第4章 第2話
ぶっ壊されたドアの向こうはナナの家の居間だった。
綺麗に片付けられた部屋の右には4人掛けの食卓。その反対側には赤いソファーがベランダに向いて置いてある。ソファのテーブルには小高く積まれたコミックスやアニメDVDの山。大型のテレビやブルーレイ機器もバッチリ揃ってる。こいつら、いつの間に買い揃えたんだ?
「オリエはどうした?」
「ああ、彼女は今入浴中です。多分お腹を洗うのに1時間は出て来ませんからゆっくり寛ぎましょう、さあ陽太さんっ!」
「急に抱きつくなって、月子が見てるだろ」
「大丈夫だよお兄ちゃん、ナナねえにならお兄ちゃんのばあじん献げても許してあげるよ」
何か間違って覚えてるだろ、JS四年生!
「いいか月子。バージンって言葉は女の人に対して使う言葉だ」
「じゃあ、男のばあじんは何て言うの?」
「つ、月子はまだ知らなくていい。もっと大きくなったら……」
「お兄ちゃん、そんなこと言ってるからど~ていなんだよ」
「って、知ってるじゃねえかっ!」
そんな会話にナナはくすりと笑いながら僕らに食卓の椅子を勧める。
そうして居間に隣り合う台所からカラフルに彩られたガラスの器を運んできた。
「さあ、召し上がってくださいね!」
器の真ん中にはバナナの輪切りで薔薇の花びらが見事にかたどられ、その周りをアイスクリームや色とりどりの生クリームにチョコレート、さくらんぼ等が飾り付けされていた。大輪の黄色い薔薇が印象派の絵画を思わせる見目麗しいバナナパフェだ。
「うわあ~っ きれい~っ! これ凄いよ。食べるの勿体ないよ~っ」
「ホントだな月子」
「とか言いながら、月子食べちゃうけどねっ! ナナねえっ、いただきますっ!」
「はいどうぞ! 食べた感想も聞かせてねっ!」
バナナの薔薇を盛り立てる赤や黄色のクリーム、そしてキラキラと散りばめられた色とりどりのパウダー。
「ぱくっ! もぐもぐ……」
いきなり赤と緑に彩られたアイスを頬張る月子。
「…… ん? ナナねえ、このアイス少しピリッとするよ?」
「あっ、その赤い色はそう言う味なんだけど……」
赤い色?
僕もスプーンを持って一口……
って、これ唐辛子じゃん!
と言うことは、この緑のパウダーは……
案の定だった。
緑のパウダーは青のり、赤いクリームはケチャップ、そして黄色いクリームはマヨネーズ。こんなパフェは有り得ない!
僕は隣に座る月子に目をやる、彼女も僕を見上げて微妙な顔をした。
「どうしました? 美味しくありませんか? あの……」
さっきまでの期待に満ちた表情はどこへやら、ナナは不安の色でいっぱいだ。
だけどこれはひどい。ちゃんと言っておかないと。
「なあナナ、お前これ、味見したか?」
「ごめんなさい、実はその……」
「味見しないで出すっておかしいだろ!」
「あの、お口に合いませんでしたか?」
「合うも何も、子供に唐辛子とかダメだろ……」
と、月子が僕の袖をクイクイと引っ張る。
そして首を横に振りながら。
「この、月子のパフェってさ、ホントはさ……」
……
そう言うことか。
月子のパフェは元々はナナ自身の分だったんだ。
彼女はふたりでこれを食べようと僕を誘って、でも月子もいたから自分の分を出した。だからここに彼女の分はない……
「陽太さんごめんなさい。今日食べたバナナパフェが美味しかったから、もっと綺麗に飾り付けたら喜んで貰えるかなって。バーナーナのバナナだったらもっと美味しくなるかなって。だけどダメですね、わたし、地球の味がわからなくって。ごめんね月子ちゃん……」
「美味しいよナナねえっ。それにとっても綺麗だし。月子食べちゃうよ、ほらっ」
「無理しなくてもいいのよ、月子ちゃん」
「無理してないよ、美味しいよ!」
月子から冷や汗が流れる。
「ナナ、怒ってごめん」
「陽太さん、わたし、また失敗して……」
「なあ、せっかくだからもう一度みんなでパフェを作り直さないか? 材料はあるんだろ?」
「あ、はいっ、勿論ですっ!」
そういう訳で、僕らはパフェを作り直した。
バナナは一級品だし、バニラアイスも上等な物だったし、ちゃんと生クリームもあったから凄く美味いのができた。折角だからオリエの分も作っておく。
そのオリエはずっとお風呂に入っている。
「落ちないっ! 何度石鹸を付けても、こんなに擦っても落ちないっ! どうなってるのこの塗料っ!」
風呂場の方から恨み節が聞こえる。
「オリエねえ苦労してるんだね。月子ちょっと可哀想になってきたよ」
申し訳なさそうにバナナを頬張る月子。
あの塗料、そんなに落ちないんだ。
「陽太さんが言う通りに作ったらとても美味しいですね。さすがは陽太さんですっ!」
ナナは満足そうにパフェを頬張る。
「いや、パフェなんて材料さえ間違えなければ誰が作っても変わらないだろ」
「いいえ、それをわたしは失敗して。ホントにダメですね……」
「そんなことないさ。なあ、明日は日曜だし旨い物とか一緒に食べに行かないか?」
「月子はフルーツパーラーに行きたいなっ!」
「嬉しいですっ、ぜひぜひお願いし……」
チャ~ン チャチャチャ チャチャチャチャ~ン
チャチャチャ チャチャチャチャ~……
突然、着メロが鳴り響く。
しかし、何故にラプソディインブルー?
