第1話 「光の勇者」
ミラ王国の"光の勇者"白崎大和は、騎士団長のサイラス・クロージャーと相対していた。
その場所は王城の中庭にあるサッカーグラウンドほどの大きさはある広場だ。普段は近衛騎士隊の訓練に使われているが、現在行われているのは、勇者による模擬戦だった。
周囲には人垣を構築している騎士達が、固唾を呑んで見守っている。
互いの手にあるのは訓練用の木剣。魔導服を着込んでいるので、魔力を木剣に流さなければ、まともに打ち込んでも怪我はしないはずだ。
ざっと目を走らせて現状確認をした大和は、木剣を中段に構えたまま、ゆったりとした歩調で、地面を足で擦りながら移動していく。
サイラスを囲む円を描くように動く大和の自然体な構えに隙はない。対するサイラスは大和が動く度に位置を微調整し、木剣を中段に構えていた。
彼我の距離は五メートル程度を保っている。
鋼のような眼差しを向けてくるサイラスに、まるで焦りは見えない。大和は汗が頬を伝って、地面へと垂れていくのを感じていた。
膠着状態に痺れを切らして襲いかかってきてほしいところだが、そう簡単にはいかない。流石は精強な王国騎士を束ねる長である。
攻めあぐねて困り果てた大和は、眉根を寄せながら突破口を思案するが、
「まぁ、いいかな……」
結論を出さずに突進した。
無謀な挑戦と思ったのか、サイラスの視線が厳しさを増す。彼は構えを上段に移行し、そのまま微動だにせず待機した。
凄まじいまでの重圧が大和を身震いさせたが、足を止めることなく至近距離に肉薄する。
刹那。サイラスの目が見開かれると同時、上段からの振り下ろしが放たれる。数多の訓練を積み重ねたその剣閃に一切の無駄はなく、ただ大和の肉体を叩き伏せる鈍器として機能する。
その直前。
「うわぁっ!」
大和は本能的に身体を右にひねる。戦慄すら覚えるほどの反応速度に、しかし当の本人は気づかない。大和の柔軟でしなやかな筋肉は、その超人的な反応に見事に追随した。
まさに紙一重。薄皮一枚の差で大和は攻撃を潜り抜けていく。この城で学んだ体術の心得も活かされていない、無駄が多く強引な回避だが、そんなやり方がサイラスに通用していることそのものが、常軌を逸した天才の証明だと本人は気づかない。
大和は回避の為にひねった体を反転させ、その勢いを利用して木剣を斜めに振り回した。
対するサイラスは先刻の振り下ろしをあえて地面に炸裂して反発させ、そのまま角度を調節して大和の袈裟斬りを弾き飛ばした。
大和の肉体にビリビリとした振動が体に響く。体格的に不利という事実が大和を打ちのめす。
膂力に押し負け、大和の体がよろめく。その隙を悟ったサイラスが踏み込んでくる――それを本能的に見抜いた大和は、あえて体勢を崩したままに前へと大地を蹴った。
サイラスが絶句して、下段から捌くように剣を振り上げるが、大和は足でその木剣を抑えつけて組みつく。サイラスの足を刈って体勢を崩させ、その腹上に全体重をかけるように乗った。
重量に押されてサイラスの頭が着陸した真横の地面に、大和は木剣を鋭く突き刺す。
サイラスは厳格な表情でそれを眺め、一度ゆっくりと息を吐くと、
「……参った」
降参の声が、訓練場に響いた。
♢
「すごいなぁ」
窓から大和とサイラスの模擬戦を覗いていたアイリス・ミラーリンは嬉しそうに呟いた。
流石は勇者と言うべきなのか。異様なまでの成長速度を誇る大和は、ついにミラ王国が誇る騎士団長まで倒してしまった。
訓練場では騎士達が湧き立っている。大和は屈強な男達に囲まれ、背中を叩かれたり肩を組まれたりしていて、困ったように苦笑していた。
「何だよ、あの頼りない面は。勇者ならもっと泰然としてろよな」
淑女という概念が抜け落ちたかのような乱雑な口調で文句を吐いたのは、アイリスの隣に立っている赤髪の女性――マリアン・ドルストイだった。
顔立ちは整っているが、寝癖はそのままな上に着ている服は色気の欠片もない灰色のローブだ。
もういい年齢だというのに結婚する気配がまるで見えない、一介の宮廷魔術師である。
「ヤマトくんはね、自分の凄さをあんまり理解してないんだよ。すべて女神に与えられた力だと思ってるから……ね」
王族に対するものとは思えないようなマリアンの口調も気にせずに、アイリスは笑みを浮かべた。
マリアンは鼻で笑うと、呆れたように言う。
「固有スキルの『聖剣』も使わずにサイラスに勝った時点で、それがテメェの才能による力だって分かりそうなもんだがな……」
アイリスはクスクスと笑う。
そう。白崎大和はそういう人間だ。自身の恵まれた才能に気づかず、いつも困ったように苦笑して自信なさそうに佇んでいる。
彼の戦い方は、この城で数ヶ月に渡って習熟した騎士流剣術を基礎としているが、危機に陥ったときは本能的に動いてしまうのか、反応速度に任せた合理性のない突拍子もない行動で相手を混乱させ、次の瞬間にはその隙を突く――そういうものだった。
加えて今回は剣による模擬戦なので使用不可だったが、光魔法への適性も異様に高く、彼の天職である魔法剣士としてかなりのレベルに達している。
「サイラスには勝てても、アタシにはまだ勝てねえよ。そもそも奴は遠距離戦に弱いからな」
マリアンが歯をむき出しにして笑う。
