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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第三章 飢えた獣の咆哮
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第1話 「獣人族との遭遇」

 『大森林』に棲む魔物は強い。

 巷で囁かれている話だが、士道はそれが真実であることを身を以って理解させられた。


(回り込まれる……!?)


 この森に棲む魔物の群れは連携が非常に巧みだった。基本的に知能が低いはずの魔物が、各々の役割を理解して冷静に動く。

 まるで狩人のようだった。


「"風槍"」


 だが、士道の口元には薄い笑みが浮かんでいる。

 ミレーユから習った魔法の数々を実戦で試すには丁度いい相手である。

 士道はまだ少しばかり荒さが残っている術式を、速度を意識して次々と練り上げていく。

 幾重にも展開されるのは幾何学的な紋様が描かれた円形の魔法陣。魔力を流されて淡く輝いたそれは、術式に導かれて大気が唸るような暴風を次々と生み出した。

 本能的に危機を感じ取ったのか、距離を取ろうとしたホーンウルフの群れをまとめて突風が吹き飛ばす。

 だが、士道は僅かに眉をひそめる。今の"風槍"は、中央の司令塔たる一体を殺すつもりで放ったのだ。だというのに、ホーンウルフの連携を崩す程度の結果しか得られていない。

 術式構成に隙があり、風が収束しきらなかったようだ。まだ未熟な技術。だからこそ士道は速やかに改善点を探し出しながら、


「――"竜巻"!!」


 魔力を込めて再度風を操り、既に発動した術式に新たな追加要素を書き加えてもう一度稼働させる。新しい付与効果は回転。ホーンウルフ達を飛ばした風が、今度は渦を巻いて竜巻を作り上げる。

 魔物達がなす術もなく宙を舞った。咄嗟の機転にしては悪くない。士道は客観的に己を評価しながら、


「リリス、気をつけろ」

  

 味方に向けて警告。練習を兼ねて魔法を主体としていた士道は、本領を発揮する為に黒い鞘から剣を引き抜いた。

 『天魔刀』。

 『伸縮自在』にして『重量自在』魔導刻印を持つ、伝説級の魔剣。


 その剣を、力任せに真横に振り抜く。


 スパッッッッッ!! と。

 それだけで木々が薙ぎ倒され、数十の魔物の首が飛んだ。

 一閃する直前で剣を伸ばし、重量を軽くしたのである。士道の鍛えられた体幹は、その変化にも窮することなく対応した。

 今の一撃を運良く躱したのが数体。士道は剣を鞘に仕舞うと、体術の構えを取る。

 鋭い呼気と共に魔物に肉薄すると、思い切り回し蹴りを炸裂させた。

 古賀玄海に習った剣術と体術。普段から訓練は怠っていないが、実戦での確認も含めながら士道は戦闘を進めていく。

 とはいえ。

 一段落ついたかと周囲を見回せば、先程よりも更に数が増えていた。

 士道はうんざりしたように、

「……キリがないな。ミレーユ、一気に包囲網を抜けるぞ」

「了解なのです!」

「リリス、後ろ来るぞ」

「分かってる!」

 

 士道の右手側で戦闘していたリリスが軽やかに反転し、接近していたオークに向けてその小さな手をかざす。

 キュガッッッ!! という轟音が炸裂し、強烈な光の閃光がすべての物質を灰に還した。オーク程度の魔物には過剰なまでの威力だが、このスキルは細やかな調整が不可能なのだ。この力をリリスが操りきれていないことも大きな要因か。


(……まぁ、まだ新しい力を手に入れて二週間だ)


 悪魔と龍族の混血である"龍魔王"ウォルフ・バーゼルトがハーフエルフのリリスに残した種族能力――スキル『魔光線』。もとは第三級程度の冒険者でしかなかったリリスには、巨大すぎる能力かもしれない。

 とはいえ、それを望んだのはリリスだ。自らの呪われた運命から脱するために、ウォルフの力をリリスが引き継いだ。

 いくらリリスがウォルフの『因子』を抱えていたとはいえ、これは奇跡の産物である。

 その結果として、今のリリスは人間、エルフ族、悪魔、龍族といった四種族の力を引き継いだハイブリッドとなっている。

 立ち回りが手馴れていないリリスは四苦八苦していたが、苦し紛れの『魔光線』が大気を切り裂いて魔物の包囲網に穴を開けた。


「丁度いい。あそこから抜けよう」

「はいなのです!」


 士道は機を逃さなかった。霞むような速度で疾走し、当然のように横に並んだウルフェンに飛び乗った。

 ミレーユがそれに追従し、リリスも慌てたように追い駆けてくる。


「一人だけウルフェンに乗ってる! ずるい!」

「こいつは俺が隷属させた魔物だからな」


 ピレーヌ山脈での戦闘により、レベルも格段に上がっている。そのことを実感した士道は正面から押し寄せる魔物の群れを刀で斬り裂きながらも、速度を緩めない。

 もう少しで魔物達が知覚できる範囲を抜けられる。

 そんなとき。


「……何だ?」


 士道の視線が頭上を向く。奇妙な違和感を覚えたのだ。どこか粘ついた視線のような気配。だが、士道は魔物の一種が上から見張っていたのだろうと考え、それ以上気にすることはなかった。



