む。

 オリエが語ったこの星の気風……


 不意にナナとの出会いを思い出す。

 僕に駆け寄ってバナナを差し出したナナ。

 あの時彼女は僕に、たった一言の会話すらしたことがない僕に、自分の全てを差し出したのだ。あの時の彼女の気持ちは、笑顔に隠された本当の気持ちは……


 オリエはアニメの停止を解除して、また空中に浮かんだ映像を見つめる。

 月子は何か不安そうにじっとテーブルの紅茶カップを見つめていたが、やがて立ち上がって。


「あたいね、ナナねえはお兄ちゃんのことが本当に好きだと思うよ」


 こいつ、僕が考えてることが分かるのか?

 僕が暫く黙っていると月子は部屋の端へと歩いて行く。そこには背の低い棚があって僕らが好きに飲めるように紅茶やコーヒーのポットが並んでいる。


「ねえ、これなあに?」


 立ち上がって僕もそこに歩み寄る。月子が見ていたのは口が広いガラスの器といくつかの小ぶりなリンゴ。その横にはお手拭きも置いてある。

「これって多分、リンゴジュースだ」

「もしかしてナナねえがしぼってくれるの?」


 いつの間にかオリエも横に並んでいる。


「違うわよ。あのね月子ちゃん。この星の人はみんな力が強いからね、飲みたい人はどうぞご自由に、って置いてあるのよ」

「ふうん…… どれどれ、月子にお任せだよっと…… んしょっと、んぐんぐぐぐぬぬぬぬぬ………… はっ、ぐぐぐぐぐぬぬぬぬうっ…… はいっ………… って、はあっ…… あたいじゃ無理だ」

「そりゃそうでしょ。私にも無理よ」

「んじゃ、お兄ちゃん!」

「はははっ、無理だよ……」


 と言いながら、一応リンゴを両手に持って、思いっきり力を入れてみる……



 ぐしゃっ!



「わあっ、お兄ちゃん凄いじゃん! 潰れたよっ!」

「あははは、だな。だけど、これって……」


 僕だって一応中学時分は卓球部だった。腹筋、空気椅子、反復横跳びに素振り500回。体力も握力もそれなりにはあると思う。だけど……


「ごめん月子、リンゴは割れたけどジュースにはならないよ」


 無理だ。

 カップの底に少し貯まった液体とリンゴの破片。

 あ~あ、この残骸どうすんだ……



 トントントン


「失礼します……」



 がちゃり重厚なドアが開くとそこには目がめるような黄色いイブニングドレスに身を包むナナが微笑んでた。ふわり広がるスカートを両手で摘み華麗にお辞儀カーテシーをする彼女の頭上には赤や緑の宝石がきらめく黄金のティアラが眩しく。


「ナナ……姫さま……」


 体が震えて言葉が続かない。

 綺麗だとか美しいだとかれてしまうとか、そんなんじゃない。


 あまりに気高くあまりに遠くあまりに畏れ多く……

 そんなナナの深紅の瞳が僕に優しく微笑んだ。


「お待たせしました。さあこちらへ」



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