第2話 「森の奥の里」
獣人族の里は、のどかな場所だった。
木や藁で造られた簡素な家がちらほらと立ち並び、その隙間を縫うように畑や田が広がっている。
閑散としてはいるが、ライン王国の小さな都市ぐらいには広かった。
一つの種族の集落としては結構な規模だろう。
里の中央付近の大通りには雑貨や料理の店が立ち並び、それなりに賑わいを見せていた。
(この辺りの構造は獣人族も変わらないんだな……)
士道はそう思って微苦笑を浮かべる。
かつては日本の東京に住み無機質な街並みに飽きていた身としては、この和やかな雰囲気を持つ光景は嫌いではない。
(それにしても――)
当然のことながら、往来を行き交っているのはすべて獣人である。
猫、犬、虎、鳥、牛――さまざまな動物の身体的特徴を持つ人型の生物が、物珍しそうに士道達一行を眺めながら歩いている。
「ところで戦士団ってのは数が多いのか? さっきから往来にも、それなりに強そうな奴を見かけるが」
「まあな。アンタらも通ったなら分かるだろうが、そもそも『大森林』の魔物は根本的に強い。ここで暮らしてる以上、必然的に強い奴がたくさんできあがるのさ」
『大森林』の中央付近に円形に切り拓かれたこの里は、周囲を頑丈な柵で囲い、戦士団の精鋭が常に目を光らせている。定期的に周辺の魔物を狩っているので、練度が上がるのは当然である。
とはいえ、この辺りはもう獣人族の縄張りだと魔物達にも認識されているようなので、安易に近づいてくる魔物は少ないようだが。
ギランはその辺りの事情を軽い調子で説明すると、
「ま、そんなわけでここが俺たちの里だ。何もない場所だが、まあゆっくりしていってくれ」
「思ったより歓迎してくれるんだな」
士道が驚いたように言う。ギランはその言葉に首を傾げたが、その直後に納得したように、
「……ああ。人間の国じゃ、俺らは閉鎖的な部族だから尋ねても追い返される――みたいな噂があるんだっけか? それはな、単純に尋ねてきた奴が『大森林』の魔物にやられちまうんだよ。だから帰ってこない。それで、その噂に尾ひれがついたってことらしい」
「なるほどな。……それなら、その情報そのものは何処で?」
「実は近くの迷宮の奥地に転移魔法陣があってな。人間族の国の近くに繋がってるのさ。少し前に見つかったんだが、その先の国と交易を始めたんだよ。そのときに小耳に挟んでな」
「へぇ。具体的にはどこの国だ?」
「言っても分からないかもな。セイラ王国。ユーレンザラード大陸南部の『紛争地帯』の有力国の一角さ」
「名前だけは知ってる。確かその辺りは、ユーレンザラード大陸は北部をライン王国、中部をミラ王国が占領し、南部が小国入り乱れる『紛争地帯』……なんだっけ?」
「らしいな。つーか、その辺りはこの里に引き篭もってる俺より冒険者のお前の方が詳しいんじゃないのか?」
「まあ、いろいろあって世界情勢には疎くてな……」
話をしている間にも、足は進む。
南門から入った士道達は、里の中央の大通りを歩いていた。元気一杯な子供たちが遊んでいるのをたまに見かけて、微笑ましく思う。
ちなみにウルフェンは森のなかで放し飼いにしてある。仮にも迷宮の王だ。勝手に獲物を狩り、生活する程度は造作もないだろう。
士道の後ろではミレーユが恨みがましい瞳で睨んできているが、気づかないふりをしてギランと話を続ける。
「ぬむむ……」
言わずもがな、あの状況でリリスとレーナを押し付けられたせいである。先生なら何とかしてくれ、と士道は切実に願っていた。
だがミレーユが止めても一切の効果がなく、当人達は「ゴゴゴ……!」という謎のオーラを身に纏って睨み合っている。
「てか、結局あんたはシドーの何なの。恋人ってのは嘘なんでしょ?」
「えー、本当に嘘だと思います?」
「どう考えても悪ふざけしただけでしょ。……あの男、普段は冷静さを取り繕ってるくせに、たまに子供みたいなところ見せるんだから」
「でも、そこが良いところなんじゃないですかー」
「そうなんだけど……って違う! あたしはそんなことが言いたいんじゃない!」
リリスが顔を紅くして叫ぶ。
レーナはそもそも話を聴いていないのか、ニコニコと笑っている。
ミレーユも、はらはらした様子で口論を見守っていた。
(あれは……仲良いのか?)
