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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第三章 飢えた獣の咆哮
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閑話 「運命に導かれたかのように」

閑話とか言いましたがほぼ本編ですねこれ

四章の予告みたいなものです

 大海原には、今にも沈みそうなほどに傷みきったボートがポツンと浮かんでいた。

 そんな船とも呼べない代物で海を渡ろうなどという無謀に挑戦しているのは、大柄で筋肉質な体格を持ち、赤の短髪に野蛮な顔立ちをしていて、額には存在感のある一本角を生やす男である。

 "赤鬼"のアイザック・クライン。

 世界にたった三人の超級冒険者として名を馳せている彼は、持ち前の筋力と持久力を物を言わせてオールを漕ぎ続けていた。

 もしボートが壊れたら泳げばいいだろう、ぐらいの楽観的な考えである。


「だぁ―……」


 だるそうに、ため息をつく。

 アイザックがこんなにもやる気を失くしている理由は単純である。

 迷宮『奈落』が攻略されたという情報を、確かな筋から入手したからだ。


「うおぁー………」


 アイザックは迷宮攻略を生業とする生粋の冒険者だが、彼は既に攻略済の迷宮にはまるで興味を示さないという特徴があった。

 カイザーの計画に協力した理由は、"神格化"させた獣王を自らの戦力にすることが、迷宮『奈落』の攻略に繋がると考えたからだ。

 その理由が根本から無くなった以上、窮地に追い詰められていた旧友のミレーユを助けることにもやぶさかではない。魔王軍からミレーユ達が撤退する際、アイザックが彼女らに協力したのは、そんな薄い理由からだった。 


 しかし。

 よもや、あの最凶としか表現のしようがない悪意の塊のような迷宮で生き残り、生還するような人間が存在するとは思わなかった。

 アイザックをして入り口で躊躇わせるような、圧倒的な存在感。この世の終わりそのもの。深淵と呼ばれた何か。そんな場所で、たった一人の男が迷宮を攻略して生還したのだという。

 アイザックの右手には通信用の魔道具が握られていた。かなりの遠距離でも魔力さえあれば通話可能な、伝説級の古代の遺産である。

 当然、アイザックが迷宮から手に入れたものだ。


「シンジョウ・レンか……この響きは転移者だな。そうだろ?」

『ああ。あの「光の柱」で直接迷宮に落とされた、不運な勇者でほぼ確定だろ。何しろアイツ以外に入った奴がいねえからな』

「はー……どんな奴だよ?」

『隻腕に隻眼。灰色の髪に傷だらけの体。誰一人寄せ付けねえみてえな雰囲気。……恐怖しか覚えねえよ。いったい迷宮の中で何があったのかは、オレには想像もつかねえ』

「ふぅん」

『テメ―から聴いたくせに興味なさそうじゃねえか?』

「いや、なんつーかなぁ……萎えたわ。オレァ処女の迷宮を貫きたいんだよ。わっかんねえかなぁ、この気持ち」

『いや全然これっぽっちもわからん。強いやつがいるならそれでいいじゃねえかよ』

「良くねえよ。テメェは戦いたいだけじゃねえか」

『テメーこそ迷宮攻略してぇだけだろ』

「否定はしねえけどよ……で、タクマ。お前、まさかとは思うが……」

「あん? 今更驚くようなことでもねえだろ」


 アイザックの通話相手は、超級冒険者を相手に物怖じもせず、何でもないかのような調子で、


『新城蓮と戦うにきまってんだろ。オレは「最強」になりてぇんだ。だったら今その位置に最も近そうな奴と戦うのが手っ取り早いだろうがよ。……ま、今は奴の居場所を見失ってるし、別の「計画」もあるから後回しだがな』

「やめとけ。もし挑んだらテメェ、死ぬぞ。あの迷宮からの生還者だぞ。舐めるな」

『甜めてねぇから戦おうっつってんだよ。死んだら死んだ、そのときだ。戦いの中で死ねるならオレの本望ってやつだ』


 乱雑な口調で言い放たれ、通話を切られた。

 あの馬鹿、とアイザックは嘆息する。


 超級冒険者の交流範囲は広い。

 今の通話相手も当然、利害の一致により協力関係にあった人物である。

 一ノ瀬拓真。

 異世界転移者の一人だ。染めたような金色の短髪に荒々しい顔立ち、大柄な肉体をしている戦闘狂。

 最強を求めているのか、戦いそのものを求めているのか、最早本人も分かっていないような少年だが、どちらにせよ彼がやることは変わらない。

 

