第4話 「勇者に必要な条件」
『白い空間』が崩壊した直後の話だ。
女神による『光の柱』に導かれ、白崎大和は勇者として異世界に降臨していた。
場所はミラ王国王都。
その中央に君臨する城の奥深くにある、『儀式の間』と呼ばれる場所まで、大和はゆっくりと壁や床を透過して降りていく。
体に纏わりついていた奇妙な光柱が消えると共に、大和を動かしていた不思議な力もなくなる。
大和が降り立った広間は、幾何学的な紋様が黒い床に描かれ、神聖な雰囲気を携えていた。
「おお…………」
大和を崇拝するような瞳で眺めながら周りを囲んでいるのは、皆一様に黒いローブを羽織っている不気味な者たち。
重厚感のある両扉の端には、鎧を纏った大男が二人、門番のように佇み、腰には剣を吊るしている。
見たままの印象では、魔術師と騎士だ。
そして、正面には。
「――ようこそ、あたしたちの勇者さま」
純白のドレスを着込んだ絶世の美少女がいた。
可愛い。
大和は単純にそんなことを思い、そんな自分に狼狽えていた。
「あたしの名前はアイリス・ミラーリン。この国の第三王女だよ。あなたは?」
「……ぼ、ぼく? あの、し、白崎大和って、いうんだ……ごめん」
「何で謝るの?」
「え、いや、何となく……かな?」
はにかむアイリスにうろたえながら、大和は何とか返答する。動揺と緊張のせいか舌が上手く回らない。いつものことではあるが。
(勇者さま……か。やっぱりゲームみたいだな)
大和と他の四人だけは、この世界に勇者として降臨する予定になっているらしい。
謎の『光の柱』に包まれている最中に女神と思われる人物の話から分かっていたことだが、いざこのような状況に陥ってしまえば、狼狽えるのも仕方のないことではあるはずだ。
「ね、勇者さま」
「な……なんですか?」
「あはは。どうして急に敬語なの?」
「いや、だってその……王女だって言って――」
「――敬語禁止!」
「え?」
「あと、アイリスって呼び捨てで呼ぶこと!」
アイリスは大和にビシッと言い放ち、小悪魔的な笑みを浮かべた。
「分かったら返事だよ!」
「う、うん」
「ん、よろしい」
アイリスは満足げに腕を組むが、剣を腰に吊り下げている騎士らしき人物が眉間を指で抑えながら、
「アイリス様……勝手に話を進めないでください。王様から怒られるのは我々なんです」
「えへへ!」
「勇者さまが優しい方だから良かったものを。本来なら笑って誤魔化せることではないですよ……」
どうやら苦労人らしい。
こんな快活な少女を制御するのは、中々に難しいものがあるだろう。
「ね、勇者さま。そんなことよりさ」
「そんなこと!?」
愕然とした様子の騎士を華麗にスルー。
「君のことがもっと知りたいな。異世界から来たんでしょ? すごいし。なんかすごいし」
「あ、あはは……」
困って苦笑いすると、唐突にアイリスは大和の手を引いて、扉の方へと走っていく。
この場にいる大勢の人間が騒然とする。だが一瞬後には「王女様が逃げるぞー!!」「またかよ!?」「いつも通りいつも通り」「言ってる場合か!」という騒ぎになっていた。
「ど、どこいくの!?」
「みんなに秘密の場所!」
「ええ!?」
「堅苦しいのは嫌だしね! 二人で話そ?」
ペロ、と舌を出して笑うお転婆娘。大和はぐるぐると変わる状況に流されるがままだ。
豪奢な赤の絨毯が敷かれた廊下を、キョロキョロと見回す暇もなく、大和たちは駆け抜けていく。
迷いそうだ。
やたらと複雑な造りになっている。
だが、アイリスは迷ったような素振りすら見せずに、次々と角を曲がり、遠くを目指して走る。
後方を追いかけていた騎士たちの姿は、いつの間にか見えなくなっていた。
どうやら撒いたらしい。
王女と名乗るから、もっと淑やかな印象を抱いていたのだが、これはまた随分と体育会系である。
