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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第二章 呪われし運命に救いの手を
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第36話 「解き放たれし少女」

 ――時は少し遡る。

 強大な魔王は怒りながら、矮小な奇術師を強引に追い詰めていた。

 リーファはその途中で、断続的に押し寄せる痛みに顔を歪める。

 僅かに吐息が漏れた。


「……っ!?」


 実際のところ。

 不死魔王リーファは、神谷士道が全身全霊を込めて撃ち放った『雷撃』を受けて、本当に無傷だったわけではない。


 リーファは胸を抑えて、堪えきれない痛みに声を漏らした。


「ぐぅ…………っ!」

  

 リーファが持つ『不死』という固有スキルには特殊な機能がある。

 それは、致死レベルのダメージを受けた際、多大な魔力と想像を絶する痛みという二つの要素と引き換えに、身体が自動的に修復されるというものだった。

 つまり。

 リーファは士道の『雷撃』を受けて無傷の状態に舞い戻った。

 それはすなわち、士道に一度殺されたことに等しいということだ。

 以前の戦いでは、傷を負っていたとはいえ、脇で見ていることしかできなかったような弱者。

 その程度の少年に、世界を揺るがす魔王たるリーファは、絶大な痛みを負わされた。

 正直に言えば、まともに歩くことすら厳しい。そんな状態だった。

 脳がキリキリと悲鳴を上げている。

 身体を『死』から切り抜ける代償とは、それほどのものだった。

 沸々とした怒りが込み上げる。

 そもそも、眼前に立つこの男のせいで、ウォルフ復活を妨げられているのだ。

 何が、奇術師だ。

 気に入らない。

 リーファは痛みのすべてを強引に怒りに変換して、咆哮を上げた。

 『不死』による『自動回復』に莫大な魔力を消費したとはいえ、リーファは仮にも魔王を名乗る者だ。残存魔力は三割を切っているが、眼前の男を潰す程度なら十分な量である。

 そう思っていた。

 だが。


「貴様……っ!!」

 

 隙がなく、リズムの取りにくい、奇妙なステップ。固有スキルだろうか、紅く輝いた目が放つ幻影術。時折挟まれる絶妙なフェイクや、大した効果のない初級魔法のハッタリ。

 相手を、おちょくるような動き。

 

「ふざけた真似を……!」

「別にふざけてるわけじゃない。そもそも、奇術師ってのはこういうものだ」

 

 単純で素直な性格をしているリーファは、奇術師が弄した小細工を真に受けて、見事に引っ掛かっていた。

 欺かれたことに苛立たしさを覚えると、その怒りによって生まれた隙を、まるで嘲笑うかのように突いてくる。

 とはいえ魔力量の関係もあり、優勢なのは常にリーファだったが、一瞬の油断も許さないようなその動きはひどく面倒なものだった。


「どうした? 来いよ」

  

 リーファが冷静になるために一旦攻撃を停止すると、それに気づいたかのように士道は近づいてくいっと指を曲げる。

 そうして、侮蔑の瞳を向けた。

 それは戦術上の挑発であり、大した意味は持っていないのだと理解してはいるが、リーファにとって苛立たしさは変わらない。なまじ魔王であったリーファは、敵に甘く見られた経験が少ない。それが災いしているようだった。