 ◇


 

「準備、急げ!」


 『大森林』にある獣人族の里。その戦士団の若き長であるギラン・ヴァレオスは、一際張りのある声を上げた。

 ギランはそれなりにレベルが高い虎人の大男だ。頼りがいのある性格で人望に厚く、里を護る戦士としての誇りを持っている。


「人間の侵入者なんて久々だな。それもたった三人とは」

「そうですね」

 

 少し驚いたようにギランが呟く。独り言のつもりだったのだが、後方から応答する声が聴こえた。

 振り向くと、そこに佇んでいたのは明るい茶髪をショートカットに切り揃え、大きな瞳と可憐な美貌を備えた十五歳程度の猫獣人の少女だ。

 レーナ・ランズウィック。

 獣王の娘にして、少しばかり貧困に喘いでいたこの里に、微力ながらも食糧を調達するために海上都市アクターリアに出稼ぎに出ていた第三級冒険者。

 その貧困も交易手段の構築によって解決したので、本人の希望から里に戻ってきたのである。

 レーナの戦闘能力は元々それなりに高かったが、才能に頼っていた彼女が獣王との修行に専念するようになってからは、実力の伸びが凄まじい。今では戦士団の誰一人として敵わないだろう。

 獣王の娘としての才能。そう考えて嫉妬する者も多いが、里に戻ってきてからのレーナの鬼気迫る努力をギランは知っている。


「おう、お前さんが来てくれるなら心強い。なにせ向こうは未知数だからな」

「そんな大層なものじゃないですよ。まあ行きましょう。位置は補足しているんですよね?」

「ああ。何人か斥候が姿をとらえた。二人が人間で一人がエルフだな。ハーフエルフかもしれないって話もあった」

「……エルフ、ですか?」

「珍しいよな。それもこんなとこに何の用だよ、まったく」

「仮にハーフエルフだとしたら、迫害がひどいライン王国から逃げてきたって可能性もありますね」

「……あぁ。そういやライン王国には、そんなクソッタレの風潮があったな」


 面倒臭そうに呟きながら、ギランは八人ほどの戦士を引き連れ、森の中へと入っていく。レーナもその後に続いた。



 ◇



 

「……前方から何か来るのですよ」


 僅かに目を細めながら、ミレーユ・マーシャルは呟いた。

 士道の視界には何も映っていない。

 おそらくは索敵術式を仕掛けていたのだろう。流石は超級冒険者。所々に経験の違いが垣間見える。

 正面から戦っても、士道に勝つ自信はなかった。


「また魔物か。いい加減鬱陶しいな」

「いえ、これは人の動きなのです。おそらくは獣人族じゃないかと」

「へぇ」

「まあ魔物から逃げるために結構走ったしねー。そろそろ獣人の住処に辿り着いてもおかしくないんじゃない?」


 木々を蹴り飛ばして森林を駆け抜けながら、士道達は軽い調子で声をかけ合う。  


(……いるな)


 前方にある大木の周辺に数人の人影があった。その先頭に立つ虎人の大男が大きな声を飛ばしてくる。


「止まれぇ!! 貴様ら、いったい何者だ!?」

 

 士道は彼らを『鑑定』しつつ、素直に立ち止まる。ウルフェンが唸り声を上げたが静止して、敵意はないと示すように両手を上げた。

 リリスとミレーユは士道の後方に控えている。

 士道は木の上で弓を構え、警戒している獣人族に明るく声を飛ばす。


「ただの冒険者だ。いろいろあって漂流してしまってな。もし可能だったら食料を分けてくれないか? 俺たちの望みはそれだけなんだ」


 言葉はほとんどが真実だった。嘘をつく理由も特にない。


「ふむ……。名前は?」

「シドー・カミヤ。こっちはミレーユ・マーシャルとリリス・カートレット。仲間みたいなもんだ」

「ミレーユ・マーシャル……!? いやいやいや嘘つけ。そんなチビッコが"支配者"の異名を持つ超級冒険者とか何の冗談だ」

「チビッコじゃないのです! 私はちゃんとした大人なのです!」

 