彼女らの関係を測りかねて、小首を傾げる士道だった。
◇
リリスは往来を歩く獣人達に好奇の目を向けられながら、士道たちの後ろを歩いていた。
ハーフエルフが珍しいのだろう。ライン王国のときのように差別的な視線を向けられないだけ、リリスは気分が良かった。
リリスの隣では、レーナが士道と会ったときのことを話している。
意外にも、彼女が士道と実際に一緒にいたのは一ヶ月程度らしい。
もっと年季が入っている関係なのかと思っていたが、自分とあまり変わらないようである。
リリスが安堵の息を吐くと、レーナがニヤニヤと笑いながら、
「……フフフ、次はあなたの番ですよ! リリスちゃん、さあ、話してください。この一ヶ月、どんな風にシドーさんが過ごしていたのか」
「え、ええ―……。なんかいろいろありすぎて何から話したらいいやら……。ねえ、ミレーユ?」
「そうなのですよ。っていうかあの事件、結局どんな形で決着がついたのか私いまだによく分かっていないのですよ」
「シドーも話そうとしないもんね。あたしが助かったって結果があるんだ。それだけで十分だーーみたいなこと言ってカッコつけてるのよ」
リリスが呆れたように嘆息する。
それでも、黒の魔導服をはためかせる彼の背中は大きく見えた。
「ぐぐぐ……。何という自然な惚気ですか……!? これは強敵ですね」
「は、はぁ!? 別に、これは、の、惚気とかそういうんじゃなくて……だから違うのよ!」
頬が熱を持ったのを感じた。思わず大声で反論してしまう。
対するレーナは楽しそうに目尻を緩めると、
「……まあ、どうせ無茶をしたんだろうなってのは分かりますよ。リリスちゃんの様子と、あの人の後ろ姿を見れば」
慈しむように、目を細める。
彼女の瞳は士道の後ろ姿を真っ直ぐ見つめていた。
(……綺麗な、人だなぁ)
エルフ族は整った顔立ちの者が多い。
かつてはエルフ族の里で暮らしていて、美貌には慣れていたリリスですら思わず、感嘆の息をついていた。
シミ一つない白い肌に、大きな瞳。溌溂としている明るい顔立ち。可愛らしい猫耳が茶髪の上に乗せたかのように、ぴょこんと生えている。
そんなレーナは口元を緩めて、
「わたしはシドーさんに救われました。今度はあの人の力になりたい。だから、故郷であるこの里に戻って、強くなるための修行をしていたんです」
「……そう、なんだ」
「まあ足手まといになったら、嫌ですからねー」
言葉では言い表せない複雑な感情だが、とりあえずリリスは何となく不満を覚えていた。
前方でギランと談笑している士道を見て、唇を尖らせる。
「むー……」
士道は別にリリスだから助けたわけではない。そんなことは分かっている。彼はもともとそういう人間だ。
世界に蔓延る理不尽を見過ごさず、避けられぬ悲劇を食い止めようとする、純粋で、真っ直ぐな人間なのだ。
己の中に譲れない信念を持ち、それに基づいて力を振るっている。
いつも、周囲の誰かを助ける為に。
しかし目の前で、自分が"特別"だったわけではないと証明されてしまったリリスは、少しご機嫌斜めではあった。
「あ、あのーリリスちゃん。大丈夫なのですかー?」
わたわたとしたミレーユの声が響く。リリスは肩を落とすと、
「はぁぁ……まぁいいや。ていうか、おなかすいたなぁ……」
「あはは。今日はご馳走を用意しておきますね!」
「……レーナ。あんた、もしかして料理まで作れるの?」
リリスが後退りして、冷や汗を垂らしながら尋ねる。対するレーナはふふん、と得意げに微笑みながら、
「当然ですよ。女の子の嗜みってやつですよねーやっぱり」
「むぅぅ……あ、あたしだって、できなくも、ないもん」
「へー。例えば何が作れるんです?」