「ぬけぬけと……っ!!」


 対して、士道がそこまでやっても劣勢である理由は、気絶しているリリスを抱えているからという一点に限る。

 戦闘経験に勝るリーファは、その事実を直感的に理解していた。

 だからこそ、リーファは本能的に認めることを拒否していた。

 魔力の大半を失った士道がリリスという『足枷』すら抱えているのに、リーファが追い詰められないという現実を目の前にしても。



 ――だが、その時間はもう終わりだ。

 ――時は現在に回帰する。


 リーファの前には、ちっぽけな拳を構える士道が立っている。

 荒い息を吐くその様子に、奇術師らしさは微塵もない。士道はただの少年として、魔王に立ち向かおうとしていた。

 リーファは、そのさまを見て笑う。

 ようやく、決着がつけられる。

 己の方が上であることを証明できる。


「――"嵐旋風"」


 水と風の複合属性の超級魔法。

 己の中で最強の魔法を構える。

 この得体の知れない男はまだ隠し持っている手札があるのではないか、と心の何処かで考えたのかもしれない。

 そんな保険をかけたリーファに対して、少年は真っ向から応じた。

 ただ素直に、己が振るう拳を叩きつけるために。

 流石に打つ手はなかったようだ。

 リーファは勝利を確信して、ニヤリとした笑みを見せた。

 その瞬間。

 士道の後ろで、ゆらりと立ち上がる影があった。リーファは目を剥いて意識を向ける。それは、荘厳な佇まいをした美しい銀髪のハーフエルフだった。

 どこか神聖さを併せ持ったその少女は右手を掲げると光線を撃ち放った。

 リーファの目の前が真っ白に染まる。

 岩石に正面から叩かれたかのような轟音が炸裂し、恐ろしい速度で後方に吹き飛ばされた。






 ◆◆◆






 リリス・カートレットは、状況も理解できないままに崩れ落ちていく士道を優しく抱え上げた。

 

「……ごめんね、シドー」

「リリ、ス…………?」


 少年は満身創痍だった。

 きっと、気絶しているリリスを捨て置けば、魔王相手でも渡り合えただろう。

 神谷士道にはそれだけの力がある。

 それでも。

 どれだけ命の危機に身を晒しても。

 士道は、決してリリスを見捨てはしなかった。

 

「ごめん、ね……? あなただけに、傷を負わせちゃって」


 涙で視界が滲んだ。

 泣き笑いのような表情になるリリスに対して、士道は弱々しい表情で小さく首を横に振った。


「……俺がやりたいから、やったことだ。お前が気にすることじゃない」

「でも……いや、シドーがそれでいいんだったら、そういうことにするね」


 「だから」とリリスは言いながら、涙を拭いて笑顔を見せた。

 そうして、リーファを吹き飛ばした方角に右腕を向ける。


「今度は、あたしがシドーを護る番よ」


 キュガッッッ!! という閃光が、リリスの右手から幾重にも放たれた。

 砂煙の奥でリーファが準備していた魔法陣を先んじて潰すように。

 光線が砂煙を吹き飛ばした。浅く裂かれた頬から血を流すリーファは舌打ちしながら、荒々しい殺意の篭った視線をリリスに送った。


「……ドラゴン、ブレス。それも"失われた血族"の特異体質『魔光線』。そんな特殊な性質を持っている者など、私の知る限り一人しかいない」

「……」

「リリス・カートレット、貴様……龍魔王ウォルフの力を乗っ取ったな?」

「これは、その人に貰った力よ」

「何だと? ならば、私の同胞はどうした!?」

「……死んだよ」


 リリスは淡々とリーファに告げる。

 共に銀髪の小柄な少女。

 どこか似通った姿をした二人が睨み合う。片や冷え切った氷のように鋭い眼差しで、片や烈火のようにギラついた視線で、殺気を衝突させる。


「ウォルフは、死んだのよ。あたしの背中に力を乗せて、満足したように消えていった。これで『悪の烙印』から解放されるんだ……って」

「……?」


 リーファは怪訝そうに首を傾げた。

 そこに、嘘をついている様子はない。

 本当に、ウォルフの事情については何も知らないようだった。


「……あたしは怒ってるんだよ。シドーのことは勿論、ウォルフを呪いで縛ったアンタたちを」

「……何を、言っている?」

「分からないなら、いいよ」


 リリスはご丁寧に説明してやるつもりなど微塵もなかった。


「一つだけ尋ねる。アンタが、百年の時が経過しても、まだ魔神ゲルマを再臨させようとしてる理由は何よ?」


 リリスが真剣な瞳で問いかけると、リーファはその質問が本気で不思議だといった様子で首を傾げた。

 まるで、どうしてその程度のことが理解できないのだと言うように。


「我が力、常に魔神の為に在り」


 ポツリと、呟く。

 小さな声で、それでいて確かな輪郭を伴った一言を。

 

「これ以上、言う必要があるのか?」


 問答はそれまでだった。

 リーファが『高速演算』を機能させると同時、リリスは応じて右手を構える。

 一瞬にして数十もの爆音が連鎖した。

 『魔光線』と"煉獄"が競合を起こす。


 「"灼熱"――」


 リーファは連続して魔法を放つ。"支配者"ミレーユ・マーシャルに及ぶかというほどの術式構築速度だった。

 その超級魔法は、リリスの『魔光線』に間隙を縫うように迫る。

 

(やっぱり、弱点は分かってるよね)


