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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第三章 飢えた獣の咆哮

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Prologue 「胎動する世界」


 



 

 

 

 

「……凄いな」


 背が高く、細身だが筋肉質な肉体。端正な顔立ちに鋭い瞳を持ち、右腰に刀を携えた、黒い魔導服の少年は感嘆したように呟いた。

 神谷士道。

 ハズレ術師とも呼ばれる彼の眼前に広がっているのは、どこまでも続くかのように思える雄大な自然だった。悠久の時を過ごす古い巨木が、群れを為して士道達の行く手に君臨している。

 単に『大森林』というシンプルな呼称の森だが、もはや神聖な雰囲気すら併せ持った圧倒的な威容には相応しくなかった。

 しばらく言葉を失っていると、やがて場違いなほどに透き通った高音が響き渡る。

 

「……ノーランド大陸東側の入り口。これが『大森林』なのですか」


 ミレーユ・マーシャルのものだ。

 淡い水色の髪に可愛らしい童顔。小柄で華奢な体は、まるで少女のように見える。だが実際のところは、二十代の女性だった。

 世界にたった三人の超級冒険者の一角。"支配者"の異名を持つ魔術師の最高峰であり、若くして魔法を極めた生粋の天才である。

 

「本当にこの奥に獣人族の里があるんだろうな」


 士道が訝しげに呟くと、


「そうじゃない? あたしも聞いたことあるし」


 軽い調子で頷きを返したのは、美しい銀色の髪をサイドテールに束ねた、秀麗な美貌を持つハーフエルフだった。白いワンピースからスラリと伸びた手足は綺麗という言葉が相応しく、滑らかな曲線を描く胸部は、これからの成長に期待が持てそうである。


「私も来たのは初めてなのですよ。だから確証は持てません」

「別にいいさ。どのみちどこかで食糧を補給しなければならない。獣人族の里があれば、予定通り金を払って購入。なかったら残念だが、その辺りで食えるものを探すしかないな」

「まあ、こんなに大きい森林ならある程度の食糧ぐらいは何とかなるでしょ」


 士道、リリス、ミレーユの三人が和気藹々と言葉を交わす。士道に隷属している白狼王のウルフェンは、同意を示すように嘶いた。

 士道は玄海と共に"災厄の島"で過ごした経験がある。彼に師事して培った技術を使えば、食糧は何とかなるだろう。


「よし、ひとまず探索してみるか」

「気をつけるのですよ。この大陸の魔物は強いって聴きますし」


 士道は首肯して、これまで乗っていた魔導船から跳躍。

 ノーランド大陸の大地を踏み締める。

 他の面子が飛び降りるのを横目に、森林に足を踏み入れた。





 ◆◆◆





 その一方。

 ひっそりと中央大陸のヴァリス帝国に入国する影があった。


 一人は、黒い髪に眼鏡をかけている爽やかな顔立ちの少年。中肉中背の体格に灰色のローブを纏っていて、身軽そうな雰囲気を携えている。

 霧崎翔。

 現代まで脈々と受け継がれてきた忍の血縁で、幼い頃から淡々と人殺しの技術を磨いてきた。

 女神による異世界転移に巻き込まれてからは、己の願いを叶える為に魔王軍に協力している。


 もう一人は、暗めの銀髪を長く伸ばしている少女。目鼻立ちは整っていて、つぶらな瞳には理性の光が宿っている。  

 "不死魔王"リーファ・ラルート。

 その異名の通り『不死』の固有スキルを持ち、十二歳程度の体型で成長が止まっているが、実際には二百歳を越える老練の魔王だった。

 

 二人は、厳重に警護されている城塞都市の門を苦労して潜り抜けてきたところである。

 流石は『四強』と呼ばれる人間の大国の中でも、一際強い力を持つと云われている軍事国家――ヴァリス帝国。

 ――とはいえ。


「うーん、流石は荒くれ者の国だ。治安が悪いなぁ」

「そうでもなければ、警戒されている魔王が簡単に国に入れはしない」

「うん。でもまぁ、流石にピリピリしてる空気はあるよね。ユーレンザラード大陸で暴れた魔王が中央大陸に逃れたっていうライン王国の発表。もう帝国まで届いてるのかな」


 翔は適当に言いながら、安い金で借りた宿の窓から街を見下ろす。

 他の国々とは比較にならないほど武装している人間が多かった。

 ヴァリス帝国は弱肉強食の国だ。

 国民の大半が武芸者で、近隣の紛争の影響で傭兵が増え、元来の魔物の強さから冒険者の数も多い。この国の最も特異な点は、『皇帝』の座が一年に一度の闘技大会の優勝者が就く決まりになっていることだ。

