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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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第7話 「海の魔物」

 翌日。

 異世界に転移してから、百と二日後の朝だった。

 士道は木材に切り傷を増やす原始的な方法で日にちを数えている。

 明日からはもうする必要がないと思うと、どこか感慨深いものを感じた。

 不便だが、何だかんだで孤島での生活に慣れていたのである。

 ガウスたち冒険者パーティは、朝早く起きて北側の探索調査に行っている。

 北側にはそれなりに強い魔物が多いが、アースドラゴンがいない今なら大した問題はない。

 ガウスたちのステータスは士道とほぼ変わらず、パーティであることを考慮すれば、もし精霊王フィアの手によってアースドラゴンが復活していても討伐は可能だろう。

 簡単に遅れを取ったりはしないはずだと士道は推測する。

 

 遺跡にはもう何もないと伝えておいたが、一応さらりと調べはするようだ。

 ガウスは見た目の通り実直な男なのである。


(もし、精霊王の空間に迷い込んだりしたら混乱するかもしれんな)


 昼頃にこの拠点に再び集合と言われたので、士道はそれまで何をするかぼんやりと考える。

 玄海は孤島東側で飽きずに釣りをしている。士道は特に釣りが好きというわけではないので、ついていかなかった。


 船旅に必要な分だけの保存食はあるので、食料を集める必要性もない。

 本当にやることがなかった。


 士道は自分の持ち物を確認する。

 愛刀『夜影』はきちんと研いである。

 魔力を剣に流し、武装強化を施しているので、そう簡単に斬れ味は鈍くならないが、念の為だ。

 服はどうしようもない。

 ボロボロの私服の上から、剥ぎ取ったアースドラゴンの素材の革をなめして作った鼠色のローブを羽織っている。

 ローブさえ着ていれば、少々みずぼらしい冒険者程度には見えるが、それを脱げばただの原始人である。

 人里に到着したら服を買うしかない。

 そして、その為には金がいる。


(よし。魔物でも狩るか。魔石は金になるだろうし、訓練にもなる)


 遺跡で玄海が発見した金塊は、互いに譲り合う押し問答の末に玄海七割、士道三割という結論になっていた。

 伝説級魔道具についても玄海は「必要ない」と言い、己の武術によって戦うのを信条としているようだった。

 この2つを換金すれば、凄まじい額になる。

 だが、伝説級魔道具の3つは使えるので換金する気はない。

 金塊は、場合によっては足もとを見られるかもしれない。

 衣服や生活用品など、大量に購入する必要があるので、金はあればあるほどいいのである。

 士道は知らず知らずのうちに、笑みを浮かべていた。

 

(ついに異世界の街に行けるの)


 士道は魔力で身体強化すると、木から木へと軽快に飛び移っていった。


 危なげなく、次々に魔物を殺戮していく。

 士道は固有スキルは使わず、純粋な剣技と体術のみで戦っていた。

 士道には考えがある。人里に渡れば、異世界転移者に会うこともあるだろう。その時、あの天使の言っていた『殺した相手の固有スキルを奪える』というシステムを警戒しなければならない。

 もし襲われたときに、既にこちらの固有スキルがバレバレでは対策が立てられてしまう。

 だから、出来る限り隠したまま戦っていきたいのである。

 当然、必要だと判断した場合には使うが、基本的にその方針で行こうと考えている。

 流石に、それだけの理由で殺人を犯すような者は少ないだろうが、用心するに越したことはない。

 思考を戦闘とは分離しながらも、体は機敏に反応していた。

 この一ヶ月の訓練の成果が、確実に身に現れている。

 荒削りながらも才能溢れる刃がそれを如実に物語っていた。

 一通り島を巡った結果、黒牙犬の群れにだけは苦戦して『魔眼』を使わざるを得なかったが、それ以外は難なく狩り終えた。

 レベルが34に上がり、ステータスが少し補強される。


「そろそろ昼時だな」


 魔物を追い回すのに熱中していたせいで、知らない間に太陽が真上に上がっている。

 腹も減った士道は拠点に戻ることを決めた。大量の魔石をバッグに詰め込んだまま、森林を疾走する。

 10分かからずに拠点へと辿り着いた。

 普段より、少し到着が遅い。

 気が緩んでいる証拠である。

 士道は気を引き締め直し、周囲への警戒を怠らなかった。

 