足も速いし体力もある。
大和はすでに息が上がっていたが、アイリスは少し汗をかいているだけだった。
「ここだよ、はやくはやく!」
アイリスが小声で言うので、大和は急いでその導きに従い、まるで何処だか分からない突き当りに位置する小部屋に潜り込んだ。
直後、どたどたどた!! と、騎士たちの足音が連続して響き、段々と遠くへ消えていく。
撒いたわけではなかったらしい。アイリスはそれすらも分かっていたというのか。
手慣れた逃げ方に戦慄すら覚える。
「むー。ちょっと掃除が足りてないよ、ここ」
部屋は使われていないのか、すこし埃っぽい。
アイリスが部屋の奥の方にあるソファに座ったので、大和は窓際に背中を寄りかからせた。
興味本位から、外を覗く。
「わぁ……」
眼下には見慣れない建築物の町並み。
きちんと区画整理された城塞都市だ。
この高さから考えると大和が今いる場所は、巨城の上層だろう。
要するに、視界には城下町が広がっていた。
「綺麗でしょ? この王都はね、美しい都市だって有名なんだよ!」
アイリスが嬉しそうに騒ぎ立てる。
自慢できるものを見つけた子供のように。
「……王都、かぁ」
大和はポツリと呟く。
見慣れない景色を眺めて、自分が本当に異世界にやってきてしまったのだと、そういう実感がようやく湧いてきた。
家族を置き去りにしてしまった。そんな罪悪感が胸を満たす。あまり多くはないけれど、確かに友人だって存在していた。彼らもきっと悲しんでいることだろう。
失くしたくないものは確かにあった。
何の力もない大和には、どうすることもできなかったけれど。
「……泣いてるの?」
「え?」
ひどく驚いたように目を開いて、アイリスが問いかける。そこで大和は、頬を伝う涙をようやく自覚していた。
狼狽えながら、思わず頭を下げる。
「……ご、ごめん」
「謝ることじゃないよ。どうしたの? 何があったの? ねえ勇者さま、教えてよ。……わたしはさ、あなたのこと知らないから、慰めることもできない」
「……ぼくは、勇者なんて大層なものには、ふさわしくないよ」
「どうして、そう思うの?」
「ぼくに、戦う力なんてないから。ぼくが元いた世界では、戦いなんて見たこともなかった。ただぼんやりと、平凡に暮らしていただけで」
「……」
「ぼくは、そんなに大きな期待をかけてもらえるような存在じゃないんだ。……だから、ごめんね。アイリスたちの役に立つことは、きっとできない」
「そんなことない……なんて、断言できるほど、わたしはまだあなたのことを知らない」
アイリスはそっと大和の手を握った。
「だからね、これからたくさん知っていこうと思うんだ、あなたのこと。話はまずそれからだよ」
「それにさ、きっと勇者としての条件は、戦う力があることじゃないと思うんだ、わたし」
「じゃあ……何なの?」
アイリスは大和の右手に力を込め、離した。強く握られた手には人の体温が微かに残っている。
「――恐怖に立ち向かう勇気、かな」
その言葉は今でも大和の胸の内に残っている。
♢
時は現在。
聖女の治癒院を出た神谷士道の一行は、一晩の宿屋を探しながら、王都をのんびりと歩いていた。
気分は観光である。
王都フローゼは綺麗な都市だと巷では有名なようで、噴水や木々の緑が周囲の建造物に調和し、美しい光景を作り出していた。
例の病魔のせいで、少し閑散としている印象は否めないが。
「シドーちゃん。私はいったん冒険者ギルドに行ってくるのですよ」
「いいけど……なにかあるのか?」
「まあ情報収集も兼ねて、王都にいる知り合いに挨拶でもしようかと。超級にもなると、しがらみが多くて大変なのですよ」
ミレーユが南の方にある巨大な建造物――冒険者ギルドを指差して言う。
士道は考えるように顎に手を当てると、
「んー……ギルドなら俺たちも行くよ。また合流するのも面倒だろ。携帯とかもないわけだし」
