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奴隷の少女、貰いました  作者: ともひ
9/21

演劇

「大分良くなってきたよ先生、どうもありがとうな」

「いえいえ、大事にならなくてよかったです」 



 目の前の壮年の男性がそう言って膝にポンポンと手を当てながら朗らかに微笑む。彼は関節が痛いので見てほしいとやってきた近所で花屋を営んでいる主人であり、私が胡散臭い闇医者から足を洗ってまともに開院してからの一番の常連だ。

 風貌は厳ついくせに花屋というのは之如何に。初めて彼が患者として来たときは、どこかのギャングの親玉がお礼参りにでも来たのかと思ってしまった。私が身構えていると「俺はギャングじゃねえ! 花屋だ! どうしていつも間違われるんだ……」と肩を落としたのを見て慌てて謝った記憶がある。


 閑話休題


 ともかくこうやって調子が良くなったと、笑顔で感謝の気持ちを貰うことは医者冥利に尽きると言うものだ。

 そんなことを談笑をしていると、彼がそう言えばと言いながらごそごそと鞄の中を漁り出した。



「先生、最近女の子と一緒に暮らしてるだろ? まぁどうしてかは皆まで聞かねえよ。きっと先生のことだ、何か事情があるんだろ?」



 別にカトリの存在を回りに隠していた訳ではないが、さすがに近所の人には気が付かれていたか。と言うか冷静に考えて成人男性と年端も行かない少女が二人で一緒に暮らしているってやっぱりまずくないか?

 いや別にだからと言って彼女に対してやましい気持ちがある訳でも、彼女を放り出そうと言う意味でもないのだが、その、何と言うか主に世間体的な意味で……



「そんでよ、これは最近仕入れ先から貰ったものなんだが生憎とその日は予定が入っていてな。良かったら先生どうだい?」



 ぶつぶつと自分の世界に入っていた私だったが、そんなことはお構いなしに主人は目の前にずいっと何かを渡してくる。



「まぁ気が向いたら一緒に見に行ってやれよ。たぶんあれくらいの子なら好きだろ、こういうの」



 それは街に来ていた大型演劇団の公演チケットだった。











「わぁ……」



 宵闇に耽る時間なのに溢れかえる人々を見てカトリが感嘆とした声を上げる。

 私たちは街はずれにある広場を目指し歩いていた。

 普段のこの時間帯なら閑散としているこの場所が、今は煌びやかに明かりを灯し人々の喧騒で彩られている。

 道端には屋台が並び、香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。店先の商売人は今こそ稼ぎ時と言うかのように声を張り上げ、それに興味を引かれた人々が足を止める。

 家族連れ、夫婦、カップル……この街にこんなに人がいたのかと思わせるほど様々な人々が広場の中心を目指し足を進めていた。



「凄い人の数ですね」



 カトリが驚いた様子でキョロキョロと回りを見渡す。普段娯楽の少ないこの街だ。公演を見に来た人以外もここぞとばかりに乗じてお祭り騒ぎに来ているのだろう。



「先生、お誘い頂いてありがとうございます」



 カトリが私を見上げながら感謝の意を述べる。

 彼女と市場以外の場所に出掛けることはこれが初めてだが、喜んでくれたのか、いつもより少し近い位置でご機嫌そうに彼女は並んで歩いている。

 演劇が好きなのだろうか? 元の世界であっても碌に見たことがない私にとってとんと縁がないものだが、まぁこうして彼女が喜んでくれるなら私としても嬉しいものだ。

 チケットを無償でくれた花屋の主人には後日もう一度お礼を言わなければなるまい。



(しかしここまで大規模なものだったとは)



 先に見える演劇団の巨大なテントを中心としたこの人だかりは、ともすれば迷子になりそうなほどだった。一応、手を繋いでいたほうがいいかもしれない。



「カトリ、離れると危ないから手を握っていなさい」



 私がそう言うと隣にいた彼女は少し俯いて、恥ずかしそうに頬を赤らめながら手を伸ばしてくる。



(普段から手を繋ぎながら寝ているのに何が恥ずかしいんだ?)



 子ども扱いされているようで恥ずかしいのか?