宮廷魔術師筆頭である彼女は三属性に適性を持つ稀代の天才で、あるいはミレーユ・マーシャルに迫るとすら云われている。
確かに今の大和にはまだ荷が重いだろう。
しかし、
「"まだ"……かぁ。マリアンのくせに、随分と遠慮がちな評価だね?」
アイリスはいたずらっぽく笑う。マリアンは無意識の発言だったのか、嫌そうに眉根を寄せた。
彼女は王城の豪奢に飾られた廊下を気怠そうに歩き始めながら、端的に告げる。
「アタシは行くよ。そろそろ会議だしな」
「あ……」
――会議。
その言葉を聞いて、大和の勝利に浮かれていたアイリスの表情は、徐々に沈んでいくのだった。
♢
模擬戦を終えた大和は騎士達に別れを告げ、サイラスと共に王城の内部を歩いていた。
偉い人ばかりの会議に出席しなければならないらしい。これも勇者の役割だとサイラスは語るが、大和は正直なところ辟易していた。
つまらなそうに歩みを進めていると、角を曲がった先にとある少女の後ろ姿が見えた。
「アイリス……」
声をかけようかと思ったが、俯いて歩く彼女の姿を見て、その気持ちが萎んでいくのを感じた。
もどかしい気持ちが胸を締めつける。
アイリスにはもっと笑っていてほしかった。
彼女は笑顔が良く似合う人だと思う。
「……落ち込んでいるな」
「そう、ですね……」
大和が降臨したばかりの頃のアイリスは、自由奔放で、悪戯好きで、いつも楽しそうな笑顔を浮かべて、街を歩き回っていた。
第三王女だというのに身分の違いなどに興味を持たず、民衆との仲が良い。街に出没する彼女を街の人は微笑ましそうに見ていた。
大和はアイリスの思いつきからの行動にずっと付き合わされ、その結果として怒られてきた。
それでも落ち込んでいる現状より、元気一杯なあの頃の方がよほど似合っていると思うのだ。
「アイリス様のせいではない。彼女が気に病むことではないと思うのだが……」
「――彼女はいつも、優しすぎるんですよ」
大和が目を細めて告げると、サイラスが何か言いたそうな視線を向けてきたが、怪訝に思って首を傾げると、彼はため息をついた。
「……」
彼女が変わってしまったきっかけは、やはり、あの日のことが関わっているのだろう。
――彼女が見てしまった絶望の未来が。
アイリスの固有スキルは『未来視』。
決して覆らぬ未来をその目に映し出す。
だが、それは任意で引き起こせるものではなく、ごく稀にランダムで発動してしまうタイプだ。
それは範囲や効力も非常に曖昧で、過程を飛ばして提示されることが多く、アイリスにも不明な点は多いようだが――それでも、確かに見えたらしい。
この国が、崩壊していく光景を。
「……」
大和は硬く、拳を握り締める。
そして気が乗らない会議に向けて歩みを進めた。
時折すれ違う高官達は誰もが厳しげな表情を保っているが、その理由は単純。
アイリスの『未来視』に呼応しているかのように、ミラ王国にはじわじわと異常が現れ始めているからである。
大和が考えていることを察したのか、サイラスが言う。
「しかし、病気となると……なかなか手の打ち方も判断しにくいからな」
「うん……力で、どうにかなるようなものじゃないですからね。どうしたらいいんだろう」
最近、ミラ王国を悩ませているもの。
それは、どうやら感染症の類のようで、『紛争地帯』の方からミラ王国の南部へと入ってきたと推測されている。
症状は異様なほどの高熱と、それによる衰弱。単純だが強力で、感染力も高い。
おそらく空気感染もしているだろう。
まだ死者を確認していないのが救いだが、流行元である『紛争地帯』の方では既に数千人もの死者が出てしまっていることを考えると、楽観視はしていられない。
王国が抱えている治癒術師や医学者陣が治療法の究明に勤しんでいるが、結果は芳しくない。
病原体の正体や概要すら掴めていないのだ。
現在は王国南部の外縁――農村地帯での流行がひどいが、段々と王都が位置する北部にも広がってくるだろう。
農村が多い南部がやられてしまえば、来年度の収穫も大幅に減るだろうと予測されている。
そんな現状において、対処できる手段はたった一つしかない。どんな病や怪我でも治癒できる固有スキルを持つという絶世の美少女。
彼女は治療に見合わないほんの少しの金額で、休みも取らずに人々を治療しているという。
胡散臭そうに、サイラスは呟く。
「――"聖女"、か」
「……能力自体の信用はできると思います。状況証拠を見るに、彼女はほぼ確実に転移者だと思いますし」
「『紛争地帯』の救世主……人を導く為に現れた神の御子……それはまあ、嘘や吹聴だけでここまで話が広がるとは思えないけどな」
大和もどこか不安な気持ちだった。
"聖女"を名乗る人物の動向に不穏な点は特にない。彼女がやっていることは、誰もが賞賛する美しい行動だとも思う。
だが、延々と続く高熱から救った人々が、まるで信者のように付き従っている事実を思うと、妙な違和感を感じるのだった。
♢
その日。ミラ王国首脳部が開いた会議による結論は、珍しく一点へと収束した。
「"聖女"の協力を取り付ける。彼女が病に冒された民衆を効率的に治療できるように、こちらで全面的な支援をする」
「その為に――勇者ヤマト、お前が彼女に会いに行くんだ」
※ネット小説大賞に向けて、第一章を大幅に改稿しました。とはいえ大筋は変わっていないので、読まなくて大丈夫です。