「…………………魔物の丸焼き」
「料理って言うんですか? それ」
◇
「騒がしいな」
士道は後方を歩くレーナとリリスを一瞥すると、意外そうに呟いた。
いつの間にか隣を歩いているミレーユはジト目で士道を睨みながら、
「あの状態に持ってくまでどれだけ苦労したか、シドーちゃんは分かってるのですか……!?」
「……そうだな。いつもありがとな、ミレーユ」
「急に優しげな雰囲気出しても駄目なのです! 私はあの二人みたいに簡単には騙されないのですよー!」
「チッ、バレたか」
「少しは取り繕ってくださいなのですよー!」
きーきーと騒ぐミレーユに苦笑しながら歩いていると、獣人族の里の中央にある一際大きい屋敷の前に辿り着いた。
士道は先導しているギランに尋ねる。
ちなみに他の戦士団員は、数人の監視を残して通常業務とやらに戻っているらしい。
「ここは?」
その屋敷は飾らない無骨さと厳粛さを兼ね備えた実用的な建造物だった。庶民の家にしては大きいが、統治者の家にしては狭い。そんな印象を受ける。
(と言っても、デカい建物ってこの屋敷ぐらいしかないんだよな……)
士道は周囲をちらりと見渡す。ギランは軽く笑いながら、
「獣王様の屋敷だよ。まあ簡単に言えばこの里の長。しばらく滞在するつもりなら、とりあえず挨拶しておけ」
「獣王様……ね」
「呼び方が気になるのか? なんでも百年前の『魔王戦役』で先代様が獣人族の精鋭を率いて大暴れしたらしくてな。どうも女神の加護まで得ていたらしい。その結果、畏敬と共に『獣王』と呼ばれ始めたんだと」
「へぇ、先代様ね。つまり、この屋敷に住んでいるのは二代目ってことか?」
「そういうことだ。女神の加護は血筋に引き継がれるから、獣王様はその恩恵によって『神獣化』って固有スキルを使える。それがこの里の長の証なのさ」
士道とギランが雑談をしていると、獣王に確認を取っていたらしい使用人が門を開き、手招きした。
ギラン、士道、ミレーユ、レーナ、リリスの順で屋敷に入る。
「てか、何でレーナまで来てるんだ?」
「いやシドーさん。何でと言われても……ここわたしの家ですし」
「……へぇ。それは……つまり」
「何だシドー。お前、もしかして知らなかったのか? レーナは二代目獣王ガレス・ランズウィックの娘だぞ」
「……そうなのか」
「あれー。もしかして言ってませんでしたっけ? 故郷がヤバいから少しでも稼ごうと出稼ぎに出てるみたいな話はしたような気がしますけど」
あれれー? と首を傾げるレーナ。確かにそんな話はしていたが、重要な部分が欠けていると思う。
そんな返答を後回しにして、士道はさっさと中に入っていく。
広い。とはいえ、やはり里を統べる長の家にしては、随分と飾り気のない無骨な造形だ。そういう気質なのだろうか。
その分だけ機能的だと思われる構造の屋敷を使用人に案内され、客間と思われる広い部屋に辿り着いた。
「失礼します」
ギランが率直に告げて、なかに足を踏み入れる。大男の足がギシリと床を軋ませた。
テーブルを挟む形で二つのソファがあるだけの簡素な部屋だ。士道は部屋の構造を確認しながら足を踏み入れる。
「よぉ。ギランか」
野太い声が響く。
士道の視線の先には、虎の耳を持つ中年の男がソファに体を沈めていた。虎の獣人でギランほど大きくはないが、鍛え上げられた肉体。荒々しい双眸には好戦的な光が宿っている。口元には豪気な笑み。
レーナが猫獣人なのに虎獣人ということは、母親が猫の獣人なのだろうか。そんなことを考えていた士道と、視線が交錯する。
ゾクリ、と。
獣人族の王を名乗るに相応しい覇気を備えていた。
二代目『獣王』。
ガレス・ランズウィック。
「――で、何の用だ?」




