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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第三章 飢えた獣の咆哮

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第8話 「新たなる魔王」

 魔大陸北部。

 復興が進んでいるサタン王国の中核を担っている都市サルタガーナでは、百年前に初代勇者率いるパーティに破壊の限りを尽くされた『三大魔王』の居場所が復活を果たしていた。


 魔王城。


 かつての魔王軍の権威の象徴。

 それが現代に蘇り、不気味な威圧感を纏って君臨している。

 魔大陸は晴れず、常にどんよりとした曇り空が広がっているが、そのなかでも今日は特に不気味な暗色をした雲が禍々しさを伴っていた。

 まるで、その存在の完成を告げているかのように。

 

 その城は巨大だった。

 それなりの規模であるはずの城下町が霞んで見えるほどの大きさ。

 天を貫くかのような高さ。

 無骨で凶悪な武器の数々を飾り付けられた、悪魔らしい威圧。数々の魔法的防備に加えてダンジョンの仕組みまで備え付けられた要塞だ。

 魔王城を名乗るに相応しい、圧倒的な威容を以って中央に鎮座している。


 そして。

 その城の最上階には『玉座の間』と呼ばれる大広間があった。

 扉から真っ直ぐに真紅の絨毯が敷かれていて、それは鉄で造られた無骨な椅子の下部にまで繋がっている。


「ようこそ。俺様の庭へ」


 その言葉を放ったのは、黒いマントを羽織った若い男だった。

 色を抜かれたような白髪に、鷹の目を思わせる鋭い眼光。極めて細身ではあるが背が高く、何より背から飛び出す両翼は尋常ではない大きさを誇っていた。

 

 "新魔王"ルシア・デビルジーク。


 世界からそう呼ばれる絶対的な強者を目の当たりにした霧崎翔は即座に跪き、悪魔の形式に則った口上を述べようとする。

 だが。


「気にするな。俺様は堅苦しいのが嫌いでな。そもそも人間であるお前が悪魔の形式に縛られる必要もあるまい」


 ルシアが面倒臭そうに手を振ったので、翔は副官らしき人物が嘆息しているのを眺めつつ、立ち上がった。

 『鑑定』でステータスを確かめたいところだが、流石に魔王の側に控えるような者が弾けないはずもないだろう。

 反逆の証だと考えられても困る。


「ふむ。ヨシノを連れてきているな。丁度良かった」

「試したいことというのは、この子に関係することなんでしょうか?」

「その通りだ。話が早くて助かる」


 ルシアは機嫌良さそうに首肯すると、


「何、簡単な話だ。お前の『呪印』とやらの固有スキルで、ヨシノを悪魔化させてくれればいい」

「そ、れは……どのような意味が?」

「そいつの固有スキルは有用だが、いかんせん人間だから、重用していると反発する者が多いんだ。不満を抑え込むにも限界がある。だったら悪魔にする方が手っ取り早いと思うだろう?」


 納得できる理屈だった。

 悪魔は人間を嫌う。差別する。それは人間にとっても同じであり、価値観を変えることは不可能だと百年を越える闘争の歴史が証明している。

 ならば悪魔に変えればいい。

 悪魔は人間を憎んでいるからこそ、仲間意識が強い。悪魔であるならば反発する理由はなくなるだろう。

 その為の手段として、翔の固有スキル『呪印』がある。

 これは触れている者を呪いで侵すことのできるスキルだ。

 その効力は四段階に分けられていて、単純に思考能力が低下する代わりに膂力が増す"暴走化"。

 黒い翼が生え、魔力量が増加する"下位悪魔化"。

 元の思考能力を取り戻し、翔が制御せずとも駆動する"中位悪魔化"。

 完全に翔の手から離れ、制御することも不可能になる"上位悪魔化"。


 翔は魔力量が足りず"上位悪魔化"を実行することはできないが、楓に対して"中位悪魔化"まで実行すれば、ルシアの思惑通りにはなるだろう。


 楓が、悪魔に変わる際の、魂が変遷する激痛を許容できるのならば。


「……申し訳ありませんが、それは僕の固有スキルには荷が重いかと」

「何だと?」


 ルシアの紅の眼光が、僅かに鋭さを増した。


「確かに悪魔化させることだけなら可能ですが、その場合、今の僕のレベルやスキルの熟練度では、"中位悪魔化"までが限界であり、これでは思考能力が大幅に低下してしまいます」