 『魔光線』は強力だがピーキーだ。  要するに、応用が効かない。元々はウォルフの力なので、かつての同胞であるリーファも理解しているのだろう。

 加えて、リリスはまだウォルフの力を掌握しきれていない。これでも、それなりの魔術師だという自負はある。魔力操作には長けていると思っていたが、これほどの領域になると、まったく通用しないらしい。

 リリスは扱い切れない魔力を持て余し、スキルの行使に無駄が生じていた。


(……届かない)


 後方を一瞥すると、士道は痛む身体を奮い立たせていた。血の塊を吐き出して息を整え、鋭い視線を遠方に向ける。

 つられてリリスがそちらを見やると、気絶しているミレーユを背中に乗せた白銀の狼が動き出した。動きを見るに、士道が隷属させている魔物のようだった。

 士道は草薙達の方にも視線を飛ばしながら、リリスに小声で話しかける。


「……リリス、逃げるぞ。いろいろと予想外の展開だが、目的は果たした」


 士道はそう言って歩き出すが、一歩目でがくりと膝をついた。傷だらけの体が思うように動いていないようだ。

 リリスは不安そうにしながら、しかし余所見ばかりしているわけにはいかない。"灼熱"を何とか防ぎながら、『魔光線』を連続してリーファに叩きつける。


「ええい、厄介な力を……!」


 リーファは舌打ちしてその対処に追われた。その隙に追撃しようとしたリリスは、突如として後ろの士道に抱えられて、思わず悲鳴を上げてしまう。


「ひゃぁ!?」

「ちょっと捕まってろ」


 士道はその態勢のまま、傍まで疾走してきたウルフェンの背中に飛び乗る。

 その衝撃が傷に響いたのか、士道は僅かに呻いた。


「シドー!? 大丈夫?」

「ああ、何とかな……。よし、ウルフェン。南にある森の方を目指せ」


 士道はウルフェンに指示を出した。

 東、西、北の三方向は海に囲まれているので、南の森にしか逃げ道はない。

 行動が読まれやすいが、至って当然の選択だとリリスも頷いた。


「……いえ、逆方向に向かうのです」


 そこで、予想外の声が飛んだ。

 リリスは驚きで反応が一瞬遅れる。

 それは直前までウルフェンの背中で気絶していた、ミレーユ・マーシャルの声だった。


「先生!? だ、大丈夫ですか!?」

「ミレーユ。気づいてたのか」

「ついさっき、なのですよ。それより南の森に向かっても、これまでの逃亡戦の焼き直しになるだけなのです」


 ミレーユは意識を覚醒させるためか、頬をつねりながら言う。場にそぐわぬ間抜けな顔だった。

 

「……ウォルフは精神も完全に失われた。復活できる可能性はもうない。それでもリリスが魔王の力を手に入れた以上……リーファとしては逃がす道理もない。戦力に余裕があれば、追ってくるかもしれない、か」


 士道は思考を整理しているのか、どこか確認するように呟く。

 リリスは首肯すると、


「あの魔王だってそれなりの負傷をしてるよ。どうも頭に血が上りやすい性格みたいだけど、一旦退く可能性だって高いんじゃない?」

「かもしれませんが、可能性を論じたって仕方ないのです。……北端の海岸に、私が冒険者時代に使っていた魔導船が隠してあります。この場でどうにか行方を晦ますことができれば……」

「……なるほど。悪魔達の裏をかけるわけか」


 ミレーユの提案を士道が吟味する。その間、リリスはリーファの様子を警戒していた。小柄な魔王は、逃げようとしているこちらに気づいて爆発的な速度で肉薄する。焦ったリリスが士道に伝えようとするが、士道は「分かってる」と呟き、早口で尋ねた。


