第6話 「平和と崩壊の序曲」
雲一つない晴天だった。里の周囲が森林に囲まれているせいか、やけに空気が新鮮に感じる。深呼吸するだけで、気持ちが晴れ晴れとするような陽気だった。
「そうだな。サッカーやろうぜ」
士道が何気なく放ったその一言が始まりだった。
「さっかー?」
「何それ?」
「おう。今からルールを教えてやる」
集まっていた獣人族の子供が、丁度二十人ほどいたので、ふと思いついたのである。
目をキラキラさせる子供達に対して、適当に冒険者としての経験談を話していたのだが、二時間ほど経過し、そろそろネタ切れが近づいていたのだ。
そして子供の群れが、スポーツを嫌がるはずもない。
「こいつがボールだ」
士道は腰の魔法袋から球体を取り出した。ゴムのような性質を持つ異世界の果実である。あまり美味くはないが、良い感じに跳ねるので何となく所持していたのだ。
士道は別にサッカー部だったというわけではないが、それなりには精通している。持ち前の運動神経に加えて、昼休みは常に友達を引き連れてグラウンドで走り回っていたからだ。
「……シドーちゃん。異世界の遊びなのですか?」
「まあそんなもんだ。東の方に良い感じの広場があったよな? あそこ使わせてもらおう。一応許可は取っとくか」
ミレーユの問いに答えつつ、士道は思考を回していく。基本的にスポーツなら何でも大好きな男だ。機会があるなら遊びたいのである。
「レーナとリリスはどうしたんだ?」
「あの二人は装飾品の店でアクセサリーを探してます。意外と気が合うみたいなのですよ」
「へぇ。それは何よりだ。女の子がいがみ合うのは見たくない」
「どの口がそれを言いますか。……罪作りな男なのです」
「……実際、大したことはしてないんだけどな……」
士道は苦笑しつつ、子供達を誘導する。大人達は知らない遊びに興味があるようで、暇そうな人は見物の構えだ。
「まあ習うより慣れろ、だ」
適当に四本の木をゴールに見立てると、子供達を半々にチームを分ける。そして、士道はゲームを開始した。
◇
一方、中央大陸。
ヴァリス帝国では、霧崎翔ら不死魔法一派が衛兵達から逃れ、合流した蒼井舞花らの活動拠点に移動していた。
その場所は、武芸都市アストラの近隣に存在する、まだ公式には見つかっていない名もなき迷宮の一角である。
そんな迷宮の一室。
魔物が寄り付かないように結界が組まれた部屋にて。
「ふぅん。残党の寄せ集めにしてはまともな方じゃないかい?」
眼前に立ち並ぶ悪魔族をざっと眺めると、霧崎翔は小声で呟いた。
蒼井舞花を通して合流した、帝国で活動していた魔王軍の残党勢力。彼らを端的に評したのだ。
中位悪魔が二人。下位悪魔が十五人。平均レベルは50ほどであり、ステータス的にはそれなりには使えるだろう。
翔がそう考えていると、隣に佇む舞花が呆れたように告げる。
「アンタね。そのセリフ、あいつら聞こえてたら大変なことになるよ。ただでさえ人族は歓迎されてないんだから」
「まぁどのくらいの声でどこまで伝わるのか、ぐらいは分かってるつもりだよ」
飄々と返答しながら、翔はいまだ朗々と演説を続ける銀髪の少女に目を向けた。不死魔王リーファ。魔王軍の党首である『三大魔王』の一角であり、実質的なトップだ。
「私達はこれから、本国で新しく魔王となった新魔王ルシアと共に動く。龍魔王は残念な結果となったが……、しかし、魔王が二人も君臨している以上、貴様らを"残党"呼ばわりする者は最早いない。私達は新たなる魔王軍であり、悪魔族の栄光を取り戻すための――」
堂々たる演説は続く。流石、数百年生きているだけの風格はあった。
普段の脳天気なところが嘘のようだ。
(士気に問題はないか。『魔王』のネームバリューは流石だね)
百年前に壊滅した魔王軍が、再び動き出す。二人の魔王を掲げて、かつての悪魔族の栄華を取り戻すために。
(これが建前。実際のリーファの目的は、この世界に魔神ゲルマを再臨させること)
"魔の神は世界を滅ぼす"
実に端的に結論を示した、そんな伝承がある。
そんな魔神をどうして再臨させようとしているのか、翔には分からない。
だが、リーファはその話題になると雰囲気を変える。草薙も何かを知っている風で口には出さなかった。
翔には話せないような大切な何かがあるのだろう。
異世界に転移してから、およそ三ヶ月といったところか。
リーファの完全な信頼を獲得するには、まだ時間がかかるようだ。
「……ん?」
気づけば、演説を終えたリーファが翔に近づいてきていた。
先ほどまで直立不動だった悪魔達も解散し、それぞれの任に就いている。
「キリサキがぼーっとするなんて、珍しいこともあるな」
「嫌だなぁ。僕だって人の子だからね」