「ケイタイ?」
「元の世界の遠く離れた相手と話せる道具だ。この世界にも通信用の魔道具はあるけど、あれは希少性高すぎてなぁ……」
首を傾げるリリスに答えながら、冒険者ギルドに向けて歩いていく。
角を曲がり、大通りに入ったところで少しばかり人だかりができているところに遭遇した。
レーナは不思議そうに言う。
「何でしょう?」
「あれは騎士……か?」
「なんか近づいてきてるよね? こっちの方角に用があるのかな」
「ミラ王国の王族専属の近衛騎士団なのですよ、多分。7、8人ぐらいの精鋭がいますね」
「……ってことは、騎士が囲んでるのは、この国の王族が乗った馬車なのか」
「へえー。なんかすごいね」
リリスが呑気そうに呟く。
士道は淡々と近衛騎士に対して『鑑定』をかけていくが、平均レベルは70前後か。ミレーユをして精強と呼ばせるだけはあるだろう。
だが、士道がスッと瞳を細めたのは、近衛騎士と馬車の間を歩いている、ひとりの少年だった。
茶髪に端正な美貌。中肉中背の体格に白を基調とした魔導服を纏っていて、腰には黄金色の剣を吊っている。
彼は士道に見られていることに気づき、驚いたように目を見開いた。
『鑑定』も通用しない。つまりは転移者。それに加えて、騎士に囲まれ王族の側にいるという立場から察するに、
「……おそらくはこの国の勇者、か」
迷宮都市ローレンで戦ったハゲ勇者を思い出してしまい、士道は顔をしかめる。
確かあの少年は『白い空間』で固有スキルが二つあることをイリアスに訪ねてきた人物だ。
名前は白崎大和だったか。
榊原迅ほど濃いキャラでは無さそうだ。
「……どうするのです?」
ミレーユが小声で尋ねてくる。
「どうもしない。どうもお取り込み中みたいだしな。このまま通り過ぎるさ」
馬車を囲むように護る騎士たちとミラ王国の勇者は、神谷士道が引き連れる一行とすれ違う。
士道には、大和がなぜか怯えているように見えた。パーティメンバーに『鑑定』でもかけたのだろうか。
確かにミレーユはレベルオーバーだし、レーナもレベル90ほどにはなっているので、そこらの人間には考えられない力量だろうが、一国の勇者がそこまで怯えるような要因になるだろうか。
「……まぁ、いいか」
士道は結論を出さず、再び歩きだした。
あまり人がいない大通りを通り抜けていく。
目の前の交差点の中央には広場があり、噴水が飛び出していた。魔道具で動かしているようだが、その原理がまるで想像もつかない。
そんな感じで街を眺めながら、士道達はのんびりと足を進めていく。
意外と冒険者ギルドまで距離がある。
すでに数分が経過し、勇者たちの姿は見えなくなっていた。
そんな、平和な一幕で。
ザッ、ザッと。
足を地面で擦る音が聞こえた。
士道の進行方向から見て右の通りから、ポケットに手を突っ込みながら、見るからに不遜な態度で少年が歩いてきていた。
金に染めた乱雑な短髪に、荒々しくも男前な顔立ち。その身に纏っているのは、数多の戦闘を潜りぬけてきたのか、ボロボロに擦り切れた学ランだ。
不良のようにしか見えない。
よく見れば傷も負っている。
それでも金髪の不良は獰猛な笑みを浮かべ、乱暴な調子で士道に声をかけた。
「よぉ」
『鑑定』は通用しない。
当然だが、転移者。
「お前は――」
「――行くぜ、士道」
なぜ名前を知っている。
そんなことを考えた直後に、大地を蹴った金髪の不良が真っ向から肉薄してきた。
「なっ……!?」
ゴッッッ!! という凄まじい音が炸裂し、中央の噴水ごと地面が叩き割られた。
士道たちはそれぞれ適当に飛び退って回避している。全員が一瞬にして臨戦態勢に入っていた。
「……こんなところで戦う気か?」
ミラ王国の王都フローぜ。
その城下町の大通りにて。
唐突に転移者同士の戦闘が始まる。