「リリス、その魔王の力は後どのくらい使える?」

「え? あ、そうね。二十発は撃てるかな」

「よし。なら、その分の力、すべて一発に凝縮しろ。できるか?」

「多分。それで不死魔王を倒すの? 正直なところ、厳しいんじゃない?」

「いいや」


 士道はゆっくりと否定した。


「奴の足元を丸ごと吹っ飛ばせ。……ハゲ勇者のやり方を、規模を引き上げて再現してやろう」





 ◆◆◆




 『魔力暴走』。

 草薙竜吾が所有するその固有スキルは、名前通りの効果を持つ代物だった。


「ぬぉっ!?」

「――なっ」


 今まさに草薙に襲いかかろうとしていた榊原迅と霧崎翔は、驚愕に目を瞠った。そして意思とは無関係に、唐突に速度を上げて草薙の横を疾走していく。


 "身体強化"で体に纏っていた魔力を草薙の『魔力暴走』が暴走させたのだ。

 その結果、二人は魔力の乱れによって己の身体を制御できなくなった。だから標的である草薙を通り抜けて、後方にまで突き抜けていったのだ。

 一見して強力なスキル。だが、この固有スキルには致命的な欠点があった。

 このスキルは使用者にも影響を与えるのだ。つまり、草薙も現在、魔力を完全に途絶させざるを得ない状況になっている。


「効果は魔力の暴走を誘発させる……範囲型の、スキルってところかな」


 翔が崩しかけた態勢を整えながら、口笛を吹いて推測を呟く。

 忍者の性質も関係しているのか"身体強化"を最小限に留めていた翔に対して、迅は溢れんばかりの魔力量が災いしたのか、暴走した魔力を制御しきれずに近くの岩に思い切り衝突していた。

 翔はそんな迅をちらりと一瞥しながら、


「ただ……これも推測に過ぎないんだけど、もしかして草薙さん、君自身も魔力が使えないんじゃないの?」

「……」


 草薙は答えずに、無言で拳を構える。

 翔は決して優位に立っているわけではないというのに、不気味な薄笑いを浮かべていた。

 決着をつけようと、足に力を込める。

 刹那。


 キュガッッッ!! という閃光が炸裂していた。


 その音源は士道とリーファが戦っていたはずの場所だった。銀髪の少女が、掌から途轍もない破壊力の光線を放っている。

 草薙はこの閃光に見覚えがあった。

 かつて、一人だけ使用者がいた。

 ドラゴンブレス。

 "失われた血族"の生き残り。

 種族体質『魔光線』。


「ウォルフが、復活したのか……?」


 呆然と呟く。

 リリスの身体を乗っ取るような術式ではなかったはずだが。

 しかし、状況をよく観察すれば、草薙の推測とは異なることが分かる。

 まるで意味が分からない状況だが、思考停止せずに必死に答えを捻り出す。

 やはり士道の味方をしている以上、どう考えてもリリスがウォルフの力を乗っ取ったという答えしか出てこなかった。

 士道が作っていた"呪縛解放"はそんな術式ではなかったはずなのだが。


「……」


 草薙は相対する翔に視線を戻した。

 今の明らかな隙にしかけるつもりはないようだった。

 前から思ってはいたが、現代の忍を名乗るこの男は何を考えているのかまるで分からない。それが、不気味だった。


「……ほう」

 

 草薙と翔が向かい合う中、岩陰からむくりと起き上がった迅は、魔王の力を操るリリスを見て、興味深そうに息を吐いた。その状態でしばらく黙考すると、戦いから離れるように後退していく。


「逃げる。いや、様子見でもするつもりなのか……?」


 草薙は訝しげに眉をひそめた。

 迅は、龍魔王ウォルフの復活を阻止することを目的としていて、その可能性を絶つためにリリスの命を狙っていた。

 だが今の状況は、そのリリスが魔王の力を手に入れてしまったというわけだ。

 そして『鑑定』する限り、ウォルフが復活する心配はもうないようだ。

 つまり、災厄の魔王が現れてそのままライン王国を蹂躙するという、迅にとって最悪の展開は免れたのだ。

 リリスはこの場を切り抜ければ、おそらく士道の味方になるだろう。

 将来的には厄介な要素にはなるだろうが、重要な勇者の命を懸けてまで参戦する理由はなくなった――そんなところだろうか。

 

 じり、と草薙は翔と睨み合う。

 『魔力暴走』によって互いに魔力は展開していない。後方では、轟音と共に『魔光線』が次々と光を放っていた。

 そちらを再度眺めると、士道、リリス、ミレーユの三人が巨大な銀狼の背に乗っていた。そして、不死魔王リーファはそれに追いすがろうとしている。

 