「……ったく、お前が死んだらこちとら転移者関連の情報網が薄くなるってのに」


 アイザックは適当に言いながら、ボートのオールを動かし続けた。流石はレベルオーバーと言うべきなのか、一向に疲れたような気配を見せない。

 アイザックの目的は、このまま南下した先にある人間国『四強』の一角。レーノ共和国である。

 世界最先端の魔導都市アルスフォードの近隣に新たな迷宮が発生したという噂を耳にしたのだ。


「まあ、大したこたぁねえんだろうが」


 それでも身の内からは、誰も見たことのない迷宮に対しての冒険心と歓喜が湧いてくる。


 たとえ誰が幸せに打ち震え、誰が苦しみに喘ごうとも、アイザックがやることは変わらない。

 ただ未踏破の迷宮に踏み込み、先陣を切って新たなる道を切り開くのみ。

 それこそが、冒険者の本懐だ。




 ♢




「休んでいる暇はないぞ。グライブ、キリサキ、ヨシノ、ドム、ブレット……今回は更に少数精鋭で挑む。いいか、ヨシノの『次元移動』とグライブの『心象結界』の併せ技があれば、この世界のどこにでも転移できることが判明した」


 新魔王ルシアはもったいぶった調子で、告げる。


「これは莫大な利点だ。よって例の作戦を早める」


 吉野楓の『次元移動』により己の居城に戻った彼は、一通り積まれた政務をこなした後、激闘を終えて休息していた霧崎達を再び呼び出していた。


 ルシアの眼前で跪く面々。


 霧崎翔はピクリと表情を動かす。もともと翔は不死魔王派の人間だ。一仕事を終え、ある程度の交流も取った。そろそろリーファのもとへ戻りたいのだろうが、そうはさせない。

 有能な者は人族だろうと手元に置きたいというのがルシアの考えだ。魔王に直接命令されてしまえば、翔には断るほどの理由もないだろう。


 グライブ・セラキオスはホホッ、と特徴のある笑みを漏らすと、しわがれた肌の奥からひときわ鋭い眼光を覗かせて告げた。


「……つまり、ミラ王国ですかな?」

「ああ。王都フローぜに乗り込み、"騒ぎに乗じて"潜入、そして――」


 ルシアは不敵な笑みを浮かべながら、言う。


「――ミラ王国の勇者を、暗殺する」


 


 ♢




「いくら新魔王ルシアとはいえ、あれだけ警備を厳重にしている王都にバレずに乗り込めるはずがねえ。そもそも人間の本拠地だしな。落とされたら終わりだって、誰もが知ってる」


 ユーレンザラート大陸南部『紛争地帯』。

 荒れた荒野に広がる小国の一角にて、人知れず笑う影があった。

 ギラギラとした黒髪をオールバックのように上に撫で付けていて、刃物のような鋭い光を宿す瞳には、暗い愉悦が淀んでいる。


「だから俺に『同盟』を持ちかけてきたのさ。当然だが、これは俺にとっても都合が良い。勇者が殺されれば王都が浮き足立つ。そうなればお前の影響力が更に強まるだろう……完全な利害の一致ってヤツだよ。まぁ、下手な手を打てば、喉笛に噛みついてくる狂犬だがな」


 その男が愉快そうな笑みを携えて振り向くと、そこに佇んでいたのは、清冽なまでの美しさを誇るみどりの黒髪、長いまつげの下には、陽光に照らされる湖面のような穏やかさを湛える瞳、白磁のように綺麗な肌をしていて、神官のような装いの下には魅惑的な曲線を描く肢体を持つ、人々に"聖女"と呼ばれ崇拝される絶世の美少女だ。


 百人いれば百人が見惚れるような容姿をした彼女は、男の話を聞いて眉をひそめている。


「……どうして新魔王が東方の情勢に詳しいの?」

「斥候ぐらいはいくらでもいるだろ。まあ実権を掌握してる『俺達』にまで辿り着いたのは見事な手腕だがな……魔王軍は侮れねえってことだ」

「きっと、すでにスパイがいるよ。あなたは楽観的だから、思考の片隅にも置かないでしょうけれど」

「今日はやけに喋るな、"聖女"サマよ」


 "聖女"とは対照的なまでに下卑た笑みを浮かべる男は、彼女の肩に一度手を置くと、


「お前が期待してるようなことは起こらねえ。さぁ次はミラ王国だ。さっさと出立の準備をしておけ」


 



