第4章 第1話
第四章 星の皇女と白馬に乗ったバカ王子
トントン……
一昨日この部屋に出現した、新しい扉から音がする。
そう、ナナがマンションの壁をぶち破り作ったドアからだ。
トントン……
陽太さん!
放置しよう。
居留守を決め込めば諦めるだろう。
だって今日は疲れた。
関西一のオタクの街、日本橋に行ったはいいものの、みんなアホほど買いまくるし、レアものグッズを狙って宇宙人どもが襲ってくるし、挙げ句の果てにはオリエにプロポーズしてしまったし……
「はあ~っ!」
小さな溜息がでる。
最高宇宙裁判所の判例によると、既婚と知った「悪意の」婚約行為は無効なのだそうで、だからあのプロポーズも無効だと、ナナは激しく主張した。だが、オリエは「陽太とナナは結婚してない!」と全面的に争う構えで、ふたりは喧嘩したまま隣の部屋に帰っていった。
彼女たちは僕なんか不釣り合いなほど綺麗だし、愛されるのは光栄だけど、ふたりはどちらも宇宙人。ところ構わずバナナを振る舞ったり怪力だったりぶんぶんムチを振り回したり、理解不能なやつらなのだ。
「はああ~っ!!」
思いっきり盛大な溜息を吐く。
トントントン
陽太さん、いらっしゃるのですねっ!
しまった!
ここって壁が薄いんだった。
だけど鍵も掛かってるし、黙りを決め込もう。
トントントン
開けて宜しいですか?
無視しよう。
無視してノートパソコンでネットでも見よう……
カチャッ!
ありがとうございますっ!
では失礼しますねっ……
ばきいっ!!
鍵の意味はなかった。
一瞬でノブがぶち切られると、ドアが開く。
「今日は楽しかったです。お疲れさまでした、陽太さん」
「お疲れさまでした、じゃねえよっ! ドアぶっ壊すなよ!」
「あらっ? ナナはてっきり陽太さんが鍵を開けて下さった音がしたと……」
「楽々と捻りつぶすなよっ! どんだけ握力強いんだよ!」
「今なら税込み980Kgですけど」
「握力に消費税つけんな!」
「通常は一箱2000Kgですから、今ならとってもお求めやすくなっていますよ」
「求めてねえよっ!」
「もちろん送料は無料! さあ今すぐナナをお試し下さいっ!」
「速攻返品だ!」
「そんなっ! ひどいです陽太さん! せっかくの土曜の夜、一緒にダウンタウンに繰り出そうかと……」
「朝からさっきまで繰り出してたじゃねえか!」
ナナは自分の手に握りしめられたドアノブに視線を落とす。そのもぎ取られた銀色のノブはぐしゃりと変形していた。
「ごめんなさい、わたしまたやっちゃいましたか? カチャリと音がして陽太さんが開けて下さったと思って喜んでしまってつい…… 地球の建材は弱いって本で読んだの忘れてました、ごめんなさい……」
急にしおらしく反省を始める。
こんな不作法な女がやたら可愛いからタチが悪い。
「次はバーナーナの建材で修理しておきますから、許して下さい。ねえ、そんなに怒らないで陽太さんっ!」
「ああ、分かったよ。分かったから泣くなよ。で、何の用だ?」
「はいっ。今日はたくさんDVDも買って来たし、一緒にデザートでも摘みながら鑑賞会とかどうかと……」
がちゃっ!
「なに~? お兄ちゃんどうしたの~っ?」
本来のドアを開けて入ってきたのは妹の月子。きっとドアが破壊された音やふたりの会話が聞こえたのだろう。やっぱりこのマンションは壁が薄い。ナナが言う「地球の建材は弱い」ってのも納得せざるを得ない防音性能だ。
「あっ、月子ちゃん、こんばんは」
「あれっ? ナナねえだ…… ってなにこれ? お兄ちゃんの部屋、お隣に通じてるじゃない! どうしたの、いつ工事したの?」
「あ、いや、これはだな……」
やばい。
何て説明しよう。
マンションの管理組合とかにバレたらまずそうだし……
「ねえ月子ちゃん、陽太さんとわたしって恋人同士じゃない。だからいつでも会えるように通路を作ったのよ」
「あっ月子、このことは絶対秘密だぞ!」
「「秘密?」」
ふたりの言葉が重なった。
不思議顔で僕を見返す月子。
一方、一瞬首を傾げたナナは、やおら微笑みを浮かべ月子の前に膝をつく。
「ねえ月子ちゃん。愛し合う男女のコトってみんなに見えないところでしちゃうよね。だからこのドアのことも絶対秘密。月子ちゃん賢いから分かるよね」
今、サラリととんでもない説明したな、こいつ。
「うん、勿論わかるよ」
あっさり納得するなよ小学四年生、マセ過ぎだろ。
「愛し合う男女がすることって、キス、だよね」
全言撤回、やっぱ子供だ。
「月子ちゃんはお利口さんね。はい、これとっておきの甘いバナナ!」
「わあい、ナナねえありがとう! 月子絶対秘密にするよ。安心していいよ」
バナナ片手に笑顔の月子。
彼女はバナナを剥きながら新しいドアの向こうを眺めて。
「ねえ、そっちのお部屋ってナナねえのお家だよね。行ってもいい?」
「勿論よ。さあいらっしゃい!」
「わあ~いっ!」
「おいこらっ、月子っ!」
「さあ、陽太さんもこちらへ!」
「あっ、いや僕は…… って引っ張るなって!」