「草薙!!」


 士道の呼び声が聴こえる。視線を飛ばした刹那、瞳が交錯した。彼は素早い仕草で勇者を指した後、地面を指差した。

 草薙竜吾はその声の意図を即座に理解していながら、それでいて、この場を動きはしなかった。

 士道は心配そうな表情をしたが、すぐに冷酷に見せかけた表情に切り替える。

 それを見て、草薙は僅かに苦笑した。


「……優しい、奴だ。戦場に立っていられるのが不思議なくらいにな」

「士道のことかい?」


 小太刀を構える翔は片眉を上げると、


「そうだね。彼は、普通の少年だよ。常に気を張っていて、殺人をも受け入れる強い精神を持ってはいるけれど、僕らみたいな人種とは決定的に違う。だからこそ――戦場に立っているのが恐ろしい」

「……感情を、まるで切り捨てられてねえ。下手に理屈をつけようとしてんのは自己からの逃避の現れだ。……あのままじゃ、きっと、あいつは壊れんぞ」

「仮にそうなっても」


 苦々しく告げる草薙に対して、翔はひどく冷めた声音で言葉を放つ。


「所詮はそこまでの人間だったというだけの話だからね」

「……」 


 その言葉の直後の出来事だった。

 

「――っ!」


 翔は身を翻して咄嗟に影に飛び込む。

 草薙は『魔力暴走』の効果範囲を身体周辺に縮めた。


 まるで神の裁きのように、極大の『魔光線』が山脈を破壊していく。

 勇者の一撃によって半壊していたピレーヌ山脈への決定的な一撃だった。


(……後は、神谷達が逃げるだけだ。俺はその殿(しんがり)を勤めりゃいい)


 リリス達と一緒に逃げるという選択肢も確かにあった。だが、一度はリリスの命を狙ったという後ろめたい事実が、草薙の選択を阻んだ。

 ここで囮になるとはいえ、別に死ぬつもりは毛頭ない。

 峡谷が崩壊していく最中、砂塵で辺りが全く見えない状況で、草薙は小さな声音で呟いた。


「……こりゃ、英雄も世代交代だな」

 

 






 ◆◆◆






 リリスはありったけの魔力を一撃に込めて、ピレーヌ山脈を破壊した。

 できるだけ、砂煙が広範囲に舞うように調整しながら。

 同時に士道はリリスから魔力を少しだけ貰って『魔眼』で世界を欺く。山脈から六方向へと逃げる幻影を展開する。

 砂煙が辺りが見えない状況で、奇跡的に士道達を見つけられたとしても、それは幻影だという策である。

 無論、吹き飛ばされれば終了ではあるが、何せリーファは足元を吹っ飛ばされたのだ。飛べるとはいえ余裕はないだろうし、僅かな猶予はある。


「――よし」




 ◆◆◆




 不死魔王リーファはもうもうと立ち込める煙の中で、ばたりと倒れ込んだ。

 まるで、糸が切れたかのように。


「く、そ……。『精神』に負荷がかかりすぎたか。あの稲妻さえなければ」


 どうやら『許容範囲』を越えたようだ。リーファの身体は、こうなっては全く動かない。

 竜騎士アルバートに精霊王フィアとの戦いで、無理をしてきたのが祟ったのだろう。一見無敵に見える『不死』性にも、いろいろと厄介な性質があるのだ。

 リーファは恨めしげに、煙の奥を見通すように睨みつける。

 ここまで見事に嵌められたのは初めての経験だった。それ故に、苛立たしい。

 翔の話を聴いていたから、あの男の通称だけは覚えている。

 忘れないと胸に誓いながら、リーファは怨嗟の念を込めて呟いた。


「――ハズレ、術師……!!」





 ◆◆◆






 士道達は、北の海岸に来ていた。

 今のところ、ピレーヌ山脈にいた誰にも気づかれた様子はない。


「ミレーユ。お前が隠してるとかいう魔導船は?」

「ちょっと待つのですよ。確か、もう少し東に小屋があったはずなのです。その傍にあります」

「あ、あれじゃない? …………随分とボロい小屋なんだけど。っていうかボロいというかアレ壊れて」

「だ、大丈夫なのですよ! ……多分」

「目を逸らすなよ、無駄な不安を煽るな。これでも命懸かってんだぞ」


 適当に言い合いながら、士道はウルフェンを走らせる。その狼は流石にこの人数を乗せるのは厳しいのか、終始耐えるような唸り声をあげていた。


「急ぐのですよ。魔王側も、すぐに気づく可能性だってあるのですし」


 実際はその可能性に対処するために草薙が囮になったのだが、気絶していたミレーユはその辺りの事情に精通していない。士道は後で説明しようと考えながら、ひとまず埃を被っている小型の魔導船に乗り込んだ。

