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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第三章 飢えた獣の咆哮
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第9話 「神谷士道のパーティ」

「シドーはどうしたの!?」


 その手から強烈な『魔光線』を放ちながら、リリスは叫んだ。

 レーナは鉤爪を振るい、トロルの腹を切り裂きつつ答える。


「何かに狙われて、例の移動スキルを使いました! 多分狙った人と戦ってるはずです!」

「さっきの速い光線ね……」 

 

 唐突に士道の命を狙ったそれは、リリスの扱う『魔光線』とはまた異なり、細く鋭く収斂した光の槍だった。

 

「……レーナ。ウルフェンも。ここはあたしと先生だけで十分よ。士道のもとに行って」

「え? それは……」

「アンタの耳と鼻なら、士道の居場所は掴めてるんでしょ?」

「……はい! お任せします!」

「グルル!」

 

 レーナは獣人の強い脚力を存分に活かして跳ね上がった。そのままの勢いで木々を蹴り抜いて疾走する。

 士道が使役しているウルフェンも、白銀の毛並みをたなびかせつつ地面を駆け抜けていく。


「……"支配領域"」


 ミレーユの呟きが聴こえた。

 リリスが驚いたように振り向くと、彼女は微笑みながら、


「シドーちゃんが心配なのです。さっさと片付けましょう」


 周囲一帯がミレーユに支配された。

 そして始まるのは惨殺だった。


 

 ◇



 初手は士道だった。

 銃を構える青年に向けて、習ったばかりの魔法を発動する。

 "風槍"が三本、別々の角度から青年に迫った。

 まだ風が収束しきっていない荒々しい未熟な術式だが、同時に三発の対処は並の人間にはこなせないはずだ。たとえ未熟だとしても通用しないとは限らない。どんな一手も状況次第。士道はそのことをこれまでの戦いで十分に学んでいた。

 だが、対する青年は転移者だ。

 当然、『並』などという範疇に収まる人間ではない。

 小銃が三回火を吹いた。細く収斂した青白い光線が風槍の核を貫く。それにより、形状を保てなくなった風が唸りを上げて吹き荒れた。

 士道はその風に逆らわず、『風の靴』を利用して変則的な角度で空に飛び上がる。剣で斬りかかろうとするが、あくまで冷静な青年は飛び下がりながら数度引き金を引く。

 士道は『魔眼』を発動。青年の動きを先読みして銃口から軌道を予測。身体を捻って無理やりに躱す。その弾速に思わず舌打ちした。


(見てから回避できるような速度じゃない。常に、動きを読め……!)


 士道は木の幹に足を押し付けると、膝を曲げて力を溜めた。突撃。青年もそう思ったのか、士道の進路上に小銃を構える。

 だが、それはフェイク。

 士道は『瞬間移動』を行使して青年の後ろに転移した。

 しかし、士道が消えた瞬間にその可能性を考慮していたのか、青年はすでに振り向き、小回りの効く拳銃を取り出して片手で引き金を引いていた。

 

「――っ!」


 青い閃光が士道を貫く。否。それは明らかに透過していた。『魔眼』による幻影術を一瞬の視線の交錯で発動。

 本物の士道は青年の頭上だった。ギリギリのタイミングだったが、何とか成功している。

 バチバチと放電する音に気づいて青年が頭上を向く。だが遅い。

 右手に魔力が貯められた士道の最大最強の固有スキル『雷撃』が振り下ろされる。

 ズバヂィィィィィッッッ!! と凄まじい音が炸裂。太い木の枝が粉砕される。


「なっ……!?」

 

 士道は驚愕に目を剥いた。青年はギリギリのラインで『雷撃』を躱していた。いったいどんな反射速度をしているのか。そして一歩間違えれば死んでいたこの状況で、動揺もまるでない。

 眉一つ動かさず、両手持ちした小銃と拳銃の引き金を引いた。

 だが、士道はその攻撃を無視して『天魔刀』の魔導刻印から"伸縮自在"を発動させた。剣が高速で青年に向かって伸びていく。今度こそ青年は目を瞠った。

 回避しようと身をよじるが、脇腹を浅く『天魔刀』が貫く。苦悶の声が聴こえた。だが、士道の方も無事ではない。

 拳銃の方から放たれた光線は何とか首をひねって躱したが、もう片方は左肩の上部に炸裂。性能の良い魔導服ごと一撃で消し炭になる。浅いとはいえ、互いの体から血しぶきが舞う。


「……」

「……」


 左腕をだらりとぶら下げながら士道は苦痛に顔を歪めた。

 『天魔刀』を片手で扱うために"伸縮自在"でもとの大きさに戻し、"重量自在"で普段より軽めに設定する。

 ――強い。

 動きに無駄がない。


(……残存魔力は、すでに半分か)


 一見、互角に見えたかもしれない。

 だが、固有スキルを乱発して魔道具も惜しみなく使用した士道と、小銃と体捌きだけで乗り切った青年では、残存魔力量がまるで異なる。

 この攻防は一分も経過していない。

 このまま戦いを続ければ、士道が魔力切れで敗北する。


(だが、俺にはまだ『魔力炉の腕輪』がある……)

 