「戻ったか。今、飯を作っている。少し待て」

「ああ。ありがとう」


 振り返らずに言葉を放つ玄海に感謝し、士道は岩に背を預けた。

 疲れを取るために少し目を閉じる。


 その後、玄海やガウスたちと合流して軽い昼食を取り、一時間かけて孤島南側の海岸に移動した。

 そろそろ迎えの船が来る時間帯である。

 船といってもボートに近い程度の大きさのようだが、まあ一冒険者パーティを送り迎えするような船なんて小さくて当然だろう、と士道は思う。

 カイや魔術師の少女――ミリが暇なのか貝を拾って遊んでいるのを横目に、士道は楽しげな笑みを浮かべていた。

 この何もない孤島から、街へ行けることがやはり楽しみなのである。

 待ち遠しそうに水平線を眺め、暫くすると船が見えてきた。

 しかし。


「……おい、どう見ても魔物に追い回されてるぞ」

「そのようだな。あれはおそらくハオウイカだ。海上では非常に厄介な魔物だが……」


 厳しい表情のガウス。対して、槍使いのカイは軽い調子で呟く。


「あーあ、どうせ護衛代をケチって下級を雇ったんでしょ。まったく、今は魔物が活発化してるってのに楽観するから」

「辿り着けると思うか?」

「リーダーも落ちると思いますでしょ」


 諦めムードの冒険者パーティを横目に、玄海の顔が好戦的な表情に作り変えられる。


「いや、案外いけるかもしれん。あのデカいイカ、船をこちらに誘導している……おそらく、儂らごと餌にするつもりじゃ」

「どうするんだ、爺さん?」

「無論、殺す」


 玄海は抱えていた荷物を降ろし、弓と矢を取り出して、弓を引いた。オークから奪ったものだろう。

 魔力を流して強度を上げながら、キリキリと限界まで弓を引く。

 士道は標的との距離を目算しながら、


「流石に遠くないか?」

「魔力による武装強化があれば、その限りではない」


 玄海が堂々たる口調で言い放つ。その顔には微塵の慢心もなく、ただ事実のみを告げた様子だった。

 ふっ、と鋭い呼気と共に矢が凄まじい勢いで放たれる。

 士道が眼を凝らすと、矢は正確にハオウイカの眼球を射抜いた。

 ハオウイカが悲鳴を上げ、じたばたと暴れ回る。

 慌てて距離を取った小型船は何とか被害を避けながら、士道たちの方に急いで近寄ってきた。

 士道は小型船までの直線上にある岩から岩へと飛び移り、大きく跳躍すると船の甲板上に着地する。

 後方をちらりと見やると、他の連中も同様に船に飛び乗っていた。

 前方に向き直ると、右目を失ったハオウイカが怒りの形相で小型船を眺めている。

 士道はそのイカを鋭い眼光で睨み返し、己の戦意を昂ぶらせた。

 その目に冷徹な光が宿る。

 人里に渡れる唯一とも言えるチャンスを、こんな馬鹿げたイカのせいで不意にするなど、冗談にしてもたちが悪い。

 邪魔をするならば、殺す。

 そういう考え方ができるようになっていた。


「悪く思うなよ。こちとら生きるのに必死なんでね。お前もそうだろ?」


 そんなことを呟く士道のもとに、船長らしき人物と連絡をしていたガウスが駆け寄ってきた。


「シドー、気を引き締めた方がいい。あれはハオウイカ、第四級相当の魔物だ……普段はこんなところには現れないんだがな。魔物が活発化している影響もあるだろうし、運が悪かったか」