 ♢





「魔王軍がレーノ共和国に仕掛けた?」


 ミラ王国騎士団長のサイラス・クロージャーは部下の報告を聞いて緊張を顕にした。

 真面目かつ実直そうな顔立ちには、難しそうな表情が浮かんでいる。

 彼の体を包む、銀色に鈍く光る全身鎧が存在感を醸し出していた。

 ついに新生サタン王国――魔王軍との戦争の火蓋が切って落とされたようだ。


「宣戦布告から日も経っていない。早いな」

「共和国は勇者が先頭に立って軍を鼓舞していますが、劣勢のようです。援軍を求めています」

「王は何と言っている?」

「ライン王国から竜騎士隊が出るようです。こちらから出すつもりはないと思われます」

「アルバート・レンフィールドか。奴なら上位悪魔ですら単騎では相手になるまい。その間に我が国の憂いを片付けるとしようか」


 現在、ミラ王国では謎の疫病が発生している。

 死に至るほどの病ではないようだが、サイラス達はその原因究明に忙しい。

 正直なところ、他国に手を貸しているほどの余裕はないのだ。


「……妙だな」


 サイラスは違和感を覚えていた。

 自分でもよく分からない奇妙な引っ掛かり。それはこの王国に危機が迫っていることを告げているような気がしていた。

 そして、その鍵は、


(天使が引き起こしたと思われる北方での騒動……あれの真実が気になるな)


 加えて『天軍』の動きも読めない。

 国を挙げて女神を信仰しているミラ王国は、他国よりも天使族との繋がりが強いが、最近は天使族からは何の接触もなかった。

 

(あの枢機卿どものように無邪気に信じていられるような愚物ではないつもりだ。北方の騒動を起こした理由は不明だが……ミラ王国に何も伝えないことに対しても考えがあるはず――)


 サイラスは揺れ動く情勢の中で淡々と思考を進めていく。何にせよ、情報が少なすぎて仮定の話が多くなってしまう。

 

(この王国さえ護りぬけるのなら、おれはそれで満足なんだ。女神の思惑など知ったことではない)


 声に出せば弾劾されかねないことを内心思いながらも、サイラスは一人歩みを進める。




 ♢



 葉山集は『紛争地帯』を歩いていた。

 その身に纏っているのは、純白に紅のラインが十字に交差するように引かれた高級そうなローブ。腰には木製の長杖を差している。


(なるほど。確かにこの様子はおかしい)


 集の周りに広がっているのは、数々の建物が立ち並ぶ、とある小国の首都である。

 一見すると普通だが、そこに住む住人の話を聞いてみると、たいがいの人間が"聖女"の名前を出す。

 聖女様は我々を謎の凶悪な疫病から救ってくれた救済者なのだ、と。

 まるで信仰でもしているかのように。


 聖女を名乗る人物は転移者だ。

 それも葉山集と同じく『真実の四使徒』と呼ばれる本当の意味での女神の使徒。

 少なくとも、そのはずだった。


(別に女神様にとって不利益になっているわけじゃないが……)

  

 『紛争地帯』から争いがほぼ無くなっている理由はその疫病とやらのせいだろうが、そのすべてを治療した上に紛争を止めた救世主が聖女だ。

 もはやこの地の人間のほとんどに、彼女は崇拝されているといって差し支えない。


(……それに、その聖女に力を授けたとされている黒髪の男……こいつは転移者だろうな)


 どのみち謀反の可能性があるのなら、集は調べなければならない。

 大友慎也と影山玲は死んだ。もはや『真実の四使徒』は集と聖女の二人しかいない。


「それでも……この身は女神様の為に」

 

 集は更なる情報を求めて、『紛争地帯』を歩き続ける。

 その方向は段々とミラ王国に向かい始めた。





 ♢



 草薙竜吾はライン王国とミラ王国の国境線である峻険な山脈を越え、その近くにある砦のような城塞都市に入ったところだった。

 魔王軍を相手にするために各国の結びつきも強まっているので、入国は意外と容易い。

 流石に草薙の同行者であり、悪魔のララ・フェルシアは別の手段で入り込むしかなかったが。


「ねぇクサナギさん。これから、どうするつもりなんですか?」

「まぁこいつは俺の勘だが、そう遠くないうちにミラ王国で騒動が起こる。それもデカいやつがな」

「えぇ……レーノ共和国でまさに戦争が起こっているのに?」

「だからこそ他の国からの注目も薄くなる。適当に情報網を構築してみたが、ここのところ不穏な点が妙に多い」

「わたしにはよくわかりません……」


 ララがしょんぼりしている。

 草薙は眠そうに欠伸をしながら、


「とはいえこの前みてえに思いっ切り介入するつもりはねえ。俺の『捜し物』についての手掛かりを集めるだけだよ」




 ♢



 数々の役者が、それぞれの思惑を張り巡らせ、まるで運命に導かれるかのように、段々と同じ舞台へと集まり始める。

 その舞台の上で最も力を発揮するのは、観客を魅了する奇術師であるとも知らずに。

 



 

 


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