 当然、文官や元来の法律がサポートするのだが、それでも、この風習が錆びれずに国が存続していることは奇跡と呼ぶべきものだろう。

 文武両道を自認する今代の『皇帝』は強く、ここ十年ほどは変わっていないらしい。


「私のことより、新魔王ルシアの宣戦布告の影響の方が大きいだろう」


 リーファは冷たい瞳のまま、端的に事実を告げる。

 魔大陸の悪魔族を纏め上げて新しく魔王となったルシアは、かつて滅ぼされた悪魔の王国を再び創設して真っ向から人間に喧嘩を売った。

 それが少し前のことだ。

 ほぼ同時に、不死魔王の復活を許したことをライン王国が発表。

 悪魔に関する二つの悪い報せが重なり、国家レベルの緊張は一気に高まった。

 ――『光の柱』による五人の勇者の召喚。

 その意味をようやく理解したのか、事態を重く見た人間達の強国は悪魔との戦争の準備に入り、民衆は緊張を感じ取って怯えている。


「ルシア……? ああ。確か、霊魔王マルフィスの後釜だっけ? 何でもいいけど、仕事は早くして欲しいね」


 翔は軽い調子で肩をすくめる。

 この宿にやって来た理由は、この街にも悪魔にしか通じないサインが幾らか確認でき、それが示していたからである。

 ライン王国と同様に、ヴァリス帝国にも悪魔族の残党はいくらか潜んでいるのだ。

 悪魔族にのみ通じる魔力信号を打ち上げて、すでに三時間。

 そろそろ接触があっても良い頃合いだと翔は考えていた。


「おっと、噂をすれば影かな」


 ドアノブを二回ひねり、五回のノック。

 それでも警戒は緩めない翔に対して、暗号を確認したリーファはすたすたとドアに向かって歩き、さらっと開けてしまった。


「ちょ、リーファ!?」

「む。……どうした?」


 リーファは不思議そうに、こてんと首を傾げる。さらさらの銀髪が横に揺れた。

 翔は嘆息しながら、


「もうちょっと警戒してってば」


 『不死』ゆえの無警戒だろうが、その癖は直してもらいたい。

 この前、士道に致死量のダメージを与えられたばかりなのだ。死ぬことはなくとも、いろいろと弊害は生じている。


「えっと、入っていいのかね?」


 ともあれ。

 扉を開けた先に立っていたのは、長い黒髪に凛とした顔立ちを持つ二十代程度の女性だった。鮮烈なまでに赤色の外套を身に纏っている。


「……人間?」

  

 ――それも、転移者か。

 翔は僅かに目を細めた。まさかとは思うが、帝国側または女神側に補足されたのだろうか。

 誰かが情報を吐いたのか。それとも悪魔にのみ通じる魔力暗号が解析されているのか。

 冷静に思考を回しつつ、瞬時に周囲の状況に目を走らせる。どのみち脱出が先だ。翔は窓の位置を確認しながら、後ろ手に新しく調合した煙玉を握る。

 その動きに気づいていたのか、どこか冷たい印象を与える黒髪の女性は、両手を上げて面倒臭そうに告げた。


「落ち着きなさい、アンタの味方よ」

「…………人族なのに?」

「アンタだってそうでしょ。というか転移者だよね? 名前は?」

「……霧崎翔だよ。お姉さんは?」

 

 薄く笑みを浮かべながら、翔は問い返す。本当にこの女性は悪魔側なのかと疑念を抱きながらも、ひとまずは信用した素振りを見せておく。


(仮に味方だったとしても、何の為に悪魔に手を貸しているのか。それを知るまでは信用はできないな)


 翔には己の目的があり、その悲願を達成する為に悪魔に身を売っている。裏切ったとはいえ草薙もそうだ。

 だが、そのような特異な事情を持つ転移者がそう多くいるとは思えない。

 警戒は緩めず、疑い深く接する翔とは裏腹に、リーファは女性にとことこと歩み寄ると、優しげに微笑んだ。


「私は不死魔王のリーファだ。見ての通り、偉い人だ。よろしく頼む」

「…………かっ」


 女性は愕然と目を見開く。

 まさかとは思うが、魔王の存在にようやく気づいたのか。流石にそれはないだろう。

 リーファは先刻の戦いの影響でまだ戦うことができない。

 今のうちに排除するための算段があるかもしれない。

 考える翔の眼前で、その女性は雷が落ちたかのようなリアクションを取りながら、告げた。


「可愛い…………っ!!」


 翔はずっこけた。

 唐突に褒められて驚いたのか、リーファは目を丸くして僅かに頬を染める。

 リーファは悪魔の王である割に、人族に対する偏見などは特にない。

 