何気なく言ったそのセリフに、悪魔達の視線がギロリと向いた。
翔は思わず肩をすくめる。
気に食わなそうに睨んでくる連中を横目に眺めていると、
「あれを見てくれ」
リーファは殺気には感づいているだろうに、完全な無視をして、この新アジトに設置されている石版を指差した。
本国と通信するための魔道具である。
随分と巨大だが、遠く離れたサタン王国まで魔力を届かせるには、これだけの大きさの魔道具が必要なのだ。
その石版には赤色の魔力で文字が描かれ、脈動している。
その文字列を眺めつつ、リーファは僅かに目を細めた。
「さっそく新魔王から通信がきた。どうやら試したいことがあるらしい」
「ふぅん。試したいこと……?」
◇
そんなわけでサッカーである。
大して複雑なルールもない。覚えるのが早い子供達はとっくに順応していた。
神谷士道はパスを上手く回しつつ、周囲に指示を出している。
レーナとリリスは草むらに座り込んでその様子を見ていた。
「シドーさん楽しそうですねー」
「子供みたい。しかも何か無駄に上手いし。故郷の遊びなんだっけ? 見たこともないけど」
「わたしもですよ」
リリスの麗しい銀髪を冷涼な風が吹き抜けていく。程良い気候だ。心地良さそうに目を細める。
「おーう嬢ちゃん! もう旅人さんと仲良くなったのかい?」
「はい! というか、もともと一人は知り合いだったんですよ」
「あーあれね。例のシドーくんだっけ。レーナちゃんが大好きな――」
「や、やめてくださいよ!!」
「なーるほどねぇ。ハッハッハ!」
レーナに声をかけた猿顔の男は、何かのついでなのか、軽く会話をすると豪快に笑いながら去っていく。
それ以外にも、レーナに声をかける者は多かった。流石は里長の娘。人望があるのだろう。
獣人は竹を割ったような性格の者が多い、という噂も本当なのかもしれない。
「……良いところだね、ここは」
リリスは心の底から呟いた。
何処を眺めても、陰湿な気配は見当たらなかった。かつてはリリスが当たり前のように感じていた気配が、この場所には感じ取れないのだ。
リリスが住んでいた迷宮都市では、ハーフエルフは迫害されていて、顔を隠さなければ生きていけなかったというのに。
「わたしの、生まれた場所ですから」
レーナはそう言って笑った。その目元は、眼前で遊ぶ子供たちを慈しむように緩んでいる。
何よりも大切なのだ、と。
悪意のない笑みが浮かぶ。リリスはそれを見て、僅かに胸が疼いた。
「……そっか」
そう呟くのが精一杯だった。
リリスは少し無理に明るい笑みを浮かべて、話題を変えた。
「そ、そういえばさ。お父さん……大丈夫なの?」
実際に昨日、急に咳き込み始めたガレスの様子は心配だったのだ。
しかし今度は、レーナの声色が硬くなる。
一瞬だけ、迷うような素振りを見せると、
「……実は、容態が急変したんです。今朝から、体に激痛が走ってるのか、呻くだけなんです。治癒術師の方でも、病気の原因が分からないって」
「ええっ!? 風邪じゃなかったんだ」
「わたしたちもそう思ってたんですけど……。だから、交易に使ってる迷宮の転移魔法陣を使って、人族の治癒術師に見せようって話になってて……」
「そんな大変な話になってたんだ。うーん、ミレーユ先生も治癒は苦手だし……力になれないか、ごめん」
「謝ることじゃないですよ」
「それで、出発はいつなの?」
「明日だと思います。わたしや戦士団の人達は護衛でついていくと思います」
「迷宮も通るし、その先にあるのは世界最悪の戦乱だらけの土地って言われてる、『紛争地帯』だもんね……。護衛がいなくちゃ、そりゃ危険か」
「はい。でも、だからこそ期待が持てる面もあるんです」
リリスは不思議そうに小首を傾げた。レーナは気丈な様子で、
「『紛争地帯』には今、"聖女"の異名を取る神の如き治癒術師がいるらしいんです。その人を頼ろうかと」
聞けば、獣人族は基本的に魔法が苦手ではあるが、たまには例外もいるらしい。この里に一人だけいる治癒術師は人族と比べても遜色ないレベルの治癒が行えるそうだ。
その人物を越えるほどの術者となると、思い当たるのは"聖女"あたりしかいないのだという。
しかし、リリスには疑問点があった。
「信憑性あるの? あたし、それ聴いたことないんだけど……」
「三ヶ月前ぐらいに急に現れたって話です。まあ実際に治療を受けた者が、うちの里にはいますから」
なるほど、とリリスは頷いた。
「そっか。それじゃ、あたし達もついていくよ。もちろん、そこで遊んでるシドーに聞くことになるけど」
レーナは目を丸くした。リリスは悪戯っぽく笑う。
「護衛なら、多い方がいいでしょ?」
事態は動く。
何処かの誰かの想定通りに。