「……まあ文句を言っても仕方がない。今はあれを狩ることを考えるぞ」


 士道は周囲を確認する。この場の戦力はガウス率いる冒険者パーティ6人に、弓を構えている玄海。加えて、道中の護衛として船に乗っていた冒険者が1人。

 士道は深呼吸して冷静さを心がけながら、ガウスに尋ねた。


「あれの弱点は?」

「脳だ。脳を破壊すれば動きが止まるが、逆もまた然りだ。それ以外では決定打になりえない」

「……この場で遠距離攻撃ができる奴は?」

「私のパーティなら魔術師のミリだけだな。ただ、ミリは火属性を得意としている。ハオウイカ相手には効果が薄いかもしれない」


 士道が難しい顔をする。

 そこに、新たな声が届いた。


「俺は土属性の魔法を使える。こんな状況に巻き込んで済まんが、手伝ってくれ」


 真摯な様子でそう告げたのは、この船の護衛だった青年だ。

 肌が浅黒く、真面目そうな顔つきをしている。

 ラルフというらしい彼の話を聞けば、やはりこの辺りの海域の魔物が活発化している影響で、普段は現れないはずの強力な魔物に追い回されていたという。


「途中までは魔法で牽制しながら上手く逃げてたんだが……ついに島に着くってところであのイカに捕まった」


 護衛という名目だが、ラルフはまだ第六級冒険者だ。第四級相当のハオウイカを倒せというのも酷である。


「話はそこまでだ」


 玄海が弓を引き、鋭利な眼光でハオウイカを捉えながら士道たちに指摘した。

 

「来るぞ」


 ハオウイカが船に高速で肉薄し、十数本もある触手を船に向けて振り回す。

 玄海が矢を放つが、流石に警戒していたのか、目を捉えることはできない。

 だが魔力を伴った鏃は、半透明の肉体を的確に傷つけていく。

 士道は愛刀『夜影』の鯉口を切り、唸りを上げる触手を一太刀で斬り裂いた。 他の触手にも、ガウスたちがそれぞれ対応していく。

 

「"火炎弾"!」


 魔術師のミリが杖の先から幾何学的な紋様の魔法陣を展開し、火属性魔法を行使した。

 轟、と杖先で膨れ上がった火の玉が一直線にハオウイカに迫る。

 対して、ハオウイカは触手の一本で海を思い切り叩いた。

 水が宙に巻き上げられ、ハオウイカと火炎弾を遮る壁となる。

 相性の関係もあり、火炎弾は容易く蒸発して消えていった。

 ミリが悔しそうに歯噛みする。

 

「ああっ!」

「動揺するな。やつは儂の弓に最大の注意を払っている。隙さえお主らで作ってくれれば、あれの視界は儂が潰そう」


 落ち着き払った口調で、玄海がミリに告げる。

 ミリが頷くと同時、ラルフが声を張り上げ土属性魔法を行使した。

 術式が展開され、完成した魔法陣に魔力が流れ込んで稼働する。


「"砂槍連撃"!!」


 浅瀬の砂をまとめて操ったラルフは、いくつかの槍の形に分解してハオウイカに突撃させた。

 一発の威力は低いが、陽動の役割にはぴったりの魔法である。

 ハオウイカの意識が砂槍への対処に向いた瞬間、玄海が意識の隙間を縫うように矢を放った。

 左目を射抜き、血飛沫が舞う。

 咆哮が響き渡り触手が暴れ狂った。

 だが、視界が潰れているせいで攻撃の精度はかなり雑になっている。

 今なら接近できる。

 士道は極めて冷静に判断を下した。

 唸る触手を刀で引き裂きながら、ハオウイカに近づいていく。

 試したい新技があった。

 玄海から教わった古武術ではなく、それとこの世界特有の技術を融合させた技。

 それを放つために、身体の内側から魔力を練り上げて限界まで剣に伝導させる。

 これは、『精霊王の加護』で以前よりも精密な魔力制御が可能となったことにより、開発できた技である。


「シドー!? どうする気だ!?」

「俺が決める、下がってろ!」


 驚くガウスに士道は叫び返し、大地を滑るように疾駆した。下段に構えた剣を両手で握り直す。

 船から跳躍してハオウイカの頭上に身を踊らせると、くるりと身体を回転させて体重移動。上段より剣を思い切り振り下ろす。

 動きそのものは、古賀流剣術『一の太刀』。

 だが、それだけではない。

 刀の軌跡から魔力波が放出される。

 

 飛ぶ斬撃が、ハオウイカを強襲した。


 ゾン!! と、恐ろしい音が炸裂し斬撃が海を叩き割る。

 ハオウイカは見るまでもなく、頭から胴体まで一刀両断されていた。


 "飛翔閃"と名付けたこの飛ぶ斬撃は、戦闘で試したことはなかったのだが、思ったよりも便利だ。


「あ、やべ――」


 そんなことを考えていたら、宙で斬撃を放った士道は足場がないことに気づき――ドボンと海に落ちていった。

 

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[気になる点] 最後のほう 船の上なのに大地とはこれいかに
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