「そ、そうか……?」

「魔王さま。アンタめっちゃ可愛い。あたしが保証する。ね、ちょっと後ろ向いてみてー」

「む?」


 小首を傾げながら、素直に後ろを向いたリーファを思い切り女性は抱き締めた。そうして、悪戯っぽく笑う。


「ふわっ!?」

「うりうりー! あー可愛いねぇ魔王さま。何で魔王さまなんてやってんのさ。――てか、アンタなんで倒れてんの?」

 

 無様に倒れる翔に向けて、心底不思議そうに女性が尋ねる。

 もみくちゃにされているリーファも満更では無さそうだった。

 翔は起き上がり、呆れて嘆息する。毒気がぬかれた気分だった。

 

「……それで、アンタの名は?」

「蒼井舞花。24歳。独身――って何言わせてんだ童貞!!」

「聞いてないし童貞じゃないし。何コイツ調子狂う」

「ああ、そっかごめん。魔法使いになっちゃったんだね……」

「どこからどう見ても三十代じゃないでしょ!?」

 

 翔はさらに脱力して椅子に座りつつ、


「話を進めよう。とりあえず、この辺りに拠点を持つ悪魔族の残党と合流したいんだ。君は使者だと考えていいんだよね? 本拠地は何処にあるんだ?」 

「ここから少し離れたところにある武芸都市アストラ。その近隣に帝国に見つかってない迷宮があるのよ」

「へぇ」

「私もしばらく前からいるんだけど、どうも本格的な悪魔狩りが始まっててね。闘技大会が近いからアストラに集まる人間も多い。これ以上潜伏しているのはちょっと厳しいって考えて、だから魔大陸に行こうかって話をしているところだね」


 前述の通り、魔大陸には軍備を増強している新魔王ルシアの王国がある。そこなら、悪魔族の残党達は命を狙われる心配はなくなるだろう。

 翔や舞花は人族なのでその限りではないだろうが。


「そんな状況のところに僕達が現れたわけか。どうする、リーファ?」


 翔は素直に尋ねる。決断は王がすることである。リーファはしばらく頭に片手を乗せて思案すると、


「む……帝国には残る。『ここ』はどのみち必要だ。逃げたところでまた戻ることになる」

「……そうか。なら、どこか別の潜伏場所を探すしかないかな」


 三人が会話をしていると、次第に窓の外の喧騒が増していった。外に目をやると、衛兵の数が増しているように思える。


「嗅ぎ付けられたかな」

「帝国兵を甘く見ない方が良い。弱肉強食の国だけあって強い上に動きが速いからな。あのぐらいじゃないと荒くれ者どもを捕縛できないのだろうね」

「それじゃ、囲まれる前に逃げようか。アストラの近隣でまた合流しよう。魔力信号はこっちで出す」

「はいよ。それなら、あたしが少し引きつけとくからその間に逃げといてね」


 舞花はそう言うと、魔力袋から巨大な弓を取り出した。身に纏うローブと同じく、鮮烈なまでの赤に染め上げられている。

 『鑑定』すると魔弓グラムドルートと表示された。その性能に目をやった瞬間、翔の背筋が凍りつく。


「早く行きなさい。リーファちゃんは戦えないんでしょ」

「……あ、うん。それじゃ、先に行かせてもらうよ」


 言葉と同時、二人は別の窓から飛び出す。  

 案の定、帝国兵に包囲されていた。

 彼らは「逃げたぞ!」と声を上げて剣を抜く。リーファを背負う翔は壁から壁に飛び移りながら、それでいて音すら立てずに逃げ去っていく。

 ズドォ!! と、舞花の弓から放たれた魔力の矢が凄まじい爆発を巻き起こすのを横目に、翔は行方を眩ませた。

 

「……とんでもない人だ。敵に回したくはないね」




 ◆◆◆


 

 

『それで、入ったのか?』

『ああ。結界に反応があった。かなり精巧なものだが、なぜか"支配者"が味方しているから、そのうち気づくだろう。切るぞ』

『魔法特化の超級冒険者か。本当に何の用だよ。この地には何もないってのに』

『どうするんだ?』

『適当な魔物をけしかけよう。監視役は近づきすぎるなよ。奴らに気づかれても面倒だ』

「……了解」


 彼らのだらだらとした会話に呆れていた、痩せた顔立ちに三白眼の少年は魔道具の通信を切った。身に纏っているのは白いローブ。黒い髪に黒い瞳は、転移者であることを明確に現している。

 葉山集。

 大木に座る彼の視界の先には、森に踏み込んできた三人の冒険者が映っている。集はそれを見て鼻を鳴らしながら、


「フン。何の因果か知らないが……タイミングが悪い奴らだ」


 端的に、呟いた。


 


 

 






 

これまで通り不定期の夜10時更新です。

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