 もはや恒例のような子供扱いに対して涙声でミレーユがきーきーと吠えていると、槍を持った犬人の少年がリーダーと思われる虎人の男に話しかけた。


「ギランさん。確かミレーユの異名"支配者"の由来は、ロリに支配されたいと考えているミレーユのファンクラブの願望だと聴いたことがあります。だから小さくて問題ないのでは?」

「え、マジでか。お前の無駄に格好良い異名はそんなところから来てたの?」

「違うに決まってるのですよー!? 何ですかその盛大なデマは!?」


 思わず素で尋ねてしまった士道に対して、ミレーユは一通り騒ぎ立てた後、膝を抱えて落ち込んでしまった。

 あーいけないんだー、とジト目で語るリリスの視線を士道が全力でスルーしていると、


「シドーさん!」

「なっ!?」

  

 士道の頭上から唐突に少女が舞い降りる。避けるわけにもいかずに衝撃を逃しつつ抱き止めると、そこには折れてしまいそうなほど華奢な体があった。

 強く、ぎゅっと抱きつかれる。

 驚きながら顔に目を向けると、数十センチの距離に幸せそうな笑みを浮かべた可憐な美貌があった。

 明るい茶髪には猫耳がふわりと生えている。士道は目を瞠りながら、


「えへへ」

「お前……レーナか?」

「はい! お久しぶりです、シドーさん。えへへへへ」


 蕩けるように笑って、更に顔を近づけるレーナ。その表情はとても幸せそうだった。


(こいつ…………こんなに積極的な性格だったっけ?)


 流石の士道と言えど、怒涛の展開に惑わされて思考が止まる。

 そんな彼に頬を染めたレーナの顔が迫る。そのとき、士道の魔導服がぐいっと引っ張られた。

 ハッとした士道は思わずレーナから逃げるように振り向くと、不機嫌そうな表情をしたリリスが氷のような視線でレーナを眺めている。


「あなた誰よ? 何なの、急に現れて」

「ああ、こいつはレーナって名前で、何回か一緒に依頼をこなしたことが……」

「シドーには聞いてないから」

「……」

「てかいつまでくっついてるの? いい加減離しなさいよ」

「……おう」


 士道はリリスの謎の迫力に冷や汗を垂らしつつ、名残惜しそうな顔をするレーナをそっと地面に降ろす。


「で、いったい何なのよ?」


 レーナはそこでようやくリリスに視線を向け、何かに勘づいたかのように得意げな笑みを浮かべた。 

 そうして、リリスに見せつけるように士道の腕を抱き寄せる。


「ふふ。わたしは、シドーさんの恋人ですよ!」

「……え?」


 リリスの顔色がさぁっと青ざめる。

 それを見て、レーナは意地悪そうに笑った。


 リリスは不安げな表情のまま士道に詰め寄ると、服の端をつまむ。

 至近距離で背の高い士道を見上げた。

 ハーフエルフの端正な双眸が迫る。

 ふわり、と甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「ほ、ホントなの……?」


 その立ち姿を見た士道は何かを思いついたかのような薄い笑みを浮かべると、

 

「ああ。そうだよ」

「……え」

「ええ!? 本当ですか!?」

「冗談だ」

「わたしが言った手前アレですが、冗談になってませんよ。ほら、この子固まっちゃってるじゃないですか」

「ははは。あ、俺はあいつらと交渉してくるから。ミレーユ、後は頼んだぞ」

「シドーちゃんこの状況を全部押し付ける気なのですか!?」

「薄々気づいてましたがシドーさんって割と最低ですよね」

  

 驚愕の叫び声を上げるミレーユを横目に、士道は置いてけぼりになって呆然としている獣人族の戦士団のもとへ向かう。

 そこで、がしっと強い力で肩を掴まれた。士道にしては珍しく少し怯えながら振り向くと、氷点下の冷気を纏ったリリスに睥睨されている。

 

「なんで、嘘ついたの……?」

「リ、リリス……?」

「ふん!」


 そう言って『あたし怒ってます!』みたいな感じで歩き去っていくリリス。流石にちょっと遊びすぎたかもしれない。

 というか薄々気づいてはいたが、リリスは、もしかしてアレか。好きなのだろうか。予想を外したら恥ずかしいので口には出していないが。

 そんなことを考えながら、ミレーユとレーナのジト目攻撃を耐える。


「なぁ、いい加減話進めないか?」


 ギランの言葉で我に返る士道だった。

 





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