 彼女の気持ちが良く分からないまま、私たちは人の流れに押されるかのように広場の中心にあるテントへ向かって足を進めていった。











 受付でチケットを渡し、私たちはテントの中に入る。

 テントの内部は舞台を中心に円形に席が広がっており、後方の観客からでも見えるように一段ずつ階段状に高くなっているよくある構造であり、私たちの席は後方から3段目のようだ。

 外付けの階段を登って席を座り、受付で貰ったパンフレットを眺めながらを公演を待つ。演目は昼の部と夜の部に分かれており、それぞれ前者は喜劇、後者は悲劇を取り扱った内容らしい。


 

(今は夜だから悲劇のほうか)



 中心の舞台はまだ天蓋から降りるカーテンに仕切られていて中の様子は伺えない。

 周りの人々は談笑しながら舞台が始まるのは今か今かと待ち望んでいる。

 何となく隣の席に座るカトリを横目に見てみる。彼女は静かに前を向いて佇んでおり、その姿はなんだか場慣れしているように見えた。



(もしかして昔はよくこう言う場所に来てたのかな)



 私は彼女の過去を知らない。昔はどのような生活を送っていたのか、どのような両親だったのか、兄妹はいたのか、友人はいたのか、そしていつからその身を奴隷に落としたのか……。

 虐待されていた理由、片腕である理由、母親を思い出して泣く理由……その一切を知らない。



(いつかしっかり聞いたほうがいいかもしれない)



 その時は彼女に辛い思いをさせるかもしれない、それでも私は彼女の保護者なのだ。知りませんでしたでは済まされないことが起こるかもしれない。

 いや、そんな取り繕ったような対外的な意味で自分を誤魔化しても無駄だ。私は知りたかった、彼女の過去を。












――――ビーーーーーーッと言うカーテンコールの音が鳴り響く。

 辺りの照明は落とされ、中心のカーテンにのみ光が当たる。

 暫くそうしているとやがてカーテンが幕を開け始め、演者が舞台に姿を現す。

 周りの観客は談笑を辞め演目に集中し始める。私もそれに倣い舞台へと視線を落とす。



 演目の内容は、とある大国との戦争に負けた小国の貴族の青年の話だった。

 彼はそのせいで家を失い、家臣や友人を失い、父や母まで失った。

 彼が失意の中で自らの命を断とうとしている所を、たまたま通り掛かった少女に救われる。

 少女との逢瀬で少しずつ心を取り戻していく青年。しかし、そんな青年を追ってきた大国の魔の手が少女の命を散らしてしまう。

 少女の亡骸を見た彼は、既に事切れた少女を抱きしめながらやはり自分の命を断つものだった。



(なるほど、確かに悲劇だな)



 さすがにここまでの大型公演を行える演劇団と言った所か、役者の演技は堂に入っていて、物凄い迫力があった。

 周りからはすすり泣く声が聞こえ、私の涙腺も弱くなってきている。

 クライマックスに向けて物語が加速していく中、私は自分の左手に何か暖かいものが置かれる感覚を覚えた。



「カトリ……?」



 彼女は自分の右手を私の左手に重ね、舞台を見つめながら一筋の涙を流していた。

 演技に感動したのだろうか、しかしその表情はどちらかと言うと悲壮な決意に胸を痛めているような顔だった。



「…………」



 手の甲に置かれていたカトリの指が、私の指に絡んでくる。

 お互いの指が完全に絡んだ所で、彼女は指にぐっと力を入れる。

 まるでそれは彼女が私に何かを訴えかけているようで。しかしそれは言葉に出来ないことで。

 何も言うことが出来ない私はそれに力を入れて握り返す。



「――――」



 舞台の上では少女の亡骸を抱いた青年が泣いていた。

 しかし私たちの指は公演が終了するまで離れることは無かった。











「先生、本日はお誘い頂いて本当にありがとうございました」


 演劇からの帰り道、カトリがもう一度お礼を述べる。

 辺りはすっかり人もまばらになり、もの静かないつもの街並みに戻っていた。

 もう迷子になる心配はないはずなのに、彼女は私と手を繋ぎ歩いている。

 その手は公演中の時のように、何かを訴えかけるような強いものではなくお互いの体温を確かめ合う程度のものになっていた。

 彼女があの時どんなことを胸に秘めていたのか私には分からない。

 ただ今の彼女はご機嫌に私の隣を歩いているのみで、私一人が勝手にモヤモヤしているだけだ。

 何となくそれが少し癪だった。



「ふふ、先生?」



 私のそんな気持ちに気づいているのかいないのか、カトリがはに噛みながら私を見上げ口を開く。

 


「今日も一緒に手を繋いで寝て下さいね」



 既に繋いでいるが。どうやらこのお嬢さんは相当に手を繋ぐことがお好きのようだ。

 私はハイハイと少し適当にそうに返す。

 そんな私だったが彼女の機嫌は変わらないようで、結局私たちはそのまま歩き続けてしまうのだった。

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