 不死魔王に破壊された『反射鏡』も元通りになっている。いつでも使用できるように懐に仕舞ってあった。どうやらこの魔道具は許容量を越えた魔法には破壊されるが、時間経過で自然修復するものらしい。

 思考を回転させていた士道に対して、青年はピクリと表情を動かす。

 咄嗟に身構えるが、


「……増援か」


 その言葉の通り、木々を自在に跳ね回りつつレーナがこちらに迫ってきていた。その動きは、かつてニーズヘッグに不覚を取ったときとはまるで異なる。

 もともとの戦闘の才能が、里での修行によって開花したのだろう。

 レーナは士道の隣に着地すると、その両手に装備された鉤爪を構えた。

 士道が少し驚いたようにレーナを見ると、彼女は柔らかく笑った。

 

「今度はわたしがシドーさんを護りますって……言いましたよね?」

「……頼りになるヤツだ」


 士道は不敵に笑い、青年を睨んだ。

 そして、士道を庇うように巨大な白銀の狼――ウルフェンが前に出て、勇ましく吠える。

 その間に、森の奥からミレーユとリリスも現れる。


「シドー、大丈夫なの!?」


 リリスは士道の左肩を見て声を上げる。ミレーユが苦手な治癒魔法を行使して、拙いながらも士道の傷を癒やした。

 

 偶然の産物である士道のパーティ。

 その全員が臨戦態勢だった。

 レーナとウルフェンが前衛。獣王の娘が持つ飛び抜けた五感と身体能力。かつての迷宮の王が持つ戦闘のセンスを武器としている。

 士道が中衛。剣術に魔法。固有スキルに魔道具。基本的に何でもこなせる遊撃要員。

 リリスとミレーユが後衛。一撃の威力が圧倒的な『魔光線』と、"支配者"の異名を持つ魔術師の多彩な戦術。

  

「……流石だな、ハズレ術師。これだけの戦力を自らのものにするとは」


 己の不利を悟ったのか青年は厳しい表情を浮かべ、珍しく言葉を発した。


「別に俺のものってわけじゃないがな」

「……そうか」

「それより、どうするんだ。今から降参するなら命までは取らないぞ」


 士道は必要となれば人殺しは躊躇しないが、わざわざ進んでやろうとは思わない。

 それが同郷の人間ともなれば、なおさらのことだった。

 しかし青年は硬い口調で、


「……悪いが、それは無理な相談だ」

「そうか……これで二度目だ。今度こそ容赦はしない」


 一瞬にして戦場に殺意が渦を巻き、ウルフェンとレーナが同時に動いた。士道がその二人に続き、剣を下段に構える。

 リリスは手をかざして『魔光線』の準備をして、ミレーユは目を細めて戦況を観察しようとする。

 再び戦闘が始まる。

 その。

 ど真ん中に。


「――摂氏三千度」


 すべてを灼き尽くす炎が舞い降りた。




 ◇



 士道よりレーナの方が一瞬反応が速かった。レーナは咄嗟にウルフェンを抱えながら、


「跳んでください!」


 その正否を判断する暇はなかった。士道は本能的に木の上まで跳躍。

 その直後。地獄の如き業火が渦を巻いて士道の足元まで迫った。

 『大森林』が一瞬で大火事になる。チリチリと、怒涛の如く押し寄せる熱気が士道の汗を呼んだ。

 下方を見やれば、ミレーユの"魔法障壁"が炎を寄せ付けていない。リリスも無事だ。

 そして渦巻く火炎の中央に佇む、ギラギラとした三白眼に頬がこけた痩身の少年が、頭上の士道に目を向ける。

 士道とレーナは彼を知っていた。


「葉山集……!」


 集は士道らを見て、面倒臭そうに鼻を鳴らす。


「……フン。大友さん、ここはもう大丈夫です。撤退しましょう」

「良いのか?」

「はい。多少のイレギュラーを許容してでも、すでに準備は完了していますよ」

「……分かった」


 大友と呼ばれた自衛官の青年と葉山集は、炎の奥へと消えていく。

 彼らが進む先を炎が避けているらしい。緻密に制御されていて、術者とその周辺には影響を及ぼさないのだろう。

 だが、このまま逃すわけにはいかない。


「――待て! どういうつもりだ!?」


 その言葉を受けて、集は士道に鋭い視線を向けた。

 一流の魔術師が放つ洗練された気迫だった。

 

「……神谷。この里から手を引け。そうすればもう、僕たちは追いはしない」


 士道が次の言葉を吐く暇もなく、彼ら二人は今度こそ消えていった。


「"海之化身"――ッ!!」

  

 ミレーユの渾身の水魔法が、周囲一帯に渦巻いていた炎のすべてを掻き消す。

 だが、すでに大友と集の姿はなく、また痕跡も感じ取れなかった。


「この里から手を引け、だと……」


 水浸しになった地面に着地した士道は、灰燼に帰した周囲の木々を眺める。葉山集は海上都市で出逢ったときより、遥かに力を増しているようだった。彼だって士道と同じように成長しているのだ。

 加えて最後に見た集のあの瞳には、かつてのような油断や傲慢さがまるで窺えない。

 大友だけでも士道を上回っているというのに、これでは手に余る。


「いったい、何が起ころうとしている……?」


 不穏な予感に駆られて、士道は呟いた。

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