「……続けろ」

「吉野楓が持つ固有スキルは繊細な場所のイメージが基準となっているものであり、思考能力が低下した状態でまともに固有スキルを行使できることを、僕は保証できません」

「……ふむ。なるほどな」


 視線が交錯する。翔の背中に冷たい汗がいくつも流れた。それでも表情は変えず、ルシアを見据え続ける。


 当然、半分以上は嘘だった。

 そのことを押し隠す翔に対して、ルシアは低く笑い声を漏らすと、


「……まぁ、それなら仕方がない。この話は保留にしておこうか」


 見逃された、と翔は思った。

 おそらくは見透かされていた。翔が楓を庇ったことを。彼女の為に嘘をついたことを。

 これは"貸し"だ。

 薄笑いを浮かべるルシアは、言外にそう語っている。


「……はい。力になれず、申し訳ありません」


 魔王が宿す異次元の魔力。リーファが持つそれともまた異なる威圧は翔の体を戦慄という形で貫く。

 その重圧に身を竦ませる翔は首肯して、了承の証として頭を垂れた。


「さて」


 ルシアは何でもないことのように、


「なら別件に移ろう。キリサキよ、ここ最近の天使の動きが激しいことは聞いているか?」

「天使が……?」


 それは、初耳だった。





 ◇




 ギランは『大森林』のなかを慎重に歩みを進めていた。

 何年も狩場としていて手慣れている土地であるとはいえ、大自然の脅威を前に油断など許されない。

 何よりギランは戦士団の長だ。

 己の態度を以って、皆に意志を示さなければならないのだ。

 獣王ガレスを護る、と。

 これまでこんな辺境の里を支えてきたのは、間違いなくガレスとその一族である。

 ならば、その恩には報いなければならない。


 ギランは後方で熊獣人に担がれている荷車を見やる。

 あのガレスが急に昏睡状態に陥ったなんて、あまり信じられることではなかったが、そうなってしまった以上は何とかするしかない。

  

 この先の迷宮にある『転移魔法陣』。

 そこから繋がっているユーレンザラード大陸南部の『紛争地帯』。

 その近隣の小国には、"聖女"と呼ばれる神の奇跡を起こす治癒術師がいるらしい。

 彼女ならこの原因不明の病を治せるかもしれない。

 旅好きで、よくふらふらと姿を消す狐獣人のルナールが、実際に目にしたことがあると証言していた。


(……そういえば、感染症の疑いはないのかと疑問を呈したのもアイツだったか)


 普段は面倒臭がりで人前にはあまり顔を出さない女なのだが、何か心境の変化でもあったのだろうか。

 とはいえ、あの女にとってもガレスは恩人のはずだ。特におかしなことはないだろう。違和感があるとすればルナールが少し前から姿を消していることだが、これも旅好きな彼女にはよくあることのはずだ。


「……まぁいい」


 ギランは思考を切り替えた。今、そのことを考えても仕方がない。

 何より、前方から魔物の気配が近づいてきていたのだ。

 

「総員! 戦闘準備!」


 大地にずしりと響く振動。

 この感覚はトロルの群れだ。

 この森の食物連鎖の頂点に位置する存在に目をつけられたのは運が悪いとしか言いようがない。

 だが、逃げることを考える者など、この場には一人もいなかった。

 当たり前である。強敵から尻尾を巻いて逃げるような者が、里の護り手を務められるはずがないのだ。

 

「さぁ、叩き潰してやるぞ!」




 ◇




「シドーさん、こっちにも来ます!」

「ああ」


 神谷士道のパーティもまた、臨戦態勢に入っていた。醜悪でだらしない体つきをしたトロルだが、その巨体に宿るパワーは決して侮れない。


「……っ!?」


 トロルの群れが押し寄せてくる。

 周囲を警戒していた士道の意識が、完全にトロルに向けられる。

 その瞬間。

 本能的な感覚に従い、士道は後ろを振り向いた。

 眼前の魔物など紙屑に思えるかのような、肌が粟立つ猛烈な危機感に襲われる。恐ろしいほどの威圧。

 咄嗟にそれを感じた方角に視線を向ける。

 そして。

 生い茂る森林の奥から凄まじい速度で肉薄する一筋の光線を感知すると同時に今から行動しても避けきれないと判断。

 半ば本能的に『瞬間移動』を発動した士道は、その光線の発射元まで一息に転移した。


「――ほう」

「お前は――」


 突如として目の前に現れた士道に、僅かに目を見張ったのは実直そうな顔つきの青年だった。

 黒い短髪に肌は少し浅黒い。大柄で筋肉質な体格には洗練された覇気が宿っている。間違いなく転移者だった。

 『白い空間』において天使長イリアスに何度も質問をしていた。

 士道は彼を覚えている。

 当時は野戦服を身に纏い、銃を所持していた自衛官である。


 士道は転移した勢いのまま『天魔刀』を振り下ろすが、青年は後ろに飛び下がって、危なげなく躱し、大木の枝の上に着地する。

 対する士道は重力に従い、地面を足で踏みしめた。


「……どうして俺の命を狙った?」


 士道は鋭い視線で青年を捉え、冷たい殺気を宿す。

 

「……『瞬間移動』か。情報通り厄介な力だ」


 質問には答えるつもりがないらしい。

 もともと着ていた野戦服を真似ているのだろう、緑を基調とした迷彩柄の魔導服。

 加えて、両手には自動小銃が握られていた。

 おそらく先ほどの鋭い光線はこの小銃から放たれたものだろう。

 

(固有スキルか……それとも俺の知らない魔道具の類か……)


 どちらにせよ、自衛官だった青年に適した武装であるのは間違いない。

 もう一つ、気になることがある。

 この男は今、『瞬間移動』を情報通り厄介だと呟いた。つまり士道の情報を何らかの理由で青年に伝えた者がいる。

 それはおそらく青年が士道の命を狙った理由にも繋がるはずだ。

 

「おいおい同郷だろう? なぜ俺を殺そうとするんだ。理由ぐらいは語ってくれてもいいはずだが」

「……」

 

 だが、青年は寡黙だった。

 無表情のまま、士道の一挙一動を観察している。

 完全に"狩る"者の目だ。

 そのさまを見て士道は嘆息すると、


「……それなら、容赦はしないぞ」


 ギヂリッッッッ!! と、冷徹な殺気が張り詰める。ナイフのような眼光が激突して火花を散らした。

 あまりにも唐突に。

 転移者と転移者の激突が、始まる。

 

 

  

 

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