「あっ、ごめんなさい!」
ナナがポケットに手を入れて何やら操作すると、突然目の前に大きな映像が映し出される。そこにはナナと同じ綺麗な金髪を持つ上品な女性の姿が。
「どうしましたか? お母さま」
「ナナ、突然だけどバーナーナへ戻ってきてくれないかしら。急に今夜アルタイルのイグール王子が来るというのよ、あなたに会いに」
「待って下さいお母さま、わたしあんな碌でなしで人でなしで、不気味で卑怯でボケでバカでお前の母さんデベソな男なんかに会いたくありませんっ!」
ナナも言うときは結構言うんだ。
「だけどアルタイルは我が星のバナナの2割を買ってくれる大切なお客さま、分かるでしょ、ナナ」
「お母さま、わたしには大切なフィアンセが出来たってお伝えしましたよね。お互い愛し合ってるってお伝えしましたよね。だから他の男の人とはもう……」
「いいことナナ、そうだったらそうと、ちゃんと自分でお伝えしなきゃいけないんじゃないかしら。確かにイグール王子はイヤミな男だけど、それでもナナのことをずっと想ってくれたのよ」
「わたしはずっと嫌いでしたっ!」
「ねえナナ、これはバーナーナの経済にも関わることなの。分かるわよね、わたしたち皇族の責務」
「……ごめんなさい。わかりました、お母さま」
目の前の映像がぷつりと消失する。
立ち尽くすナナの手には父のとは色違いの宇宙スマホが握りしめられて。
「ナナも色々大変なんだな……」
「帰りたくありませんっ!」
突然、僕に振り向くとナナは叫んだ。
「イヤです、帰りたくありませんっ!」
「だけどこれも仕事なんだろ? きちんと断ればいいんだろ?」
「あの男は卑怯な男ですっ! 素直にわたしの幸せを喜んでくれるはずがありません。きっと何だかんだと汚い手を使ってわたしの自由を奪うに決まってますっ!」
「そんなのやってみないと分からないんじゃないのか?」
「やらなくても分かりますっ!」
「そうね、あの男はそんな男よね」
「「オリエ!」」
声の方を見ると、いつの間にやら風呂から上がったオリエがパフェを頬張っていた。
「そんなに悪いやつなのか?」
「悪い、と言うよりわがままなのよ。アルタイルは資源が豊富で超お金持ちだからね、わがまま放題やりたい放題90分間食べ放題なのよ」
ぱくっとバナナを頬張ると立ち上がったオリエ、湯上がりの長い銀髪から甘い香りを漂わせながらナナの方へと歩み寄る。
「だけどナナ、イグールの件は放っておけないわよ」
「えっ?」
オリエは手に持つ宇宙スマホをナナに見せる。
と、彼女の顔色が変わった。
「何だ?」
「陽太さんは見ちゃダメっ!」
僕に通せんぼをするナナ。
「どうしたんだ、何が書いてあるんだ?」
「陽太さんには関係がないこと……」
「ちきゅうへあんさつしゃがついかはけんされた、だって!」
オリエのスマホを覗き込む赤毛のショートボブ。
「ダメッ、月子ちゃん読んじゃダメッ!」
しかし時既に遅し。
「お兄ちゃん、人殺しする人がいっぱい来るみたいだよ」
「なあどう言うことだナナ? 暗殺者ってナナを狙ってるんだよなっ!」