第3章 第3話
夜が明けると楽しい土曜日。
僕ら四人は大阪の日本橋へ来ていた。
ここは関西最大のマンガやゲーム、アニメグッズが集まるオタクの街。
アニメショップに行きたいと言い出したオリエは勿論、ナナも月子も大はしゃぎだ。
「早すぎましたね、まだ閉まっている店も多いですね」
「うん。でも、もうすぐ開店すると思う。あ、ここはもうやってるよ」
僕が案内したのは大型のマンガやアニメ専門店ばかり三店舗が入居するオタク御用達のビル。
「うわあっ、いっぱいあるっ! 私、あっち見てくるっ!」
カゴを持って同人誌のコーナーへまっしぐらなのはオリエ。
地球に宿がない彼女は昨晩からナナのマンションに居候している。即ち、うちの隣だ。
「二次創作もいっぱいだわっ。やっぱり薄い本は最高ねっ! あっ、この作家さんってBLものも描いてるんだ! そう言えばこのコミック、オリジナルのDVD付き特装版が三ヶ月前に出たはずだけどもう売り切れたかしら……」
聞いてもないのにひとりベラベラ喋りまくるオリエ。どうやらとんでもないアニオタらしい。知識ハンパないし全身からオタクオーラが噴出している。
「陽太さん、この水着の女の人が等身大で描かれたフワフワのものは何ですか?」
一方、棚の上に並んでいる萌えグッズを手に取るナナ。
「あ、それは抱き枕だ」
「抱き枕? って?」
その用途を説明するとナナは何を思ったのか顔を赤らめる。
「バーナーナの枕は無愛想でもっと小さいんですよ」
「普通、そうだな」
「あの…… 今度、陽太さんの水着写真撮っていいですか?」
「え? 何に使うんだ?」
「その…… プリントして陽太さんの抱き枕を作ろうかと……」
「やめてくれっ! そんなの恥ずいだろっ!」
「勿論わたしの全身プリント抱き枕もプレゼントしますから! 交換ってことで!」
「いらんわっ!」
「ひどいですっ! じゃあ陽太さんは誰の抱き枕を抱きしめて寝ているんですかっ! この黒髪セーラー服ですか? それともあっちの赤髪のツインテですかあ~っ?」
みるみる彼女の深紅の瞳が涙で溢れる。
「あ~あ、お兄ちゃんがナナねえ泣~かした! 知~らないよ知らないよっ!」
周囲の非難の視線を浴びながら、慌てて普通の人は抱き枕なんて抱いて寝ないことを説明する。勿論僕も持っていないし使ってもいないことも。
「ごめんなさい陽太さん。そうだったんですね。わたしったら早とちりして、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「あ、いや、こっちこそごめん。僕の説明が悪かったかな」
機嫌を直してくれたナナは興味深そうに棚のコミックスを手にとって眺めている。
ちらりオリエを見るとカゴにマンガを爆買い中だ。
「あの、陽太さんが面白いって思うマンガはありますか?」
「いっぱいあるよ。だけど男性向けは女の子に面白くないんじゃないかな」
「そうなんですか?」
やがて彼女は月子と仲良さげに話をしながら。
「あっ、このビデオ、お兄ちゃんが大好きなアニメのやつ!」
すぐ横のDVDコーナーで僕が好きだったラブコメのDVDボックスを指差す月子。
「へえ~っ、じゃあわたしも見てみようっかな!」
それはブラコン妹が兄とイチャラブする下ネタ満載のアニメ。
「それは女の子向けじゃないし、やめた方が……」
「でも月子は面白いって思ったよ」
「ちょっと待て、あのアニメお前も見たのか?」
「当たり前だよ、お兄ちゃんがいないときにポチッと再生して」
下ネタ満載だから月子の前では見なかったのに……
「じゃあわたしも買ってみますねっ!」
「えっ?」
僕の制止虚しく、ナナはあっさりそのDVDボックスを買う。
こいつら金は持ってるんだな……
やがて。
「お待たせっ! では、次のお店に行きましょうっ!」
みんなはノリノリでショップ巡りを始めた。
「ここは古本とか中古DVDの店なんだ」
ビルの三階は広いフロアにずらり中古品が並ぶ大型のショップ。
「あっ、これこれっ、これ探してたヤツだわっ!」
オリエが手を伸ばした棚には限定版DVD付きの特装版コミック。僕も知ってる少女マンガ家を描いた人気マンガだ。
と。
「すいませんが」
その商品にもうひとつの手が掛かった。
グレーのスーツに黒縁眼鏡、髪をぴしっと七三で分けた壮年の紳士風なおじさん。
「俺が先でしたね!」
「何言ってるんですか、タッチの差で私が先でしたよね」
「困りますよ、俺もやっと見つけたんですから。アキバにもなかったんですよ」
「私だって故郷の星にいたときから欲しかったのよっ!」
「星?」
男はオリエの言葉に一瞬「?」マークを顔に浮かべて。
「困りますね、俺も銀河の彼方から来てるんです。力尽くでも戴きますよ」
何言ってんだ、このおっさん。
「ふふっ、この私から力で奪い取れるとお思い? いいでしょう。やってごらんなさい!」
「ほほう、面白い。俺は綺麗な女性といえど容赦ない男でね……」
「ちょっと陽太さん!」
ナナが僕の袖を引っ張る。
「これ、まずいわ。オリエはああ見えてもベガの王女様、止めてあげて!」
「そうだな、ケガとかしたら大変だしな」
「そうじゃないの! オリエは怒ったら見境なくムチを振り回すのよ! 店の商品を片っ端からぶち壊してあとで莫大な損害賠償を請求されるわ!」
「でもそれはあいつの責任で……」
「オリエは口達者だから連帯責任を負わされるわ! 過去三年でその被害者は156人」
「毎週一名様じゃねえかっ!」
考えている場合ではない。
「おい、ふたりともっ!」
ナナの忠告に僕はふたりの間に割って入った。
「何だお前は」
「何よ、陽太。これはふたりの戦いよ」
オリエの手には既に黒く長いムチが。
「いやいや。ここは穏便にじゃんけんで決めたらどうかな。ね、ほら他のお客さんもみんな見てるし」
周囲を見回したスーツの男は、小さく息を吐くと仕方がないと言った風に。
「ではじゃんけん、一回勝負でだ!」