 当然、魔導船というからには魔力が動力源なのだが、


「おい、誰が魔力込めるんだ。ちなみに俺はないぞ」

「胸を張ることじゃないのですよ……で、リリスちゃんじゃないのです?」

「あたし、さっきの『魔光線』でほとんど使い切っちゃったんだけど」

「私も、魔力がないから付け焼き刃の体術で闘ってたわけですし」


 そこで一旦黙った全員の視線が、船に登ったウルフェンに向いた。ようやく休めるといったムード全開だったウルフェンはぎょっとしながら、しかし主の命には逆らえないので泣く泣く動力炉に魔力を込め始めた。

 船が海に着水する。船はそこまでボロくもないので、至って軽快な挙動で急速にピレーヌ山脈から離れていく。

 士道、リリス、ミレーユの三人は船の甲板に上ったまま、崩壊していくその山脈を眺めていた。


「……これで、良かったのかね」


 士道はポツリと呟いた。

 改めて思い返してみると、もっと上手いやり方があったはずだ。

 己の力量が足りないことなんて、初めから分かっていたことだろう。

 その上で、どう動くかが奇術師としての腕の見せどころだと、息巻いていたはずではなかったのか。


「……」


 草薙はどうなったのだろうか。できれば、生きていることを祈る。

 そんなことを思いながら山脈の方を眺めていると、


 ぎゅっ、と。

 士道の背中に、人肌の温もりが押しつけられた。


「……アンタが、今考えてること、あたしが当ててあげよっか?」


 リリスの声だ。士道は僅かに困惑しながらも、なぜかその腕を振り払う気にはなれなかった。


「『もっと上手くやれたんじゃないか』とか、『もっと完璧な助け方があったんじゃないか』とか……きっと、そんなところでしょ」

「……そんなに分かりやすいか?」

「シドーは真面目だからね。だから教えてあげる。もっと完璧なやり方とか、そんなこと考えちゃ駄目なんだって。だってさ、まず皆助かったことを喜ぶべきなんだよ」

「……ああ」


 士道が頷くと、少しだけ抱きしめる力が強くなった気がした。


「だって、あたしが今ここに立っているのは、アンタのおかげなんだから」

「…………それは、お前の意志が成し遂げたことだ。俺はその補助をしたに過ぎない」

「ねぇ、それ、本気で言ってる?」


 士道はリリスに、ぐいっと反転させられた。すると、目の前にはジト目のリリスが立っている。こころなしか、その頬は少し紅潮していた。


「だ、だから、その……あたしが立ち上がれたのも、アンタが、あの、えっと、助けようとしてくれたからなのよ」


 士道はしどろもどろのリリスに、僅かに苦笑を浮かべた。

 それを見てさらに顔を赤くしたリリスはビシッと士道を指差しながら、


「つ、つまり! せっかく皆助かったのに、ウジウジしちゃ駄目! 分かった!?」

「……そう、だな」

 

 士道はなぜか、その言葉に救われたような気分になった。

 そっとリリスを抱き寄せる。「ひゃぁぁ」という可愛らしい声は無視した。

 さらさらの銀髪から甘い香りが漂う。

 白磁のようだった肌はなぜか真っ赤に染まっていて、士道は尖った耳元に口を寄せて、そっと囁いた。


「……ありがとう」


 その言葉を受けて。

 呪われし運命の少女は、心から幸せそうな笑みを浮かべると、


「……ううん。こちらこそ、ありがと、シドー。アンタのおかげで、あたしは救われた」


 一筋の涙が滑り落ちた。

 それは、何十にも縛り付けられた解けないはずの呪いの鎖が、一斉に崩れ落ちた合図だった。


 水平線の向こうでは。

 朝焼けが、煌々と輝いていた。

 

 


第二章――完。


エピローグと閑話を投稿した後、第三章に移ります。


参考になる感想などもあったので、士道とリーファのラストバトル周辺を少し修正するかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い展開でしたがウルフェンが不憫ですねw [一言] 変なのが湧いてたみたいにですがお気になさらず。 過去とはいえ経験積んだトップクラスを蹂躙できる訳がなく。 そういうのを読みたければタイト…
[良い点] 素材はいい [気になる点] リリス覚醒?に入ったとこで切った まず最初のVS悪魔でレベル差100以上の相手を奇術師として覚醒した主人公が倒す ここまでは最高によかった 大切な人を亡くし…
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