第1章 第1話
才色兼備のナナ姫は、恋の作法がわからない!
第一章 末永く愛してくださいっ!
広大な宇宙。
地球の外にも知的生命体がいるって説は当たり前。
だけどもし、自分の父が「地球外知的生命体」、即ち、宇宙人だったとしたら……
小さな角がある頭。
背中からは青い羽が伸びて。
そのくせ黒いスーツを着た小柄な生物が玄関に立っている。
「大きくなったな陽太! 元気にしていたか?」
「…………」
何だこの人。
いや、そもそも人か?
もしかして悪魔とか吸血鬼とか?
そんなのこの世にいるはずが……
いるはずが……
「あらっ、あなた! お帰りなさいっ!!」
と。
母さんが嬉しそうに廊下を駆けてくる。
あなた?
って?
「陽太は初めて会うのよね、あのね、この人があなたのお父さんなのよ」
ん?
…………
「ええ~っ? 父さん、だって~っ?」
高一の僕、日向陽太はずっと母子家庭で育ってきた。
母と、小学四年生の妹との三人家族。
父はもうお星さまになってしまったと、母に聞かされてきたけれど……
「そうよ、お父さんよ。あっ、まだ話してなかったけどお父さんは宇宙人なの!」
はいっ?
父さんは宇宙人?
「ちょっと待ってよ母さん、僕の父さんは死んだって……」
「あら、母さんはお父さんが死んだなんて一度も言ったことないわよ。お父さんはお星さまに行っちゃった、って言ったはずだわ。あの明るく輝くおおいぬ座のアルファ星・シリウスへ」
そんなん、死んだって思うだろ、普通!
「月子もいらっしゃい! お父さんが帰ってきたわよっ!」
「おおっ、月子も大きくなったな! ほら、ふたりにお土産も買ってきたぞ!」
手渡された紙箱には日本語で「シリウス銘菓・青い一等星」と書かれていて。
「お兄ちゃん、月子開けていいかなっ! あっ、美味しそうなおまんじゅうだあ!」
……と
そんな、冗談のような昨晩の出来事を思い返しながら学校への道を歩く。
父さんが宇宙人だなんて、にわかには信じられない。
だけどあの「父」には本物の羽が生えていて確かに宙を舞ったし、宇宙スマホとか言うグニャリと曲がる不思議な機械も持っていたし、お土産のまんじゅうにも「シリウス星限定商品」って日本語で書いてあった。
いや、やっぱり夢だろ、これ……
僕は右手でほっぺをつねりながら大通りを歩く。
「イタタタ……」
そして十字路で信号待ちをしている、その時だった。
土砂を積んだトラックが猛スピードで突っ込んで来た。
それは僕の前を通り過ぎ向こうの歩道へ一直線、ってそこには金髪の少女がひとり……
「危ないっ!!」
咄嗟に体が宙を駆け、トラックの前から少女を抱きあげた。
そうして安全な場所へ飛び退いて……
って。
あれっ?
どうしたんだ、僕。
周りの景色が止まって見える。
誰も動かない、さっきのトラックも動かない。
まるで時間が停止したかのように。
「これって、もしかして……」
ともかく今は。
僕は両手に抱えた少女をそっと歩道に立たせる。
くりりと大きな深紅の瞳に、背中までさらり伸びた黄金色の髪。
肩に載る落ち葉を払うこの手が震えるほどに、黄色い服の少女は地上のものと思えぬほどの気品に満ちていた。
「…… あっ、見惚れてる場合じゃない!!」
僕は暴走しているトラックを見る。
運転手は黒い野球帽を深く被り、真っ直ぐ前を向いたままウソのように動かない。
このまま行ったら先の電柱に激突だ。
「これが覚醒した僕の能力、なのか?」
昨晩、青い羽根を折り畳みながら「父」は語った。
「陽太、お前も十五才。俺の星では立派な成人。いよいよ能力を覚醒させる時だ。目を閉じろ。俺と母さんの血を引くお前には宇宙最強の能力が備わっているはずだ」
何それ、何の冗談?
「父」って実は痛い人?
って思ったけど。
マジだったんだ。
それがこの、時間を止める能力。
でもこれ、どうやったら元に戻るんだ?
僕はトラックのドアを開け、男の足をブレーキに乗せて押し込む。
これで惨劇は回避のはず……
交差点の人々はみなマネキンのように止まり、しんと静まりかえった大通り。
どこを向いても動くものは何もない。
さあて。
時間を動き出させるにはどうしたらいい?
リスタート……
……
あっ、もしかして!
僕は自分の考えを確かめるため元いた場所へと歩き出す。
そうしてそこへ辿り着いた途端。
「キキキィ~~!」
「きゃあ~っ!」
けたたましいブレーキ音と人々の絶叫の中、トラックは電柱に向かって一直線に進むと、その直前で間一髪、大破を免れた。
時間が戻った!
通行人は歩道に乗り上げつつも激突を回避したトラックを見ると安堵の声を上げ、また自分の道を歩き始める。トラックの運転手は呆然としてはいるがケガはなさそうだ。そしてあの少女も歩道の上で周りを見回している。
誰も僕を見ていない。
誰も僕のさっきの行動に気付いていない。
そうしてまた時間が進み始めた。
これでいい。
さ、僕も学校に行かなくちゃ……
と。
「ありがとうございました~っ!」
さっきの少女が大きく手を振り駆けてくる。
「あっ、えっと」
僕の行動は時間が止まっている間の行動、他の人に気付かれたはずはないのだけど。
「助けてくれてありがとうございますっ!」
深く頭を下げると小首を傾げてニコリと微笑む。
ドキンッ!!
かっ、可愛いっ!
直球ストライクど真ん中、笑顔も反則的に愛らしいっ!
「あ、いやその……」
「これお礼ですっ! ふつつかなわたしですけど、ぜひ食べてくださいっ!」
彼女がポケットから取り出したのは一本の黄色いバナナ。
「あ、はい、ありがと……」
ふつつかなわたし?
そしてバナナ?
だけど、期待に満ちた彼女の瞳は真っ直ぐに僕を捕らえる。
「絶対美味しいですから! どうぞお食べくださいませっ!」
その白くしなやかな手がバナナの皮を綺麗に剥き始める。
「ええっ、ここで?」
「はいっ。今ここで、ですっ!」
絹のような髪がさらり揺れると、屈託ない笑顔が零れる。
ルビーより赤いその瞳に見据えられると息が止まりそうで、断るなんて不可能だった。
僕は胸の高鳴りを感じながらバナナを受け取り一口食べる。
「んぐんぐんぐ…… って、何これ美味しい! すごく美味しい! バナナってこんなに甘いんだ!」
「ああ、よかったあっ!!」
つるんと張りがあって味が濃く、驚くほどに甘くって。
フィリピン産とも台湾産ともメキシコ産とも違う初めて食べるクセになる食感。
僕が一本を食べ終わると彼女は笑顔を爆発させた。
「わたしはナナ・カテリーナ・フォン・プリミエール・バーナーナ。バーバーナ星の第二皇女でございます。これでわたしの全てはあなたさまのもの。ふつつか者ですが末永く愛してくださいねっ!!」
「…… はいっ?」
「お気軽にナナってお呼び下さいませっ!」
「はい~っ?」